聖女は我慢の限界です!家出聖女は敵国の腹黒王子に溺愛される〜破滅に向かう祖国が聖女を返せと言っているそうですが今更戻る気はありません〜

秋風ゆらら

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序章

お姉ちゃん、聖女さまなの?

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「こんなにたくさん……」


「これが今のサフィアドの現状だ。」


 孤児院には溢れんばかりの子どもたちがいた。年齢もまだ幼く自力で歩くことができない子どもから、あまりシーラと年齢が変わらない子どもまで様々だ。


「……この国は護国石で守られているはずですよね?」


「その護国石が取り返しがつかないほど穢れているんだ。」

 
 テオはかろうじてシーラに聞こえるほどの小さな声で答えた。
 シーラはえっ、と思わず声を漏らした。発言の真偽を確かめるためにテオの表情を見て、それが真実であることをすぐに理解した。


「あの、こちらの王国の聖女様は……?」


「……殺されたんだ。詳しいことはまだ話せないけど。」


 一体いつ、誰に、どうして。聞きたいことはたくさんあったけれど、テオは答えるつもりがない様子だった。


「私に頼みたいことはわかりました。でも……」


「わかってる。サフィアドのために祈れば、君はもう二度とキリアスの聖女には戻れない。そう思っているんだね?」


 そこまで分かっていて、テオはシーラをサフィアドへ連れてきた。そもそも敵国の聖女を連れ去るというのは、戦争の原因にもなりかねない重大行為だ。それだけサフィアドは追い詰められているし、テオは本気でシーラに助けを求めているということだろう。


「……はい。祖国に戻れば間違いなく処刑されるでしょう。」


「最終的に決めるのはシーラだ。でも、私はこの国を守りたい。」


 シーラは困惑していた。祖国にはもうシーラの居場所はどこにもない。それでも、シーラにとってキリアス王国は生まれてからずっと暮らしてきた国だ。この国で一生を過ごすものだと当然のように思っていた。
 祖国に戻りたいとは思わない。かといって祖国に二度と戻らないと決意を固める勇気もない。中途半端で臆病な自分に嫌悪を抱いた。

 
「ねぇ、お姉ちゃん、聖女さまなの?さっき聖女さまって呼ばれてるの聞いちゃった。」


 十歳くらいの女の子が恥ずかしそうな様子で、シーラに声をかけてきた。


「どうしたのかな?」


 シーラは膝を曲げて、少女に視線をを合わせて尋ねた。


「本で読んだことあるんだ。聖女さまは癒しの力が使えるんだって。友達がね、熱を出してて、遊べないの。聖女さまなら治せるの?」


「えっと……」


 シーラは内心参ったなと呟いていた。
 キリアス王国では聖女の力を王国のため以外に使うことは禁止されていた。聖女はあくまでも王国の所有物なのだ。だから相手が家族や友人であっても、個人のために聖女の力をを振るうことは御法度だった。
 とはいえ、今シーラがいるのはサフィアドだ。この国ではルールが違うかもしれない。シーラは答えを求めるように、テオの方を見やった。


「いいんじゃないかな。私も是非癒しの魔法を見てみたいな。」


「わかった。その子のところへ案内してくれる?」


 少女の案内で、孤児院の中の寝室へ近づいていくと咳をする音がした。咳が酷くて眠れないだろう。寝室の中を覗くと、ベッドの上で横になって赤い顔をしている少年がいた。その少年は咳をしながら、視線だけこちらに投げてきた。


「コリン、大丈夫?」


 少女が尋ねると、コリンと呼ばれた少年は申し訳なさそうな様子で、布で口元を覆って話した。


「うん、平気。プリモにうつっちゃいけないからあんまり来ない方がいいよ。その人達は?」


「お客さんで、聖女さまなんだって。」


 コリンはよく分からないという様子で首を傾ける。プリモはシーラに不安そうに尋ねてきた。


「どう?聖女さま。治せそう?」


「うん。やってみる。」


 祈りは毎日捧げていたけれど、人に対して祈りの力を使うのは随分久しぶりだ。聖女が持つ癒しの力は限られた人物、王族相手にしか使うことを許されていなかった。

 昔、聖女の力を初めて発現させた時、シーラは偶然出会った男の子を助けようとして、力に目覚めたらしい。その時のことは正直覚えていない。発現した力が強ければ強いだけ、初めて力を使った時には体力を使い果たし、記憶が抜け落ちやすくなる。

 シーラはコリンに歩み寄ると、両手を翳す。シーラの手から放たれた白い光がコリンを包んだ。

 コリンは変わらず咳をしていたが、徐々にその回数が減っていき、やがてコリンの咳が止んだ。


「すごい!咳が出るのも、頭痛いのも、身体がだるいのもなくなっちゃった!」


 プリモはコリンの額に手を当てて、もう熱くない、と呟いた。それからシーラの方を向いて満面の笑顔で言った。

 
「聖女さま、ありがとう!」


 善意でいっぱいの笑顔を向けられて、シーラは何故だか涙が出そうになった。最後に力を使って、誰かに直接感謝を伝えられたのはいつだったか。もはや思い出せないくらい昔のことだ。

 プリモはコリンと楽しそうな笑い声を上げながら外へ一緒に駆け出して行った。


 祖国にいたところで、他者のために聖女の力を振るうことさえできない不自由さの中、王城の中で妹に嫌がらせされて飼い殺しにされるだけ。
 あの少女と同じくらいの年の頃、人の役に立ちたいと思って、シーラは聖女になった。たとえ暮らす国が違ってもその願いが叶うなら構わないではないか。

 そもそもあの王城に居たくないと出て行くことを決めたのはシーラ自身だ。答えはとっくに決まっていた気がした。


「やっぱり私、あなたの提案を受け入れます。」


 シーラは決意を秘めた紫の瞳で、テオを真っ直ぐに見つめてそう告げた。
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