『婚約破棄された聖女、魔王の妻として闇堕ちします ~もう「いい子」はやめました~』

ソコニ

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第8話:復讐計画の始まり

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魔王城の作戦室に、リリエルと魔王ヴァルゼス、そして側近の魔族たちが集まっていた。中央のテーブルには、王国の詳細な地図が広げられている。

「聖剣は王宮の神殿の奥、『聖光の間』に保管されている」

リリエルは地図上の一点を指差した。彼女の指先から紫がかった光が漏れ、地図上にその場所が浮かび上がる。

「この神殿には、私が聖女だった頃に設置した結界がある。常時六人の聖騎士が守っていて、さらに『偽聖女』ルミエルが定期的に結界を強化しているはずよ」

「それをどう突破する?」魔族の参謀格であるガルヴァンが尋ねた。彼は青い肌と角を持つ知略に長けた魔族だった。

リリエルは冷たく微笑んだ。

「結界は聖女の血で作られている」彼女は自分の手のひらを見た。「つまり、私の血でしか解除できない」

「ふむ」魔王が興味深そうに頷いた。「だがそれでは、お前が直接行く必要がある」

「ええ」リリエルは静かに言った。「だから私が潜入します」

魔族たちの間に動揺が走った。魔王妃が自ら危険な任務に赴くというのは前代未聞だった。

「陛下、魔王妃様を危険に晒すのは——」ガルヴァンが懸念を示した。

「黙れ」魔王が彼を遮った。彼の金色の瞳がリリエルを鋭く見つめる。「本気か?」

「ええ」リリエルは凛とした表情で答えた。「私自身の手で奪いたいの。それに、私が姿を現すことで、王国の混乱も大きくなるでしょう?」

魔王はしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。

「分かった。だが一人では行かせない」彼は言い切った。「俺が共に行く」

それは明らかな過保護だった。魔王自らが潜入任務に同行するなど、通常なら考えられないことだ。しかし、彼のリリエルへの執着は常軌を逸していた。

「必要ありません」リリエルは冷静に反論した。「あなたが来れば目立ちます。潜入が難しくなる」

「俺が行かないならば、精鋭を率いて行け」魔王の声は譲歩の余地がなかった。「お前を一人で危険に晒すわけにはいかない」

リリエルは少し考え、頷いた。

「分かりました。少数の精鋭を連れていきます」

「俺は...」魔王は言いかけたが、リリエルが彼の腕に手を置いた。

「あなたには王国の外から支援をお願いします」彼女は柔らかな声で言った。魔王にだけ聞こえるように。「緊急時の撤退路を確保するために」

魔王は不満そうな表情を浮かべたが、やがて渋々と頷いた。彼女の論理に反論できなかったのだ。

「分かった」彼は低い声で言った。「だが、これを持っていけ」

魔王は懐から黒い結晶を取り出した。それは彼の魔力が込められた通信用の結晶だった。

「何かあれば、すぐに俺を呼べ」彼はリリエルの手に結晶を握らせた。「少しでも危険を感じたら、迷わず使え」

リリエルは結晶を受け取り、頷いた。

「では、作戦の詳細を詰めましょう」彼女は再び地図に向き直った。「私たちは夜に潜入します。新月の日を選んだわ」

彼女の計画は緻密だった。聖女として過ごした経験から、王宮の警備体制や結界の仕組みを熟知していた。その知識を活かした完璧な計画だった。

「偽聖女ルミエルは毎週金曜日に聖剣に祈りを捧げる」リリエルは説明を続けた。「しかし彼女には本当の聖女の力がないから、聖剣は彼女に応えない。それが彼女の弱点よ」

「では、その時を狙う?」ガルヴァンが尋ねた。

「いいえ」リリエルは冷たく微笑んだ。「彼女がいない時を選ぶわ。彼女の不在が、王国の弱さを証明することになる」

その策略性に、魔族たちは感心した様子で頷いた。

「聖剣を奪った後、どうする?」魔王が尋ねた。

リリエルの唇が冷たく歪んだ。

「王国の祝祭の日を狙います」彼女は言った。「かつての聖女、今は魔王妃となった私が、聖剣を手に王都に現れる...民衆の混乱と恐怖を想像してみて」

その提案に、魔王は高らかに笑った。

「素晴らしい」彼は言った。「お前の闇の策略は美しい」

リリエルは静かに頷いた。彼女の計画は単なる聖剣の強奪ではなく、王国の民に心理的打撃を与えるための綿密な計画だった。かつての彼女なら考えられないほど冷酷な策略だ。

「では、三日後の夜に実行する」魔王が宣言した。「準備を整えよ」

魔族たちは一斉に頭を下げ、部屋を後にした。残されたのはリリエルと魔王のみ。

「本当に一緒に行かなくていいのか?」魔王が彼女の肩を掴んだ。彼の声には珍しく不安が混じっていた。

「ええ」リリエルは彼の金色の瞳を見つめた。「あなたを心配させるつもりはありません。必ず成功させます」

魔王は彼女を強く抱きしめた。その腕には、彼女を決して手放したくないという思いが込められていた。

「お前がいなくなれば、俺は狂う」彼は彼女の耳元で囁いた。「必ず戻ってこい」

リリエルはその言葉に身震いした。彼の狂気めいた愛情は時に彼女を戸惑わせたが、同時に安心感も与えた。誰かにここまで必要とされるという感覚は、聖女時代には知らなかったものだった。

「必ず戻ります」彼女は小さく呟いた。「あなたのもとへ」

---

三日後、リリエルは潜入のための準備を整えていた。

黒く密着した装束は、魔力を抑制する特殊な素材でできており、彼女の魔力を外部から感知されにくくする効果があった。背中の小さな翼は魔法で隠され、左目の下の刻印も化粧で覆われていた。

