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第2章──少年期5~10歳──

054 九歳。振り返りと勉強とおかしな長兄

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 フェリシアは、九歳になった。サジルクタヴテなかばを過ぎ、木々の緑は一層色濃くなってきている。
 三兄のエリアスもクタヴテの始めに学園に行ってしまい、今はフェリシアとグーリフだけだ。──来ロミモコクタヴテに長男のガウリイルが卒業してラングロフ領に戻って来るまで、である。

「ねぇ、グーリフ。ここのところ、どうやるの?」
「んあ?…………あぁ、これな。俺も迷ったけど、こうなんじゃねぇか?」
「あ~、なるほどっ。すご……、シアより出来るじゃん」
「そうかぁ?けどよぉ、シアは文系の方が得意だろ。言葉尻的な事とか暗記とか、俺にゃ向いてねぇ」
「シア、覚えるだけなら得意。理数系ってば、ぐちゃぐちゃ公式が多くてさぁ。何だか頭ぽ~んってなる」
「くくくっ。ぽ~ん、か?そりゃ、困るなぁ。俺が押さえといてやるよ」
「あっ、ちょ……グーリフ、髪がくしゃくしゃになるって?!」

 二人でじゃれ合う、いつもの光景だ。
 部屋の壁際にはミアともう一人侍女が立っていて、九歳といえど男女が二人きりで密室に籠る事は出来ない。

 年齢的に他に変わったといえば、少しずつではあるがこうしてフェリシアとグーリフが学園入学準備を始めた事だ。
 こうして金銭的に余裕のある者は、家庭教師を雇い入れ、先行して勉学を開始する。成績が発表される学園であまりに愚鈍ぐどんでは、自己に対する評価だけではなく、家門の名をけがす事にも繋がるからだ。

「そろそろ休憩されてはいかがですか、シア様」
「あ~……、うん。もうソドン時間サッドなんだね」
「くくくっ。最近では時間サッドを忘れる事が多いなぁ?」
「ん~、お腹空かないもん。動かないからかなぁ」
「走り回らねぇでも、普通に腹は減るだろ?食わねぇと、小さいままだぞ?」
「え~っ。でもどっちかというと、眠くなるんだよね。頭が疲れてさぁ」

 フェリシアはペタリと机に伏せたまま、尻尾だけをフリフリと振る。
 そんなフェリシアに優しい瞳を向けて、グーリフは頭部をふわりと撫でた。

ねみぃなら寝りゃあ良い。けど、少しでも口にしてからな?」
「うん、ありがとうグーリフ」

 ふにゃりと表情を緩めたフェリシアは、撫でられる心地好さにそのまま眠ってしまいたくなる。
 その周囲では、静かにミア達が軽食の準備をしていた。エリアスがいなくなってからというもの、こうした物静かな日常が続いている。

「シア様。御用意が整いました」
「ん~、行くぅ」
「ほら、フェル」
「ん」

 窓際の勉強机から、テラスに移動した。そのわずかな間でも、グーリフはフェリシアをエスコート抱き上げて移動する。
 フェリシア的にグーリフはもっとも安心出来る存在で、もう八年も一緒にいるのだからかたわらにいるのが当然になっていた。それどころか甘えに甘え、おんぶに抱っこすら当然になりつつある。

(……あれ?シアってば、何気にナマケモノ過ぎない?)

 テラスの席に座らせてもらった時点で、ようやくその事に思い至ったフェリシアだ。
 至れり尽くせり過ぎて、怠惰にも程がある。──そもグーリフとは同い年設定なので、体格は男女の違いが少しずつ現れてきているものの、今はまだわずかな違いだ。

「ねぇ、グーリフ。思ったんだけど、シアってば動かな過ぎない?」
「はあ?何言ってんだ。勉強もしてるし、護身の為の体術訓練だってサボってねぇだろ」

 紅茶と共に並べられた軽食のうち、グーリフは当たり前のようにフルーツ系のケーキをフェリシアの前に置いてくれた。
 そして自分は同時にサンドイッチを頬張りながら、皿を置いた手を返してフェリシアの頭を撫でる。

 流れるような一連の動作はいつもの事で、フェリシアの周囲を何も言われずとも整えるのだ。ミアにもそれが当たり前過ぎて、幼い頃のように必要以上の給仕をフェリシアにしてこない。
 つまりは大概の事がグーリフの役割になってしまっていた。

「そうだけどね?何だか、ダメ過ぎないかなぁって思ったんだよ」
「ダメじゃねぇし。だいたいそれって、フェルの母親狙いのとち狂った変態が幼児誘拐大量殺戮してたのが解決した頃からだろ。今更じゃね?」

 新たなサンドイッチをパクリと一口で食べたグーリフは、フェリシアにそう言って小首をかしげてみせる。実際その頃から、一段とグーリフ以外を寄せなくなった自覚はあるのだ。
 確かにフェリシアとしては、あの犯人の諸々の事情──というか、犯罪経歴を後で知った時には驚いた。十八歳も下の五歳女児子供時代の母親に婚約を申し込む事にも疑問だったが、なかばストーカーと化した後にも度重なる拒絶を受け、挙げ句の果てに無関係な児童への固執と執着八つ当たりである。

