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第六話 彼女が幸せなら、かまわない
彼女が幸せなら、かまわない⑤
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まるでヒトとは違う生き物と戦っているような感覚だった。
私の知る全ての人間の中で間違いなく最強。
赤子の手を捻るように何度も地面を転がされ、なおも立ち向かう私の剣さばきを見て、彼女————ディナリスは愉快そうに笑う。
「本当にあなたに不釣り合いな剛剣だ!
あんな鈍重な剣を愛用する理由もよく分かる!
並の剣ならば数合保たず砕けてしまうだろうからな!」
「お、お世辞のつもりかっ!!
ならばっ! どうして! け、剣が……届かないっ!」
私の木剣は彼女の身体に掠めることすらできず、斬撃は小枝のように弾かれ弄ばれている。
こんなに手応えのない打ち合いは初めてだ。
「それは私の技量というやつだ。
剣を受けるというのは真っ向から受け止めるだけじゃない。
相手の剣戟の力の向きを変えてやるんだ。
さすれば、労せず弾く事ができる」
カッ、カーン! と剣が打ち上げられ、手が瞬時に痺れる。
女性だからと侮ったつもりはない。
だが、ここまで力の差が歴然としているだなんて予想外だ。
一体どれだけの気を身体の中に保有しているんだ————と、腰が引けた私を見透かすようにディナリスは告げる。
「ちなみに、私は素の筋力だけしか使っていないぞ」
気を練っていない!?
ウソだろう!
だとすればこの剣の威力は純粋な筋力と技!?
内心の驚きが表情に出ていたらしく、彼女に笑われた。
「フフ、良い顔だ。
届かないなりにここまでよくやった。
ご褒美に一閃だけ見せてやろう」
彼女の剣が脇の後ろに隠され、間合いが読めなくなった次の瞬間だった。
「【紫電一閃】」
呟きとともに、空気がたわんだように感じた。
今までに感じたことのない圧倒的な死の気配に体が強張り、目の前を何かが横切った。
何が起こったかは分からなかったが私が持っていた木剣は刃の根元が跡形なく消滅して、ドサリと刃は地面に落ちた。
滑らか過ぎる切断面からは木の焦げた匂いが立ち上っていた。
「み……見えなかった」
「そりゃそうだ。
私だって自分の本気の剣筋を目で追うことはできない。
まあ、これが一騎当千だのと言われる者の力ということだ」
圧倒的な力の差を見せつけられた。
少なからずあった剣の腕前についての自信はものの見事に砕かれた。
しかし悪い気がしない。
むしろ清々しさが勝っている。
「ディナリス。そなたと剣を交えられたこと幸福に思う」
「そんなにありがたがるものではない。
ま、こんなもので良ければいつでもお相手してやろう」
ニッと笑うディナリス。
充実した稽古に満足して私は芝生の上に大の字で寝転がり大きく息を吸い込んだ。
「本当にあなたは良い筋をしているぞ。
教科書通りのお上品な剣ではあるが、よく鍛えられている。
対人戦ならばおそらく領主殿よりも上だろうな」
「バルトより上か。
それはいい。
王都で暮らしていた頃は勝ち越されていたからな。
少しは成長したってことか」
私のそばにディナリスが腰を下ろすと、彼女の体の影が私の顔に覆い被さった。
「まだあなたは18歳だ。
身体も大きくなるし、剣の腕だって伸びる。
世の中の美丈夫とされる男たちは大抵、可憐な少女のような風貌で少年期を送っているものだ」
「それは妻を寝取られた私への慰めかな?」
ひがみっぽく呟いたが彼女は首を横に振る。
「あなたは自分が持っているものを正しく評価すべきだという話だ。
王族の血もたしかにあなたを示すものではあるが、国王であるだけがあなたの人生ではない。
国を捨て、他国で冒険者暮らしをしてみるのも良い。
あなたの腕なら引っ張りだこだ。
酒場の踊り子や娼婦を誑かして貢がせて暮らすのだって……ぷっ! げ、現実的だと思うぞ……ククク……」
自分で言って自分で笑ってるじゃないか。
冒険者もスケコマシも、私には縁のない仕事だ。
しかし、
「何故、貴殿は私のことをそんなに気にかけてくれるんだ?
主君以上に媚を売るのは苦手そうだが」
「ハハ、そうだなぁ、なんでかと言われれば……うーん、あなたの違う顔を見てみたいからだろうか」
彼女の指が私の髪に触れた。
あんな狂気じみた斬撃を放つ剣士のものとは思えないくらいに細い女の指だ。
「これでも人生経験豊富だからな。
王侯貴族に御目通りが叶うことは多々あったが、あなたのような王は見た事がない」
「先程言っていた、王とは役立たずで迷惑であるべきというやつか?」
「そうじゃない王がいるのは分かっている。
だが、清廉で強い王に会ったことがあるが、彼らは民や家来にも厳しく完璧を求めていた。
家臣や民に優しい王は自らにも優しく、耳あたりの良い言葉を並べて放蕩に耽っていた。
なのにあなたは、清廉なのに人々の不出来の始末を自分一人で背負おうとしている。
私の常識では考えられない」
「貴殿の常識を塗り替えられたなら本懐だな」
「ほう……言うじゃないか!」
ディナリスが戯れるように腰をくすぐってきた。
私はたまらずゴロゴロと転がるように逃げるが、彼女はしつこく追いかける。
王宮の中でこんなふうに女性と笑い合える時間が訪れるなんて思っても見なかった。
幸せな頭の片隅で、この時間がマスコミ連中に見つからないことを願った。
私の知る全ての人間の中で間違いなく最強。
赤子の手を捻るように何度も地面を転がされ、なおも立ち向かう私の剣さばきを見て、彼女————ディナリスは愉快そうに笑う。
「本当にあなたに不釣り合いな剛剣だ!
