親の仇の悪魔から「君を籠絡したい」と甘く囁かれていますが、全力で抗おうと思います

秋風ゆらら

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第一章 籠絡の悪魔

第二話 この悪魔…!

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 翌朝。
 リナはナーシャと共に、いつものように寮から高等部の教室まで登校した。

 あの後すぐにナーシャは目を覚ましたが、レイゼと関わっていたことを何も覚えてない様子だった。幸いなことに、それ以外は、特におかしなところはなかった。

 リナが席で魔導理論のテストの勉強をしていると、朝の教室にざわめきが広がった。
 レイゼが登校してきたのだ。その姿を見て、リナの身体に緊張が走る。

「今日もかっこいい……」
「笑った……やばい!」

 女子生徒たちの小さな囁き声が教室のあちこちで弾ける。

(興味がなかったから今まで気が付かなかったけれど、こんなにあの悪魔が人気者なんて……)

 警戒を込めて見つめるリナの視線に気づいたように、レイゼは軽やかに歩み寄ると、眩しいほどの笑顔を浮かべて声をかけた。

「おはよう!リナ。」

「……おはよう、アルジェント君……」

 リナはわざと冷たく、投げやりのように言葉を返した。
 今すぐ、攻撃魔法をその笑顔に向かって打ち込んでやりたい衝動に駆られる。

 レイゼはわずかに目を丸くしたあと、唇に愉快そうな笑みを浮かべる。

「どうしたの? 急によそよそしくして。普段はレイゼって呼んでくれるのに。」

 その声はわざと周りに聞こえるように響かせている。リナは怒りのあまり指先に魔力を集めかけたが、なんとか堪えた。
 クラス中の視線が好奇心に満ちて突き刺さり、リナの頬がかっと熱を帯びる。

(この悪魔……!)

