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第1章──幼年期1~4歳──

008 わるいひと?

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「マルにい。ガウにい、わるいひと?」
「違うんだ、シア。これには深い訳があって」
「シア。マル兄は頭が良いんだ」

 抱き上げてくれるマルコを見上げつつ、フェリシアは小首をかしげて問い掛ける。悪意があるようには見えないが、ガウリイルに対して吐く毒が強い気がしたからだ。
 けれども、慌てて言い訳をしようとしたマルコを援護したのは、同じ様に隣で立っているエリアスである。
 フェリシアには、マルコの告げる『深い訳』も、エリアスのマルコ評価である『頭が良い』も読み解けなかった。

「むずかしい……。ガウにいは、こまってない?」
「はい。大丈夫ですよ、シア」

 考えても分からない為、フェリシアはガウリイルの判断に丸投げする。結果的に言われているガウリイルが困っていないのであれば、何も問題はないのだろうと思われたからだ。
 そして案の定、ガウリイルは笑顔で首肯する。このマルコとのやり取りすら、二人のコミュニケーションの一端なのだろう。──フェリシアにとっては分かりにくい事この上ないのだが。

「えと……で、ミアはいいの?」

 一区切りついたところで、フェリシアは先程の自分の言葉を思い返した。
 ミア本人の意思を無視して、フェリシアが生殺与奪権を奪った事になるからである。

「はい、御嬢様の御迷惑でなければ構いません。わたしは先程影に襲われた時、己の死を覚悟致しました。それを救って頂いた御嬢様に、わたしがいのちを差し出すのは当然の事でございます」

 深々と頭を下げるミアからは、迷いなどが見られなかった。
 襲われたのが事実であるのに、己の家に帰りたいと言わないのがフェリシアは疑問に思う。

「では、わたしから幾つか質問させて頂いても宜しいですか」
「はい、ガウリイル様」

 フェリシアの内心の疑いを察した訳ではないだろうが、ガウリイルがミアに問い掛けた。
 勿論、ここでミアに否やは認められない。当然のごとく、ミアは首肯した。
 そして投げ掛けれた質問は、フェリシアが気になっていた事でもあったのである。いや、誰もが当然のように疑問視していたのだろう事だった。

「それで貴女は、領地に帰るところを黒い影に襲われた。護衛を含めた三名とはぐれ、この屋敷に逃げ込んだところを再度襲われた。犯人に心当たりはない。そういう事ですね」
「はい。信じがたいかもしれませんが、ここより南西テンロの方角、ツージョーゼの街を出て半イトネの辺りで襲撃を受けました」

 確認の為に復唱するガウリイルの言葉に、ミアは詳細を加える。
 姿のはっきりしない敵、壊滅する護衛達。一人いた侍女は己の身代わりとなり、ミアは必死に飛んで逃げたのだという。

「おかしいですね。レンナルツ家は諜報を生業なりわいとしているだけあって、機動力に事欠かない筈ではありませんか」
「それは……」
「でも、兄様の魔法を受けても、犯人が逃げたのは事実でしょ」
「それはそうですが」
「その護衛を捜せば分かる」
「そうですね、分かりました。サラ、シシル。お願い出来ますか」
「「はっ。畏まりました、ガウリイル様。御前、失礼致します」」

 ミアの言葉を信用出来ないガウリイルのようだが、疑う証拠もないのだ。
 そして言い淀むミアに助け船を出したマルコとエリアスのげんを受け、ガウリイルは『ラングロフの忠犬』達に指示を出す。サラとシシルは、すぐにその場に膝をつきを返すと、颯爽と退室していった。
 フェリシアはそんな彼女達を見送りながら、馬と犬だから足が早いのだろうとスキルを思い返す。

「兄様、そろそろレンナルツ嬢を休ませた方が良いと思う。ツージョーゼまでは徒歩で四イトネの距離だ。飛行してきたとはいえ、三~四時間サッドは少なくとも掛かる。ワシ種である事を考慮しても、肉体的疲労は半端ないだろうな」
「そうでしたね、すみません。コニ、お願い出来ますか」
「はい、ガウリイル様」
「それでは、わたし達はここで失礼させて頂きます」

 ガウリイルは残った護衛のコニにミアを任せる事にして、ソファーから立ち上がった。合わせるようにマルコとエリアスも後ろに続く。
 どうやら、今日はこの客室がミアの部屋になるようだ。

「ミア、また明日ね」
「はい、御嬢様」

 マルコに抱かれたままのシアが振り返りながら手を振ると、ソファーから立ち上がったミアも深く頭を下げる。
 そうしてシア達はミアとコニを残し、全員退室した。

「兄様は、正直どう思ってるんだ」
「唐突ですね、マル。わたしとしては、今は回答を控えさせて頂きますよ」

 マルコとガウリイルの端的に交わされた言葉で、フェリシアは二人を見上げる。
 察するにミアの事であろうが、フェリシアが彼女を見る限り、スキル【神の眼】説明書から怪しい部分は発見出来なかったのだ。

「にいさまたち、ミア、ダメなの?」

 フェリシアには、ガウリイルとマルコがミアを警戒する理由が分からない。
 仕方なく、素直に問い掛ける事にした。

「困りましたね」
「シア。他者を易々やすやすふところに入れるのは愚者ぐしゃのする事だ」
「むぅ~。わからないぃ」

 言葉と同じく困惑顔のガウリイル。対して、マルコは淡々と辛辣しんらつな物言いをする。
 確かに、ミアが信頼に足る人物かどうかは、フェリシアに判断がつかない。けれども彼等は何故か、『鳥属』全般を警戒しているように見えたのだ。