あんな鈍重な剣を愛用する理由もよく分かる!
並の剣ならば数合保たず砕けてしまうだろうからな!」
「お、お世辞のつもりかっ!!
ならばっ! どうして! け、剣が……届かないっ!」
私の木剣は彼女の身体に掠めることすらできず、斬撃は小枝のように弾かれ弄ばれている。
こんなに手応えのない打ち合いは初めてだ。
「それは私の技量というやつだ。
剣を受けるというのは真っ向から受け止めるだけじゃない。
相手の剣戟の力の向きを変えてやるんだ。
さすれば、労せず弾く事ができる」
カッ、カーン! と剣が打ち上げられ、手が瞬時に痺れる。
女性だからと侮ったつもりはない。
だが、ここまで力の差が歴然としているだなんて予想外だ。
一体どれだけの気を身体の中に保有しているんだ————と、腰が引けた私を見透かすようにディナリスは告げる。
「ちなみに、私は素の筋力だけしか使っていないぞ」
気を練っていない!?
ウソだろう!
だとすればこの剣の威力は純粋な筋力と技!?
内心の驚きが表情に出ていたらしく、彼女に笑われた。
「フフ、良い顔だ。
届かないなりにここまでよくやった。
ご褒美に一閃だけ見せてやろう」
彼女の剣が脇の後ろに隠され、間合いが読めなくなった次の瞬間だった。
「【紫電一閃】」
呟きとともに、空気がたわんだように感じた。
今までに感じたことのない圧倒的な死の気配に体が強張り、目の前を何かが横切った。
何が起こったかは分からなかったが私が持っていた木剣は刃の根元が跡形なく消滅して、ドサリと刃は地面に落ちた。
滑らか過ぎる切断面からは木の焦げた匂いが立ち上っていた。
「み……見えなかった」
「そりゃそうだ。
私だって自分の本気の剣筋を目で追うことはできない。
まあ、これが一騎当千だのと言われる者の力ということだ」
圧倒的な力の差を見せつけられた。
少なからずあった剣の腕前についての自信はものの見事に砕かれた。
しかし悪い気がしない。
むしろ清々しさが勝っている。
「ディナリス。そなたと剣を交えられたこと幸福に思う」
「そんなにありがたがるものではない。
ま、こんなもので良ければいつでもお相手してやろう」
ニッと笑うディナリス。
充実した稽古に満足して私は芝生の上に大の字で寝転がり大きく息を吸い込んだ。
「本当にあなたは良い筋をしているぞ。
教科書通りのお上品な剣ではあるが、よく鍛えられている。
対人戦ならばおそらく領主殿よりも上だろうな」
「バルトより上か。
それはいい。
王都で暮らしていた頃は勝ち越されていたからな。
少しは成長したってことか」
私のそばにディナリスが腰を下ろすと、彼女の体の影が私の顔に覆い被さった。
「まだあなたは18歳だ。
身体も大きくなるし、剣の腕だって伸びる。
世の中の美丈夫とされる男たちは大抵、可憐な少女のような風貌で少年期を送っているものだ」
「それは妻を寝取られた私への慰めかな?」
ひがみっぽく呟いたが彼女は首を横に振る。
「あなたは自分が持っているものを正しく評価すべきだという話だ。
王族の血もたしかにあなたを示すものではあるが、国王であるだけがあなたの人生ではない。
国を捨て、他国で冒険者暮らしをしてみるのも良い。
あなたの腕なら引っ張りだこだ。
酒場の踊り子や娼婦を誑かして貢がせて暮らすのだって……ぷっ! げ、現実的だと思うぞ……ククク……」
自分で言って自分で笑ってるじゃないか。
冒険者もスケコマシも、私には縁のない仕事だ。
しかし、
「何故、貴殿は私のことをそんなに気にかけてくれるんだ?
主君以上に媚を売るのは苦手そうだが」
「ハハ、そうだなぁ、なんでかと言われれば……うーん、あなたの違う顔を見てみたいからだろうか」
彼女の指が私の髪に触れた。
あんな狂気じみた斬撃を放つ剣士のものとは思えないくらいに細い女の指だ。
「これでも人生経験豊富だからな。
王侯貴族に御目通りが叶うことは多々あったが、あなたのような王は見た事がない」
「先程言っていた、王とは役立たずで迷惑であるべきというやつか?」
「そうじゃない王がいるのは分かっている。
だが、清廉で強い王に会ったことがあるが、彼らは民や家来にも厳しく完璧を求めていた。
家臣や民に優しい王は自らにも優しく、耳あたりの良い言葉を並べて放蕩に耽っていた。
なのにあなたは、清廉なのに人々の不出来の始末を自分一人で背負おうとしている。
私の常識では考えられない」
「貴殿の常識を塗り替えられたなら本懐だな」
「ほう……言うじゃないか!」
ディナリスが戯れるように腰をくすぐってきた。
私はたまらずゴロゴロと転がるように逃げるが、彼女はしつこく追いかける。
王宮の中でこんなふうに女性と笑い合える時間が訪れるなんて思っても見なかった。
幸せな頭の片隅で、この時間がマスコミ連中に見つからないことを願った。
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