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本編(小話)

「思い」が「心」になる『彼方』※順番入れ替え

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彼方視点の過去話で、書きたい場面だけを集めた、小説(小話?)です。

「殺人兵器の道具」が「一人の人間」になる…そんな内容です。

感情が欠如している上に、倫理や罪悪感がなく、人間らしさ皆無な為、グロテスクな描写はありませんが、一応閲覧注意です。





・初対面


雪見 奏。

生涯の主。

主の盾となり、矛となることが、僕の役目であり、存在価値。

僕は奏様の為に生き、奏様の為に死ぬ。

奏様を害するものは屠(ほふ)ることが許可されている。しかし、出来る限り穏便に済ませる方が望ましいようだ。

護衛として気を付けなければならないのは、生命の危機や身代金以外にも、貞操もらしい。

…貞操の危機とは、一体どういうことだろう。

確かに顔立ちは美しい。有象無象とはあまりにも違う。それは分かる。

だけど、顔の美醜を気にしても、結局は無駄だ。どうして重視するんだろう。

…人の顔なんて、皮を剥いでしまえば、ただの肉塊なのに。

そこに違いはない。

勿論骨格や大きさ、細かな部分に個人差はあるけど、さして変わらない。瑣末(さまつ)なものだ。

…表面の皮が重要なんだろうか。

僕にはよく分からないな。

それに。

まだ十にも満たない子供相手に、欲情して、手を出す人間がいる―というのも、理解し難い。

趣味嗜好が千差万別であることは理解しているが…。

問題は、情欲を向ける相手の年齢が異常なだけではない。

…肉体的接触など、危険でしかないのに。

情事の最中は隙が生じやすく、暗殺成功率が格段に上がる。

僕には必要ない為、色仕掛けの暗殺をしたことは一度もないが、非力だったり、スキルが未熟な者は、その方法を用いていた。

…この国やここの暮らしが平和だから、色欲に溺れる余裕があるのだろうか。

奏様をお守りする為には、何時如何なる時も警戒しないといけない。

奏様が手を出される、もしくは奏様が手を出す、どちらにも対処しなければ。



・護衛


無防備な子供だ。

いや、普通の人間と同じか。

…今日だけ―六時間―で、三百回は殺せた。

殺すことは容易なのに、守ることは困難だ。

大抵の人間はこういうものだから、仕方ないけれど。

…そういえば。

彼方と呼ばれることにも、大分慣れてきた。



・芽生え


あの小さな手に触れられた時―通常なら、形と体温についてだけ思うはずなのに、何故かそれ以外にも感じた…気がする。

微かだけど、心が揺れた。

…動揺、した?僕が…?

まさか。

有り得ない。

子供相手に動揺なんて…。僕の命を脅かすことも出来ないのに。

いや、命の危険があったとしても、動揺はしない。

動揺したら最後、死あるのみだ。

だとしたら、何故。

……わからない。

いくら考えても、分からない。

…こんなことは、初めてだ。



・惑う


[彼方]

…護衛対象の子供。

それ以上でもそれ以下でもない。

はずなのに、どうして、こんなにも、心を揺さぶられるんだろう。

奏様と一緒にいると、自分が自分ではなくなるような…不思議な気持ちになることが多い。

何だ、これは。

これが…この不思議な気持ちが、感情なのか?

どうして…。

人間の感情なんて、不必要で、不完全で、不出来で、邪魔でしかない。

そんなものが、僕の中に生まれているというのか?

…どうして。

十七年なかったのに、奏様と暮らして以降、変化しだした。

環境の違いではない。

奏様と出会う前、二年間は、今と類似した生活だった。

違うのは、傍にいる人間だ。

となると…原因は一つ。

…奏様は僕に何をしたのだろう。

僕は一体、何をされたんだ。



・自我


「奏様…」

…名前を。

名前を呼んでほしい。

番号ではなく、奏様が僕の為に与えてくれた、名前。

…名前なんて、識別する為に必要なだけで、呼び名と同じようなものだ。

[あなたの未来が幸せになるように、名前は彼方。呼び名じゃなくて、名前だよ]

