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第1章 無字姫、入学す
第28話 無字の誓い
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一色くんなんて嫌いです。
……とは言い切れませんけど、意地悪な人だとは思いました。
最後の最後まで、わたしに死なれたら困る理由を、話してくれませんでしたし。
ま、まぁ、別にそこまで気になっている訳ではないんですけど。
……嘘じゃないですよ?
と、とにかく、あのあとわたしたちがどうしたかですが、先日訪れた丘の上に来ています。
念の為に言っておきますけど、授業をサボっているんじゃありません。
緊急事態にすぐ動けるようにする為、首都を一望出来る場所を選んだだけです。
この案を出したのは、一色くんですが。
これに関しては、少しばかり意外でした。
本心を言えば、彼が積極的に任務を全うすると思っていなかったので……。
しかし、既に【刀】を発動して油断なく辺りを見渡している姿を見る限り、真面目に取り込もうとしているようです。
なんか、先入観で勝手に決め付けたことを、申し訳なく思いますね……。
内心で反省したわたしは、気を取り直して集中しました――が――
「まだ早い。 今は休んでおけ」
こちらを見ることもなく指示されて、目を丸くしました。
どうしてわたしの精神状態は、ここまで筒抜けなんでしょう……。
真剣に悩みそうになりましたけど、それより聞き捨てならないことがありました。
「休んでおけと言われましても、一色くんにだけ任せろと言うんですか? そんなの、嫌です」
「あくまでも今は、だ。 そのうち、嫌でも働くことになる」
「……どうして言い切れるんですか? 学院長の【聡明叡智】では、何も察知出来なかったのに」
少し厳しめに問い掛けたわたしに、一色くんはしばし何も言い返しませんでした。
ほら、やっぱり口から出任せなんじゃないですか。
だったら、わたしも一緒に頑張ります。
そう思いましたが、彼はいきなり口を開きました。
「何故、天羽陣営の『参言衆』は狙われたと思う?」
「え? 学院長が、【聡明叡智】の隙を突かれたと仰っていませんでしたか?」
「そう言う意味じゃない。 狙われた理由だ」
「それは……やっぱりヒノモトの主力ですし、魔族からすれば邪魔だからでは?」
「確かに、それもあり得る。 だが、真の目的は違う気がする」
「真の目的……?」
一色くんは、何が言いたいんでしょう。
朝からずっと緊迫した空気を発していますが、何か関係しているんでしょうか。
不思議に思ったわたしが小首を傾げていると、彼は間を空けてから話を再開させます。
「『参言衆』に勝った魔族が出現するとなれば、今度は『肆言姫』が動くことになる。 これは、自明の理だ」
「はい、そう思います」
「だが、それが罠だとすれば?」
「罠、ですか……?」
「掻い潜る手段が出来たとは言え、魔族にとって【聡明叡智】が厄介な言魂なことに違いはない。 動きが著しく制限されるからな。 それこそ、ある意味では『肆言姫』を凌駕する」
「まさか……」
血の気が引くのを感じました。
早乙女さんたちを倒すことで、天羽さんたちを誘き出す。
そして、もう1人の『肆言姫』と他の『参言衆』は、現状動けない。
要するに――
「敵の狙いは、【聡明叡智】を潰すことだ」
「ま、待って下さい……! そこまでわかっているなら、どうして黙っていたんですか……!?」
「確証はないからな」
「だからって、もっと警戒することは出来たはずです……! 早く、学院長にお知らせしないと――」
思わず、言葉を途切れさせてしまいました。
それも致し方ありません。
何故なら、首都全域に膨大な数の魔法陣が描かれ、そこから同数の魔物が現れたのですから。
ハイゴブリン、イビルバード、ギガントゴーレムの3種類。
通常種より全てワンランク上の強さを持っており、ハイゴブリンとイビルバードは中級、ギガントゴーレムに至っては上級に分類されます。
首都を直接狙って来るだなんて、前代未聞ですよ……!?
平和だった街並みが一気に混沌として、人々の悲鳴が響き渡って来ました。
首都には多くの言魂士がいるので、早速対処していますが、質はともかく数で完全に劣っています。
このままでは……!
