俺とお前、信者たち【本編完結済み/番外編更新中】

知世

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本編

ダメなんだよ

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食事を済ませて、いつもの場所に来た。
ベンチには、この一週間で見慣れた書記が座っている。
既にブラックもいた。
警戒していた頃、俺が来ないと現れなかったのに。
「…奏」
「湊先輩、こんにちは」
「…ん」
このやり取りも慣れた。
―ある日を境に、俺とブラックしかいない癒し空間に、書記が入り込んできた。
最初は違和感だらけだったが、人間の慣れは恐ろしいもので、日常と化している。
いや、人だけじゃないか。猫もだ。
「…奏?」
名前を呼ばれると同時に、男らしく整った顔のドアップが…。
近い。
反射的に、目の前にある身体をぐっと押し退けた。
書記の傷付いたような表情を見て、すぐに―態度には出さないが、慌てた―フォローする。
「すみません。顔が近かったので、驚いてしまって」
「…ごめん?」
何で疑問系なんだよ。
…まあ、今更ではある。
猫が撫でられて気持ちいい場所、撫で方、ブラッシングの仕方…色々教えた時の方が距離近かったな。
「っ」
書記と過ごした時間を思い出していると、腕を引っ張られた。
「…?」
そして何故か、抱き締められていた。
…いきなりだな。
「あの、」
「奏…」
「……」
どうしたのか聞こうと思ったが、口を閉じる。
抱き締められていて、顔は見えない。
…けど、声も、身体も、少し震えている。
「奏…。奏…」
俺の名前を何度も繰り返す書記。
それに比例して、俺を抱き締めている腕に力が込められていく。
…明らかに様子がおかしい。
「どうしました?」
「奏…」
聞いてないな。
俺は苦しいの耐えてるってのに。
「奏…」
「ぅっ…」
いや、マジで苦しい。力強すぎだろ。
今すぐ引き離したいのを何とか我慢して、抱き締め返す。
「湊先輩、どうしたんですか?」
「……」
抱き締め返すと、微かに反応があった。
「奏…?」
「はい」
「……奏」
更に強く抱き締められる。
「っ…苦しい、です」
あまりの苦しさに息が詰まった。思わず、顔が歪む。
…本気で苦しい。
「! ご、ごめん」
慌てて身体が離された。
浅く息を吸い込んで、気付かれないように小さな溜め息を吐く。
…苦しかった。
「ごめん…」
「大丈夫です」
申し訳なさそうな顔をする書記に、微笑みかける。
かなり苦しかったけどな。
それよりも。
「何かありました?」
「……」
「湊先輩?」
「……」
だんまりか。俯いていて、また顔が見えない。
「話してくれないと、分かりません」
面倒臭いから、放っておきたい。
―でも、関わった以上、それは出来ないし、するつもりもない。
「…分からない?」
不意に、書記が顔を上げた。
「はい」
「…分かる」
「多少は。…でも、言葉にしてくれないと伝わらないこともあります」
「…伝わらない」
「そうです」
「……」
珍しく立て続けに話した後、書記は黙り込んだ。
…このままじゃ埒が明かない。
「湊先輩」
少し強めに名前を呼ぶと、びくりと震えたが、俺を見た。
「―相手に知ってほしいことや伝えたいことがあるなら、話すべきです。何も言わないのに、分かるわけがないんですよ」
しっかり目を合わせて、言い聞かせる。
「勿論無理に話す必要はありません。伝わらなくていいなら、ですが」
書記の瞳が揺れている。不安そうだ。
少し厳しく言い過ぎたか?こういうのは性に合わないんだが…仕方ない。
「湊先輩が聞いてほしいなら、聞きます。…ちゃんと待ってるので、いつでも話してください」
…く、くそっ。嘘は吐いてないけど、なんかむず痒い。こんなこと言う俺とか、気持ち悪い。黒歴史決定だ。
内心頭を抱えていると、
「…聞いて」
書記が呟いた。
「奏…聞いて…」
「はい」
「俺…話す…苦手…良かった…人…いない…楽…」
…うん、努力は認める。
常に一単語しか話さない書記が、ちゃんと話してる。…単語の羅列だけど。
「話すことが苦手で、それでも良かったんですね。人がいない方が楽だから」
分かるけど、一応確認はしないとな。
もし間違ってたら、聞いてないのと同じだし。
「…うん」
あってたみたいだ。
…嬉しそうだな。
書記は再び話し出した。
時々内容を確認しながら、続けていく。
「話さない…顔…みんな…怖い…離れる…一人…良かった…」
「湊先輩は話せないから話さなくて、それに顔が無表情だから、みんな怖がって離れたんですね。先輩は一人で良かった」
「…うん。…愛…初めて…言う…分かる…嬉しい…特別…」
「進藤くんが初めて言いたいことを分かってくれて、嬉しかったんですね。それで、特別になった」
「…うん」
なるほど。それで進藤に惚れたのか。
…単純というか、純粋というか。
「奏…会う…分かる…嬉しい…撫でた…嬉しい…久しぶり…。一緒…落ち着く…幸せ…このまま…」
…凄い嬉しそうな顔してる。
