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第2章──少年期5~10歳──

044 おねだりとオトリ

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<何処でそんな技を覚えてくるんだ>
<前に食堂裏で、侍女のお姉さんが料理長にしてた。それで揚げ菓子をもらってた>

 フェリシアにしてみれば、前世記憶の創作物で知識としてあった。自らが実行に移した事は初めてだったけれど、他者がおこなって通用しているのを見て、この世界でも『おねだり』の方法としては間違ってはいないと思っている。
 額に手を当ててうめくグーリフだったが、そのいつもと違う彼の反応から『有効性が高い』とも判断された。

「か、可愛いですぅぅ~」

 ミアに至っては頬を赤らめ、潤んだ瞳で両手を胸の前に組み、その場で昇天しそうな程に緩んだ表情をしている。
 ちなみにエリアスは目と口をぱかりと開けたまま、鼻血を垂らしていた。

「え、エリ兄が大変っ」
「チッ。金色、しっかりしろ」
「え……あ?」

 グーリフから額を軽く弾かれ、ようやくエリアスが我に返ったようである。
 しかしながら何故鼻から出血しているのか理解出来ていないようで、そばにいた侍女からされるがままに顔をぬぐわれていた。

<フェル。それ、他の奴がいる前でするの禁止な>
せぬ……>
「はぁあああ~……ったく、仕方ねぇな」
「え?」
「だがその前に、もっと事前調査をする事が第一条件だ。行き当たりばったりで、他のかどわかしにあってる余裕はねぇ。それともう一つ、銀色に要報告。事を起こす前にな」
「え~」
「え~、じゃねぇだろ。次はマジでキレるぞ、あれは。クマの時の事を思い返してみろ」
「うっ……」

 グーリフの言葉に一喜一憂するフェリシアである。
 クマ大将邸での事故・・は、今でもラングロフ一家の中で苦汁を飲まされたものとして禁句となっていた。

 結果だけを言うならば、ライモ・コノネンがヨアキム・エルッキ・ラングロフに非公式とはいえども謝罪をおこなった事により、双方痛み分けとしている。
 だが全く何事も変わっていない訳ではない。フェリシアはそれ以降一切の社交の場に参加せず、同様にマット・コノネンが社交に出たとの話も聞かなかった。

 何度かライモ側から茶会の招待状が来たらしいが、それすら一度としてフェリシアの所まで届く事はなかった。それらを情報としてミアから聞いているが、フェリシア自身は欠片も気持ちが動かない。
 恐らく一度でもフェリシアが何処かの社交に出たならば、それがマットへの許しの承諾になるのだという意味も分かっている。そしてコノネンの嫡子であるマットにとって、七歳の現時点でも社交に出られない事が汚点である事も。

「フェルの事を聞いた銀色のやつ、執務室を大破させてたからな」
ヨアキムの補佐官オスマン様執事ネリンガ様の、二人掛かりで取り押さえていらっしゃいました。それでもヨアキム旦那様の執務室は全壊と言っても良い程の有り様であり、半クタヴテ程の間は別室で執務をおこなっておりました」
「あ~……、そうだったね」

 ヨアキムは脳筋ゆえか、一度スイッチが入ると、ほぼ狂人化バーサク状態になる。そしてそうなってしまえば、ヨアキムの意識を奪う事でしか止まらないのだ。

 ちなみに、スキル【怪力】を持つヨアキムを落とす事の出来る人物はほとんど皆無である。スキル【見極め】を持つ執事のノルト・ネリンガと、スキル【先見】を持つベルナール・オスマンがいて成り立つ。──ベルナールだけでも不可能ではないのだが、これまで一度も無傷で終える事は出来なかった。
 線の細さを活かした、素早い動きが特徴のベルナールである。筋肉隆々のヨアキムがさらにスキルで底上げされた上で繰り広げる力業に、速さだけではどうにもならない壁にぶち当たるのだ。

「って事で、俺のこの二つの条件を呑むってぇならな。放っておいて勝手に動かれても困るってぇのが本音だが、俺と一緒なら銀色も頭ごなしに一蹴いっしゅうはしねぇだろ。とりあえずきちんと筋を通せ」
「あぅ~……。グーリフと一緒にってのは、勿論シアからもお願いしたいけど。シアの言う事、父様は聞いてくれるかな」

 彼が味方になってくれるのは心強いのは当然だが、銀色ヨアキムに報告するのは嫌だった。絶対に反対される。──説得するのも面倒だ。
 けれども結果がどうであれ、最後には確実にヨアキム父親の耳に入る。黙って自ら飛び込んだ事が判明したら、それ以降は屋敷で軟禁状態になるだろうとも予想されるのだ。──最悪、学園にも通わせてもらえなくなるかもしれない。

