説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第1章──幼年期1~4歳──

025 出会ったリスと信頼と焦燥

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 数イトネ後のラングロフ家、屋敷の東側。
 今、フェリシアの目の前に、とても小さなふわふわがいる。茶色い体と小さな耳、もふもふとした尻尾──リスだ。

〈ねぇ、グーリフ。リスだよ、リス〉
〈そうだな、フェル。くくく、そんなに珍しいか?〉

 いつものようにグーリフの背に乗り、フェリシアは馬場の近くを散策中だった。
 部屋に閉じ籠ってばかりでは身体に悪いと、フェリシアはミアから、積極的に散歩に行くように言われている。
 しかしながら一歳児なので、当たり前ではあるが、邸内といえども一人でうろうろする事が許されない。それゆえ、グーリフと共に敷地内の徘徊をしているのだ。

≪名前……タイ・ミバル
年齢……7歳
種別……ヒト科獣属リス種
体力…… -E
魔力…… -E【サジル
称号……【脱走者】≫

〈ん~、たぶん珍しい。ヒト科のリス?だもん。リスなのかヒトなのかって感じだよね~〉
〈は?………………確かに、あの動物からはヒト科特有の匂いがする。フェル、他には何か気になるところはないのか?〉
〈あ……うん、称号に【脱走者】ってある〉
〈いや、フェル。少しは慌てろって。それって、ほぼ確実にあの関係者じゃねぇか?!〉

 フェリシアは、自身がどのように誘拐されたのかを理解している為、他の被害者達も同様に動物化しているだろう事は、容易に想像出来る。
 そしてグーリフも──彼は魔獣だが──、既に一クタヴテ程フェリシアと共にいるので、ヒトの間で何が起きているのかを耳にしていた。そして元より知性が高いからなのだろうが、ヒトの中での──グーリフから見て、フェリシアにとっての──『善悪』を判別出来ている。

〈あ~、やっぱりそう思う?どうしよう、グーリフ。あの子、一緒に来てくれるかなぁ〉
〈……俺、いない方が良くないか?〉
〈え、何で?〉
〈何でって……いや、考えてもみろよ。普通、魔獣の存在は畏怖するもんだぜ?〉

 声を掛けるべきか迷うフェリシアに対し、グーリフは己がどのような存在なのかを知っているがゆえの言葉だった。
 しかしながらフェリシアにとって、グーリフは恐れるものでも敬うものでもない。自分にとって対等な唯一無二の、それこそ魂の片割れと言っても過言ではない存在だと、フェリシアは思っている。

〈別に良いんじゃない?シアはグーリフといるのが当たり前で、もう今さら切り離して考えられても困るし。グーリフと一緒にいるシアを怖がって逃げるなら、それはそれであの子の決断なんだろうから、これ以上構ってやる必要もないもん〉
〈……フェルってばよぉ、たまにシビアな判断くだすよな。まぁ俺も、フェルの言ってる事が間違ってると思わねぇから、それに対して異論は欠片もねぇんだが〉
〈ん?えっと、誉められてた?〉
〈う~ん……、結論からすればそうなのか?まぁ、良いか。フェルの思うようにして構わないさ。お前は何があっても俺が守る〉
〈やぁ~……男前だね、グーリフってばっ〉

 茶化しながらではあったが、フェリシアの中でグーリフの株が──元々高いのだが──上がった。更には彼の賛同を得た事で、フェリシアは意気込む事なく目の前の事態に挑める。
 そしてフェリシアは、視線を木々の隙間で身を固くしているリスに定めた。

「ねぇ。温かい物が食べたくない?」

 問い掛けはその一言だけである。
 けれども当たり前ながら、リスに対して温かな食事を提供しようヒトなど、この世界をいくら捜してもいない事は確かだ。
 犬や猿ならば別かも知れないが、ヒトに近しい環境に育っていなければ、通常、動物は自然のままのものを食べる。
 当然のように調理は出来ないし、それほど味覚が敏感ではない事も理由だ。
 そこをえて、その誘い文句である。

(おぉ……、困惑が目に見えるよ)

 フェリシアの視界には、スキル【神の眼】説明書によって対象の状態がありありと示されていた。
 タイという名前らしきリスは、警戒から困惑、欲求不満等、フェリシアに文字として感情をあらわにしている。──勿論、本人に自覚はないが。
 そして戸惑いを隠す事なく、その小さな後ろ足で歩み寄って来た。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「うん、きみは賢いね。グーリフ、ちょっとシアを下ろしてくれる?」
「大丈夫か?いくらリスが小柄とはいっても、その牙はフェルの指くらい、簡単に咬み切れるんだぞ?」
「大丈夫だよ、たぶん」
「たぶん、ってなぁ……」

 フェリシアの要求を渋りながらも、グーリフはネアンの魔力で静かに大地へと下ろす。
 勿論、グーリフは目の前のリスに対し、一層の警戒を向けていた。
 それはフェリシアの身の安全を考慮したものではあるが、己以外の『男』に近付けたくないという独占欲のような感情も、グーリフは無自覚ながらに持っている。
 出会って一クタヴテ程。魔獣である己より、遥かに寿命の短く、弱い生命体のヒト族に対して、何故ここまで自分が固執するのか、グーリフ自身も分かってはいなかった。──これが魂の伴侶ソウルメイトゆえなのかは、判断すらつかないが。