…呼び名じゃなくて、名前。

奏様が僕にくれたもの。

…「幸せ」って、何だろう。

言葉の意味は理解しているけど、実際にはよく分からない。


「奏様にとって、幸せとは何ですか?」

「え?…急だな…。…幸せか…そうだな…」

「大切な人が生きていること、かな」

「大切な人が生きていること…」

「そう。欲張るなら、何不自由なく、元気で暮らしていること、だけど」

「ご自身でないのは、何故でしょう?」

「俺の幸せは、大切な人が生きていることで成り立つからだよ。…どんなに幸せでも、大切な人がいないなら、俺の幸せは一瞬でなくなる。…俺にとって、大切な人の存在が、生き甲斐なんだ」

生き甲斐…意味は、生きるに値するもの。生きていく張り合いや喜び。だったはず。

…大切な人がいなくなったら、奏様は死んでしまうのだろうか?

それは…。

「…?」

不自然な痛みを胸に感じた。

外傷はない。

体調管理は怠ってないし、栄養も十分摂取しているから、恐らく病気でもない。

…未だに胸が痛い。


「奏様は…」

…聞きたいけど、聞きたくない…。

矛盾した考えと、思わず口を閉ざしてしまった自分に、少し動揺する。

「ん?」

奏様が続きを待っているので、矛盾した気持ちを抱えたまま、質問した。

「奏様は、もし大切な人がいなくなったら、どうなさいますか?」

「…ごめん、言い方が悪かったな。大切な人がいなくなっても、自殺はしないよ。出来る限り寿命まで生きるって決めてるから」

「…そうですか」

奏様が教えてくれたのは、質問の答えではないけれど、僕の知りたいことだった。

…奏様が死ぬなんて、そんなのは…。

「…あ、れ…?」

嫌、って…。

今、確かに、嫌だって、思った。

奏様が死ぬのは嫌だと…。

それに、自殺はしない、と言われて、安堵した。

安堵…。

おかしい。

命あるものは、いずれ死ぬ。遅かれ早かれ、必ず。不公平で不条理な世界で、唯一、万人に等しく訪れるものだ。

それを嫌だと思うなんて、おかしい。

世の摂理に反する。

そう思うのに。

…奏様には生きていてほしい。

と僕は願っている。

…どうして…。

どうして、こんなことを、望むんだろう。

考えられない。おかしい。有り得ない。

僕は…。

…僕は、変わった、のか…?


「彼方?どうした?」

奏様が僕の顔を覗き込むと、少し驚いた表情になった。

そして、優しく抱き締められた。

「彼方。大丈夫だよ。お前は自由になれるから」

「自由…?」

「俺はお前の事情を知らないけど、父さんに話してみるよ。…俺の傍にいなくても、生きられるように。彼方は、自由に、好きなことをしていいんだ。…勿論、犯罪行為は禁止だけど」

「…奏様は僕が不要ですか?」

廃棄されるのかな。あの時みたいに。

いや、廃棄される前に、壊滅させたから、まだされたことはないか。

今度こそ廃棄されるかもしれない。

…生きる理由はない。かといって、死ぬ理由もない。だから、生きている。

今思えば、意味を探していたのかもしれない。自分が生まれた意味を…。

「必要だよ。でも、幸せになってほしいから。俺の傍にいると、出来ないこともある。…初めて会った日に、言っただろう?俺は、彼方の幸せを願っているよ」

「僕の幸せ…」

幸せ。

奏様の幸せは、大切な人が生きていること。

僕の幸せは何だろう…。

奏様の場合、幸せは、願いでもあった。

僕の願いは…。

奏様に生きていてほしい。

それなら、幸せは…。

「僕は奏様のお傍にいたいです。あなたをお守りすることが、僕の望みです」

失わない為に守らないと。

何より、僕は、奏様の傍にいたい。

…自分から何かしたいと思うのは、初めてだ。


これまで、命じられた任務を遂行することが、僕の存在意義だった。

任務を熟せない僕に、価値などない。

僕は「殺人兵器の道具」だから。

それ以外の用途はない。

一般的に物心が付くと言われる頃には、既に殺人兵器の道具として教育されていた。

物が掴めた日から、ナイフを握り、言葉を知るより、ターゲットの顔を覚え、殺した。

…何の疑いもなく、何の躊躇いもなく、数多の命を奪ってきた僕が…人を守りたいだなんて。

とんだお笑い草だ。

そして、皮肉なことに、たった今、自分の過去が、どれほど罪深いのか、分かった。理解ではなく、実感した。

僕は奏様が大切なんだろう。初めて、命の尊さを、知った。


…きっと、奏様は、僕の過去を知ったら、厭悪(えんお)するだろう。

断罪されるかもしれない。

…その日まで、奏様の傍にいさせてほしい…。

だけど。

それでは、駄目だ。

「…奏様。僕は、罪を犯しました。あまりにも罪深く、償うことなど、到底出来ないでしょう。それでも…それでも、僕は、罪を償いたいと思います。何もしないまま、あなたのお傍にはいたくないです。…ただのうのうと生きていたら、きっといつか、自分を許せなくなります」