戦況不利だと悟ったわたしは、すぐさま救援に向かおうとしましたが、そこに更なる絶望が叩き付けられました。
「くく、良い感じだな。 さぁて、【聡明叡智】をぶっ殺しに行くか」
上空に突如として現れた、金の鎧を纏った魔族。
彼に引き寄せられるかのように、空を分厚い雲が覆い、不気味な様相を呈しています。
遠く離れているのに、ここまで強烈な魔力が伝わって来ました。
あまりにも凶悪過ぎて、不運にも近くにいた人々は意識を失っています。
もしかして、あれは……。
「やはり、『十魔天』か」
「い、一色くん、知っているんですか……?」
「感じる力から判断しただけだ。 お前も、わかっているんだろう?」
「……はい」
控えめながら、頷きました。
わたしは魔族どころか、実際に魔物を見るのも初めてですけど、間違いないと思わされるほど圧倒的です。
だからこそ、どう動くべきか迷ってしまいましたが、彼が揺らぐことはありません。
「行くぞ」
「行くって……じ、『十魔天』と戦うんですか……?」
「そのつもりだ」
「わ、わたしたちに倒せるでしょうか……?」
「2対1なら、なんとかなるだろう」
「……凄い自信ですね」
「1対1と言わない辺り、可愛い自信だと思うが」
視線を魔族に固定したまま、いけしゃあしゃあとのたまう一色くん。
どこまでが本気なんですか……?
どこまでも本気なんでしょうけど……。
思い切り脱力したくなりましたが、そんな場合じゃないですね。
彼の言う通りだとしても、まだ問題はありますから。
「仮に『十魔天』をわたしたちで抑えられるとして、街の方はどうするんですか? 大きな被害が出るのでは……」
「だろうな」
「だ、だろうなって……それで良いんですか……!?」
「優先順位を付けた結果だ。 何より守らなければならないのは、【聡明叡智】。 その為には、『十魔天』を止めるしかない」
「……だから、街の人たちは見捨てると?」
「何度も言うが、優先順位を付けた結果だ。 お前も、今のうちにこう言うことには慣れておけ」
一色くんの口調は、いつも通り。
残酷な現実を経験させて、わたしの成長を促そうとしているのかもしれません。
言っていること自体も、間違っているとは思えないです。
事実として、学院長の【聡明叡智】を失えば、ヒノモトはもっと危険な状況に陥るでしょうから。
流石は一色くん。
先を見据えた、冷静な思考回路ですね。
ただ……それだけです。
彼が正しいとしても、わたしは納得出来ませんでした。
「街の人たちを救いましょう」
「話を聞いていたのか? 『十魔天』を止めなければ――」
「わかっています。 そちらは、わたしが受け持ちます」
「……何を言っている?」
「ですから、『十魔天』はわたしが止めます。 その間に、一色くんは街に出現した魔物たちをなんとかして下さい」
「馬鹿なことを言うな。 1人で『十魔天』に勝てると思っているのか?」
こちらに振り向いた一色くんは、珍しく必死な顔をしていました。
それだけ心配してくれたんだと思うと、こんなときにもかかわらず、嬉しくなってしまいますね。
対するわたしは自分でも驚くほど落ち着いていて、微笑を浮かべて告げました。
「勝てるとは思いません。 でも、時間を稼ぐことは出来ると思います」
「しかし……」
「お願いします、一色くん。 時間がないんです、力を貸して下さい」
彼の手を取って、胸の前でギュッと握ります。
自分から接触するなんて……どうやら、わたしもおかしくなっていますね。
ですが、『十魔天』と戦うなら、それくらいでちょうど良いかもしれません。
目を逸らすこともなく、真っ直ぐに一色くんと視線を交えました。
彼は無表情のまま懊悩しているようでしたが、やがて大きく溜息をつきます。
そして、わたしの手を握り返しながら、言いました。
「2つ条件がある」
「何でしょう?」
「1つは、絶対に死なないこと。 危険を感じたら、何を置いても逃げろ」
「……わかりました」
などと言いながら、そのつもりはありません。
無駄死にするつもりはないですけど、足掻き切ってみせます。
わたしの本心がバレたのか、一色くんはジト目を向けて来ましたが、素知らぬふりをしました。
我ながら、大胆不敵ですね。
すると彼は諦めたようで、嘆息をついてから口を開いたのですが――
「もう1つの条件は……」
「……どうしました?」
