41 / 84
第七章 新緑の少女と猿の妖魔
七の肆.
しおりを挟む
――びゅんっ!
路干の棍が鋭く風を切って、狙い違わずそれに叩きつけられた。
「ぎゃん!」
犬のような悲鳴を上げて地に転がる物体を見て路干は鼻で笑った。
「なんだ耳鼠かよ」
兎の如き頭、鹿のような広い耳のその獣は耳鼠という鼠の妖魔である。ふさふさの尻尾で宙を飛ぶすばしっこい妖魔だが単体ではさして強くはない。
路干は腰の剣を抜くと何の躊躇いも無く耳鼠に突き刺した。血が飛び散り耳鼠のぎゃぁあっという大きな悲鳴が森に響き渡る。
翠蓮は顔を背けて眉根を寄せた。
「ちょっと、何も殺さなくても追い払うだけで良かったじゃない!」
「妖魔に情けはいらねぇのさ」
路干は気障ったらしく笑った。翠蓮が耳鼠に同情したと勘違いして格好つけたようである。これで翠蓮も俺様に惚れるだろうと路干は確信した。
「馬鹿なの!」
だが、翠蓮は路干の愚行に呆れただけだった。
「より強い妖魔が血の臭いを嗅ぎ付けて来るでしょ!」
妖魔、特に妖獣は血の臭いに敏感で、常夜の森での流血沙汰は自殺行為に等しい。腕試しや武者修行の武人でもなければ常夜の森での戦闘はなるべく避けるのが常識である。
「望むところだ。見てろ俺様がどんな妖魔もぶっ倒してやる」
「馬鹿言ってないで早くこの場から離れるわよ!」
翠蓮は来た道を引き返そうと踵を返したが、路干に腕を掴まれ止められてしまった。
「離してよ!」
「まあ待てって」
「そんなに死にたいなら、あんた一人で死んで!」
常夜の森に入って刻はそれ程過ぎていない。今なら走って戻ればまだ助かる可能性が高い。
「妖魔なんて俺様が軽く倒してやるから大丈夫だって」
「大丈夫な訳ないでしょ!」
それなのに路干は根拠の無い自信を振り撒き余裕綽々で、翠蓮は焦りと苛立ちから大声で叫んでしまった。
「邑で一番強いって自惚れたって都邑に行けば路干より強い人なんて五万といるのよ。その人達だって常夜の森を怖れて――ッ!?」
感情を爆発させていた翠蓮が途中で凍り付いた。とんでもないものが彼女の翠色の瞳に入ったのだ。
「う、嘘……か、玃猿!?」
それは恐ろしい猿の姿をした妖魔であった。
路干の棍が鋭く風を切って、狙い違わずそれに叩きつけられた。
「ぎゃん!」
犬のような悲鳴を上げて地に転がる物体を見て路干は鼻で笑った。
「なんだ耳鼠かよ」
兎の如き頭、鹿のような広い耳のその獣は耳鼠という鼠の妖魔である。ふさふさの尻尾で宙を飛ぶすばしっこい妖魔だが単体ではさして強くはない。
路干は腰の剣を抜くと何の躊躇いも無く耳鼠に突き刺した。血が飛び散り耳鼠のぎゃぁあっという大きな悲鳴が森に響き渡る。
翠蓮は顔を背けて眉根を寄せた。
「ちょっと、何も殺さなくても追い払うだけで良かったじゃない!」
「妖魔に情けはいらねぇのさ」
路干は気障ったらしく笑った。翠蓮が耳鼠に同情したと勘違いして格好つけたようである。これで翠蓮も俺様に惚れるだろうと路干は確信した。
「馬鹿なの!」
だが、翠蓮は路干の愚行に呆れただけだった。
「より強い妖魔が血の臭いを嗅ぎ付けて来るでしょ!」
妖魔、特に妖獣は血の臭いに敏感で、常夜の森での流血沙汰は自殺行為に等しい。腕試しや武者修行の武人でもなければ常夜の森での戦闘はなるべく避けるのが常識である。
「望むところだ。見てろ俺様がどんな妖魔もぶっ倒してやる」
「馬鹿言ってないで早くこの場から離れるわよ!」
翠蓮は来た道を引き返そうと踵を返したが、路干に腕を掴まれ止められてしまった。
「離してよ!」
「まあ待てって」
「そんなに死にたいなら、あんた一人で死んで!」
常夜の森に入って刻はそれ程過ぎていない。今なら走って戻ればまだ助かる可能性が高い。
「妖魔なんて俺様が軽く倒してやるから大丈夫だって」
「大丈夫な訳ないでしょ!」
それなのに路干は根拠の無い自信を振り撒き余裕綽々で、翠蓮は焦りと苛立ちから大声で叫んでしまった。
「邑で一番強いって自惚れたって都邑に行けば路干より強い人なんて五万といるのよ。その人達だって常夜の森を怖れて――ッ!?」
感情を爆発させていた翠蓮が途中で凍り付いた。とんでもないものが彼女の翠色の瞳に入ったのだ。
「う、嘘……か、玃猿!?」
それは恐ろしい猿の姿をした妖魔であった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる