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本編

31. 王都の使者

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 ジグレさんの予想は当たりました。


 この辺境の地リアフローデンに王都より使者がやってきました。

 ジグレさんの情報によればエリーは春先に処刑されたのですからまだ半年と経っていないのです。かなり性急に事が進められているようです。


 何の先触れも無く数名の騎士に守られてやってきた使者は、馬車を教会に横付けにするとどかどかと中へと入ってきました。


「シスター」
「大丈夫よシエラ」


 この時、私はシエラと礼拝堂で日課の黙祷の最中でした。突然の来訪者にシエラが怯えるので、私は彼女を背後に隠して、その無礼な使者に相対しました。


「お静かに。ここは神と対話する場、ここには神がおられるのですよ」


 私は叱責しましたが、それを受けた使者はしかし全く気にした風もなく、薄ら笑いを浮かべて私に向かって一礼しました。


「お久しぶりですミレーヌ・フォン・クライステル様。覚えておいででしょうかマルクス・ガーグでございます。この度は王命により貴女様をお迎えに上がりました」
「迎え?」
「左様。前王太子妃エリーの悪行が明るみにでたのです」


 芝居がかった口調で語り出すマルクス。

 要約すれば、私の冤罪を全てエリーの責任として無かった事にし、再び私を貴族として復権させアルス殿下の妃するとの王命でした。

 ジグレさんの話では王族はエリーに変わる聖女と王太子妃を欲しており、それも国民の信奉を集められる人物を望んでおり、それに私が当て嵌まるらしいのです。

 最初に聞いた時には何の冗談かと思いましたが、こうして国王陛下が使者を寄越したのですから、ジグレさんの読みは正しかったみたいです。

 どうやら私はいつの間にか有名になっていたようで、ジグレさんから『辺境の聖女』の呼び名を教えられた時には、顔から火が出るくらい恥かしさを感じました。


「しかし、さすがアシュレインの翠玉と呼ばれたミレーヌ様。以前とお変わりなくお美しい。アルス殿下もお喜びになることでしょう。冤罪も晴れたのです。王都にお戻りになれば皆が諸手を挙げて歓迎しましょう」


 慇懃無礼いんぎんぶれいなマルクスに、私は表情を消しました。


「ミレーヌ・フォン・クライステルは10年前に死にました。私はシスター・ミレです。お引き取りを」


 拒絶されると思っていなかったのでしょう。マルクスは鼻白みましたが、直ぐにあの手この手で私を懐柔しようと試みてきました。


「何を仰っておいでなのです。これは王命ですぞ!」
「私の言葉が理解できなかったのですか?」


 懐柔が無理と思ったら今度は威圧してきましたが、そんなマルクスを私は内心で笑いました。


「ミレーヌ・フォン・クライステルは死んだのです。死人に王命は届きません」
「き、詭弁だ!」
「それにクライステル家は滅んだのです。それを成したのは他でもない国王陛下ではありませんか」
「そ、それは……」


 私は妃教育を受けてきたのです。見え透いた媚びや虎の威を借ることしかできない小物に弁で負ける筈もありません。


「王太子妃になれば行く行くは王妃になって、こことは比較にならない暮らしが約束されるのですぞ!」
「神の教えに生きる私に贅沢など興味はありません」
「ぐっ……ですが、国母となれば様々な特権が与えられます。ここの孤児達も、いえこの地の者達が貴女様のお力で裕福な暮らしをできるようになるやもしれません」


 こんどは辺境の人達を出しにしてきましたか。


「ここはアシュレイン王国の領土と言っても今までも打ち捨てられた地です。それでも我々はここで生きているのです。今更どの様な助けが必要と言うのでしょう」


 私が素っ気ない態度で聞く耳を持たないので、マルクスは焦り、額から汗を流しながらあの手この手で私を懐柔しようとしたり、恐喝したりと大忙しです。

 ですが私はそれを頑なに拒みました。

 ――王都へ戻る気持ちなど私の中には欠片も残っていないのですから。


「全ては無駄ですよ。私は尼僧なのです。この身を神に捧げ、生涯を神の伴侶とすると決めたのです」
「げ、還俗なされば宜しいではないですか!」
「私にそのつもりはありません」
「へ、陛下のお力で強引にでも……」
「できますか?」


 私は冷たい視線をマルクスに向けると、彼は口をつぐみました。


「今の王家はただでさえ教会を蔑ろにしています。それなのに尼僧の意思を無視して強引に還俗など……これ以上教会を怒らせれば、王家は信用を失墜するだけでは済まなくなりますよ」
「わ、私を脅されるのですか!?」


 先程まで散々に私を恐喝しておいて、彼はどの口でそんな戯言を吐くのでしょう。


「お、表には騎士達がいるのです。あまり聞き分けが無いようなら、実力で当たらせて頂きますぞ!」


 遂にマルクスは強硬手段に訴えました。

 そして彼が腕を私に伸ばそうとした時、私と彼の間にいきなり小さな影が割り込んだのでした。
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