「いや……あとで話す」
「はい……? 条件をあとで話す……?」
「そうだ」
「……怖いんですけど」
「気のせいだ」
「そう言う問題じゃないかと……」
「嫌なら、交渉決裂だ」
「……仕方ありませんね。 わかりました、よろしくお願いします」
どんな条件を出されるか知りませんけど、一色くんの協力は必要不可欠。
それゆえに、わたしは逡巡した後に受け入れ、頭を下げました。
まぁ……なんとかなるでしょう。
……きっと。
自分で自分に言い聞かせたわたしは、一色くんから離れて走り出そうとしましたが、彼はまだ言いたいことがあるようでした。
「待て」
「何ですか? これ以上は、間に合わなくなるんですけど」
「すぐに済ませる。 刀を出せ」
「『葬命』を……?」
「時間がないんだろう? 早くしろ」
「……わかりました」
正直なところ、かなり躊躇いました。
『葬命』は無明家の家宝であると同時に、母上からの贈り物でもあります。
そんな大事なものを他人に委ねるのは、抵抗がありましたが……一色くんなら、良いかなと。
最終的にそう結論を下したわたしは、大人しく彼に『葬命』を差し出しました。
一色くんは丁寧な手付きで受け取り、何をするかと思えば、指先で表面を撫でただけ。
……終わりですか?
キョトンとしたわたしに、彼は『葬命』を突き返し、何事もなかったかのように言い放ちます。
「行くぞ」
「……はい」
釈然としません。
……けど、言い合っている暇はないですね。
1度深呼吸したわたしは、無言で一色くんと視線を交換してから、同時に足を踏み出しました。
丘を駆け下りて、目指すは『十魔天』。
幸いにもと言うべきか、まだ最初の位置から動いていません。
最短距離を走り抜け、街に着いてからは建物の屋根伝いに一直線。
一色くんに注意を向けると、彼は既に魔物の討伐を始めていました。
凄まじい勢いで、敵が減っているのを感じます。
近くの言魂士が驚いていましたが、構っていられません。
一色くんのことは、ひとまず忘れましょう。
そもそも、彼を心配している余裕なんてありませんし。
『十魔天』に近付くにつれて、漂って来るプレッシャーも、加速度的に増して行きました。
しかし……不思議ですね。
何と言いますか、一色くんと相対しているときの方が、よほど緊張します。
これなら、いつも通り戦えるでしょう。
勇気を胸に屋根から屋根に飛び移り、遂にそのときが訪れました。
「はぁッ……!」
「あん?」
『十魔天』の近くの建物から、全力で跳躍しながら抜刀。
振り抜かれた『葬命』は、狙い違わず相手の首筋に吸い込まれました。
当初、彼は胡乱気な顔付きでこちらを見て、全く意に返していないようでしたが――
「……! ちッ!」
直前で紅蓮の大剣を生成し、『葬命』を受け止めました。
今の一瞬で……やはり手強いですね。
そんな感想を抱きつつ、別の建物に着地したわたしを、『十魔天』は険しい面持ちで睥睨しています。
急に態度が変わりましたね?
良くわかりませんけど、こちらに注意が向くのは望むところ。
なんとか、時間を稼いでみせます。
決意を固めたわたしが『葬命』を構えていると、『十魔天』は重々しく口を開きました。
「テメェは確か……新しく特務組に入った奴だな?」
「はい、無明夜宵と言います」
「は! 敵に自己紹介するなんてな。 良いぜ、付き合ってやる。 俺はガイゼル。 『十魔天』の1人だ」
「ガイゼル……。 やはり、『十魔天』なんですね」
「ほう? 驚かねぇんだな。 てことは、テメェ1人で『十魔天』に勝てるとでも思ってやがるのか? やれやれ、魔族も舐められたもんだぜ」
「……やってみなければ、わかりません」
嘘です。
1人で勝てるなんて思っていませんけど、ここははったりでも何でも使いましょう。
そんなわたしの思いに気付いたのか、ガイゼルはニヤニヤ笑っていましたが、突然真面目な表情で問い掛けて来ました。
「夜宵、俺の情報が確かなら、テメェは無字だったはずだぜ? もしかして、偽の情報を掴まされたか?」
「……? いえ、確かにわたしは無字ですが……」
「んだと? どうなってやがる?」
わたしに聞かれましても……。
僅かに困惑した様子のガイゼルが見ているのは、『葬命』。
この刀は確かに超一級品ですけど、どこまで行っても普通の刀のはず……。
まさか……一色くんが何かしたのでしょうか?
