説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第1章──幼年期1~4歳──

007 レンナルツ家

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「うん、シアは立派だな。同じ頃のアースは、挨拶すら出来なかった。シアは天才なんじゃないか?うん。あ……そうなると、ぼくと良い勝負が出来そうだ」
「挨拶出来るシア、凄い」

 フェリシアにとっては不安が残るノルトに向けた挨拶だったが、マルコとエリアスは手放しで誉めてくれた。──正直、マルコの褒め方は深く読んではダメな気がする。
 ノルトも笑みを浮かべている為、不快な思いはさせていないだろうとフェリシアは判断する事にした。

「ではノルト、お願いします」
「はい、ガウリイル様」

 一段落したところで、ガウリイルがノルトに声を掛け、それを受けたノルトによって部屋の扉が開かれた。
 室内は、今までフェリシアが邸内案内で見てきたものと同等、恐らく基準だろうと思える豪華さ。──フェリシアの過去の『記憶』からは、それらは全てにおいてきらびやかである。
 そんな装飾多めの家具が並ぶ中に、あの鳥属の少女──ミアが柔らかそうなソファーに座っていた。

「失礼します。あぁ、そのままで結構です。お加減はいかがですか?」

 腰掛けていたミアが、入室してきたフェリシア達に気付き、慌てて立ち上がろうとしたところを、ガウリイルが制する。
 そして先程もフェリシアは感じたが、ミアに向けられたガウリイルの視線は、彼が家族や使用人に向けるものとは明らかに温度が違った。
 言葉も丁寧語でありながら、突き放すような冷たさがあると、フェリシアは思えたのである。

「あ、あの……はい、すみません。改めまして、わたしはミアと申します。手当てをしてくれて、本当にありがとうございました」

 オドオドとした様子のミアは、それでも名乗りをあげて礼を告げた。けれどもフェリシアは、ミアが家名を名乗らなかった事に違和感を覚える。──思い返せば、ノルトも家名を名乗らなかった。
 そもそもこの世界では、家名を告げる風習がないのだろうかと、フェリシアは内心で小首をかしげる。

「わたしはガウリイルです。鳥属ワシ種という事は、レンナルツ家のかたでしょうか」
「はい、御推察通りです。貴方様はその銀色からみるに、ラングロフ家の長子ちょうし様とお見受け致します」

 向かい合ってソファーに腰掛けているのだが、何故だか二人の腹の探り合いが始まっていた。
 フェリシアは驚いたのだが、どうやら互いの種族的特徴から、名乗らずとも家名を推測出来るようである。

(異世界あるあるか?)

 内心の疑問に無理矢理納得する事にしたフェリシアは、ソファーに腰掛けているガウリイル抱かれたまま、ミアの視線上にいた。けれどもミアは、ガウリイルから視線を動かさない。
 どうやらガウリイルも同じようで、フェリシアは言葉に出来ない、おかしな緊張感のただ中にいた。

「兄様、シアが怯えている。女性に対してその刺々しい応対は鬼畜な兄様らしいけど、シアを怖がらせるのは僕としては納得出来ない」
「おれもそう思う。シアの耳、倒れてる」

 そんなフェリシアに救いの手が入る。実際に後ろにいたマルコが手を伸ばし、容易くフェリシアを抱き上げた。
 ただの細い子供の腕に見えるが、四歳にしてこの腕力はさすが異世界と、フェリシアは驚きを通り越して感心してしまう。
 更にはエリアスから言われたように、自分の頭頂部の耳が横倒しになっている事に気付かされた。──まだ尾が股の間に格納されていないだけマシか。

「あぁ、すみませんでした。怖がらせてしまいましたね、シア。貴女はまだ国の情勢を学んでいないのですから、現状の理由が分からないのは仕方ありません」

 フェリシアを振り返りながら、困ったように眉尻を下げるガウリイルだ。悪気があっての事ではないようで、フェリシアはマルコにしがみつきながらも小さく頷く。
 先程の変な緊張感は既に霧散しており、ミアもフェリシアに対して柔らかく微笑んでいた。
 それは幼い子供へ向ける微笑みである事が見て取れたので、フェリシアの『記憶』も合わせた精神年齢からしては複雑なところである。

「簡単に説明するならば、現在、このシュペンネルに鳥属はほとんどいません」

 そしてガウリイルから語られた史実は、フェリシアを愕然とさせた。
 鳥属のみが掛かる発熱や関節痛、倦怠感、咳などの症状。そして喀痰かくたん胸痛きょうつう、息切れ、喘鳴ぜんめいなどを起こす下気道症状から肺炎を発症。それ以外に各種臓器が機能不全を起こすこともあり重症化しやすく、死亡率も高い。

(鳥インフルエンザじゃんっ)

 フェリシアは『記憶』から、家禽かきん用の鶏が一斉焼却、もしくは埋却まいきゃくされている映像を思い出した。

「そして国内の大半に当たる鳥属が消えました」

 感情が見えないまま、ガウリイルの口が閉ざされる。
 『消えた』というのは、恐らくウイルスによって全てが死亡した訳ではなく、『消された・・・・』という方が正しい解釈なのだろう。

「現在シュペンネルにいる鳥属は、四家。ワシ種のレンナルツ、スズメ種ゼルア、ツル種ヴァング、フクロウ種カダーです」
「それゆえ、兄様はレンナルツの種族が分かったのか。博識かと思ったら、単なる消去法だった」
「ガウ兄、凄い」

