Sunrise Devil in the rain

masa

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別れ1

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 ―長かった夏休みも、いよいよ終わりが近づき、そろそろ大学の秋学期が始まるというのもあって、俺達は遠方への旅行を控えるようになっていた。
「何それヒドい」
「私より大学なの」
「優理は何も分かっていない」
 などと、散々文句を浴びせられたのは、俺がスケジュールの変更を要請したためだ。彼女の立てたスケジュール表には、夏休み最終日まで予定がぎっちり詰まっていて、特に最後の一週は一日の休みも無いまま俺を秋学期に突入させる計画が記されていた。さすがに最終週ぐらいは地元に戻ってゆっくりしようと提案したところ、罵詈雑言の花束をプレゼントされた次第である。予期せぬ猛反発は口論の末に平行線をたどり、最後に彼女は折衷案を投げつけた。
「じゃあ、最後に、遊園地に連れてけ!」
 遊園地というのは、つい最近新設された隣町のテーマパークのことだ。地元から近いし、それぐらいならとこの条件を受け入れた。
 そして今日が約束の日。先に行っておいてと部屋から追い出されて、今は駅前のベンチで待ちぼうけしている。かれこれ一時間は待たされている。
「支度が遅いっ、これだから女って奴は……」
 ジャージでも何でも良いから早く来やがれと思念を飛ばしていたら、無意識に右足がタップしていた。
 
 目の前で勢い良く水の華を咲かす噴水、その向こうから、俺の方へと手を振る人影を発見。背丈から歩き方まで、待ち人そのものだった。普通なら急いで駆け寄って、「ごめん、待った?」と上目遣いで尋ねるのが礼儀だが、急ぐ素振りは見られず、むしろ亀のようにのろい。
 マイペースに、自分の歩幅を守って待ち人は歩み寄る。それに伴い、徐々に面構えや、身なりが鮮明になる。決意に満ちた面持ちに、フリルのついた漆黒のドレス。耳元で輝く銀のピアスは弧を描くように揺れ、足元で鈍く光る黒のハイヒールは深い光沢を示し、それぞれがしめやかに存在を主張している。
全体的に黒でコーディネートされた服装は、太陽の下で純白の肌とコントラストする。近づきつつある完成された美に、俺は息を飲んだ。見惚れて、呆然としていた。
 締まらない顔の男に向かって、待ち人は声をかける。
「お待たせ」
 いつもより三割増しで綺麗な声に聞こえる。見た目の印象が声色さえ違って魅せるというのは、ちょっと信じられない。準備していた大抵の文句は頭から抜け出ていたので、とっさに思いついた言葉をそのまま言った。
「その格好で、どこに行くつもりですか、マドモアゼル……」
 彼女は正大な態度で目的地を告げる。
「遊園地」
 いつぞやのオンボロジャージの如く、定期的にオーバーな服のチョイスをしてくるこの待ち人の名は雨弥朝日。この世で最も黒の似合う、俺の同居人だ。

