前世は剣帝。今生クズ王子

アルト

文字の大きさ
上 下
18 / 81
2巻

2-2

しおりを挟む

 第二話 死ねない理由


 サーデンス王国に到着したのは、話し合いから四日が経過した日の昼間であった。
 サーデンス王国行きの船に搭乗したのは、ディストブルグ王国からはグレリア・ヘンゼ・ディストブルグとフェリ・フォン・ユグスティヌの二名。
 当初、グレリアについてくる予定だったお供の騎士達は、フェリの代わりに陰ながらファイを護衛すべしという命令を下され、リィンツェルに残っていた。
 そしてリィンツェル王国からは、ウェルス・メイ・リィンツェルとリーシェン・メイ・リィンツェル、ロウル・ツベルグ、更に騎士四〇余名。
 サーデンス王国での滞在は二日。その間に『虚離使い』との交渉および、くだんの孤島への入島手続きを済ませる必要があった。
 しかしながら、ロウルが事前に取り計らってくれていた事もあり、入島手続きはすでに終わっていた。

「リーシェン王女殿下。如何なさいますか?」
「…………むぅ」

『虚離使い』と会うにあたって、一行は二組に分けられた。
 一組目は、『虚離使い』との交渉を行うグループ。グレリアやロウル、ウェルスと騎士二〇名。
 二組目が、交渉の間自由に街を散策していてくれとグレリアとウェルスに言い渡されたグループで、フェリやリーシェンと残りの騎士二〇余名。
 今、そのフェリとリーシェンが前を歩き、騎士達がその後ろをついて行くという状況がひたすら続いていた。

「…………むー」
「え、えっと、リーシェン殿下?」

 ぷくっと頬を膨らませ、年相応な表情を見せるリーシェンに対して、フェリは戸惑いを見せる。ウェルスやロウル、グレリアがいなくなってからずっとこの態度である。恐らく、こっちが素なのだとフェリも理解はできるが、その変わりように困惑が続いていた。

「フェリさん」

 そして不満そうに唸り続けて数分が経過したところでようやく、リーシェンが不満気な呻きではなくちゃんとした言葉を口にする。

「その剣、余程大事なものだったんですね」

 リーシェンが今もまだ嫌悪感に近い感情を黒い剣に向けている事は、厳しい視線から容易に判断がつく。けれど、四日前の顔合わせの時と比べれば随分と態度は軟化していた。
 腰に下げた影色の剣を、フェリはしきりに触って有無うむを確認している。それは本当に大事そうに。
 意識してなのか、無意識になのかはリーシェンには分からない。
 それでも、そんな光景を横目で何度も確認していれば、流石さすがのリーシェンも表立ってぐちぐちと言う気は失せてしまう。

「殿下から、お預かりした物ですから」

 剣とは、剣士にとっての魂だ。
 いくら無数に生み出せるとはいえ、ファイには〝影剣スパーダ〟に強い思い入れがある事は、共に行動する中でフェリも否が応でも理解させられている。だから余計に大切に扱っていた。ひたすらに剣を拒んでいた人間が、御守りと言って渡してきた剣。そこにはどんな想いが込められているのか。
 いくら剣を拒み自分をおとしめたとしても尚、彼はどこまでも剣士であった。であるからこそ、最後に信じられるものはどうしても剣に帰結し、手段として至極当たり前に浮かび上がってしまう。
 だから、剣を渡すしかなかったのだ。
 それだけ主人に自分が心配されているのだと思うと、フェリは笑みを隠せなかった。
 やはり優しい人だ、と。

「……殿下、というとグレリア王子ですか?」

 眉根を寄せて不思議そうにリーシェンが尋ねる。
 グレリアという人は、真っ直ぐな人間だ。もしくは気持ちのいい性格とでも言うべきか。
 視える体質だからこそ、リーシェンは〝影剣スパーダ〟の異質さがグレリアと異なるであろう事は看破していた。にもかかわらずグレリアの名を出した理由は、フェリが殿下と呼ぶ相手をグレリア以外に知らなかったからだ。

