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プロローグ
3.完璧な防護服
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朝の介助を終えた後、怜はキッチンで藍の朝食を用意した。メニューはマニュアルで決められている。低カロリーで栄養バランスの取れた和食。
ダイニングテーブルに着いた藍は、もう完全に実業家の顔に戻っていた。清潔なスーツに身を包み、鋭い目つきでタブレットのニュース記事をスクロールしている。
怜は、そんな藍の足元、スーツのズボンの下に隠されている「それ」を意識せずにはいられなかった。
「怜、今日の午前中のスケジュールを確認してくれ」
「はい。午前8時からオンライン会議が二件。午前11時に顧問弁護士との面談。お昼は社外秘の資料確認のため、自席で軽食の予定です」
「わかった。飲み物はミネラルウォーターだ。マグカップは使わず、ペットボトルを用意しろ」
「承知いたしました」
藍の指示は常に簡潔で的確だった。怜は、先輩としての藍の完璧さを改めて思い知る。しかし、同時に、その完璧さの土台に、今や自分が介助した柔らかな防護服があるという事実に、怜の心は妙な優越感に浸っていた。
食事中、藍はふと顔を上げた。
「昨夜はよく眠れたか?」
突然の問いに、怜は一瞬戸惑った。
「はい。快適でした」
「そうか。お前、大学はどうするんだ?」
「……休学届を出しました。学費を貯める目処が立つまで」
「そうか。まあ、焦るな。ここで働いている間は、衣食住に困らせることはない」
その言葉は、優しさというよりは、「お前は俺の管理下にある」という支配の宣言のように怜には聞こえた。
「ありがとうございます」
怜は素直に頭を下げた。今、藍に逆らえる立場ではない。
藍は食後のコーヒーを一口飲み、立ち上がった。
「さて、仕事だ。怜」
藍は怜に向き直ると、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で言った。
「お前の仕事は、秘書業務だけじゃない。俺の『着用義務』の秘密を守ること、そして、それを完璧に管理することだ」
「はい」
「俺は、仕事中は絶対に席を立たない。会議が長引くこともある。交換が必要な時は、お前から声をかけるんじゃない。俺からサインを出す」
藍は、スーツの上着のポケットを指で軽く叩いた。
「このポケットに、小さなクリップが入っている。俺がそれをそっとテーブルの上に置いたら、『交換準備の合図』だ。すぐに俺のオフィスへ新しいものを持ってこい」
怜は、その詳細すぎる秘密の儀式の取り決めに、背筋が寒くなるのを感じた。
「オフィスは防音だ。誰にも聞かれる心配はない。お前はただ、迅速に、そして誰にも気づかれずに、俺を介助すればいい」
「わかりました」
「いいか、怜。俺がこの秘密を誰にも知られずに生きているのは、『完璧な自己管理』をしているからだ。お前はその完璧さの一部になったんだ。裏切るなよ」
藍の瞳は、まるで獲物を追い詰める猛禽類のように鋭かった。
(裏切る? そんなこと、できるはずがない)
怜は心の中でそう呟いた。憧れていた先輩の、こんなにも脆く、人に知られてはいけない弱みを握ってしまった今、怜はもう藍から離れられない。これは、藍が作った檻(ケージ)であると同時に、怜にとっても逃げられない場所になっていた。
藍が出勤した後、怜はマニュアルに従って家中の清掃を始めた。その間にも、彼の思考はオフィスでの交換の合図、そして、その時の藍の様子へと巡っていく。
(オフィスで、あの先輩が、俺にされるがままになる……)
清潔な床を拭きながら、怜の指先が、朝、藍の肌に触れた時の感触を思い出して、微かに熱を帯びた。この仕事は、単なる介助ではない。それは、怜にとって、憧れだった男の最も深い部分に触れる、特権的な役割だった。
ダイニングテーブルに着いた藍は、もう完全に実業家の顔に戻っていた。清潔なスーツに身を包み、鋭い目つきでタブレットのニュース記事をスクロールしている。
怜は、そんな藍の足元、スーツのズボンの下に隠されている「それ」を意識せずにはいられなかった。
「怜、今日の午前中のスケジュールを確認してくれ」
「はい。午前8時からオンライン会議が二件。午前11時に顧問弁護士との面談。お昼は社外秘の資料確認のため、自席で軽食の予定です」
「わかった。飲み物はミネラルウォーターだ。マグカップは使わず、ペットボトルを用意しろ」
「承知いたしました」
藍の指示は常に簡潔で的確だった。怜は、先輩としての藍の完璧さを改めて思い知る。しかし、同時に、その完璧さの土台に、今や自分が介助した柔らかな防護服があるという事実に、怜の心は妙な優越感に浸っていた。
食事中、藍はふと顔を上げた。
「昨夜はよく眠れたか?」
突然の問いに、怜は一瞬戸惑った。
「はい。快適でした」
「そうか。お前、大学はどうするんだ?」
「……休学届を出しました。学費を貯める目処が立つまで」
「そうか。まあ、焦るな。ここで働いている間は、衣食住に困らせることはない」
その言葉は、優しさというよりは、「お前は俺の管理下にある」という支配の宣言のように怜には聞こえた。
「ありがとうございます」
怜は素直に頭を下げた。今、藍に逆らえる立場ではない。
藍は食後のコーヒーを一口飲み、立ち上がった。
「さて、仕事だ。怜」
藍は怜に向き直ると、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で言った。
「お前の仕事は、秘書業務だけじゃない。俺の『着用義務』の秘密を守ること、そして、それを完璧に管理することだ」
「はい」
「俺は、仕事中は絶対に席を立たない。会議が長引くこともある。交換が必要な時は、お前から声をかけるんじゃない。俺からサインを出す」
藍は、スーツの上着のポケットを指で軽く叩いた。
「このポケットに、小さなクリップが入っている。俺がそれをそっとテーブルの上に置いたら、『交換準備の合図』だ。すぐに俺のオフィスへ新しいものを持ってこい」
怜は、その詳細すぎる秘密の儀式の取り決めに、背筋が寒くなるのを感じた。
「オフィスは防音だ。誰にも聞かれる心配はない。お前はただ、迅速に、そして誰にも気づかれずに、俺を介助すればいい」
「わかりました」
「いいか、怜。俺がこの秘密を誰にも知られずに生きているのは、『完璧な自己管理』をしているからだ。お前はその完璧さの一部になったんだ。裏切るなよ」
藍の瞳は、まるで獲物を追い詰める猛禽類のように鋭かった。
(裏切る? そんなこと、できるはずがない)
怜は心の中でそう呟いた。憧れていた先輩の、こんなにも脆く、人に知られてはいけない弱みを握ってしまった今、怜はもう藍から離れられない。これは、藍が作った檻(ケージ)であると同時に、怜にとっても逃げられない場所になっていた。
藍が出勤した後、怜はマニュアルに従って家中の清掃を始めた。その間にも、彼の思考はオフィスでの交換の合図、そして、その時の藍の様子へと巡っていく。
(オフィスで、あの先輩が、俺にされるがままになる……)
清潔な床を拭きながら、怜の指先が、朝、藍の肌に触れた時の感触を思い出して、微かに熱を帯びた。この仕事は、単なる介助ではない。それは、怜にとって、憧れだった男の最も深い部分に触れる、特権的な役割だった。
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