「…彼方…」

「けれど…僕には、償い方が分かりません…。…どうしたらいいのでしょうか…」

跪いて懺悔する僕を、じっと見つめた後、奏様は目を伏せて、話し出した。

「犯した罪は消えない」

「たとえ死んでも、過去はなくならない」

「償えない罪はある」

「でも…だからこそ、償い続けないといけない」

「自分が正しいと思えることを、生きている限り続けるんだ」

「そうしたら、きっと、少しは誰かの役に立てるし、誰かを救える」

「それが、償いになると、俺は思うよ」

静かな声で語る奏様は、僕にというより、まるでご自分に言い聞かせているようだった。

「…偉そうな事を言ったけど、贖罪(しょくざい)するのは俺もだ」

「命尽きるまで、贖罪する。…それが、未だに生きている、俺の罪だから」

「奏様…」

「償いたいなら、方法はいくらでもあるけど…。まずは、俺と同じことをしてみる?」

「同じことを、ですか?」

「俺が株や投資で成功したのは、知っているだろう?」

「はい。最高金額は、一日で五千万でしたね。奏様は一切無駄遣いをなさらないので、日に日に貯金額が増えています」

「そうだよ。…最初は失敗したけど、やっと稼げるようになったから、寄付してるんだ」

「寄付ですか」

「うん。世界や被災地にな。将来起業したいから、その分は手元に残してるけど」

「成る程。奏様、ありがとうございます。僕も寄付がしたいです」

「でも、無理はするなよ?金額じゃなくて、気持ちが重要なんだから」

「はい。ちゃんとある程度は手元に残します」

「そうか」

僕の返事に奏様は安心したように頷くと、ふわりと微笑んだ。

「彼方、変わったな。…前も良かったけど、今の方が、俺は好きだよ」

「!…ありがとうございます」

何だか、胸が温かい…。

…この気持ちは、嬉しい、だろうか。

僕らしくないが、不快ではない。


…僕の罪は消えない。一生をかけても、償いきれるものではない。

けれど、寄付をすることで、誰かを救うことができるなら…。

奏様のお傍にいることは、許されるだろうか。

命尽きるまで、いや、死後も、償い続けよう。

だから…。

どうか、大切な人と過ごすことを、許してほしい。

…僕は、奏様と生きたい。これからも、ずっと。

その願いが、どれだけ罪深いとしても、僕は叶える。

―いつか、断罪される日まで。





彼方は、相応しい人が自分を断罪しにきたら、甘んじて受け入れるつもりです(血縁者や近しい人など)

とはいえ、彼方を特定することは絶対に無理なので、その日はきません。

あと、彼方が暗殺した相手は、多かれ少なかれ、悪事に手を染めているので、善人を殺したことは一度もないです。

悪どい組織に殺しを依頼する人間も、狙われた人間も、双方がそれなりに悪いのです。

同じ穴の狢(むじな)ですね。

…彼方がその事実を知るのは、要次第です(全てを知っているのは、調査した人間と、報告を受けた要だけ。彼方に伝えるとしたら、要しかいない)

人間らしくなった彼方を見たら、教えてあげるんじゃないかな、多分。

それと。

自我を得た彼方は、「不当に命を奪う行為」には罪悪感がありますが、「命を奪う必要がある相手、もしくは自業自得な相手」に対しては、全くありません。

「人間は、食事以外の目的でも、生き物を殺すでしょう。僕も同じですよ。…奏坊っちゃんを害するなら、相手は「人間」ではなく、「敵」なんです」


明るく終わるはずだったのに、シリアスで終わってしまった…。

この時、奏は九歳、彼方は十七歳(最後の「自我」では、十歳と十八歳)

奏も人生ハードモードですが、彼方はそれを上回るハードモードですね。

二人とも幸せになれ。

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