「いえ、ファイ王子です。ファイ・ヘンゼ・ディストブルグ殿下ですね」
「ファイ……」

 ポツリと消え入りそうな声音で、リーシェンはその名前を呟いた。
 しかし、幾ら考えを巡らせようとも心当たりはなかった。だから問う。

「……どんな人なんですか? ファイ王子は」

影剣スパーダ〟の持ち主であるファイ・ヘンゼ・ディストブルグという人間に、リーシェンは興味があった。どんな人間が、そんな禍々まがまがしいオーラを放つ剣を扱っているのかという、純粋な興味があった。

「そう……ですね。一言で言うと、よく分からない人です」
「……はい?」

 リーシェンから素っ頓狂な声が漏れる。
 しかし、その気持ちをフェリは痛いくらい分かってしまった。何故なら彼女自身も、己の発言でありながら何言ってるんだろうかという感想を、今も尚抱き続けていたから。

「きっと……いえ。本当は凄く優しいお人なんです。でも、それは絶対に自分で認めてはくれなくて。それでいて不器用で、一人で何もかも抱えようとする。そんなよく分からない人です」

 自虐ばっかりの出来の悪い、弟みたいな人です。あ、でも不敬にあたるのでここだけの秘密という事で。
 などと言って、フェリは柔和に微笑んだ。

「……大切な、人なんですね」

 フェリの言葉には親愛というべき感情が込められていた。臣下としてしたっているだけとは思えない感情の発露が、言葉にありありと込められていた。

「でも、良かったんですか?」

 だから、リーシェンは疑問に思った。
 手間のかかる弟のように思っているならば、間違っても目を離せないだろう。側で支えたいと思うものではないのか。そう思い、尋ねずにはいられなかった。

「大切な人がいるのに、こんな命懸けの作戦に参加して」

 ロウル・ツベルグ曰く、今回の成功率は約五〇%であるらしい。ただ、それは全員が生還する確率ではなく、万病を治す虹の花を手にして戻れる確率が五〇%であるという意味だ。
 もし仮に生還できる確率を数値化したならば、恐らく二〇%あるかどうか。
 グレリアが言っていた、フェリの実力は保証する、という発言を真に受け、過大評価した上で、二〇%の生存確率。それが、ロウルから孤島の話を何度か耳にしていたリーシェンの見解であった。

「グレリア殿下に付いていてくれ、というのが、不器用な殿下からのお願いですし、約束でもありますから。受け入れないわけにもいかなくて」

 フェリは「困ったものですよね」と言って、あはは、と苦笑いを浮かべた。
 休暇が欲しい。一生ゴロゴロしていたい。そんなくだらないお願いであれば今まで数え切れぬ程あったものの、こういった真面目なお願いは滅多にしてこない。
 だから、破るわけにはいかなかった。

「それにどうしてか、私自身そこまで悲観してないんです。本当に不思議な事に」

 ウェルスはリーシェンに対して、最終的に参加するかは自分の意思で決めろと言っていた。つまり、この場に彼女がいるのはあくまで彼女の意思。しかし、決意をしたものの無事に生還できるとは思っていなかった分、前向きなフェリの発言はリーシェンにとって意外そのものであった。


『俺が剣を握るうちは、兄上はもちろんメイド長だって守ってみせるさ。だから、勝手に死ぬ事だけは許さない』


 一瞬の懐古。つい先日のやり取りが、フェリの記憶の海から浮上する。それは、リィンツェル王国に来た直後のレストランで交わし合った言葉。普段見せる事のない明確な意志の炎を瞳の奥にたたえてのファイの発言だったからこそ、記憶に深く刻まれている。

「本当に、ここぞというところで頼りになる人で」

 ファイ・ヘンゼ・ディストブルグという人間は、身内にだけ本当に凄く甘い。それに約束した事は必ず守ろうとする人だ。だから自分の生死は兎も角、事態が最悪の状態に転がる事はないだろうと、フェリは考えていた。

「だから、根拠はありませんが、悲観する必要はないと思うんです」

 以前ファイとの戦闘を終えた後、彼女は己の中に潜む精霊、水竜と少しだけ話をした。
 悲観してはならない。何があろうと生を諦めてはならない。そんな感情を胸の奥にくすぶらせていると、その時の会話の記憶が何故か鮮明に蘇ってくる。


