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カップケーキで、元地獄のトップを釣る
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美味しそうな匂いってさ、なんか抗えないものがあるっていうか……釣られちゃうよな。お腹が空いてる時なんかは特に。
例えばさ、台所からいい匂いがしてると、今日のご飯は何かなって、ちょっと覗きたくならないか?
他には屋台の焼きそばとかさ。ソースが焼ける香ばしい匂いが堪らないんだよなぁ……つい立ち止まっちゃうんだよ。
あとパン屋さんもズルいよな。特に焼き立てが。バターの香りや、ほんのり甘い匂いが漂ってさ、あんなの買っちゃうって。
だからまぁ、いい匂いがしてたらさ、なんの匂いだろうって気になってしまう気持ちは分かるんだ。とても、分かるんだが。
まさか、カップケーキの匂いに大物が、それも元地獄のトップであるサタン様が、釣られるなんてさ。青天の霹靂にもほどがあるだろう。
「すまんのう……あまりにも美味しそうな甘い香りがしていたもんじゃから、気になってしもうて……」
申し訳無さそうにぽつぽつと、腹に響く重低音で言葉を紡ぐサタン様。海賊のお頭のように立派な黒い髭を、どこか気恥ずかしそうに太い指で触っている。
彼の大きな背から生えている、形がコウモリに似た真っ黒な羽。いつもは堂々と大きく広がっている羽は、今やしょんぼりと縮こまってしまっている。
おまけに大柄な身体を、叱られてしまった大型犬みたく丸めて、向かいのソファーの真ん中にちょこんと座っていらっしゃるからだろう。側頭部から生えた鋭く立派な角でさえ、小さくしぼんでしまったように感じてしまう。
「そ、そんなに気にしないでください。それに、美味しそうだなって思っていただけて、俺、スゴく嬉しかったですし」
丁度、ついさっき俺とバアルさんは、プレーン味とバアルさんの茶葉を使わせてもらった紅茶味を、一つずつ味見していた。
だから、自分で言うのも何だけど、上手く出来たなって自信はあったんだ。
それにプラスで太鼓判が、匂いだけでつい、引き寄せられてしまうくらいサタン様にも、美味しそうだと思っていただけたのだ。
余計に自信が湧いてくるっていうか、頼もしさすら感じるから、俺にとってはスゴく有り難いんだけどな。
まだ気にしている様子のサタン様に、思っていたことをそのまま言葉に乗せ、出来るだけ優しい声で「大丈夫ですよ」と続けた。
「アオイ殿……」
サタン様は、俯いていた顔を上げてくれたものの、真っ赤な瞳は潤んでしょぼしょぼになってしまっていた。いつもの厳格ある鋭さなんて、見る影もない。
「私もお気持ちは、お察しします。その上アオイ様の手作りですから、惹かれてしまうのも致し方ありません」
「バアル……」
隣で、引き締まった長身をピシリと伸ばし、マナー講座のお手本みたく綺麗な姿勢で腰掛けていたバアルさん。彼は柔らかく微笑みながら胸に手を当て、サタン様に軽く頭を下げた。
長い筋肉質の腕をするりと俺の肩に回し、そっと抱き寄せてくれる。
バアルさんは平然とした顔で、至極当然のことを言っているかのようにべた褒めしてくれただけ。それでも俺の心臓は、ウキウキと跳ねていたのに。
す、好きな人の温もりを近くに感じてしまったことにより、ますますバクバクと暴れ出し始めてしまうわ、サタン様の前だっていうのに表情筋が、だらしなく緩みそうになるわで、困ってしまう。
すっかり俺は全身の力が抜け、バアルさんに寄りかかってしまっていた。けれども彼は気にするどころか、白い手袋に覆われた大きな手で、ゆったりと頭を撫でてくれている。
優しい眼差しで俺を見つめていた緑の瞳が、少し元気を取り戻したサタン様へと向いた。
「……ですが、今後はまず私達に、先にお声がけ頂きたく存じます」
「……うむ、すまなかったのう」
「サタン様ともあろう御方が、扉の隙間からこっそり覗くなどという、威厳を損なうことはなさらないでください」
「も、申し訳ない……」
サタン様に向かい淡々と説く、穏やかな低音によって思い出させられてしまった。
すっかりお花畑になってしまった俺の頭からは、完全に抜け落ちていたことを。なんなら是非、お二人の記憶からも消していただきたい、なんとも情けない俺のリアクションを。
大きな扉の隙間から覗く、興味津々にキラキラ輝く真っ赤な瞳とかち合った瞬間、甲高くひっくり返った悲鳴を上げ。
お代わりを食べさせてくれようとしていたバアルさんに思いっきり飛びつき、しがみつき。彼の上等な黒いスーツのジャケットに、思いっきり深いシワを作ってしまった自分のみっともない姿を。
「アオイ様の心臓にもよろしくないでしょう? 私めは、大変役得でしたが」
「ごめんなさい……」
俺は一気に熱くなった顔を両手で覆い、俯いた。そんなことをしても、その場から消えられる訳もないのに。
ますますしおしおと背を丸めてしまったサタン様と同じように、俺まで身体を縮こませてしまっていたんだ。
例えばさ、台所からいい匂いがしてると、今日のご飯は何かなって、ちょっと覗きたくならないか?
