Sunrise Devil in the rain

masa

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メトロノーム2

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 最終的に、エンジシャツに、カジュアルスラックス。手首で高級腕時計(貰い物)、胸元で十字のシルバーがそれぞれ輝いている。髪もワックス、ヘアスプレー等を巧みに駆使することで、無造作ヘアーからアップバング風に仕上がり、中々の完成度だった。そして、俺は洗面所の鏡の前で二三度うなずいて、確信した。
「……やべぇ、やり過ぎた」
「誰だよこれ……、どこのパリピだ……」
 我に返るのが遅かったようで、理系芋男が、イケイケなチャラ男に様変わりしていた。この格好でひとまず散歩をするのだから滑稽だ。
 せせら笑いを浮かべ、あまりにキメすぎた自分を哀れんでいると、洗面所のドアがノックされた。早くしやがれって事なんだろうな。まぁいいさ、思う存分笑って貰おうじゃねぇか。
 笑いものになる心の準備をして、ドアを開けた。
「……」
 ドアを開けてすぐ、朝日と目が合った。半ばヤケクソだった俺は、笑われる前に、無言のまま上から朝日を睨みつけた。失敗したのは自分のせいだというのに、完全な八つ当たりである。
 意外なことに、先に目を逸らしたのは朝日だった。いつも人と目をぴたりと合わせてコミュニケーションを取ろうとするから、これは珍しい。少し顔が赤らんで、どこかオドオドしているから、なおさらだ。目新しい反応を示す朝日は実にからかい甲斐がありそうで、俺は追撃した。
「んだよ、文句あんなら言えよ」
 もはや誰なのであろうか。普段の十倍くらいオラついた口振りと、腰を曲げ、顔を近づけ、至近距離で眼を飛ばす様は田舎ヤンキーを彷彿とさせる。ここまでして、朝日はまだ笑い出さない。
 もう少しで額がぶつかるという所で、それを遮断すべく、顔と顔の間に白板が差し込まれた。
『文句ありません』
 ドアが開く分までしか幅の無い細い廊下。あまつさえアホに過剰接近され、向かいの壁に張り付きになり、体勢を窮していたはず。そんな状況下にあっても、手元で、それもノールックで綺麗な字を書いてくる辺り、さすが朝日と言いたいところだが、内容に納得いかない。
「一つくらい感想くれよ」
 朝日は白板を裏返した。
『素敵ですね』
 これには驚いた。裏にまで書く余裕とその技量、ここまで来ると手品に近い。
「褒められるとは思わなかったな」
 まだ視点が定まらない朝日は―
「もう一つ聞きたいんだけど」
 ―言われて、雑にうなずく。
「さっきから、どうして敬語なんだ?」
 にっちもさっちもいかず、赤面したまま地団駄を踏んで抗議する十九の居候は、全くもって意味不明だった。何がしたいんだか知らないが、最後は走り書きで、
『すいません』
 と書いて、洗面所に逃げ込み、俺は入れ替わりで退場処分を受けた。

 ここまでの俺の行動は普段のキャラからはかけ離れており、熱でもあるんじゃ無いかと思われたかもしれない。ここは俺の名誉のために補足しておくが、この日は朝から体が本調子ではなく、心なしか頭痛もあった。実際、次の日はのっけから高熱を出してダウン、午前中だけで無理やり治してバイトに行くという有り様だったわけで、つまり、俺は夏風邪を引いていたのだ。いわば、体調不良から来る異常行動であり、本来の俺ではないから、あしからず。
 ―朝日が支度をする間、俺は食卓椅子に腰掛け、台に肘を立てて、頬杖を突いた。何を見るでもなく前方に視点を固定して、先程の釈然としないやり取りについて、覚束ない頭で考えていた。
(盛大に馬鹿にされる予定だったんだが……、妙だな)
(目線は合わせないし、顔も真っ赤でさ)
(それに、あの落ち着かない態度……、さてはあれか、怖じ気づいたか)
(いくら芯の強い女とはいえ、いざ男に睨みつけられると、やはり怖いか……)
 右から左へと、このように思考が推移して行った。結局、「ちょっとイカつい田舎ヤンキーに睨まれた朝日は戦慄。おびえきった、情けない姿を晒したことを恥じらい、思わず赤面。あまりの羞恥に耐えかね、洗面所に逃げ込み、現在籠城中である」という仮説を立ててしまう。
 今まで女性と縁の無かった男は、何でもひねくれた見方しか出来ないから、世間の人々が真っ先に思いつくような最有力の選択肢でさえ、心のどこかで「ありえない」と、簡単に省いてしまう。
「……あいつ、まだかな」
 そう言うと、少しして、洗面所から出てきた。朝日はすでに着替えていて、準備は整ったかに思えたが、何故かそのまま居間に直行。それから十分ほどで襖が勢い良く開いた。
『待たせてゴメン。じゃ、行こっか』
「待て」
 朝日はある意味恐ろしい格好をしていた。つい十分前に着ていた外行きの服を全て脱ぎ捨て、代わりに、出会った時に着ていたボロジャージに着替え直していたのだ。わざわざ二回も着替える奇行は、一万歩譲って良しとしよう。だが、その首にぶら下げた物は何だ。
『ホワイトボードだよ』
 ホワイトボードにそれを書き込むと、まるでホワイト・ボード氏が自己紹介でもしているようで、普段なら笑ってやれなくはないが、今回は全然駄目。
 いつの間にか白板の左右には穴が開き、そこに白いひもが通されていた。通した先でひもは結ばれ、輪になった部分を首に掛けてやることで、白板をぶら下げている。これがまぁダサい。
 ずっと手に持っているよりは、携帯しやすくなったかも知れないが……
「その格好でどこに行くつもりだ」
 間髪入れず、白板を縦方向に裏返す。
『中心街』
 あらかじめ返答が用意されていると会話がスムーズで良いのだが、なんだか思考が先読みされている気がしておっかない。まだ何も言ってないのに、すでに裏を消して何か書き始めているから、どうもそういうことらしい。
「……え、散歩しながら決めるって―」
『いや、もう決定した』
「え、いや、でも」
『決定した』
 何故だろう。怒りの気配を感じる。
『それも、最近出来た駅前のオシャレなカフェに行きます』
「そんな所にその格好で行ったら、どうなるか分かってんのか?」
『やばい女連れてる趣味の悪い男だと思われて、優理が大恥かく』
「……お前も恥かくぞ、いいのか?」
 朝日は軽くうなずいた。
『今日は徹底的にいじめてやる』
「なんでだ!」
『これは罰だよ』
 俺は思い当たる節があったが、あえてしらばっくれた。
「……俺が何したってんだ」
『優理は二つの罪を犯した。一つは、必要以上に近づいて睨みつけた事』
「……もう一つは?」
『トイレしてすぐの手で、私の頭をわしづかみにした事』
「……っ、ちゃんと洗ったさ、洗ったとも」
『洗浄の如何に関わらず、イメージが悪い』
「……おっしゃる通りで」
 朝日はわざとらしい程に、ゆったりと白板を返した。
『懺悔の時間ね』
「―ジーザス……っ」
 俺は自分の運命を嘆くばかりで気付かなかったが、この時すでに朝日の筆記スキルは異次元の域にあった。朝日は対面で素早く返答するために、裏面も使っていた。そこで必ず一度だけ反転を挟んでいた。そして、会話は自然に成立していた。―これは衝撃の事実だ。
 俺から見て自然な文章を書こうと思えば、一回の反転で上下左右が逆になることを考慮した文字を書かねばならない。さて、朝日から見た白板の風景はどのようなものだっただろうか。

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