Sunrise Devil in the rain

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ハッピーバースデー3

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 ―俺が目覚めたのは失神してから五時間後のことだった。まぶたの裏から見た外界はまぶしくて、徐々に慣らしていくように目を開いた。
「……朝日か?」
 最初に見えたのは使用人の下顎。上方で部屋の照明が点灯していて、自分が仰向きで寝そべっていることが分かった。
「あ、起きた?」
 顔を覗き込まれる。
「俺、どうして……」
「体がビックリしすぎて、気絶してたんだ、昼間からずっと。おかげで足がしびれちゃった」
 足がしびれた……? 嫌な予感がして少し頭を上げると、自分が何を枕にして寝ていたか分かった。
「うぁっ! すまん!」
 一気に体を起こして、反射的に謝った。
「まだ寝てて良いんだよ、ほら」
 朝日は自分の太ももを両手で叩いてみせた。何の誘いだそれは。
 その手には乗らんと俺が顔を横に振ると、彼女は照れなくても良いのにと仏頂面する。部屋の時計は五時四十分を示している。
 胸に手を当てると、心臓は正常なリズムで鼓動を打っている。指先の若干のしびれを残すのみとなった体に、少しほっとした気分だ。なんたって、こんな経験は初めてだったからな、ショックでゆるやかに失神するなんて、人生何があるか分かったもんじゃない。
「晩ご飯はいつ頃がいい?」
 朝日はいつも通り、飯時が近づいて、家主に伺いを立てる。
「六時半……ぐらいに、するか」
 あまりにも日常的な会話、光景に俺は面食らってしまった。何か途方もない事が起こったはずだが、それが夢のように形骸化して、あたかも無かったことにされている。まさか、本当に夢だったんじゃ……
 俺は辺りを見渡して、例の物を探した。
(……無い)
 後ろから刺すように使用人が言った。
「心配しないで。戸棚の上から三番目、引き出しの中に大事に保管してある」
 念のため尋ねた。
「何が、保管してあるんだ?」
 彼女は不安そうに首をかしげた。
「頭でも打った?」
続けて、
「宝くじだよ、覚えてないの?」
 ―また少し鼓動が高鳴る。……大丈夫、気構えていた分、落ち着いている。不意打ちでもなければ、取り乱したりしない。
 朝日は夕飯の支度のため、ダイニングに向かった。居間で夕飯が出来るまでの間、天井を仰ぎながら前髪を掻き上げ、何度も深呼吸をしてから、携帯を取った。事実確認をとらねばならない。当選番号の速報が記載されたサイトを開いて、恐る恐る引き出しを開ける。衣類の間に何かが挟まっている、三枚、薄い紙のような物が挟まっている。それらを手にとって、居間の低台に並べた。彼女の言うように、それは宝くじだった。携帯の画面とくじの間で、目を十回前後行き来させて見比べた。……どんぴしゃだ。
 明るい部屋の中で見間違うはずも無かった。総額十億円。誰もがうらやむ億万長者だ、俺の計算高い頭は、もちろん色々な妄想に走った。一生働かず、好き放題生きていける、豪邸を建てたり、毎年海外旅行に行ったりしても、きっと許される。そういう贅沢な暮らしを想像した。なぜなら、自分の精神が、幸福で満たされることを期待したからだ。それなのに、どうしてこんなに不安なんだろうか。
 ざわつく心を整理して、冷ました頭で考える。この不安は複合的なモノで、一言では言い表せない。けれど、二つに大別することは出来る。一つは「金額」だろう。
 十万や百万だったらまだ分かる、だが、目の前の紙切れは十億。一般人の心のキャパシティを完全に無視した巨額さに、改めてため息が漏れる。盗難や紛失といった杞憂が必要以上に増幅し、精神的にタフだ。これは一般論というか、世間でもよく言われることだから、当然の悩みだろう。
 もう一つは、「違和感」だ。これは俺にしかない。
 誕生日プレゼントに買わされた宝くじがたまたま一等入ってました、なんてことあるはずが無い。俺の誕生日にそんな大それたご利益は無い。連番で十枚、一セット三千円のリターンが十億なんてますますあり得ない。確率論と自分の不幸体質を合わせて考えれば、これが自分由来の出来事でない事はすぐに分かる。買ったのは俺じゃない、朝日だ。
 孤児を哀れんだ神の慈悲とでも言えばそれまでだが、神を持ってしても説明できないことが一つだけある。違和感の根幹でもあるそれは―
「優理、ご飯できたー」

 ―俺の箸は進まない。朝日は食べながら自分の作った料理の出来を確かめるように、時折うなずいている。一連の動作に普段との差異は見受けられない。
 人間観察を続けていると、目が合った。
「な、何? そんなに見つめて……」
 俺は自分の立てたある仮説を確かめるべく、詰問した。
「よく平気でいられるよな」
「え、そうかな」
 朝日はシラを切った。
「十億だぞ、十億! なんでそんなに落ち着いてられんだよ、おかしいじゃねぇか!」
「……これは、えっと……」
「お前もしかして―」
 言いかけて、
「それ以上言わないで!」
 芯の通った声で制止された。
「聞かれても、答えられない」
「どうして」
「女の子には秘密がたくさんあるの、分かる?」
 決めぜりふを言ったつもりなのか、箸をビシッとこちらに向けてどや顔を見せつける。
「……箸を人に向けんじゃねぇ」
 
 ―結局、俺の仮説は検証されないまま、うやむやの内に自然消滅してしまった。まぁ、もしかしたら、とんだ見当違いだったのかもな。正直、にわかには信じがたい仮説だったし、今どうしても聞きたいわけじゃない。また暇な時にでも尋ねてみたらいいんだ。「あの宝くじが当たるのを、初めから知ってたんじゃないか」ってさ。

 

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