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序章

閑話 Sideリリアン(予兆)

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 日が降り注ぐ王城の廊下を歩きながら、リリアンは小躍りしたい気持ちでいた。邪魔な姉を追い出すことに成功し、リリアンが王太子妃になるための計画が順調に進んでいるからだ。

 リリアンが考えた計画はこうだ。
 まずはシーラに嫌がらせをして王城から追い出す。聖女が不在になれば聖国樹の穢れが少しずつ進む。急いで次の聖女を立てなければならない状況になり、聖女の血統であるリリアンが王太子であるブラントと結婚することになる。そしてリリアンとブラントの子どもが次の聖女になる。最終的には聖女の母親であり、将来の国王の妃であるリリアンは、誰もが羨むような贅沢な暮らしを手に入れる。

 そもそも自分こそが聖女になるはずだったのだ。リリアンは小さな額に皺を寄せる。
 何よりリリアンは可愛いし、皆から愛されている。ブラントだってリリアンに首ったけだ。どう考えたってリリアンの方が聖女に相応しいはずなのに、何を間違ったのか、地味でなんの取り柄もない姉が聖女に選ばれた。こんなことが許されていいはずがない。
 リリアンから聖女の座を奪ったあの女が嫌がらせを受けるのは当然の報いなのだ。


 シーラが王城から出ていったことについて、ブラントは大して気にもかけていない様子だったが、王は慌てているらしい。
 今までシーラに対してリリアンやブラントが何をしようと気付きもしなかったのに、何を思ったのか、捜索を始めたのが昨日のこと。とはいえシーラが王城を出てから既に1週間が経っており、何の痕跡も残ってないという。シーラには親族もなく、リリアンは徹底してシーラが孤立するように仕向けてきたから、シーラと親しい者もいない。はっきり言って、シーラがどこへ向かったのか、全く検討がついていない状態だ。


(別にあんな女放っておけばいいのに。陛下も歳なのかしら。)


 そんなことを考えている間に、目的地であるブラントの私室へ辿り着いていた。リリアンはいつものように軽くノックして部屋に入る。


「リリアン、よく来てくれた。今日も君は本当に美しいね。」


 眩い金色の髪に木々の色を閉じ込めたような深い緑色の瞳。ソファから立ってリリアンを出迎える、そんな何気ない一連の仕草からもブラントの育ちの良さが伺える。プライドが高く直情的なこの男は、リリアンとしては単純で扱いやすい男だ。


「ありがとうございます。ブラント様。」


 ブラントに言い寄る女は掃いて捨てるほどいるが、幸いなことにリリアン以外、眼中にないようだ。リリアンは促されるまま、特等席であるブラントの隣に座った。


「あの女の居場所が分かったそうだぞ!」


「本当ですか。ブラント様。」


 声のトーンを一段上げ、口元を手で覆っていかにも驚いた風に振る舞う。大して興味が湧かない話題だが、あの女がどんな酷い目にあっているのか、聞いてみるのも悪くはないと思った。


「サフィアドから書簡が送られてきたそうだ。サフィアドの王太子の婚約者になったと。」


「…………は?」


 予想外の状況に思わず低い声が出てしまった。ブラントが怪訝そうな顔をしてこちらを見ているのに気づいて、リリアンはすぐに取り繕う。


「失礼いたしました。大変驚いてしまって……」


「確かにサフィアドに行くとは思わなかったから、私も驚いたよ。まぁ、あの女には野蛮な国が合うのだろうな。…しかし、父様は何をあんなに焦っているんだろう。我が国には世界一可愛い、聖女の血統の女性がいるというのに。」


 そう言ってブラントはリリアンの肩を抱く。


「ブラント様、それで陛下はどうすると。」


「書簡で聖女の返還を求めるそうだ。」


「あら、お優しいこと。」


「本当にな。最近は体調が悪いとか適当なことを言って祈ることすら怠けていたのにな。」


 ブラントはそこで言葉を切って、机の上に置いてある小箱に視線を移した。


「そんなことより、リリアン。君に贈りたいものがあるのだが……」


「まぁ、嬉しい!」


 宝石か何かだろうか。リリアンが小箱に手を伸ばした瞬間、小箱が不自然に揺れ始めた。何事かと思ったが、少し遅れて地震だと理解した。

 ブラントがリリアンに覆いかぶさるようにして抱き締めてくれる。
 始めは振動のような小さな揺れだったが、少し経つと大きな横揺れに変わった。部屋の外から物が落ちる音や侍女の悲鳴が聞こえる。
 暫く経つと、揺れは小さくなりやがて収まった。


「…………リリアン、大丈夫か。」


「はい。ブラント様がいてくださったから……」


「珍しいな。ここ何年も地震なんてなかったのに。」


 身体を起こして机の上に目をやって、リリアンは声を上げた。


「……!ブラント様、贈り物が!」


 贈り物はどうやらブローチだったようだ。先ほどの地震で小箱が机から落ちてしまったようで、ピンク色の宝石が砕けている。


「残念だが仕方ない。君の瞳と同じ色で、君に似合うと思ったのだが……また別のものを送るよ。」


 ありがとうございます、と答えながら、リリアンは背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


「大丈夫、ですよね。ブラント様……」


 リリアンは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。砕けた宝石がやけに目について、嫌な胸騒ぎがした。
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