 ガウリイルの説明に始め驚いていたマルコだったが、あくまでも知識の一端なのだと知るといつものように鼻で笑い飛ばした。反対にエリアスは、純粋に目をキラキラとさせている。
 そんなきょうだいの反応を見て、フェリシアは子供とは思えない知識と語彙ごいの多さに、内心で感嘆していた。
 彼等がどのような教育を受けているのかは、まだこの世界に誕生して一イトネ目のフェリシアに分からない。けれども六歳や四歳の子供の言葉ではないと、『記憶』から判断してしまうのだ。

「とりさん、ひとり?」

 ともあれ、現時点での疑問はそれ以外にもある。わずか十一歳の少女が、何故単独でいるのか、何故襲われていたのか、だ。
 色々と質問を投げ掛けたいフェリシアだが、いまだこの一歳児の口は上手く回らない。

「いえ……はぐれま、した」

 フェリシアは空気が重くなった事を感じた。
 ミアが告げた理由に、単なる迷子ではない事を察したからである。

「レンナルツ家はカダー家と共に、シュペンネルで諜報部門を担当しています」
「ちょう、ほう?」
「そうだ、シア。ぼくが知っている我が国での諜報部門とは、相手の情勢などを秘密に探って知らせる活動機関だ。伝えられた報告は多岐にわたり使用されるが、対象は国だけに限らず、一個人に絞られる事もある」

 知識としてガウリイルが教えてくれる情報に、マルコが更に詳しい情報を追加してくれた。
 つまりはレンナルツとカダーは、忍者的な役割を持っているとフェリシアは判断する。

「それで、ミアは何で迷子?」

 今まで誰も聞かなかった事を鋭く問い掛けたのは、予想外にもエリアスだった。
 単に先程の『自分が迷子になった』という会話があった為かもしれないが。

「迷子……そう、ですね。迷い込んだ御屋敷が、まさかラングロフ邸だとは思わず、大変失礼致しました」
「……そうですね。本来ならば不法侵入で処分されても文句は言えません」
「さすが兄様、鬼畜な発言だ。いくら父上といえども、迷い鳥にやいばを向ける程血に飢えてはいないから」
「侵入者はおれ達の遊び相手」

 ミアが改めて謝罪を口にすれば、きょうだい達の三者三様な返答が返ってきた。
 フェリシアはここでの常識を知らないが、少しずつ彼等の対応から学んでいる。本当に正しいか否かは不明だが、見ている限り、この家ではこれが『普通』なのだ。
 ところで、エリアスは侵入者を『遊び相手』と言った。

「エリにい、あそぶの?」
「うん、狩りの勉強」

 フェリシア的に『子供に何をさせているんだ』という判断に至るが、それもここでは異常と判断されないのだろう。
 少なくともガウリイルを含め、きょうだい達は誰一人としておかしいと思っていないようなのだ。

「かり……」
「そうだ、シア。父様は『銀狼』と呼ばれ、狙った獲物はのがさない狩りの達人と恐れられている」

 いまいち『狩り』の真意を分かっていなかったフェリシアだが、マルコの説明で何となく察する。
 つまりはそれが、ヨアキムが【銀の太刀】や【第3師団中将】である意味なのだ。単なる称号ではなく、事実。他者からもそう認められるものなのだと知る。

「それが原因で屋敷に侵入者が多いから、捕まえたらおれ達の好きにして良いって」

 笑みを浮かべたエリアスの言葉は、内容を知った上ではかなりきわどいものだった。
 この幼い子供達に、侵入者の生殺与奪権を与えている。ミアが怯えるのも無理はないと、フェリシアはようやく理解した。

「えっと……それならミアは、シアがもらっていい?」

 フェリシアは思わずそう告げてしまう。この場でミアがどのように扱われるか不明だったからだ。
 さすがに四家しかない鳥属の血族を抹殺するとは思えないが、今までの流れから善意の解釈は難しい。

「……そうですか。父様に確認しておきましょう。ノルト、頼みます」
「はい。かしこまりました、ガウリイル様」
「ありがとう、ガウにい」

 若干ガウリイルの気配がとがった気がしなくもないが、フェリシアは了承してもらえた事で胸を撫で下ろした。
 ノルトはガウリイルからのめいを受け、すぐさま退室する。けれどもそれによってミアと子供達だけになった訳ではなく、他にガウリイルの呼んだ【ラングロフの忠犬】の称号を持っている三人の護衛──コニ、サラ、シシルがいた。
 ミアの緊張がまだ完全に解けた訳ではないようだが、会話の最中に混乱を見せなかった事でラングロフ家の事を『知っていた』のだとフェリシアは分かってしまう。
 このわずか十一歳の少女でも知っている、ラングロフ家の『狂気』とも呼べる事実だ。一体どうなっているのか、フェリシアは自分の転生した世界に疑問をいだく。

「問題ありません。今回はシアの指示で、わたしが動いただけです。ですから彼女への権利は、初めからシアにあります」
「きみ、兄様に権利があったら危なかったね。あんな事やこんな事を強要されちゃうかもしれなかった」

 微笑んだガウリイルだったが、その後に差し込まれたマルコからの指摘に、ミアの肩が跳ねた。
 相手が家の者でなくとも、マルコはガウリイルに対する言動は変わらないようである。そもそも、四歳児の言う『あれこれ』が何か分からないフェリシアだった。
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