日常、そして恋

知世

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出会い

…大丈夫です

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―職員室にいます

保健室の扉には、そう書かれたプレートがかけられていた。

「げっ。職員室…」
「樹って、昔から職員室嫌いだよね」
「嫌いというか…あの独特な雰囲気が苦手なんだよ」
「確かに…。僕も、あの雰囲気苦手だよ」
「え、春人も?ちょっと意外」
「そう?」
「春人は何で苦手なの?」
「変に緊張するから…かな」
「分かる分かる。悪いことしてないけど、居心地悪いんだよな」
「へぇ、そういうものなんだ」
「透くんは緊張しないの?」
「しないよ」
「透は結構図太いからな~。緊張とか無縁なんじゃ…」
「樹は保健室にお世話になりたかったんだ」
「へ?」
「ごめんね、気付かなくて。…お望み通りにしてあげようか?」
「すいませんでしたぁ!試合近いんで許してください!」
「樹が僕を弄るなんて、十年早いよ」
「…透、俺のポジションって何なんだ?」
「弄られ」
「即答!?」
「それ以外ないでしょ」
「いや、あるだろ!カッコいいバスケ少年とか、爽やかなバスケ少年とか…。ほら、他にもある!」
「却下」
「何で!?」
「長い」
「そんな理由!?」
「…自分でカッコいいとか、爽やかとか、言わない方がいいよ。寒いし痛い」
「ちゃんとした理由があった!しかも辛辣!」
「で?結局、樹はどんなポジションになりたいの」
「バスケが得意な少年で!」
「…バスケ馬鹿でいいんじゃない?」
「それでもいいけど」
「えっ、いいの?」
「間違ってないからさ。俺のアイデンティティーは、バスケ大好きなこと!」
「そうなんだ。…ふふ」
「どうしたの?」
「前に、秋人―弟が、部活で尊敬する先輩の真似を見せてくれたことがあるんだけど…樹くんだったみたい」
「お、おぉ…。これが、嬉し恥ずかしってやつか」
「良かったね―春人っ」
「いきなり慌てて、どうした―血!春人、血が出てる!」
「え?あ、ほんとだ」
「何で怪我してる本人が一番冷静なんだ…」
「体育でよく怪我をしているから、慣れてるんだ」
「なにそれ悲しい!」
「樹。喚いてないで、先生呼びに行くよ。春人は…良かった、保健室開いてる。保健室の中にあるティッシュで血拭きな」
「うん」
「保健室は安全地帯だから、春人を一人にしても大丈夫だな。…わざわざ堺様を降臨させる命知らずはいないだろうし」
「桜井先輩もいるし、トラウマ確定だね」
「ああ…うん…。絶対安全だ」
「春人、ちょっと待っててね。すぐに先生連れてくるから」
「ごめんね。ありがとう」


「失礼します」
校医の堺先生は留守だけど、一礼して入室する。
ティッシュを探すと、分かりやすい場所にあって、すぐに見付かった。
保健室に来る前、傷口は洗ったから、拭くだけでいいんだ。
長机の上に置いてある箱からティッシュを一枚抜き取って、流れていた血を拭う。
「…?」
何か聞こえた気がして、顔を上げた。
音は室内の奥から聞こえてくる…。
…幽霊やお化けだったら、どうしよう…。いや、それはない…よね?
何の音か気になって、恐る恐るその方向に歩み寄った。
奥にはベッドが五つ並んでいて、仕切りを作れるように、全てにカーテンが設置されている。
無人のベッドはカーテンが開いた状態で、きちんと整えられていた。
だけど。
「…っ、……っ…」
一番奥のベッドに、眠ったまま苦しそうな声を立てる人がいた。
カーテンを閉め忘れたのか、遠くからでも魘されている姿が見える。
尋常ではないくらい苦しんでいて、慌てて近付く。
この様子…。お母さんが高熱で寝込んでた時と、凄く似てる。
熱を出しているなら、棚にあった、未使用タオルを冷水で濡らして、使わせてもらおう。
本当は氷嚢(ひょうのう)が良いんだけど…流石に、勝手には使えない。
僕は手を伸ばして、息苦しそうにしている彼の額にゆっくりと乗せた。
…少し熱いけれど、熱がある、というほどではない。
そのことに、ほっとして、息を吐く。
じゃあ…どうして、こんなに苦しんでるんだろう。
怪我をしているとは思えない。
どこか痛めている場合、意識がなくても、患部を手で押さえたり、庇うような体勢になってるはずだから。
彼は固く目を瞑り、歯を食い縛って、何かに耐えている。
「…夢?」
もしかしたら、怖い夢や嫌な夢を見ているのかもしれない…。
―気が付けば、
「大丈夫…」
安心してほしくて、
「…大丈夫です」
頭をそっと撫でながら、声をかけていた。
「怖いことも、苦しいことも、嫌なことも…何もないですよ」
少なくとも、今は。
辛いことなんて、何にもないです。
「だから…大丈夫です」
労るように、慰めるように、語りかける。
…何度も大丈夫だと伝え、頭を撫で続けていると―辛そうな顔が、苦しげな呼吸が、落ち着いたものに変わった。
もう大丈夫かな。
静かに眠る彼を見て、安堵する。
ふと、体の上に何もかかっていないことに気付いた。
掛け布団は…ふ、踏んでる。暑いのかな。でも、せめてお腹だけは冷やさないようにしないと…。
未使用というラベルが貼ってある棚から、ふわふわの毛布を借りる。
これ、すごいなぁ。ふわっふわっだ。
毛布の手触りについて思いながら、仰向けで寝ている彼に、ふわりと毛布をかける。


