3 / 5
序章
お姉ちゃん、聖女さまなの?
しおりを挟む「こんなにたくさん……」
「これが今のサフィアドの現状だ。」
孤児院には溢れんばかりの子どもたちがいた。年齢もまだ幼く自力で歩くことができない子どもから、あまりシーラと年齢が変わらない子どもまで様々だ。
「……この国は護国石で守られているはずですよね?」
「その護国石が取り返しがつかないほど穢れているんだ。」
テオはかろうじてシーラに聞こえるほどの小さな声で答えた。
シーラはえっ、と思わず声を漏らした。発言の真偽を確かめるためにテオの表情を見て、それが真実であることをすぐに理解した。
「あの、こちらの王国の聖女様は……?」
「……殺されたんだ。詳しいことはまだ話せないけど。」
一体いつ、誰に、どうして。聞きたいことはたくさんあったけれど、テオは答えるつもりがない様子だった。
「私に頼みたいことはわかりました。でも……」
「わかってる。サフィアドのために祈れば、君はもう二度とキリアスの聖女には戻れない。そう思っているんだね?」
そこまで分かっていて、テオはシーラをサフィアドへ連れてきた。そもそも敵国の聖女を連れ去るというのは、戦争の原因にもなりかねない重大行為だ。それだけサフィアドは追い詰められているし、テオは本気でシーラに助けを求めているということだろう。
「……はい。祖国に戻れば間違いなく処刑されるでしょう。」
「最終的に決めるのはシーラだ。でも、私はこの国を守りたい。」
シーラは困惑していた。祖国にはもうシーラの居場所はどこにもない。それでも、シーラにとってキリアス王国は生まれてからずっと暮らしてきた国だ。この国で一生を過ごすものだと当然のように思っていた。
祖国に戻りたいとは思わない。かといって祖国に二度と戻らないと決意を固める勇気もない。中途半端で臆病な自分に嫌悪を抱いた。
「ねぇ、お姉ちゃん、聖女さまなの?さっき聖女さまって呼ばれてるの聞いちゃった。」
十歳くらいの女の子が恥ずかしそうな様子で、シーラに声をかけてきた。
「どうしたのかな?」
シーラは膝を曲げて、少女に視線をを合わせて尋ねた。
「本で読んだことあるんだ。聖女さまは癒しの力が使えるんだって。友達がね、熱を出してて、遊べないの。聖女さまなら治せるの?」
「えっと……」
シーラは内心参ったなと呟いていた。
キリアス王国では聖女の力を王国のため以外に使うことは禁止されていた。聖女はあくまでも王国の所有物なのだ。だから相手が家族や友人であっても、個人のために聖女の力をを振るうことは御法度だった。
とはいえ、今シーラがいるのはサフィアドだ。この国ではルールが違うかもしれない。シーラは答えを求めるように、テオの方を見やった。
「いいんじゃないかな。私も是非癒しの魔法を見てみたいな。」
「わかった。その子のところへ案内してくれる?」
少女の案内で、孤児院の中の寝室へ近づいていくと咳をする音がした。咳が酷くて眠れないだろう。寝室の中を覗くと、ベッドの上で横になって赤い顔をしている少年がいた。その少年は咳をしながら、視線だけこちらに投げてきた。
「コリン、大丈夫?」
少女が尋ねると、コリンと呼ばれた少年は申し訳なさそうな様子で、布で口元を覆って話した。
「うん、平気。プリモにうつっちゃいけないからあんまり来ない方がいいよ。その人達は?」
「お客さんで、聖女さまなんだって。」
コリンはよく分からないという様子で首を傾ける。プリモはシーラに不安そうに尋ねてきた。
「どう?聖女さま。治せそう?」
「うん。やってみる。」
祈りは毎日捧げていたけれど、人に対して祈りの力を使うのは随分久しぶりだ。聖女が持つ癒しの力は限られた人物、王族相手にしか使うことを許されていなかった。
昔、聖女の力を初めて発現させた時、シーラは偶然出会った男の子を助けようとして、力に目覚めたらしい。その時のことは正直覚えていない。発現した力が強ければ強いだけ、初めて力を使った時には体力を使い果たし、記憶が抜け落ちやすくなる。
シーラはコリンに歩み寄ると、両手を翳す。シーラの手から放たれた白い光がコリンを包んだ。
コリンは変わらず咳をしていたが、徐々にその回数が減っていき、やがてコリンの咳が止んだ。
「すごい!咳が出るのも、頭痛いのも、身体がだるいのもなくなっちゃった!」
プリモはコリンの額に手を当てて、もう熱くない、と呟いた。それからシーラの方を向いて満面の笑顔で言った。
「聖女さま、ありがとう!」
善意でいっぱいの笑顔を向けられて、シーラは何故だか涙が出そうになった。最後に力を使って、誰かに直接感謝を伝えられたのはいつだったか。もはや思い出せないくらい昔のことだ。
プリモはコリンと楽しそうな笑い声を上げながら外へ一緒に駆け出して行った。
祖国にいたところで、他者のために聖女の力を振るうことさえできない不自由さの中、王城の中で妹に嫌がらせされて飼い殺しにされるだけ。
あの少女と同じくらいの年の頃、人の役に立ちたいと思って、シーラは聖女になった。たとえ暮らす国が違ってもその願いが叶うなら構わないではないか。
そもそもあの王城に居たくないと出て行くことを決めたのはシーラ自身だ。答えはとっくに決まっていた気がした。
「やっぱり私、あなたの提案を受け入れます。」
シーラは決意を秘めた紫の瞳で、テオを真っ直ぐに見つめてそう告げた。
3
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです
籠の中のうさぎ
恋愛
日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。
「はー、何もかも投げだしたぁい……」
直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。
十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。
王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。
聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。
そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。
「では、私の愛人はいかがでしょう」
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が偽聖女ですって? そもそも聖女なんて名乗ってないわよ!
Mag_Mel
恋愛
「聖女」として国を支えてきたミレイユは、突如現れた"真の聖女"にその座を奪われ、「偽聖女」として王子との婚約破棄を言い渡される。だが当の本人は――「やっとお役御免!」とばかりに、清々しい笑顔を浮かべていた。
なにせ彼女は、異世界からやってきた強大な魔力を持つ『魔女』にすぎないのだから。自ら聖女を名乗った覚えなど、一度たりともない。
そんな彼女に振り回されながらも、ひたむきに寄り添い続けた一人の少年。投獄されたミレイユと共に、ふたりが見届けた国の末路とは――?
*小説家になろうにも投稿しています
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる