Sunrise Devil in the rain

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メトロノーム1

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 去年のこの頃と言えば、バイトと飲み会に明け暮れ、やや荒んだ学生生活を送っていたと記憶している。時の流れに身を任せ、何も考えず、ただ日常を消化していた代償として、平和だったが、刺激は無かった。そのままの気分で受けた期末考査は惨敗し、萎えきったメンタルで長期休暇に入ってしまったがために、去年の夏休みはナマケモノ状態。気付けば秋学期に突入していたという痛い過去は、当時と同じような部屋の湿っぽい空気を介して思い出される。
 テレビで気象予報士が梅雨明けを宣言している。太陽が久しく、このまま日本は水浸しになって海の底へ沈み、アトランティスとなるのではという俺の壮大な空想は、見知らぬお天気おじさんによって真っ向から否定された。

 ―学生として二度目の夏休みが近づいていた。

 この時期の朝日は、まだ情緒不安定な所は残っているものの、当初と比べてかなり落ち着きを取り戻していた。しかし、対する俺はというと、逆に落ち着きを失いつつあった。バイトを二つ三つ掛け持ちして二人分の生活費を稼ぎ出し、同時に大学で勉学に邁進し、周囲から助けを借りつつ何とかして単位を回収せねばならなかったのだ。そんな日々は想像以上にギリギリで、当然ながら、体を壊して働けなくなれば一発アウト。俺の勝手な都合で親からの仕送りを増やして貰うのは良心が痛い。そんなこんなで、リスキーな生活はプレッシャーに変わりつつある。
 「誰にも説明が出来ない」というのは、俺にとって重大な問題だった。だってそうだろう? 帰宅途中で女性(未成年)を拾いました。家まで連れ帰って今は同棲しています。なんて言えば、聞いた感じ犯罪臭漂うじゃないか。だから現状、誰にも頼れない。
 この金銭的な問題を解決し、体裁的な問題を和らげる唯一の手段は、ルームシェアと銘打つために朝日がバイトに出る事だが、これも現実問題として厳しい。一切口のきけない、身元不明の女をその場のノリで雇ってしまうアホは、世界中探したって俺ぐらいのものだ。
 それに、理屈を抜きにしても、朝日には心の休息期間が必要なはずだ。少なくとも、話せるようになるまでは……


 相も変わらずロマンチストな俺は、きっと何か縁あって朝日と出会ったのだと思ったらしい。油断するとすぐ、朝日の心配をしている。そこには、拾った人間としての責任感もあったのだろう。あるいは、献身的に働いてくれる朝日の姿に打たれたのかもしれない。何にせよ、来る夏に備え、俺は考えを巡らせていた。
さて、夏休みにどれだけ働けば良いのだろう。今より生活は楽になるだろうか。一学生が人一人を丸ごと養うなんて、鼻から無理な話だったのだと笑われないように、俺がなんとかしなければ。とまぁ、こんな具合に段々と深刻に考え、携帯でバイト情報を調べつつ、難しい顔で画面とにらめっこをしていた。
 そんな器の小さそうな男を横から眺める朝日は、呑気に体育座りでソファの上に鎮座し、リラックスしていた。朝食を終えた二人の緊張感はまるで違っていた。
 朝日は白板を叩いた。
『どうかしたの?』
 振り向いた俺は、変に気取ろうとして、
「いや、何でも無い」
 と、うそぶいた。

 ―これまでの共同生活の中で知り得た「雨弥朝日」の特徴は三つ。
 一つ目は、やたらめったら賢いということ。家事が一段落して、暇になれば、すかさず本棚に手を伸ばす。大学に買わされたり、先輩のお下がりだった物理、化学、数学の専門書を好んで読み漁っていたのだ。おかげで、今や彼女は俺に教鞭を執れるまでに成長している。ものの一ヶ月で抜き去られた学力に関しては、情けない限りだが、もう追いつくことはあるまい。
 二つ目は、意外にも少食ということだ。元ホームレスは腹が減ってそうで、むさぼるようにメシを喰らうのではと、食費の心配をしていただけに拍子抜けだった。本人曰く、『食べようと思えばいくらでも食べられる』が、『そんなに食べなくても大丈夫』とのことだ。遠慮している素振りもないし、もともと少食なのかもしれない。
 三つ目は、彼女が歴とした女性であることだ。出会った時こそひどい有り様で、女性らしさは皆無だったが、身なりを整え、それなりの衣服を着て街を歩けば、普段俺が大学で見かける女子大生となんら遜色ない。所作振る舞いを見ても、まさに女性のそれといった感じ。よくもまぁここまでマトモになったものだと喜ばしく思うが、事態はそう簡単ではない。女性らしさを持つというのは、男が忌み嫌う女の性質も兼ね備えているということで―