―ほぼ同時に、扉が開いた。
白衣の先生、樹くん、透くんの順で入ってくる。
「あはは。覚えてるよ。懐かしい」
「先生忘れて!今すぐ忘れて!」
「ば、ばか、樹、声…」
「ねぇ、清水くん。保健室は防音だから、外で騒ぐのはいいけど、内側で大きな声を出すのは、感心できないな。…静かにできる?」
「で、できます。すみません…」
「気を付けてね」
「―あの。堺先生」
「桜井くん?どうして、そんなところに。―あれ。誰か寝ているね」
微笑んでいた堺先生が、不思議そうに呟いて、こちらに近寄ってくる。
そして。
規則正しい寝息を立てている彼の顔を確認すると、納得したような表情になった。
「ああ、梅宮くんか。カーテン閉め忘れたまま、寝落ちしちゃったのかな」
「たぶん、そうだと思います。あっ、それで、未使用の毛布をお借りしました」
「毛布?うん、掛け布団踏んでるね。わざとじゃないだろうけど、後で注意しないといけないな…。桜井くん。梅宮くんに毛布をかけてくれて、ありがとう。今日は少し寒いから、助かったと思う。代わりにお礼を言うよ」
「いえ、その、勝手にしたことなので…。ご迷惑じゃなくて良かったです」
「…確かに、これは心配になるな」
「先生?」
「何でもないよ。―膝の手当てするから、そこの椅子に座ってくれる?」
「はい」
ベッドのカーテンを静かに閉めている先生に、指で示された椅子に座ると、透くんと樹くんが左右に来て、声をかけてくれた。
「大丈夫?春人」
「うん。大丈夫だよ」
「さっきより、血は出てないな」
「ちょっと切れただけだから、もう塞がりかけてるみたい」
「のんびりしてたら、昼休みが終わるよ。桜井くん、足見せて」
「はい。お願いします」
「お願いされました」
堺先生は棚から持ってきた透明な箱を長机に置くと、消毒薬・綿球・ガーゼ・テープを取り出して、微笑を浮かべた。
―学校医(校医)の堺 清正(さかい きよまさ)先生は、優しい笑顔に癒やされる、でも本気で怒らせたら鬼になる…らしい。
樹くんと透くん、他の人にも、教師の中で一番強くて恐ろしい、絶対に怒らせるな、って教えてもらったんだ。
書道部の副部長さんは、神様と魔王を使い分けている、とも言ってたなぁ。
…垂れ目が優しい笑顔と柔らかい雰囲気を引き立たせていて、穏やかな人にしか見えないのだけど…。
そう考えている間に、消毒薬が染み込んだ綿球で傷口を消毒して、新しい綿球で血と消毒薬を拭き取り、ガーゼをテープで固定され…丁寧で迅速な手当ては終わった。
「はい、おしまい」
「ありがとうございます」
「どう致しまして。…桜井くん、足に違和感はない?五時間目の体育、1―Sは長距離走だから、無理しない方がいいよ」
「大丈夫です」
「そう。―暫くは、どの教室もワックスで滑りやすいから、三人とも気を付けてね」
「「「はい」」」
「じゃあ、そろそろ行きなさい。昼休みはあと10分だよ」
「失礼します」
「ます」
「樹…省略するの、やめなよ」
「あ、バレた?」
「バレバレだよ」
「清水くん」
「し、失礼しまーす」
「堺先生、ありがとうございました。失礼します」
「はい。お大事に」
微笑む堺先生に見送られながら、退室する前にベッドを一瞥して、梅宮さんが穏やかに眠れますように、と僕は願った。

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