『面倒な主人を持ったものよな』


 その時フェリ自身は降霊による副作用があって、受け答えを満足にできる状態ではなく、ただ水竜が一方的に話すだけであった。


『あやつは、強い』


 水竜が、ファイの強さを認めていた。人間よりもずっと生き長らえ、数多の強者を目にしてきた水竜が、強いと世辞抜きで称揚しょうようしていた。


『だが、強い故に何かしらの過去を抱えておる』


 奇妙な力には、奇妙な宿業しゅくごうがある。強い人間は、何かしらの因果を抱えている場合が多いと、水竜は言う。それは譲れない何かであり、何を犠牲にしてでも貫かねばならなかった意地や約束。そして、誓い。
 因果があったからこそ、人は強くなる。抱えるものの重さと強さは比例するものであると、水竜は逡巡なく述べた。


『あれは正しく、生きながらにして死んでいるといえるが――』


 剣を打ち合っていた相手の事を思い返しながら、水竜は言葉を選んでいた。
 己の命を軽んじるなぞ、常人ならばできるはずもない。頭でそう考えようとも、身体がその思考を拒絶する。逆もまたしかり。
 もし仮にそれをさも当然のように行う人間がいたならば――壊れているという言葉がこれ以上なく似合ってしまう事だろう。
 それを理解する水竜だからこそ、そこで言葉を区切り、含みを持たせた。続く言葉をお主フェリに聞いてほしいのだと、これ以上なく強調したのだ。


『それは決して根っからのものではない』


 死にたがりと呼ばれる人間にも、種類というものがある。それは大きく分けて二つ。
 戦闘狂のような進んで死を求めるタイプ。
 現実を逃避し、死を望むタイプ。
 水竜は、ファイが後者であると睨んでいた。


『あやつはただ、孤独におびえておるだけよ』


 ――俺は、剣を振るって生き続けるのが怖い。
 それは確かな心の慟哭どうこくだった。
 偽りのない本心だったはずなのだ。


『本当にあの男を救ってやりたいのなら、お主は何があってもしぶとく生き残れ』


 今更死に動じる人間ではないだろう。
 もう、見飽きたとも言っていいかもしれない。
 それ程までに、瞳が悲哀ににごりきっていた。
 ただ、死を見飽きたからと言って、死を見る事が平気であるとは限らない。少なくとも、生き続ける事で、いつの日か死に逃げようとする者のかせになれるはずである。


『お主には心をそれなりに開いておる』


 だから水竜はそう言った。
 フェリの願いを知る者だからこそ、繰り返し述べた。


『きっと、お主らが死ねば、あやつは間違いなく死に近づくぞ』


 ただでさえ、死を望んでいる節がある者なのだ。
 僅かな心の枷を失った時、また堕落した生活に戻るかもしれない。もしくは、死に向かうか。それは定かでない。ただ、良い方向に転ばないのは確かだろう。


『であるからこそ、生き残れ』


 念を押す。


『わたしとしても、ああいう生き方は見るに耐えん』


 見た目こそ、一〇代半ばの人間。
 だが――


 ――人を殺し続けた事が強さと言われる世界なら、その先に待つのは決していいものじゃねえよ。多分、ロクでもない景色が見えると思うな俺は。


 そんな考えに、普通の者であれば至れない。
 きっとその言葉は正しい。けれど致命的なまでに達観し、壊れている。年相応の少年らしい部分が決定的に失われていた。そこが、ファイという人間の異常さを正確に表していた。

「それに、私自身、死ねない理由があります」

 水竜の言葉を思い出しながら、フェリは言葉を紡ぐ。
 自分の願いの為にも、サーデンス王国で骨をうずめるわけにはいかなかった。だから自信を持って言う。
 笑いながら言ってのける。

「心配せずとも、易々と死ぬつもりなんて毛頭ありませんよ。あの方を残して死ぬなんて、気が気でないので」

 そう言うフェリは、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。



 第三話 ゼィルム・バルバトス


 フェリとリーシェンが自由行動を言い渡されて幾分か時間が経ち、気づけば夕日が姿を消そうとしていた。
 目に優しいあかね色に染まる空。ちらほらとまばらに点在する鈍色の雲と交わり、独特の風情ふぜいあるコントラストが空一面に広がっていた。
 ここ最近、リィンツェル王国では曇り空が続いていた。もし仮にこのまま天気が崩れ、雨が降ったならば自ずと海は荒れてしまう。そうなれば間違いなく出航に影響が及んでしまうだろう。だから、フェリは不安を煽る翳りのある空模様を仰ぎ、