他には屋台の焼きそばとかさ。ソースが焼ける香ばしい匂いが堪らないんだよなぁ……つい立ち止まっちゃうんだよ。
あとパン屋さんもズルいよな。特に焼き立てが。バターの香りや、ほんのり甘い匂いが漂ってさ、あんなの買っちゃうって。
だからまぁ、いい匂いがしてたらさ、なんの匂いだろうって気になってしまう気持ちは分かるんだ。とても、分かるんだが。
まさか、カップケーキの匂いに大物が、それも元地獄のトップであるサタン様が、釣られるなんてさ。青天の霹靂にもほどがあるだろう。
「すまんのう……あまりにも美味しそうな甘い香りがしていたもんじゃから、気になってしもうて……」
申し訳無さそうにぽつぽつと、腹に響く重低音で言葉を紡ぐサタン様。海賊のお頭のように立派な黒い髭を、どこか気恥ずかしそうに太い指で触っている。
彼の大きな背から生えている、形がコウモリに似た真っ黒な羽。いつもは堂々と大きく広がっている羽は、今やしょんぼりと縮こまってしまっている。
おまけに大柄な身体を、叱られてしまった大型犬みたく丸めて、向かいのソファーの真ん中にちょこんと座っていらっしゃるからだろう。側頭部から生えた鋭く立派な角でさえ、小さくしぼんでしまったように感じてしまう。
「そ、そんなに気にしないでください。それに、美味しそうだなって思っていただけて、俺、スゴく嬉しかったですし」
丁度、ついさっき俺とバアルさんは、プレーン味とバアルさんの茶葉を使わせてもらった紅茶味を、一つずつ味見していた。
だから、自分で言うのも何だけど、上手く出来たなって自信はあったんだ。
それにプラスで太鼓判が、匂いだけでつい、引き寄せられてしまうくらいサタン様にも、美味しそうだと思っていただけたのだ。
余計に自信が湧いてくるっていうか、頼もしさすら感じるから、俺にとってはスゴく有り難いんだけどな。
まだ気にしている様子のサタン様に、思っていたことをそのまま言葉に乗せ、出来るだけ優しい声で「大丈夫ですよ」と続けた。
「アオイ殿……」
サタン様は、俯いていた顔を上げてくれたものの、真っ赤な瞳は潤んでしょぼしょぼになってしまっていた。いつもの厳格ある鋭さなんて、見る影もない。
「私もお気持ちは、お察しします。その上アオイ様の手作りですから、惹かれてしまうのも致し方ありません」
「バアル……」
隣で、引き締まった長身をピシリと伸ばし、マナー講座のお手本みたく綺麗な姿勢で腰掛けていたバアルさん。彼は柔らかく微笑みながら胸に手を当て、サタン様に軽く頭を下げた。
長い筋肉質の腕をするりと俺の肩に回し、そっと抱き寄せてくれる。
バアルさんは平然とした顔で、至極当然のことを言っているかのようにべた褒めしてくれただけ。それでも俺の心臓は、ウキウキと跳ねていたのに。
す、好きな人の温もりを近くに感じてしまったことにより、ますますバクバクと暴れ出し始めてしまうわ、サタン様の前だっていうのに表情筋が、だらしなく緩みそうになるわで、困ってしまう。
すっかり俺は全身の力が抜け、バアルさんに寄りかかってしまっていた。けれども彼は気にするどころか、白い手袋に覆われた大きな手で、ゆったりと頭を撫でてくれている。
優しい眼差しで俺を見つめていた緑の瞳が、少し元気を取り戻したサタン様へと向いた。
「……ですが、今後はまず私達に、先にお声がけ頂きたく存じます」
「……うむ、すまなかったのう」
「サタン様ともあろう御方が、扉の隙間からこっそり覗くなどという、威厳を損なうことはなさらないでください」
「も、申し訳ない……」
サタン様に向かい淡々と説く、穏やかな低音によって思い出させられてしまった。
すっかりお花畑になってしまった俺の頭からは、完全に抜け落ちていたことを。なんなら是非、お二人の記憶からも消していただきたい、なんとも情けない俺のリアクションを。
大きな扉の隙間から覗く、興味津々にキラキラ輝く真っ赤な瞳とかち合った瞬間、甲高くひっくり返った悲鳴を上げ。
お代わりを食べさせてくれようとしていたバアルさんに思いっきり飛びつき、しがみつき。彼の上等な黒いスーツのジャケットに、思いっきり深いシワを作ってしまった自分のみっともない姿を。
「アオイ様の心臓にもよろしくないでしょう? 私めは、大変役得でしたが」
「ごめんなさい……」
俺は一気に熱くなった顔を両手で覆い、俯いた。そんなことをしても、その場から消えられる訳もないのに。
ますますしおしおと背を丸めてしまったサタン様と同じように、俺まで身体を縮こませてしまっていたんだ。
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