「これで準備は整いました」

リリエルに同行する精鋭部隊の隊長、レイヴンが報告した。彼は影のように動ける暗殺術に長けた魔族だった。

「よし」リリエルは頷いた。「では出発する」

魔王が彼女のもとに歩み寄った。彼は彼女の頬に手を当て、真剣な表情で言った。

「約束しろ。危険を感じたら即座に撤退することを」

リリエルは彼の手に自分の手を重ね、静かに頷いた。

「約束します」

魔王は彼女の額にキスをし、不満そうな表情で一歩退いた。彼女を行かせることは、彼にとって相当な苦痛だったようだ。

「行ってきます」リリエルは彼に短く別れを告げた。

レイヴンと三人の魔族暗殺者を伴い、リリエルは王国へと向かった。彼らは魔力を使って夜の闇に紛れ、長距離を一気に移動する。

王都セントグラールの外壁に到着したのは、夜も更けた頃だった。街は寝静まり、わずかな明かりだけが窓から漏れている。

「ここから気配を消す」リリエルは命じた。「私の後について来て」

彼女は聖女時代に知り得た秘密の通路を使って城内へと潜入した。その記憶は完璧で、迷うことなく彼らを導いた。

「さすが元聖女様」レイヴンが小声で感心した。「警備の盲点を全て把握されている」

リリエルは無言で進み続けた。この城で過ごした日々、そして彼女が裏切られた日々の記憶が蘇る。しかし、彼女の心に湧くのは悲しみではなく、冷たい怒りだけだった。

彼らは順調に神殿の外壁まで辿り着いた。そこには予想通り、六人の聖騎士が立っていた。

「ここからは私が」リリエルは小声で言った。「騎士たちの意識を奪う」

彼女は手のひらを前に向け、紫がかった光を放った。その光が静かに広がり、聖騎士たちを包み込む。彼らは気付くことなく、静かに倒れた。

「見事です」レイヴンが称賛した。

リリエルはさらに神殿の中へと進んだ。内部の結界は、彼女が予想した通りの形だった。

「ここからは私一人で行く」彼女はレイヴンたちに命じた。「ここで待機して」

レイヴンは一瞬躊躇ったが、彼女の確固とした態度に頷き、仲間と共に神殿の入り口で待機することにした。

リリエルは一人で先に進み、聖光の間の扉の前に立った。

扉には複雑な結界が張られている。彼女自身が設置を手伝った結界だ。

「懐かしいわね」彼女は冷たく微笑んだ。「でも、もう私は聖女じゃない」

リリエルは自分の手のひらを短剣で切り、血を扉に塗った。

「開け」

彼女の言葉とともに、結界が光を放って溶けていった。彼女の血が、結界を解除する鍵となったのだ。

扉が開き、聖光の間の内部が現れた。中央の台座に、聖剣が鎮座していた。

七色に輝く刀身と、純白の柄を持つ聖剣。それは王国の守護神器であり、真の聖女にのみ使用を許された神聖な武器だった。

リリエルはゆっくりと聖剣に近づいた。彼女の心には奇妙な感情が湧き上がる。かつて彼女は毎日この剣に祈りを捧げていた。

「私を覚えているかしら?」彼女は聖剣に語りかけた。「裏切られた聖女...今は闇を選んだ私を」

彼女が聖剣に手を伸ばすと、剣が微かに光を放った。それは彼女を拒絶するものではなく、むしろ認識するかのような光だった。

「そう...あなたも私が真の聖女だと知っていたのね」

リリエルは聖剣を手に取った。予想外のことが起きた。聖剣が彼女の手の中で、赤と紫の光を放ち始めたのだ。まるで彼女の新たな力に反応するかのように。

「これは...」

彼女が困惑していると、突然、神殿の警報が鳴り響いた。

「魔王妃様!」レイヴンが慌てて聖光の間に駆け込んできた。「敵が来ます!大勢の聖騎士が接近しています!」

リリエルは冷静さを取り戻し、聖剣を鞘に収めて背負った。

「撤退するわ。私の後について来て」