「雨が、降らないでくれると良いんですけどね」

 苦笑いをしながら抱く懸念を言葉に変えていた。
 サーデンス王国から虹の花が自生している孤島までの移動手段は、船のみだ。
 雨が降れば、自ずと海は荒れる。だから雨が降りませんようにと、小さな声で希望を口にしていた。

「そうですね」

 リーシェンが同調する。
 この先に待ち受けるであろう戦いに憂いを抱くからこそ、せめて天候くらいは。
 そんな事を考えながら。

「……お」

 そこへ、少し離れた場所から聞き覚えのある声が上がる。
 フェリが目を凝らし、見つめた先には、数時間前に別れたウェルス達が供を連れて歩いていた。
 はじめに気づき、声を上げたのがグレリア。
 フェリとリーシェンも続いて気づき、ゆっくりと距離を詰めていく。

「あはは、丁度良かったです」

 フェリとリーシェンを探していたのか、ロウルからは真っ先にこう声をかけられた。
 何かを食べながら交渉を行なっていたのだろう。食べ物や、珈琲コーヒーなどの香りが薄らと漂ってきていた。少しだけ、お酒の香りも混ざっていたので、年齢が年齢なだけにリーシェンは僅かに顔をしかめてしまう。

「丁度、良かった?」
「ええ、リーシェン殿下達に彼を紹介したいと思っていまして」

 そう言って、ロウルは一人の男性に視線を向けた。

「紹介します。彼が」

 ロウルが説明を始めるより先に、そちらにリーシェンの目が向く。
 背は一九〇センチ辺りで、怪し気な服装をした人物であった。
 パーカーコートのような黒色の服を着込んでおり、それが頭を含む上半身をすっぽりと覆っていた。
 前が開かれたそのパーカーコートからは、暗器のようなものがチラホラと見え隠れする。扱う得物は大鎌なのか、刃が下になるように背負われたソレは存在感を強く主張している。
 全身が黒色の服で統一されており、目深く被られたフードのせいで顔は鼻から上が見えない。
 それが不気味さを一層際立たせていた。

「『虚離使い』――ゼィルム・バルバトスです」


 あまりに不気味な風貌から、一瞬勘違いと思えてしまうが、身振り手振りを加えて彼だと紹介されれば、流石にリーシェンとフェリも事実を受け入れざるを得ない。
 ただ、本当に大丈夫なのだろうかと、そんな不安が表情に出てしまうのは仕方がないと言えた。

「…………」

 紹介されたゼィルム・バルバトスは少しだけ顔を動かす。フェリとリーシェンを注視するような姿勢が、数秒ほど続いた。
 程なくして、はぁ、と不機嫌そうに表情を歪めた彼の口から、ため息がもれた。

「話が違うじゃねえか『不死身』」

 そして、ぞんざいな口調で毒を吐く。

「俺は〝英雄〟レベルが三人いると聞いて、了承したんだがな。加えて、花を探せる人間がいると。『不死身』の頼みだから来てやったんだが……」

 そう言って、リーシェン、フェリ、グレリア、ウェルスの順に視線を向けていき、

餓鬼がきばかりじゃねえか。これで虹の花が本当に手に入れられると?」

 乱暴な口調で言葉を吐き捨てる。
 あざけりの込められた言葉を向けられれば、誰しもムッと顔をしかめてしまう。が、リーシェンをはじめ、童顔であるフェリ、まだ二〇歳であるグレリアと、彼と同年齢であるウェルスの四人は、若いという自覚を持っているが為に、言い返すという選択肢を選ばなかった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

秘密の男の娘〜僕らは可愛いアイドルちゃん〜 (匂わせBL)(完結)

Oj
BL / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:8

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:22,941pt お気に入り:1,404

待ち遠しかった卒業パーティー

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,501pt お気に入り:1,299

モブなのに巻き込まれています ~王子の胃袋を掴んだらしい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:14,242

運命の番(同性)と婚約者がバチバチにやりあっています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,138pt お気に入り:30

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。