「追放された神官見習い、迷宮で運命を書き換える~選択次第で未来が変わる因果律能力で神々に挑む~」

ソコニ

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第3章:「追放者の夜」 第1話

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アスガル峡谷行きの商人馬車は、既に二日間走り続けていた。王国の中心部から離れるにつれ、道は舗装から砂利道へ、やがて獣道のような細い山道へと変わっていった。

リュークはほとんど言葉を発さず、馬車の荷台に座ったまま遠くを見つめていた。額には「追放者の印」が焼き付けられ、赤く腫れ上がっている。この印がある限り、王国内のどの街でも、彼は追放者として忌み嫌われる存在となる。

「あと半日でアスガル峡谷の入口だ」

御者のバルトは無愛想な老人だったが、リュークに対しては特別な敵意は示さなかった。彼にとって、追放者を運ぶのも仕事の一つに過ぎなかった。

「ありがとう」リュークはかすれた声で答えた。

「追放者を運ぶのは初めてじゃない」バルトは道を見つめながら言った。「だが、神殿からの追放者は珍しいな。何をやらかした?」

リュークは少し躊躇した後、「神器を壊そうとした罪だ」と静かに答えた。

「そうか」バルトは特に驚いた様子もなく頷いた。「みんな何かしらの理由があるさ。私が尋ねたのは、お前が黙りすぎだからだ。二日間ほとんど口を開かない。いくら追放者でも、死んだような目をしていては峡谷で生き残れん」

リュークは苦笑いした。「生き残れるとでも?」

「アスガル峡谷は死地と言われているが、実際には小さな集落がいくつかある。追放者たちの村だ」バルトは説明した。「彼らは互いに助け合って生きている。もし運が良ければ、彼らは新参者を受け入れるかもしれん」

「追放者の村…」

リュークはガレス先生から聞いた「因果律の迷宮」のことを思い出した。もし峡谷に村があるなら、迷宮についての情報も得られるかもしれない。

「ところで、あの峡谷について何か伝説とか聞いたことはありますか?」リュークは慎重に尋ねた。「迷宮とか…」

バルトの手が一瞬止まった。「迷宮?誰からそんな話を聞いた?」

「ある老神官から」

バルトは長い間黙っていたが、やがて重い声で話し始めた。

「アスガル峡谷の奥地については様々な噂がある。迷い込んだ者が二度と戻ってこなかった話、奇妙な光景を見たという者の話…老人たちは『神々の遊び場』と呼んでいる」

「神々の遊び場…」

「だが、そこに足を踏み入れようとする者は少ない」バルトは続けた。「峡谷自体が危険な場所だ。岩場の崩落、野生動物の襲撃、時に襲撃してくる山賊…そして最も恐ろしいのは『雲霧』だ」

「雲霧?」

「峡谷に満ちる濃い霧のことだ。季節によって発生し、その中で方向感覚を失った者は二度と出てこない」バルトの顔には恐れの色が浮かんでいた。「地元の者たちは雲霧を『運命の霧』と呼んでいる。運命を狂わせる霧だとな」

リュークは身を乗り出した。「運命…」

運命の霧、因果律の迷宮、そして彼の運命の目。全てが何かで繋がっているような気がした。

「私は峡谷の入口までしか行かん」バルトは話を締めくくった。「その先は自分の足で行くことになる。峡谷の最初の集落までは半日ほどだが、道を外れれば命はない」

「理解しています」リュークは頷いた。「情報をありがとう」

バルトは哀れみの目でリュークを見た。「最後に忠告をしておく。追放者の印があっても、峡谷の村人たちは受け入れてくれるかもしれない。だが、『運命の霧』の奥へ行こうなどと言えば、村八分にされるだろう。命が惜しければ、そういった話は口にするな」