彼らは急いで神殿を後にした。しかし、出口には既に聖騎士たちが集結し始めていた。

「鼠捕りね」リリエルは冷たく言った。「別ルートで脱出しましょう」

彼女は城の裏側にある秘密の通路へと一行を導いた。しかし、そこにも既に騎士たちが待ち構えていた。

「囲まれたか」レイヴンが剣を抜いた。「戦いますか?」

「いいえ」リリエルは冷静に答えた。「私が相手をする」

彼女は暗黒剣を抜き、聖騎士たちに向き合った。彼女の左手から紫の光が漏れ出し、闇の力が周囲に満ちる。

「止まれ!」聖騎士の隊長が叫んだ。「聖剣を返せ、魔の者ども!」

「魔の者?」リリエルは冷たく笑った。「私を忘れたの?」

彼女は顔を覆っていた布を取り去った。左目の下の刻印が露わになる。

「リ...リリエル様?」騎士隊長が驚愕の声を上げた。「あなたは処刑されたはずでは...」

「死んでいないわ」リリエルは冷酷に言った。「あなたたちが簡単に見捨てた聖女は、今、魔王の妻として帰ってきたのよ」

騎士たちは震え上がった。彼らの多くは、以前彼女に仕えていた者たちだった。

「なぜ...聖剣を?」

「これは元々私のもの」リリエルは聖剣を背から取り出し、掲げた。「ルミエルには使えないわ。彼女は偽物だから」

彼女が聖剣を持っても光が消えないこと、むしろ反応している様子に、騎士たちは困惑した表情を浮かべた。

「どけなさい」リリエルは命じた。「さもなければ...」

彼女の手から紫の光が強まった。騎士たちは恐怖で後ずさりした。

「彼女を通せ」騎士隊長が震える声で命じた。「今は手出しできない...」

騎士たちは不本意ながらも道を開けた。リリエルとレイヴンたちは、彼らの間を悠然と通り抜けた。

城を出ると、彼らは急いで王都を後にした。

「魔王様に連絡を」リリエルはレイヴンに指示した。

レイヴンが通信結晶を使うと、すぐに魔王の声が響いた。

「リリエル!無事か?」

「ええ」リリエルは聖剣を手に持ち、満足げに答えた。「聖剣を手に入れました。今、帰還途中です」

「よし」魔王の声には安堵が滲んでいた。「東の森で待機している。急いで来い」

彼らは約束の場所で魔王と合流した。魔王はリリエルを見るなり、彼女を抱きしめた。

「無事で良かった」彼の声には珍しく感情が滲んでいた。「もう二度とこんな危険な任務は許さん」

リリエルは彼の腕の中で、かすかに微笑んだ。

「見てください」彼女は聖剣を差し出した。「私たちの最初の勝利です」

魔王は聖剣を見つめ、その色の変化に驚いた様子だった。

「聖剣が...お前の力に反応している」

「ええ」リリエルは頷いた。「聖剣は『光と闇の均衡』のために作られたもの。私のような存在には親和性が高いのかもしれません」

魔王は満足げに頷き、彼女の頬に触れた。

「お前は予想以上だ」彼は言った。「俺の最高の妻だ」

彼女はその言葉に少し頬を赤らめながらも、冷静さを取り戻した。

「次は王国の民に、真実を知らせる時よ」彼女の瞳に冷たい光が宿った。「偽聖女の正体を暴き、私を裏切った者たちに復讐を」

魔王はそんな彼女の姿に、満足げに微笑んだ。

「お前の闇は日に日に美しくなる」彼は言った。「復讐の炎に照らされて」

リリエルは聖剣を見つめながら、冷たく微笑んだ。これは彼女の復讐の始まりに過ぎなかった。

かつて彼女を裏切った者たちが、どれほどの恐怖と絶望を味わうことになるか——彼女はそれを思い描いて、心の奥深くで喜びを感じていた。

聖女の心は確実に死に、その体には闇落ちした復讐の女が宿っていた。
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