 ―太平洋沿岸を行く私鉄路線を電車で約十分、街から二駅も行けば景色は一変する。周辺の複雑な地形が原因で人口が流出し、隣町は数年前までほとんど人の住まない荒れ地だったらしい。だが、近場に人口が集中した街があって、おまけに地価が格段に安いとあっては、新興ベンチャー企業が黙っちゃいない。複数の企業と協賛でテーマパークの建設プロジェクトを起こし、急ピッチで施工を開始。業者のトラックが横行し、新たに周辺地域の開拓を進め、荒れ地は丁寧に舗装された。そんなこんなで巨大テーマパークを中心とした近代的な街並みが出来上がったというのが今日に至るまでのあらまし、何気なく手に取ったパンフレットにそう書いてある。よくある話じゃないか。
「優理、次はアレに乗ろう」
「またジェットコースター……、もうダメだ、吐きそう」
「吐くのは弱音だけにして、ほら、早く」
 朝日に手を引かれ、長い列の最後尾へと渋い顔をして向かう。並んでいる間、本格的なドレスの女と、平凡な服装の従者は、まるで貴族と下僕のように上下関係があからさまで、周囲の好奇の目と、小鳥のさえずりのように聞こえてくる嘲笑の言葉に俺は赤面した。
 しかし、赤面しながら待つ時も、園内を移動する時も、俺達は難なく手をつないでいた。常にそうではなかったが、時々つながれている。夏の間に朝日の手は、一切悟らせずに相手の左手に忍び入るスキルを獲得していたらしく、たまに気付いてほどこうとしても、無言のまま指の間に指を絡ませて抵抗してくる。手と手で一悶着あった後、しれっと恋人繋ぎが完成していた時の驚きといったら無い。そんなことが日常的にあったせいで、慣れと諦めの意味で暗黙の了解が成立していた。
「これ、何分待ちだ」
「四十分待ちって書いてあるね」
「俺、足しびれてきた」
「私、ヒールだけど?」
(それは履いてきたお前が悪いんじゃ……)
「とりあえず、これに乗ったらランチにするから、それまで我慢して」
「……はい」
 最近、俺に対する朝日の態度が変わってきたのを感じる。誕生日に莫大な資金提供を受けている手前、どうしても朝日に強く出られない。弱気な俺もいけないが、それにしたって後味が悪い。十億の中には家賃と生活費も入っていたと言って部屋の永住権を主張したのを皮切りに、ガンガン意見するようになっている。このままでは尻に敷かれそうで大変恐ろしい。
 結局、またも一時間待たされて、絶叫系は今日で四度目。俺は安全バーにしがみついて終始無言、朝日は両手を天に伸ばして楽しそうに叫んだ。そんな二人の姿は余計な写真撮影サービスにより激写され、店頭販売されていた。これは誰の陰謀だろうか。
「あぁー、これも。優理、目閉じてる」
 売店で買ったチュロス的な何かを頬張り、俺の写真写りの悪さを嘆く。
「あんまり怖くないやつにしたのに」
 まるで俺がびびっていたような言い方をしやがる。ま、そういう考えもあるのかな。
「あれだ、俺、ドライアイなんだ」
「……へぇ、それで?」
「目が乾いちゃ駄目だろ? だから目ぇ閉じてんだよ」
「そうなんだ」
 非常に苦しい言い分である。彼女は写真をテーブルの上に置き、チュロス的な何かを咀嚼しつつ、真顔でうなずいた。「それが見栄っ張りなのはお見通しだが、一応男の顔は立ててやる、感謝しろ」という主旨を言外からうっすら感じる。
「この話はもうやめよう、何か別の話題をだな」
「じゃ、夏休みの反省会でもする?」
「反省か……、えらい無駄遣いしたこととか?」
 彼女は肩肘張って、
「思い出作りのための必要経費でしょ!」
 チュロス的な何かを根元まで飲み込んだ。
「私は、最後のドタキャン以外は良い夏休みだったと思う」
「ドタキャンって言うか、元々の予定に問題があった―」
「もう、こないだからそればっかり! 他の言い訳はないの?」
 いつになく根に持つ同居人を疑問に感じた。俺は彼女がお手洗いのために席を外した時に、携帯に入っているファイルからスケジュール表の画像を開いた。彼女が本来予定していた事柄を簡単に目でさらう。
(……朝から大型客船に乗り込んで、昼間に船内の舞踏会に参加? 停泊先に何たらホテルがあって、えー、最上階のフランス料理店でディナー……、Why?)
 それはまるで大人な男女のデートコースのようだった。こんな事を学生風情がしていたら背伸びにも程があるだろうと、俺は一蹴した。
 舞踏会のために事前に用意していたドレスがドタキャンで着る機会を無くしたことや、その他諸々の事が上手く行かなくなった件について彼女は怒っていたそうだが、それを本人から聞かされたのはずいぶん後になってからだった。言わずもがな、鈍感な俺は何も分かっておらず、故にこの夏で最も反省すべきなのはこの鈍感さだったかも分からない。
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