親の仇の悪魔から「君を籠絡したい」と甘く囁かれていますが、全力で抗おうと思います

秋風ゆらら

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第一章 籠絡の悪魔

第三話 危なかったね

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グランディア魔法学園の演習場。
 
 リナは魔法実技の授業で、クラスメイト達と共にここに集められていた。

 リナ達の前に立つ教師が今日の授業の内容を説明している。第一線を退いているが、かつて魔獣の群れを単騎で退けた伝説を持つ魔導士だ。王国随一の名門校であるグランディアには、このような教師が数多く在籍している。

「今日から、より実戦に近い形で授業を行っていく。他の生徒とペアを組んで、魔獣を倒してもらう。手本とするため、リナ・エストレアとレイゼ・アルジェント。クラストップの二人から始める。」

 一緒に呼ばれた名前を聞いて、リナは顔を顰めた。本来の力を出せば、リナを追い抜きクラスのトップの座を取ることくらい、あの悪魔にとっては簡単なはずだ。それにもかかわらず、レイゼは教師からの目を警戒してか、クラス二位の力しか示していなかった。

「君と組めるなんて光栄だよ。」

 背後から、柔らかな声がかけられる。振り向かなくてもわかる。レイゼだ。

「……黙ってて」

 リナは短く言い放った。

 教師が転移の魔法を使い、結界の中に現れたのは黒い毛並みの魔獣。牙を剥き、唸りをあげながら結界の床を爪で抉る。

「……始め!」

 教師の掛け声と共に結界が解かれ、魔獣がリナ達に向かってくる。リナは冷静に光の魔法陣を描き、矢継ぎ早に光弾を放った。
 矢の軌跡は寸分違わず魔獣の急所を貫き、重い咆哮をあげさせる。

(あの悪魔の力なんて必要ない!こんな魔獣、私一人で倒す!)

「……次で仕留める。」

 リナの声は静かだったが、その魔力の制御は、同年代の誰も真似できないほど精緻で美しかった。

 そんなリナを見て他のクラスメイトたちが息を呑む。

「やっぱりエストレアさん、すごい……」
「規模も速さも別格だ……!」

 光の矢が雨のように降り注ぎ、魔獣は劣勢に追い込まれる。
 その場に立つレイゼでさえ、ただ眺めているだけで十分に思えた。

 だが、勝負を決したと思った、その瞬間。

 魔獣の目が赤く光り、怒りの咆哮と共に跳躍した。
 リナが放った最後の矢を無理やり受け止め、巨体が目の前に迫る。

「…っ!」

 ほんの一瞬、隙が生まれた。

 魔獣の爪が振り下ろされる。リナが盾を張ろうとしたその瞬間、腰を掴む強い力があった。
 ぐっと引き寄せられ、背中が硬い胸板に触れる。魔獣の爪は空を切った。

「危なかったね。」

 耳もとに低い声。灰青の瞳が、近すぎる距離でリナを見下ろしている。レイゼの首元の銀のネックレスが、日の光を反射してきらりと輝いた。

 次の瞬間、レイゼが風の魔法で魔獣の動きを一瞬止めた。

「――今だ。」

 短く告げられる。

 リナはすぐさま魔力を練り直し、光の槍を放つ。
 眩い閃光が魔獣を貫き、巨体は轟音を残して倒れ込んだ。

 クラスメイト達の歓声が響く。勝敗は明らかだった。

「……離して。」

 リナが冷え切った声でそう言うと、レイゼはリナの腰に回した手をすっと離す。

「助けただけだよ。君があまりに強すぎて、ほんの一瞬の隙が目立ったんだ。」

 灰青の瞳が微笑む。その声音は優しく、それが逆に胸を締めつける。

「君ほどの天才でも、油断することがあるんだね。……そこを守るのが、俺の役目かもしれない。」

「……っ!」

 リナの胸が一瞬跳ねる。だがすぐに唇を噛み、冷たく言い放つ。

「守られるつもりなんて、ない。」

 それでも、耳に残る声と腕の感触は簡単には消えてくれなかった。

「……すごい……」
「やっぱりリナ・エストレアだ。光の魔法の精度が異次元だ」
「でも……最後に助けてたのって、アルジェント君だよね?」
「見た? 抱き寄せてた」
「まるで恋人みたいに……」

 熱を帯びたクラスメイト達の声があちこちで飛び交う。
 二人の戦いを見ていた女子生徒たちは頬を染め、レイゼの灰青の瞳を熱っぽく追っている。

 リナは噂の渦を冷ややかな表情で受け流そうとした。
だが、頬に残る熱と心臓の高鳴りが、その表情を裏切ってしまう。

「……くだらない。」

 小さく呟いたものの、自分の声がわずかに震えていることに気づき、さらに苛立ちが募った。
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