Sunrise Devil in the rain

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エゴイスト2

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 夜の帰り道、朝日は放心状態といった様子で、白板は白いままだった。連れ立つ俺は、ようやく落ち着いた心中で、この一連の暴挙の答え合わせをしていた。

(あんなにムカついたのは、きっと、俺がひどいエゴイストだからだ。今回の暴挙は、「素敵な女性というのは、可愛らしい部屋でカフェラテでも飲みながら一日を過ごしたり、たまの休日に友人と仲良くショッピングするような、平和で優雅な生活をしているはず、そうあるべきだ」という、ひねくれたエゴに依拠した行動だった。あんなにも綺麗に笑う女性が、ずさんな生活を何食わぬ顔で続けようとする事が許せなかった。そうに違いない。なぜなら、この解釈が自分を一番納得させてくれるからで……)

 量販店を出て北に直進し、さびれた商店街を通り抜けると、ちょっとした住宅街のような所に出る。そこに自宅アパートがある。少々古めかしいたたずまいだが、駅からそう遠くなく、間取り良好、壁は厚いから騒音の心配はいらない。気難しい大家の機嫌さえ損なわなければ、いい物件と言えるはずだ。……家賃滞納、初犯は大目に見てくれるといいんだが。
 この街に越してきてもう一年半になるが、未だに土地勘は薄い。これは、実用的な路地のみを覚えたがる癖が災いしているのだろう。にも関わらず見たことも無い道を何となく歩いているのは心ここにあらずな証拠だが、この街で本格的にホームレスに勤めていた隣の女は別だろう。ずいぶん惚けた顔をしながらも、細い路地裏を自信ありげに突き進んで行く。ハイエナのように食いぶちを探し、瞬く間に路地裏に精通していった朝日の姿は、出会った時の無様さからして、想像に難くない。俺は金魚のフンの如く追従した。
「なぁ、朝日。この道で合ってんのか」
朝日は俺の呼びかけにも振り返らず、ただ前を行くのみだった。
 そうして、俺と朝日は到着するべくして到着した。たどり着いたのは、どことなく年季を感じさせる広い公園。到着し、立ち止まった朝日が我に返った。
『道、間違えた』
「はぁ? 何だよそれ!」
『ぼーっとしてた』
 俺は頭を抱えた。よもや二人とも適当に歩いていたとは……
「まぁいい。それより、ここはどこなんだ」
静けさの中を、ペン先で白板を擦る音が響く。
『私の家だった所』
「―あー、ここが……」
 内心、帰ろう帰ろうとしたのだろう。無意識の内に、元自宅に向かっていたのだ。
幸い、朝日はここからアパートまでの道順を知っていたので、道案内を頼んだが、
『せっかく来たんだから、ゆっくりしていって』
 と、元住人様が言うので、やむなく、お言葉に甘えることにした。
《……キィ……ギッ……キィ……》
 いい歳こいた男女が、二つしか無いブランコを占領するのはいかがなものかと思うが、夜中の公園内には人っ子一人いない。わざわざ文句を言いに来る奴はいない。
 見渡してみると良く分かるが、この公園の敷地面積は相当なものだ。併設されたグラウンドとテニス場のせいで、余計にだだっ広く映る。園内中央には巨大なタコのモニュメントがそびえ立ち、うねる足先が滑り台の用をなしている。この辺りは海に近く、特産品としてタコを推している事は無関係ではあるまい。他にも鉄棒、ウンテイ、砂場、ジャングルジム、バネ付き動物オブジェ……。幼い頃を思い出させる物ばかり。
「懐かしいな……」
 俺は小さくつぶやいたが、聞こえていないのか、朝日はうつむき加減でブランコに座り、ただじっとしていた。何か考え事でもしているのだろうか……
 朝日は口で話せないから、驚くほど静かな時間が流れる。
「……」
 俺はこの期に及んで、そわそわしていた。よく考えれば、夜中の公園に女子と二人きり。こういう時に何かしらコミュニケーションでもあれば緊張がほぐれて良いのだが、朝日は物憂げな表情で何も話そうとしないから、「そわそわ」はつのるばかりだった。このままではジリ貧だ。こちらから話しかけなくては。そう思い、彼女の方を向いた時だった。
「……あ、いや、えっと」
 朝日の視線が待ち構えていた。さっきまでうつむいていたくせに、どういうつもりだ。
 俺が二人きりだなんだと浮かれているうちに、朝日は白板に一言記していた。
『どうしてここまでしてくれるの?』
 当然の疑問だった。どう答えたら格好がつくかと少し考えたが、良いアイデアは浮かばない。結局、当たり障り無い、もっともらしい事を、ぶっきらぼうに言った。
「同居人が貧相なのが気に食わなかっただけだ」
 朝日は続けて尋ねた。
『私を哀れんだの?』
 すぐさま否定した。
「違う。それだけは無い」
『じゃあ、どうして?』
「……お前はウチのたった一人の使用人なんだ。優遇して当然だろ」
 朝日は一瞬俺の目を見据え、それからゆっくりと白板を消し、その上に短く一言書いた。
『嘘だ』
 白板越しに凝視する朝日。俺は釘を刺され、怪訝な顔をした。
「……誰だって、自分の部屋の物置を荒らされたくない」
『嘘だ』
「……生活水準ぐらい俺に合わせろって。近所の目が気になるだろ」
『嘘だ』
「―っ、嘘なんかじゃねぇ!」
 思わず立ち上がって、声を荒げた。白板の『嘘だ』の文字はそのままに、朝日はじっとこちらを睨みつけている。まるで何かを待っているように。
 その場の空気に耐えかね、俺は苦し紛れに言った。かすれて、小さな声だった。
「せっかく助けたんだ、まともに生きろよ……」
 朝日はようやく白板を消し、新たに一文したためた。
『うん、そうする』