「きみ、タイって言うの?シアは、シアって言うの。こっちは、グーリフ」

 そんなグーリフの内心の葛藤の最中さなかにも、フェリシアは無警戒とも言える様子で、既にリスをその小さな掌へ乗せていた。──しかも眼前に掲げるようにして、それに話し掛けている。
 無意識の事なのだろうが、己より上に上げるのは敬意を表しているのだと、知らないのだろうななどあきれの視線を向けてしまうグーリフだ。
 そして何より、その距離感が問題である。

「ちょ、近いっての。フェル、それオスだからなっ。もう少し警戒をだなぁっ」
「ん?……だって何かあっても、グーリフが守ってくれるんでしょ?」

 焦ったようにグーリフから掛けられた制止にも、フェリシアは小首をかしげつつ、何の疑問もないようだった。

「あ、当たり前だろっ」
「ふふふ、頼もしいねグーリフ。あ、タイはグーリフを、尊敬の眼差しで見るんだね~」

 無条件の信頼を向けられれば、当然だと言うしかないグーリフ。そしてその心情を分かっているのか、いないのか。フェリシアはその視線を、すぐさま掌の上のリスに向ける。
 ここで俺以外を見るなとも言えず、グーリフは妙な焦燥感を覚えるのだった。

「ほら、フェル。服を汚すと、にどやされるぞ?」
「もう、グーリフってば、また鳥って言う……。でもミアも、シアがピラピラした服が嫌って言ってるのに、聞く耳持ってくれないんだよねぇ。シアは本当は、兄様みたいなのが良いのにぃ」
「あ~……いつも思うが、何でフェルはそう言うんだ?ヒトのメス……女?は皆、そんなひらひらを身に付けているだろ。足の形が見えるような……服?は、オス……男?か戦闘職の女くらいだよなぁ」

 ワンピースの裾を引っ張りながら、着せられている事に不満を告げるフェリシアである。
 初めのうちは嫌がればズボンでいられたのだが、ミアが専属になってからそうはいかなくなった。彼女がフェリシアをキュートに着飾る事へ無駄な意気込みをみせる為、フェリシアの主張は全くといって通らなくなったのである。
 しかしながら、さすがにドレスのような華美なものは、一歳児には重すぎた。立って歩く事もままならず、混乱し、フェリシアは獣化してしまう。
 それゆえ、フェリシアの服装はシンプルなワンピースタイプで定着した。それでも端々にフリルが施され、朝一の着替えの段階で、毎回フェリシアの気力を根こそぎ奪う。

「くくく……毎朝、良くやるよなぁ」
「むむむぅ。だってミアってば、シアがこれを着ないとうるうるして鬱陶し……違う、拘束してく……これもダメ。え~っと……とにかく、シアが妥協するまで抱き付いて離れてくれないんだから、嫌々着るしかないんだもん」
「俺はそれすら、鳥の思うままな気がするんだが……。まぁ、フェルの優しいところでもあるよな、うん」

 リスを掌に乗せた状態のフェリシアを、グーリフは意図も簡単にネアンの魔力を操って、己の背中に乗せた。
 フェリシアの愚痴を笑い飛ばしながらも、グーリフは指示がなくとも屋敷へ向かい、ゆっくりと足を進める。
 しかしながら、屋敷の中央へ近付いた途端、急にゾワリとした悪寒がグーリフを襲った。

「っ!?フェル!」
「な、何っ!」

 危機感からフェリシアの名を呼んだグーリフだが、嫌な感じの源が彼女の掌にある事を察する。
 フェリシアも自分の目の前で膨らむ違和感に気付いたのか、困惑の声をあげていた。
 
「フェル、そのリスを投げろ!」
「ふえっ?!」

 思考が動いていないものには、命令が一番通る。
 グーリフは混乱しているフェリシアに、普段にない強い口調で指示を飛ばした。そしてフェリシアは理解出来ていないまま、グーリフの言葉通りに宙へ放り投げる。
 ──瞬間、爆発的に膨らむ闇。
 リスを中心にして、物凄い勢いで黒い影が広がった。

〈フェル、俺にしがみつけ。この場を抜ける〉
〈わ、分かったっ〉

 グーリフはネアンの魔力を使い、瞬時に大きな体躯を反転させる。
 だが、駆け出すその足音に反応したかのように、グンッと黒い影が膨れ上がった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

(ヤバっ!)

 ゾワリと、全身の毛が逆立つような威圧感を感じる。ミアとの出会いの事件を思い出させる嫌な感じ──
 フェリシアの脳内に、『闇には光』と言葉が浮かんだ。

リンナ・エゼ・ヘリナ

 発想のままに、フェリシアはリンナのベールをイメージする。
 ここが屋敷の東端だとはいえ、この脅威をこのまま広げてはならないと、本能的に彼女は感じたのだ。
 可能かどうかではなく、やれる事を──

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 そして、グーリフがすっぽり入ってしまう程の大きな球体になった影に対し、フェリシアのリンナの魔力は白く輝く幕となり、包み込む。
 グーリフは、背後で展開されたフェリシアの魔力に目を見開き、しかしすぐさまそれをフォローするように己のネアンの魔力で、更に外側を包み込んだ。
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