「シア。鳥、好き?」
「うん、ふわふわ、さわりたい」
「そっかぁ。おれも好きだよ」

 羽毛の素晴らしさを『記憶』で知っている為、直球で欲求を訴える。
 けれども、エリアスからの問い掛けに『美味しいよ』と副音声が聞こえた気がするフェリシア。──気付かなかった事にしようと心の中で蓋をした。

「さすがに、れるのはどうかと思います。しゅとしての象徴は、本能にもっともも近いですからね」
「鬼畜な兄様なら、相手の都合に構わず手を伸ばしそうだ。そして蹂躙じゅうりんする……くくくっ」
「マル兄、黒い。シアが怖がってる」

 きょうだい達の会話から膨れ上がる妄想に、フェリシアは尻尾の毛を逆立てていた。
 マルコに抱き上げられているからなのか、ガウリイルに向けて放たれる言葉が、妙にフェリシアの恐怖を刺激する。それをエリアスに悟られたのだ。

「ふむ。悪かった、シア。あるイトネぼくは、兄様を言葉攻めする事に、酷く快感を覚えてしまったんだ」
「それ、フォローになってない。シア、マル兄も悪い人ではないからね」

 フェリシアの頭を優しく撫でながら告げるマルコに、エリアスの更なるフォローが入る。
 この世界の善悪の判断は、今のフェリシアには出来なかった。相手の本心をスキル【神の眼】説明書から読み解けない事もあり、フェリシアは如何いかにこの能力に依存しているかを気付かされる。

「うん、わかった」

 エリアスの言葉に素直に首肯し、フェリシアはきょうだい達に笑みを向けた。
 もはや、全ての判断を棚上げである。それでもフェリシアは、ミアの羽根にれたい欲求を隠せなかった。
 本人ミアの承諾があれば良いのだろうと、内心で策をめぐらせる。

「シア。考えている事が駄々漏れだ」
「ふふふ、可愛いシアですね。父様からの承認を頂けたら、彼女をそばに置く為に尽力しましょう」
「おれも!」
「あ、うん。ありがとう、にいさまたち」

 結局はフェリシアに甘いきょうだい達の対応だ。仮にヨアキムからの承諾がすぐに貰えずとも、それに対する策すら既に用意されている気がするフェリシアである。
 既に転生一イトネ目にして、ラングロフ家を半分掌握しているフェリシアだった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

(何処、ここ……)

 漫画の様な天蓋てんがい付きベッドが視界を占める。そんな柔らかな布団で目覚めたフェリシアは、一瞬自分の現状を把握出来なかった。
 そしてしばらまばたきを繰り返し、少しずつ覚醒してきた頭が昨日を思い出させる。
 前世での死、ピンク色の自称女神。卵からの誕生、半人半獣のような人間。自分だけにしか見えないスキル【神の眼】説明書もだ。
 起き上がって周囲を見回せば、何処の姫様だと思う程のファンシーな部屋がフェリシアの目に入る。

(はぁ……、目が痛いくらいの少女趣味な部屋……)

 フェリシアの『記憶』では、このような少女部屋に入った事がなかった。多感な中学生だった事もあり、異性の家に遊びに行くなど、とんでもないと思っていたのである。ましてや、そんな妹もいなかったのだ。
 白と淡いピンクのカラーで纏められたフェリシアの部屋は、完全に母親であるナディヤの趣味と推測された。

(けど……)

 不意に冷静になると、フェリシアは頭を整頓しようと思い、ベッドの上に座り込む。そして知り得た情報を改めて脳内の机に広げた。
 ここでは卵の段階で魔法で性別が解析可能であり、孵化する前から名前が決める。それは名を授ける事で魔力と外殻の結界を結ぶ為だ。
 更には全ての生命体が魔力を持ち、等しく卵生である。これはしゅの違いを補う為であり、男女が交配した後に受精していれば魔力を外殻がいかくとして纏った卵を排卵。半クタヴテ程掛けて一抱えサイズにまで外殻を拡張し、その後孵化まで──例外を除き、通常は抱卵室で守られる──一ロミ程必要とする。
 そして孵化したばかりとはいえども、幼体は一人で二足歩行が出来る程度の成長を既に終えているのだ。

(一イトネで物凄い情報量だった)

 内心で溜め息をくフェリシア。
 視界に映り込むスキル【神の眼】説明書の内容ばかりか、それに関わる全ての情報がアップされる。意識を向ければそれだけで次なる説明が展開される為、嫌というほど強制的に知識を叩き込まれるのだ。
 フェリシアは現時点でも視界に見えるスキル【神の眼】説明書を見る。しかしながら頭は疲労するものの、無くて良いなどとは思いもしなかった。
 そして扉を叩く音と共に、女性の声が聞こえる。

「御嬢様、おはようございます」
「あ、うん」

 声に反応して、反射的に返事をしたフェリシアだ。
 けれども入室してきた女性を見て、脳内に疑問符が浮かび上がる。

(誰、この人)

 ラングロフ家の侍女の御仕着せを身に付けている為、侍女である事に間違いはなかった。他者が見れば──。
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