 公園からアパートまでの道中、俺は謎の恥ずかしめを受けていた。
『この照れ屋さんめ』
「何だよ、からかうんじゃねぇ、この居候」
『優理は言い訳が長いんだよ』
「やめろ、それ以上言うな。赤面するぞ」
苦虫でも噛んだような表情の俺とは対照的に、朝日は平然としていた。
『今日で何となく優理の事が分かった』
「たった一日で俺を理解しないでくれ……」
『優理はお人好しなんだ』
「……ほう」
『でも』
「でも?」
『素直じゃ無い』
「……一言多い」
 そう、俺は素直じゃ無い。いつから素直じゃ無くなったかは分からない。
『ホントはね、素直じゃ無い言葉は、裏の意味を察してあげるのが筋だと思う』
「ホントにな」
『でも、私は問い詰めて、最後まで言わせた。普段はそんな事しないから、自分でも驚いてる』
「……」
 朝日は自然と足を止めた。同時に、俺も立ち止まる。ちょうど、街灯の真下だった。
『そのくらい、心の余裕が無かった。分かってるけど、それでも不安だった。だから、優しい言葉が聞きたくなって―』
 それは当たり前の事だ。家庭のいざこざで路頭に迷って、挙げ句の果てに声まで出なくなってみろ。心の余裕なんて一瞬で吹き飛ぶ。
『意地悪な事してごめんなさい』
「謝るほどの事じゃない」
 俺は腕時計に目をやった。時刻はすでに午後十時を回っていた。
「今日はもう遅いから、とっとと帰ろうぜ」
 促しても、朝日は一歩も動かない。手元の白板に顔を向けたまま、柳のように垂れ落ちる黒髪が顔全体を覆って、表情は見えない。
『こんな事するから、お父さんもお母さんもいなくなるんだ』
「……朝日?」
『私が全て悪かったんだ。私が最低だったから。私が―、私が―』
 朝日は小さく震えた文字で、自戒の念を一心不乱に書き続けた。それこそ、悪霊に取り憑かれたように、狂気的に書いた。誰かが止めてやらねばならなかった。
「朝日、こっち向け」
 彼女はピタリと手を止め、そして、ゆっくり顔を上げた。彼女の目は今にもこぼれそうな涙で潤んでいた。そのくせ、躊躇無く真っ直ぐに見るから、この手の視線に縁の無い俺は、あやうく後ずさりしそうになった。どうにか踏みとどまって、視線を合わせる。決壊寸前の涙腺を前に、俺は一種の使命感を抱いていた。彼女を二度も泣かせる訳にはいかない。
 俺は朝日の頭に手を置いて、不器用に撫でた。
「お前は悪くない」
 何の根拠も無い、何の工夫も無い慰めだったが、これで良かったのだろう。
 事実、号泣は回避されたし、ついでに言うと、朝日は撫でた手を握ったままアパートまで離そうとしなかった。まさに効果テキメン。ちゃんと慰めとして成立していたのだ。
ここで、なぜだか羨ましがり、嫉妬する人に言うと、朝日の言うとおり俺は生粋の照れ屋だったらしく、恥ずかしさでそれどころではなく、ちょっと歩きづらかっただけの思い出に終わったから、気にしないでくれ。

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