***

午後遅く、馬車はついにアスガル峡谷の入口に到着した。

「ここまでだ」

バルトは馬車を止め、リュークに降りるよう手振りで示した。険しい山々に挟まれた細い道が峡谷へと続いている。その先には白い霧が立ち込めているように見えた。

「これを持っていけ」

バルトは小さな袋をリュークに投げた。中には乾パンと水筒、それに地図らしき紙切れが入っていた。

「地図と食料…なぜ?」

「言っただろう。私は何度も追放者を運んできたと」バルトは肩をすくめた。「全員が生き残るわけではないが、少なくともチャンスは与えたい」

「ありがとう」リュークは心からの感謝を込めて言った。

「道中、気をつけろ」バルトは馬車を方向転換させながら言った。「それと、もし本当に迷宮を探すつもりなら…」

「はい?」

「地図の裏を見るといい」そう言い残し、バルトは馬車を走らせ、すぐに視界から消えていった。

リュークは地図を取り出し、裏返した。そこには粗い線で描かれた別の地図があった。「因果律の門」と書かれた場所が記されている。峡谷の奥、誰も行かないという場所だ。

「なぜバルトがこんな地図を…」

疑問は尽きなかったが、今は先へ進むしかない。リュークは深呼吸をし、峡谷へと続く道を歩き始めた。

峡谷の入口は思ったよりも広く、両側の岩壁は圧倒的な高さで迫り、空は細い帯のようにしか見えなかった。地面は岩と砂が混じり、所々に枯れた低木が生えている。この不毛な土地で、追放者たちはどうやって生きているのだろうか。

一時間ほど歩くと、周囲の空気が少しずつ変わっていくのを感じた。湿度が増し、かすかに霧が立ち込め始めている。バルトの言った「運命の霧」の予兆だろうか。

「運命の流れよ、正しき道を進め…」

無意識に神殿での祈りの言葉が口から漏れた。もはや彼は神官ではないのに。

その時、ザザッという音が岩陰から聞こえた。リュークは立ち止まり、辺りを警戒した。動物か?それとも…

「動くな」

低い声が背後から聞こえ、鋭い金属の先端が背中に突きつけられた。

「金目のものを出せ」

山賊だ。リュークはゆっくりと振り返った。そこには痩せぎすの男が立っていた。汚れた服と荒れた肌、目は獲物を捕らえた獣のように輝いている。

「何も持っていない」リュークは静かに答えた。「追放者だ」

額の印を見せると、山賊は一瞬戸惑ったように見えた。しかし、すぐに嘲笑うような表情になった。

「追放者か。まあ、それでも服だけでも何かの価値はあるだろう」

「わずかな食料と水以外、何も持っていない」リュークは冷静さを保ちながら言った。「殺しても何も得られないぞ」

山賊は歯を剥き出しにして笑った。「そうかな?追放者の首には賞金が…」

その言葉が終わらないうち、リュークの「運命の目」が突然反応した。激しい頭痛と共に、視界が歪み始める。

—山賊が刃を振り下ろす。
—岩壁から落ちる大きな岩。
—血に染まる地面。

「うっ…」

リュークは頭を抱えた。山賊は彼の様子に驚き、一歩後ずさった。

「何だ?お前…」

リュークは予知で見た光景を思い出し、とっさに横に飛びのいた。次の瞬間、山賊がいた場所に岩壁から大きな岩が落下した。轟音と砂埃が辺りに広がる。

「なっ…!」

山賊は間一髪で岩を避けたが、バランスを崩して地面に倒れた。彼の手から武器が滑り落ちる。

チャンスだ。リュークは迷わず走り出した。峡谷の奥へと続く道を全力で駆け抜ける。背後では山賊の怒号が響いていたが、次第に遠ざかっていった。

リュークは息が切れるまで走り続け、ようやく安全と思われる岩陰で立ち止まった。

「はあ…はあ…」

彼は大きく息を吐きながら、先ほどの出来事を振り返った。運命の目が再び彼を救ったのだ。しかし、今回は以前と違って、痛みは激しかったものの、より明確な映像が見えた。何かが変わりつつあるのを感じた。

「ここは…運命の力が強まる場所なのか?」

リュークは周囲を見回した。確かに空気が違う。霧が濃くなり、色も通常の白というより、薄い青色を帯びているように見える。

歩き続けると、次第に道は狭くなり、両側の岩壁はさらに迫り、まるで誰かに見つからないよう隠れているかのようだった。彼は地図を確認した。バルトの地図によれば、この先に最初の集落があるはずだ。

しかし、進むにつれて霧はますます濃くなり、視界は数メートル先も見えないほどになった。リュークは不安を感じながらも、足を進め続けた。

突然、足元がなくなった。

「うわっ!」

リュークは崖から滑り落ち、急な斜面を転がり落ちていった。岩や低木に体を打ちつけながら、彼は必死で何かにつかまろうとした。

「くっ…!」

ようやく低木の枝につかまって止まることができたが、体は傷だらけになっていた。彼は呻きながら周囲を見回した。

落ちた場所は峡谷の小さな窪地で、周囲は岩壁に囲まれている。上に戻る道は見当たらなかった。

「罠か…」

これは偶然の事故ではなく、おそらく山賊たちの罠なのだろう。追放者が通る道に仕掛けておき、落ちた者から財産を奪う。リュークは幸いにも大きな怪我はなかったが、体力は消耗していた。