『そう、ならいい』
 素っ気ない感じで、別段興味も無いのだろう。
 お気に入りの座布団を膝で挟み込み、体育座りのまま左右に軽く体を揺らし、時々あくびをしては暗に暇を表明するこの女。無言を笠に着たポーカーフェイスからは何も読み取れない。何か企んでいるようにも見えるし、頭空っぽにも見える。たぶん後者だ。
「……ちょっとトイレ」
 あくびが止まらん寝坊助をよそに、俺は珈琲の利尿作用に急かされ、用を足しに行った。
 この時、俺はすでに出し抜かれていた。この時の俺を今さら戒めるとしたら、「女の前に自分の携帯を放置するな」であるが、それは「朝食と一緒に出された珈琲を怪しめ」と同義なので、いかんともしがたい。
 要するに、彼女は前者だったのだ。俺の携帯の暗証番号はとうの昔に把握しており、定期的なチェックを怠らなかった。間抜けな俺は、その度に出される珈琲を見ても、「朝日は珈琲が好きなのかな」くらいにしか思わなかった。疑われないよう、自らも珈琲を飲むことを忘れなかったからだ。―かくして「雨弥朝日」は、我が家の内情を察することになる。

 便所から戻ると、朝日の後頭部はまだ小刻みに揺れていて、一定のリズムを保っていた。その光景は、一つの挿話とともに、ある音楽製品を思い出させた。メトロノームだ。
 俺がメトロノームを初めて目にしたのは、小学校の音楽の授業だった。突如現れたソイツは、千秋(音楽教師)大先生から御紹介預かっている最中にも関わらず、一切の落ち着きを見せず、永遠と左右に揺れ続けていた。
(こいつ、めちゃくちゃ元気だな……)
(いつ止まるんだ? そもそもどういう原理で動いてやがる)
(止めたい……。あの棒を、すごく止めたい……)
 幼き日の俺は、メトロノームだけが持つ魔力に魅せられていた。揺れる朝日を見て、あの時の欲望が再び熱を帯びた。当時は「壊れるから」と、止められたが、残念だったな千秋。ウチのメトロノームは壊れん。絶対にだ。

 俺は朝日の頭がちょうど真ん中に来た時を狙って、わしづかみにした。
 ―セイッ!
(……ついにやったぞ! 止めたっ!)
 もはや楽しくなっていた俺は完全に普段の自分を見失っていた。だが、浮かれていたのは最初だけで、朝日のあまりのリアクションの無さに、徐々に肝を冷やしていった。
(……なんだ? 全然反応が無い……。頭をわしづかまれておいて、振り向きもしないとは、何事だ、何事なんだ……。てっきり、『もう、なにするのよ!』的なお叱りを受けると思っていたのに、話が違うじゃないか)
 俺は無言の恐怖に耐えかね、恐る恐る尋ねた。
「あの、朝日さん……?」
 声をかけたのと同時に、朝日の手元が動いた。
『また撫でてくれるの?』
 この解釈に、俺は動揺した。
「い、いや、そういうつもりじゃなくてだな……」
 当てが外れたように、朝日は肩を落とした。
『じゃあ、また今度』
「あ、おう」
 挙動不審になって思わず手を引っ込めた。そんなの、今してやれば良いものを。
『優理』
「……何だ?」
『ちょっとお出かけしようか』
「……急だな。行きたい所でもあるのか?」
 ようやく振り返った朝日は何か思うところがあるようで、少し考えて、
『行き先は、街を散歩しながら決めよう』
「なんだそりゃ」
 良く分からないうちに、昼間から散歩する事が決定した。実を言うと、朝日と一緒に外出するのは久々のことだ。別に好き好んで放ったらかしにしていたわけじゃない。ただ、身近な知り合いとの遭遇を危惧していたのだ。
前述したとおり、俺は説明責任を果たせないから、街中で出くわしたら不味い。俺の知り合いにろくな奴はいないから、逃げたところで、奴らは瞬く間に号外を発行、記事の見出しはこうだ。「陰キャ藤代、熱愛発覚」。週刊誌さながら、あること無いこと書き殴るに違いない。つまり、不用意に朝日と街に出るのは危険という事だ。
 しかしながら、誘いを断れない所は父親譲りでして、ここらで外食にでも連れて行ってやれば、お互い気晴らしになるし、同居しているのにずっと単独行動という訳にもいかない、なんて風に理屈立てて、俺は気乗りしない体に鞭を打った。
(えーと、……服は、いつもの感じで良いかな)
(いや、待て待て、前向き考えよう。ここはあえてアグレッシブにだな……)
 早くも夏バテ気味の体と、微妙な偏頭痛が思考にいたずらをした。ノイズが走る脳内で、俺は今回の外出を男を上げる良い機会だと見なせば、リスクと釣り合うなどという妙な勘定をしていた。高校時代のファッションに傾倒した記憶を頼りに、俺は間違った脳波のまま着替え始めた……
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