「ちょっと話があるから来てくれる?アルジェント君。」

 机の音を立てて立ち上がると、リナはレイゼの腕を掴んで教室の外へと引きずり出した。
 背後では、クラスメイト達の驚きと噂めいたざわめきが膨らんでいく。


 人気のない階段の踊り場まで腕を引っ張って歩いていくと、手を離してリナはレイゼをきつく睨みつけた。

 馴れ馴れしくするな、呼び方を改めろなど言いたいことは色々あるが、何よりもまずはナーシャのことだ。
 リナは一つ息をついてから話し始める。

「ナーシャの記憶が消えてたわ。あなたと関わっていた間のことだけ……あなたの仕業ね?」

 レイゼは穏やかに微笑んだまま頷く。

「あれは俺なりの優しさだよ。ナーシャが俺と一緒にいた時のことを思い出したら、また俺のところに来てしまうからね。まぁ、君がどうしてもっていうなら記憶を戻すけど。」

 リナの喉がひくりと震えた。
 レイゼの声音は優しいけれど、その裏にある意図は冷酷だ。「俺はいつでもナーシャの心を奪える」とリナを脅しているのだ。

「……いい。戻さなくて」

 きっぱりと言い切ったものの、胸の奥が苦しくなる。
 ナーシャの笑顔が浮かぶ。知らない方が幸せだと、今のままの彼女を守りたいと――そう思った。

 レイゼは安心した、とでもいうように微笑む。またその態度がリナの怒りを呼び起こす。

「……それと、勝手に私のこと、下の名前で呼ばないで。必要以上に馴れ馴れしくもしないで。はっきり言って不快なの。」

 リナの紫の瞳が鋭く光り、睨みつける視線は刃のよう。
 だがレイゼは怯むどころか、楽しげに目を細める。

「そうやって怒った顔も……可愛いね。」

「……っ!」

 胸が一瞬だけ跳ね、すぐに悔しさでかき消される。どうして、こんなにも余裕で、どうして、平然とそんな言葉を言えるのか。

「ふざけないで!私は本気で言ってるの!!」

 吐き捨てるように言ったが、レイゼはわざとらしく肩をすくめて見せた。

「本気なのはわかってるよ。でも、君がどんなに突き放そうとしても……俺は君を特別に呼びたいんだ。リナ、ってね」

 その声音は柔らかく甘いのに、底に潜む狡猾さがリナの心を揺さぶる。

「それにしても……『アルジェント君』なんて、俺のことを母の仇と言いながら、随分と丁寧に呼んでくれるんだね。」

 挑発的な言葉に血管が切れそうになる。

「もういい!私もレイゼって呼び捨てにするから!」

 思わず声を荒げると、レイゼはその言葉が聞きたかったというように笑った。

「うん、それがいい。」

 これ以上この場に居ると怒りが抑えられそうにない。リナは教室に戻ろうと一歩踏み出した。

 「……ねぇ、リナ。君の大切な人を守りたいなら、俺のそばを離れないでね。」

 その言葉の裏に込められた冷たさを感じてリナは足を止める。レイゼはその場に立ち尽くすリナの懐に入り込み、耳元で低く囁いた。

「俺のそばにいることは、君にとっても都合がいいだろう?
だって君は……俺の契約の核を探しているんだから。」

「――っ!」

 リナの紫の瞳が大きく見開かれる。
 胸の奥に潜めていた計画を、とうにこの悪魔に読まれていたという事実に、背筋を冷たいものが走った。

「そこまで……知ってるの……?」

 息を呑む声が微かに震える。


 籠絡の悪魔に母を奪われた後、リナの父は籠絡の悪魔の情報を集め始めた。

 籠絡の悪魔は魔力の核を奪う際にターゲットと契約を交わす。そして、その契約の核をどこかに隠している。
 その契約の核を破壊すれば、籠絡の悪魔が奪い取った魔力の核は持ち主の元に戻り、籠絡の悪魔は、自分自身の力しか使えなくなる。そうなればリナにも勝機はある。

 その契約の核が銀色をした何か、ということまでは分かっているのだが、肝心な、それが具体的にどんな見た目をしたものなのか、という情報がない。その契約の核を探し出すのが、リナの目的だった。

 計画に気が付かれているなら否定しても仕方がない。リナは冷静さを無理矢理取り戻す。

「……そう。私はあなたの契約の核を探してる」

 まっすぐにレイゼを見返したその瞳は、揺らぎながらも決意の光を宿していた。

「……必ず見つけてみせるから!」

 レイゼは微笑んだ。柔らかいのに、どこか愉快そうな笑みだった。

「いいね。その目、好きだよ。
君が抗えば抗うほど、俺は君を欲しくなる。」

 リナの胸に熱い痛みが走る。それでもリナはその視線を逸らさずに、強く息を吸い込んだ。

 レイゼは口元に笑みを浮かべたまま、指先でリナの髪先を掬って、わざとらしくさらりと手を離した。
 リナは嫌悪に顔を歪ませ、一歩下がる。

「……楽しみだな。」

 灰青の瞳が妖しく光る。

「どちらが先に目的を達成するか。
君が俺の契約の核を見つけて壊すのが先か、
それとも俺が君の心を奪うのが先か……」

 リナの胸が大きく波打つ。
 喉の奥まで込み上げてきた緊張を押し殺し、リナはきっぱりと返した。

「……負けない。絶対に」

 その声は強がりではなく、本気の決意だった。だがレイゼはまるでその必死さを楽しむように、さらに口元を綻ばせる。

「そうこなくちゃ。抗う君を見ているのが……一番面白いんだから、ね?」

 その声音は甘やかで、同時に冷酷。
 リナは強い眼差しを向けながらも、胸の奥を冷たくも熱い感情に締めつけられていた。

――この勝負、絶対に私が終わらせる。

 そう心で誓いながらも、彼女は目の前の悪魔の微笑みに抗いきれない恐怖と、得体の知れないざわめきを感じていた。
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