「俺と会って、言いたいことが分かって、久しぶりに頭を撫でられて、嬉しかったんですね。一緒にいると落ち着いて幸せだから、このままでいたいんですか」
「うん」
書記は大きく頷いて、幸せそうに笑った。
おお、イケメンだ。
…この顔、初めて見た。
まあ、それは良かったな。
気持ち分かるぞ。この場所は暖かくて静かで落ち着くし、ブラックと一緒にいられたら俺も幸せだ。
アニマルセラピーって、凄い。動物尊い。
いつの間にか、俺の膝上で丸くなっていたブラックを撫でる。
空気読んで、静かにしてるな…良い子だ。
ちなみに、ブラックも食事を終えている。
毎回俺より先に来ている書記に餌を渡した。ブラックは警戒心が強く、認めた人間からの餌しか食べない。抱っこできたら、もう大丈夫だ。だから、渡した。
恐らくブラックは飼い猫だ。いつも毛並みは綺麗で清潔だし、餌は食べるけど決してがっつかないし―懐く懐かないは別として―人慣れしている。
「俺…怖い…」
愛猫を撫でていると、突然震えた声が聞こえてきた。
書記が怯えたような顔で、俺のことを見ている。
「初めて…怖い…奏…離れる…怖い…不安…奏…いない…嫌…」
初めて怖くなったのか。俺まで離れてしまうんじゃないかって、怖くて不安で、いなくなるのは嫌なんだな。
「……」
安心させるのは容易い。
―慈愛に満ちた表情で、望んでいる言葉で、包み込む仕草で、温かい声色で、あたかも本心のように振る舞って、騙してしまえばいいんだから。
ただでさえ、俺の本気の演技は完璧なのに―未だに嘘が見抜かれたことは一度たりともない―精神が不安定な書記に気付けるはずはない。断言できる。不可能だ。
そう、たった一言。
離れないから大丈夫だと伝えるだけだ。
…でも、それは嘘だ。薄っぺらな嘘。
俺はクズを騙すことに痛む良心なんて持ち合わせていないが、信頼されている人間のことは欺きたくない。
だから。
「…このままではいられません」
本心を話してくれた書記に、嘘を吐いて、はぐらかしたりしない。
「俺はしたいことがあります。今は、実行するにはまだ早すぎるので、待っているんです。でも、時期がきたら動きます」
書記は眉を下げて、静かに聞いている。
「その間もその後も、今みたいに会うことはなくなります。…だから、このままではいられません」
「奏…」
泣きそうな顔で見つめられて、心苦しい。
…けど、もう決めたことだ。
現在、裏へ回って画策する中、鎮静化するなら不問にしようと様子見していた。
だが、事態は悪化の一途を辿っている。
マシなもので、机や靴箱の嫌がらせ。殴られるのは常習。リンチもよくされるようになった。昨日は生徒会長直々で鉄拳くらったな。
…恋は盲目とはいえ、生徒会長が短絡的な行動を取るのは意外だった。
というより、生徒会長だけじゃねぇんだよな。
直接殴るなんて馬鹿な真似をした奴は他にいないが、副会長はごちゃごちゃと小言が煩ぇし、会計も爽やかも一匹狼(笑)―こんだけ群れてて、そのあだ名はねぇだろ―もホスト教師も睨み付けてきたり、嫌み言ってくるし、心底面倒臭い。
その他も含め、悪化することはあっても、改善されることは無さそうなんだよな。
で、そんなに好きなら、進藤共々学園から追放してやろうと思うわけだ。
ただ、まだ動かない。―もしかしたら、奴らも変わるかもしれないからな。
猶予は半年。
半年経っても変わらない場合、情状酌量の余地なしとみなす。もう容赦しない。
その時、書記はどうする?
好きな人と仲間を見捨てるのか?見捨てることなんて出来るのか?
そんなこと、出来ないだろう。
奴らを庇うなら、必然的に俺とは敵対することになる。
でも、それでいい。大切な人間を守ろうとするのは正しい。…間違いは指摘するべきだが。
だから、このままではいられないんだよ。
……潮時だ。
「俺、湊先輩ともう会えません」
もう会わない方がいい。お互いの為に。
「! どうして?」
…そんな顔するなよ。
思っていたより、俺は書記を気に入ってるみたいだ。
悲愴な面持ちを見て、少し苦しくなる。
「…俺のしたいことは、裏切り行為になるかもしれないんです。これ以上一緒にいたら、傷が深くなります」
かも、じゃないんだけど。
「……いい」
「え」
「いい…奏…離れる…もっと…嫌…」
「……」
…この男は。
「奏…愛…大切…他…いらない…」
おい、バカと同列にすんじゃねぇよ。
…つか、ちょっと待て。
「本気で言っているんですか?」
「うん…二人…一番…大切…」
いや、そこじゃない。
「他はいらないって…」
…もしかして、書記は根本的に間違ってるんじゃないか?
「生徒会の人は?」
「みんな?…みんな…大事…でも…二人…もっと…大事…」
そうなのか。ちょっと、嬉しい。
バカと同じ扱いは気に食わねぇけど。
あ、違う、そういう問題ではなく。
…どうやら、話すことが増えたようだ。
「奏…愛…一緒…他…何も…いらない…」
そう言ってくれるのは、嬉しい。
でもな。
「ダメですよ」
それじゃダメなんだよ。

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