親の仇の悪魔から「君を籠絡したい」と甘く囁かれていますが、全力で抗おうと思います

秋風ゆらら

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第一章 籠絡の悪魔

第四話 ちょっとだけ楽しかった

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 魔法実技の授業を終えた後の昼休み。教室は笑い声と談笑で満ちていた。
 机を寄せ合い、昼食を取る生徒たち。楽しそうに笑う輪があちこちにできている。

 リナは窓際の席に一人で座り、持参したパンに口をつけていた。
 視線を外にやれば、校庭では紅葉した木々が風に揺れる中、魔導競技祭の準備が進んでいる。魔法を使って生徒同士が様々な競技を行う、グランディア学園の秋の一大イベントだ。いつも隣にいるナーシャは、今日は魔導競技祭の実行委員の仕事があり、一緒にお昼を食べられなかったのだ。

(……あの子がいないだけで、こんなに静かに感じるなんて。)

 リナは小さく息をついてパンをちぎり、口に運んだ。

「リナ。」

 不意に名前を呼ばれて、リナは顔を上げた。そこに立っていたのはレイゼ。昼の日差しを浴び、銀髪が虹色の宝石のように輝いている。

「一人で食べてるの?」

「……放っておいて。」

 反射的に突き放すように返す。けれど、レイゼは一歩も引かない。

「なら、俺が隣に座っていい?」

 返事を待つ間もなく、レイゼは椅子を引いてリナの隣に腰を下ろした。

「……何のつもり?」

「別に。君が一人でいるのが不自然に見えただけだ。ほら。」

 そう言って、レイゼは「一緒に食べてもいいかな?」と近くに座っている女子生徒のグループに声をかける。

「えっ!アルジェント君と、エストレアさん!」

 声をかけられた女子生徒達は戸惑ったように互いに目を見合わせたが、頷いて、机を寄せる。

 リナは困惑した。
 普段なら、自分から他の生徒の輪に加わろうと思わない。

「……別に、ここに入らなくても」

 小さく抵抗を示す。けれどレイゼは微笑みながら言った。

「そう?君が少しだけ寂しそうにみえたから。」

 胸の奥が小さく揺れる。

 リナはパンを手にしながら、心の奥で小さく身構えた。

(……どうすればいいの? 何を話したら……)

 幼い頃から魔法の鍛錬にばかり時間を費やしてきた。親友のナーシャ以外の誰かと笑いながら昼食を取った経験なんて、片手で数えるほどしかない。
 楽しげに話題を回すクラスメイトたちの中で、自分だけが立ち尽くしているように思えた。

 そんな空気を敏感に察したのか、隣のレイゼがさりげなく声を上げた。

「そういえば、さっきの模擬戦、リナが最後に決めた光の槍、すごかったよね。俺、間近で見てて鳥肌が立った。」

 その一言に周囲が一斉に頷く。

「わかる! あれ速すぎて目で追えなかった!」
「私だったらあの魔獣相手なら防御結界を張るのが精一杯だよ。」
「エストレアさんってやっぱりすごいんだね!」

 一斉に向けられる称賛の声に、リナは不意を突かれたように瞬きをした。
 喉の奥が熱くなり、言葉がうまく出てこない。

(……どう返せばいいの? “ありがとう”でいいの?)

 そんな迷いを抱えていると、レイゼがまた軽く口を開いた。

「でも本人はきっと、まだまだだって思ってるんだろうね。そうだろ、リナ?」

 柔らかい声音と、灰青の瞳。逃げ場を与えるようでいて、逃げさせない問いかけ。

「……ええ。もっと鍛えないと。まだ全然足りない。」

 そう答えると、周囲の生徒たちはさらに目を輝かせた。

「真面目だなあ。」
「かっこいい……」

 笑い声が輪を包む。
 リナは戸惑いながらも、ほんの少しだけ息が楽になるのを感じた。

(……私でも、こうして一緒に笑えるんだ。)

 その小さな安堵を、レイゼは横目で捉え、微笑を深めた。



 食事を終えて机を戻しながら、リナは考える。

(……思ったより、悪くなかった。緊張したけど……ちょっとだけ楽しかった。)

「ねえ、リナ。君……本当は孤独でいたくないんだろう?」

 隣の席を戻しながらレイゼが放った言葉に、リナはハッと顔を上げる。まるで自分の心の中を読まれたような気がしたのだ。

「……なっ……!」

 灰青の瞳が真っ直ぐにこちらを見据えている。目が逸らせない。

「みんなと笑ってる君、可愛かったよ。
でも君をちゃんと見て、理解して、居場所を与えられるのは俺だけだ。」

 レイゼの言葉がリナの胸の奥をかき乱す。心臓が強く鳴り、思考が揺らぐ。
 だがリナは唇を噛み、必死に自分を繋ぎ止めた。

(落ち着け……こんな簡単に心を揺らされてどうするの……)

 視線を逸らそうとした拍子に、彼の首元で淡い光を放つ銀のネックレスが目に入る。

(あのネックレス、そういえば魔獣との戦闘の時もつけたままだった。……ただの飾りじゃない。大切にしている。……契約の核の可能性がある。)

 灰青の瞳がリナを射抜く。

「……そんなに俺のことを見て、どうしたの?」

「な、何でもない!」

 リナは慌てて言葉を返し、視線をそらした。

(あのネックレスのこと、探りを入れてみる必要がある。)

 リナは次なる一手を考え始めていた。
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