「どうやって出る?」

周囲を調べると、窪地の一角に小さな隙間があるのに気づいた。岩の間にできた隙間は、人がかろうじて通れるほどの大きさだった。他に選択肢がないため、リュークはその隙間に体を押し込んだ。

狭い通路は徐々に広がり、やがて小さな洞窟へと通じていた。わずかな光が上部の隙間から差し込み、洞窟内部を照らしている。

「ここは…」

洞窟の奥には、古い石造りの祭壇のようなものがあった。祭壇の表面には複雑な模様が刻まれており、中央には砂時計の形をした凹みがある。

リュークは息を呑んだ。この場所は人工的に作られたもので、かなり古いものだった。彼は慎重に祭壇に近づき、表面の模様を調べた。それは神殿で見た古代文字に似ていたが、完全に一致するわけではなかった。

「これは…『運命の分岐点に立つ者は道を選べ』…か?」

リュークは古代文字の一部を解読できた。神殿での教育のおかげだ。

祭壇の周囲には七つの柱が立っており、それぞれに異なる紋章が刻まれていた。七神の紋章…神殿で見たものと同じだ。

「これは神殿よりも古い祭壇かもしれない」

リュークは思わず懐から布に包まれた砂時計の欠片を取り出した。ガレス先生から託された本物の運命の砂時計の欠片だ。それは青白い光を放ち、祭壇に近づくにつれて光が強まっていった。

「反応している…」

彼は欠片を祭壇の中央、砂時計の形をした凹みに近づけた。欠片からの光が一層強くなり、祭壇全体が微かに震え始めた。

「何かが起きる…?」

リュークは一瞬躊躇したが、決意を固めて欠片を凹みに置いた。

一瞬の沈黙の後、突然、祭壇から眩い光が放たれた。光は七つの柱へと伝わり、洞窟全体を青白い光で満たした。

「うっ…!」

まばゆい光に目を細めながらも、リュークはその場から動かなかった。光が収まると、祭壇の前の空間に半透明の人影が現れた。

それは老人の姿をしており、長い白髪と髭、古代の衣装を身にまとっていた。その姿はガレス先生を思わせる雰囲気があった。

「汝、運命の目を持つ者よ」

幻影の声は洞窟内に響き渡った。それは一人の声ではなく、複数の声が重なり合ったように聞こえた。

「因果律の迷宮への扉が開かれる時が来た」

「あなたは…誰?」リュークは震える声で尋ねた。

「我らは七神の意志。運命の番人なり」幻影は答えた。「汝の目に宿る力は、我らが遺した力の欠片」

「私の能力は…神々から?」

「時が満ちた。運命の分岐点が訪れる」幻影は続けた。「砂時計の力が歪められ、世界の因果律が危機に瀕している」

リュークはエルガスのことを思い出した。彼は砂時計を使って何かをしたのだろうか。

「どうすれば…」

「迷宮へ入り、試練を乗り越えよ」幻影は言った。「七つの選択、七つの結果。汝の選択が新たな因果を生む」

幻影は徐々に薄れ始めた。

「待って!どこに迷宮があるの?」リュークは急いで尋ねた。

「汝の持つ欠片が道を示す」幻影の声は次第に小さくなっていった。「選択せよ、運命の目を持つ者よ。汝の道を…」

そして幻影は完全に消え去った。祭壇の光も弱まり、やがて洞窟は元の薄暗さに戻った。

しかし、一つだけ違うものがあった。祭壇に置いた砂時計の欠片が変化していたのだ。それは以前よりも大きく、完全な形になっていた。小さな砂時計の形をしており、中には青白い光を放つ粒子が流れている。

リュークは恐る恐る手を伸ばし、それを手に取った。手に触れた瞬間、彼の「運命の目」が反応した。しかし、今回は痛みはなく、むしろ心地よい温かさが体に広がった。

視界に映る光景は、以前よりもはるかに鮮明だった。

—青い霧に包まれた峡谷の奥地。
—七つの岩の柱が立ち並ぶ場所。
—そして、巨大な門が開く瞬間。

「因果律の迷宮…」

リュークは欠片—いや、小さな砂時計を胸に抱きしめた。ようやく希望の光が見えた気がした。運命は彼を見捨てたわけではなかった。新たな道が開かれたのだ。

「ガレス先生…ありがとう」

彼はつぶやき、洞窟の出口を探し始めた。洞窟の奥には別の通路があり、それは上へと続いているようだった。リュークは小さな砂時計を大切に懐にしまい、通路へと足を踏み入れた。

因果律の迷宮を見つけ、その力を手に入れる。そして神殿に戻り、真実を証明する。彼の運命は、まさに分岐点に立っていた。
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