流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

文字の大きさ
31 / 65
第六話 彼女が幸せなら、かまわない

彼女が幸せなら、かまわない⑤

しおりを挟む
 まるでヒトとは違う生き物と戦っているような感覚だった。
 私の知る全ての人間の中で間違いなく最強。
 赤子の手を捻るように何度も地面を転がされ、なおも立ち向かう私の剣さばきを見て、彼女————ディナリスは愉快そうに笑う。

「本当にあなたに不釣り合いな剛剣だ!
 あんな鈍重な剣を愛用する理由もよく分かる!
 並の剣ならば数合保たず砕けてしまうだろうからな!」
「お、お世辞のつもりかっ!!
 ならばっ! どうして! け、剣が……届かないっ!」

 私の木剣は彼女の身体に掠めることすらできず、斬撃は小枝のように弾かれ弄ばれている。
 こんなに手応えのない打ち合いは初めてだ。

「それは私の技量というやつだ。
 剣を受けるというのは真っ向から受け止めるだけじゃない。
 相手の剣戟の力の向きを変えてやるんだ。
 さすれば、労せず弾く事ができる」

 カッ、カーン! と剣が打ち上げられ、手が瞬時に痺れる。
 女性だからと侮ったつもりはない。
 だが、ここまで力の差が歴然としているだなんて予想外だ。
 一体どれだけの気を身体の中に保有しているんだ————と、腰が引けた私を見透かすようにディナリスは告げる。

「ちなみに、私は素の筋力だけしか使っていないぞ」

 気を練っていない!?
 ウソだろう!
 だとすればこの剣の威力は純粋な筋力と技!?

 内心の驚きが表情に出ていたらしく、彼女に笑われた。

「フフ、良い顔だ。
 届かないなりにここまでよくやった。
 ご褒美に一閃だけ見せてやろう」

 彼女の剣が脇の後ろに隠され、間合いが読めなくなった次の瞬間だった。

「【紫電一閃】」

 呟きとともに、空気がたわんだように感じた。
 今までに感じたことのない圧倒的な死の気配に体が強張り、目の前を何かが横切った。
 何が起こったかは分からなかったが私が持っていた木剣は刃の根元が跡形なく消滅して、ドサリと刃は地面に落ちた。
 滑らか過ぎる切断面からは木の焦げた匂いが立ち上っていた。

「み……見えなかった」
「そりゃそうだ。
 私だって自分の本気の剣筋を目で追うことはできない。
 まあ、これが一騎当千だのと言われる者の力ということだ」

 圧倒的な力の差を見せつけられた。
 少なからずあった剣の腕前についての自信はものの見事に砕かれた。
 しかし悪い気がしない。
 むしろ清々しさが勝っている。

「ディナリス。そなたと剣を交えられたこと幸福に思う」
「そんなにありがたがるものではない。
 ま、こんなもので良ければいつでもお相手してやろう」

 ニッと笑うディナリス。

 充実した稽古に満足して私は芝生の上に大の字で寝転がり大きく息を吸い込んだ。


「本当にあなたは良い筋をしているぞ。
 教科書通りのお上品な剣ではあるが、よく鍛えられている。
 対人戦ならばおそらく領主殿よりも上だろうな」
「バルトより上か。
 それはいい。
 王都で暮らしていた頃は勝ち越されていたからな。
 少しは成長したってことか」

 私のそばにディナリスが腰を下ろすと、彼女の体の影が私の顔に覆い被さった。

「まだあなたは18歳だ。
 身体も大きくなるし、剣の腕だって伸びる。
 世の中の美丈夫とされる男たちは大抵、可憐な少女のような風貌で少年期を送っているものだ」
「それは妻を寝取られた私への慰めかな?」

 ひがみっぽく呟いたが彼女は首を横に振る。

「あなたは自分が持っているものを正しく評価すべきだという話だ。
 王族の血もたしかにあなたを示すものではあるが、国王であるだけがあなたの人生ではない。
 国を捨て、他国で冒険者暮らしをしてみるのも良い。
 あなたの腕なら引っ張りだこだ。
 酒場の踊り子や娼婦を誑かして貢がせて暮らすのだって……ぷっ! げ、現実的だと思うぞ……ククク……」

 自分で言って自分で笑ってるじゃないか。
 冒険者もスケコマシも、私には縁のない仕事だ。
 しかし、

「何故、貴殿は私のことをそんなに気にかけてくれるんだ?
 主君以上に媚を売るのは苦手そうだが」
「ハハ、そうだなぁ、なんでかと言われれば……うーん、あなたの違う顔を見てみたいからだろうか」

 彼女の指が私の髪に触れた。
 あんな狂気じみた斬撃を放つ剣士のものとは思えないくらいに細い女の指だ。

「これでも人生経験豊富だからな。
 王侯貴族に御目通りが叶うことは多々あったが、あなたのような王は見た事がない」
「先程言っていた、王とは役立たずで迷惑であるべきというやつか?」
「そうじゃない王がいるのは分かっている。
 だが、清廉で強い王に会ったことがあるが、彼らは民や家来にも厳しく完璧を求めていた。
 家臣や民に優しい王は自らにも優しく、耳あたりの良い言葉を並べて放蕩に耽っていた。
 なのにあなたは、清廉なのに人々の不出来の始末を自分一人で背負おうとしている。
 私の常識では考えられない」
「貴殿の常識を塗り替えられたなら本懐だな」
「ほう……言うじゃないか!」

 ディナリスが戯れるように腰をくすぐってきた。
 私はたまらずゴロゴロと転がるように逃げるが、彼女はしつこく追いかける。
 王宮の中でこんなふうに女性と笑い合える時間が訪れるなんて思っても見なかった。
 幸せな頭の片隅で、この時間がマスコミ連中に見つからないことを願った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された荷物持ち、【分解】と【再構築】で万物創造師になる~今更戻ってこいと言われてももう遅い~

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティーから「足手まとい」と捨てられた荷物持ちのベルク。しかし、彼が持つ外れスキル【分解】と【再構築】は、万物を意のままに創り変える「神の御業」だった! 覚醒した彼は、虐げられていた聖女ルナを救い、辺境で悠々自適なスローライフを開始する。壊れた伝説の剣を直し、ゴミから最強装備を量産し、やがて彼は世界を救う英雄へ。 一方、彼を捨てた勇者たちは没落の一途を辿り……。 最強の職人が送る、痛快な大逆転&ざまぁファンタジー!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。

夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...