「返事は?」
「う…………わ、分かった」
「よし」

 グーリフから返答を強要され、躊躇ためらいつつもフェリシアは承諾するしかなかった。
 手間を惜しんで後々悪手となるよりは、当たり前だが正攻法でいった方が余程大きな利になる。それに領地内の犯罪行為をこのまま放置するヨアキムではないし、確実に証拠が揃えば骨も残らない程に犯人側を叩き潰すだろう。

「鳥。銀色が帰ってくるのはいつだ」
「三イトネ後です」
「それまでに裏を調べられるな」
「勿論です」
「フェルはウサギに頼んで、魔道具を作ってもらえ。恐らく銀色も持たせてくるだろうが、フェル用に合わせて作られた物は相性がパネェからな」
「ん?母様に?」

 次々に指示を出すグーリフだ。
 諜報能力に優れたワシ種レンナルツで生まれ育ったので、ミアにそういった類いの調査を依頼するのは分かる。しかしながら、ウサギ母親に魔道具製作の依頼をする事に理解が追い付かなかった。

「何だ、呆けた顔をして。意味が分からないって感じか?」
「う、うん。確かに母様は、魔道具を趣味で作ってるけど」
「くくく、趣味で?それ、本気で思ってるところがフェルの可愛いところだよな」
「えぇっ?」
「シア様。魔道具を作製するには繊細な魔力操作と強い魔力が必要です。そして使用する魔法石は傷がなく、色が濃いものでなくてはなりません。そういった品は通常、かなりの高額で売買されています。一般的に、『趣味』でおこなえるようなものではありません」
「え?でも母様、趣味でって言ってたし」

 グーリフとミアから指摘され、フェリシアは混乱する。
 生活必需品である魔道具に対し、ラングロフ邸内にありふれている事実もあって、とても親しみがあったのだ。

 そも前世の記憶があるからか、魔核の化石魔法石を使って魔道具を作る事が出来る世界観に異存はなかった。科学の代わりに魔法があり、道具に電気ではなく魔力を使う事にも理解が出来る。
 冷蔵庫や洗濯機のような物が魔道具で存在するのだから、一般的に使われているのだと思い込んでいた。──市井しせいに出た事はないが。

「シア。母様の趣味は、特殊なんだ」
「え、エリ兄まで?」
「片手間に作れるものじゃねぇ。高い魔力、リンナの素質、摩道具を作る事が出来る腕前。まぁ、何だ。ウサギの能力が搾取される側になくて良かったな」
「な、何それ……。父様だけじゃなくて、母様も稀少価値プレミアついてるって事?」
「だからラングロフここは、いつも狙われている」
「ラングロフに嫁ぐ前の奥方様は、軍内部の医療機関に身を置く事で、御自身を守られていらっしゃったそうです」
「な、何だか色々、いっぱい初耳なんだけど」

 どうやらエリアスは、魔道具の稀少価値を理解しているようだ。
 そして銀狼の女性である事がフェリシアの一番の狙われる部分ポイントだが、稀少性の高いリンナの魔力を持つ事。母親ナディヤと繋がる血筋。それらを含めると、最早グーリフと共にいる以外に安全な居場所はないのかもしれない。

「何かもう、シアってば美味しい味付け肉な感じだね」
「肉……シア、旨い?」
「いや待て、金色。噛み付くのも舐めるのもダメだ」
「言葉のあや……言い回しです。ただの表現ですから、実際の事柄ではありません。舐めたい気持ちは分かりますが、シア様に嫌われてしまいますよ」
「嫌われるの嫌だ。舐めない。噛まない」
「鳥がおかしいのは既に分かってるが、フェルのいる場所で変態発言はやめろ」
「何を言っているのですか。シア様が食べたいくらいお可愛らしくて、いつまでもスンスン匂いを嗅いでいたい程「やめろって言ってんだろうが。さばくぞ、こら」」

 エリアスの発言からしておかしかったが、続けられたミアの言葉はもっとおかしかった。
 フェリシアが何度か右に左にと小首をかしげていると、突然グーリフから両耳を塞がれる。頭頂部の獣耳をペシャリと潰され、驚いて目を見開いている間に話が終わっていた。
 口をつぐんだミアを見て、ようやくフェリシアの耳を解放してくれたグーリフである。

「あ、そういえば。ミアもリンナの魔力を狙われて、ラングロフここまで逃げてきたんだっけ」
「はい。ツル種ヴァングにはリンナを持つ者が比較的多いと聞いていますが、ワシ種レンナルツネアンソドン等の速度向上重視です。私の祖母がツル種ヴァングだったので、私にもその血が引き継がれたようです」
「おぉ~、ミアの系譜ルーツ、初耳」
「鳥は鳥からつがいを選ぶからな」
「そうなの?」
「はい。国内の鳥種が少ない事がおもな理由ですが、獣種と交わるとどうしても血統的にそちらの血が濃く出るようなのです」

 伴侶を自由に選べないとは、何とも不自由なものだ。──否、フェリシア自身もそうなのだろう。
 この世界には、自由恋愛等と言う平和的権利はほとんど存在しないのだから。
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