 小児性愛とは異なる次元で、己の鬱憤を晴らさんが為の暴力。そして殺害に至るまでの暴挙だ。
 今回辛うじて生存していた子供達は、ミアの覚醒したかのような超回復魔法によって完全復活をしている。精神面に関しても、希望する者には記憶の消去をおこなった。
 そして元凶となったウゲイン・ワカーは、公式の裁判を経て有罪となり、既に公開処刑となってこの世にいない。

 更にはラングロフ領地内リハロア区の官吏は別の人材へ代わり、ワカーの家門は事実上の取り潰しになった。
 仮に次代へ継ごうにも、三代目であったウゲイン・ワカーの暴走により、地位の継承は不可能となったのである。

「まぁ……ねぇ?あれから外出すら本当にしなくなったし、敷地を合わせた屋敷内が無駄に広いから、それでも特に困らないって事実もあったもんねぇ」
「フェルを暇にしようものなら何するか分からねぇって理由から、銀色が護身術を学ばせ始めた事もあるな」
「ん~……。護身術は将来的に良いのだろうけど、シアの反射神経が悪すぎて落ち込む」
「は?何で落ち込むんだ?……誰かに悪く言われたのか」
「ち、違うよ。ってか、ここにシアを悪く言うようなヒトはいないって」

 ともあれ、ただでさえ引きこもり気味であったフェリシアは、更にラングロフの敷地内から出なくなった。領地ではなく、敷地。
 ヨアキムがそんなフェリシアの為に、部隊の護衛担当から護身術を学ばせているくらいである。かといってまだ体操や受け身、反応訓練程度だが。

「シア様。まだ御身体が御小さいのですから、当て身稽古や本格的な護身稽古は早すぎます」
「でも避けたり跳ねたりするの、遅くない?思った程機敏に動けないんだよね。だからシアってば、鈍いのかと……」
「悩んでんのか?」
「ん~……。そこまで強い感情ではないんだけどね。もっとこう……パパパッピューン、みたいな?」
「くくくっ。かぁわい」
「っ。からかうつもりなら、もう良いもん。言わないっ」
「ちげぇって……。フェル、警戒」

 ある程度軽食が済んだところだったが、急にグーリフの雰囲気が変わった。
 それまでなごやかに過ごしていたのだが、打って変わってピリッとした空気になったのである。

<どうしたの?>
<……侵入者だ。小さいが、敷地の隅に既に入り込んでいる>
<わぉ、珍しい~。でも、魔力での個人認証をしてるんでしょ?>
<その筈だが……>
「シア様。通信が入っておりますが、いかがなさいますか?」
「え?誰から?」
「ガウリイル様です」
「ガウ兄?」
<俺は少し見てくる>
<うん、気を付けてね>

 スキル【以心伝心】テレパシーでグーリフと会話をしていたフェリシアだったが、ミアから問い掛けられた為、意識を彼女へ向けた。
 グーリフからの言葉にも応え、そしてミアが差し出した掌大の魔法石を受け取る。
 青色に光る魔法石は、現在通信中である事を示していた。

「ガウ兄、どうしたの?」
『シア、元気だったかい』
「うん、元気。ガウ兄も元気?」
『シアに会えなくて毎イトネつらくて悲しくてあまり元気ではないのですが、魔法石に記録したシアの姿を毎時間サッド見る事で何とか自分を奮い立たせています』

 相変わらずのガウリイルの独白だが、だいたいいつもフェリシアに対してこんな感じだ。それなのでフェリシアもいい加減慣れてきて、ある程度はスルー出来るようになっている。

「そうなんだ。勉強、頑張っているんだね。ところで、わざわざ通信なんてどうしたの?」
『あぁ、そうでした。そろそろ着く頃だと思いまして、連絡をした次第です。モコクタヴテに出立させましたけど、馬車ではないのでサジルクタヴテの終わりくらいになるかなと思ったのです』

 ガウリイルの声音は楽しげだ。内容はほとんど伝わって来ないものの、フェリシアにも悪い事柄でないのだと思えた。
 しかしながら馬車ではないとか、クタヴテをまたぐ程に時間サッドが掛かるとはなんだろう。

「うん?……そうなんだ、良く分からないけど」
『ふふふ、楽しみにしていて下さい。それよりもこうして話しているのに、シアの姿が見えないのはとてもとても残念です。可愛いくて佳麗で、素敵に愛くるしいシア。あぁ、愛しい愛々しい愛くるしくて愛らしいわたしのシア会いたいれたい嗅ぎたい舐めたい』

 ガウリイルは自分の世界に入ってしまったようで、何やら同じような事を囁き始めた。こうなってしまうと、たいていしばらくこちら側に戻って来ない。
 要はフェリシアの事をたたえているようだが、若干変態質な言葉も混ざっている気もした。
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