彼の言魂は、【刀】。
刀を生み出すだけじゃなく、別の刀に影響を与えられる可能性は、ゼロではないです。
もっとも、そのような【刀】の言魂士が存在したなんて、見たことも聞いたこともありませんけど……。
何にせよ、今の『葬命』はガイゼルにとって、脅威となり得るらしいですね。
とんでもない現象な気がしますが……考えるのはあとにしましょう。
改めて『葬命』を構え直したわたしは、敢えて強気に言い切りました。
「ガイゼル、貴方はわたしが止めます」
「はん。 無字の分際で、吠えんなよ。 俺を前にしてもビビッてねぇのは大したもんだが、とっとと殺して目的を果たさせてもらうぜ」
「目的……学院長ですか?」
「もう隠す必要もねぇな。 そう言うこった。 【聡明叡智】さえなけりゃ、テメェらに俺らを止めることなんざ出来なくなるからな」
「……魔族の目的は何なんですか? ヒノモトを滅ぼして、世界を支配しようとでも言うのですか?」
「悪いが、そこまでは教えられねぇな。 ただ、テメェらの考えは的外れとだけ言っておいてやる」
「的外れ……?」
「もう良いだろ? 始めようぜ。 あんまりのんびりし過ぎたら、『肆言姫』が帰って来ちまうかもしれねぇからな。 テメェの時間稼ぎに、いつまでも付き合ってられねぇんだ」
ニヤリとした笑みで、大剣を構えるガイゼル。
気付いていましたか……。
まぁ、わたしも長々と引き延ばせるとは、思っていませんでしたけど。
完全戦闘モードに移行していると、ガイゼルは大剣を振り上げて――
「オラァッ!」
思い切り振り下ろしました。
剣身から極大の魔力の刃が放たれ、頭上から迫って来ます。
これは……!
驚きに目を見開きつつ横に跳んだものの、範囲が広過ぎて逃げ切れません。
仕方ありませんね……!
『葬命』が傷付くのを覚悟しながら、なんとか防ぐべく振り切りましたが、結果は意外なものでした。
「え……?」
「ちッ! ウザってぇな」
苛立たし気に顔を歪めたガイゼルと、霧散する魔力の刃。
思わず、間の抜けた声を漏らしてしまいました。
今の攻撃は報告にあった、エニロの魔術と酷似しています。
エニロの上に君臨するガイゼルが使えても不思議はないですけど、問題はその威力。
聞いていたよりも格段に強く、範囲も広いです。
それを呆気なく相殺出来るなんて、一色くんはいったい何をしたんですか……?
いえ、細かいことはどうでも良いでしょう。
何にせよ、これは大きな追い風です。
一色くんに守られているような気分になったわたしは――
「行きますよ、ガイゼル」
「無字が、いきがってんじゃねぇぞ!」
より一層強く、彼に立ち向かおうと誓いました。
こうして首都は、戦場と化したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回、「第29話 真の肆言」は、22:00公開予定です。
読んでくれて有難うございます。
♥がとても励みになります。
……とは言い切れませんけど、意地悪な人だとは思いました。
最後の最後まで、わたしに死なれたら困る理由を、話してくれませんでしたし。
ま、まぁ、別にそこまで気になっている訳ではないんですけど。
……嘘じゃないですよ?
と、とにかく、あのあとわたしたちがどうしたかですが、先日訪れた丘の上に来ています。
念の為に言っておきますけど、授業をサボっているんじゃありません。
緊急事態にすぐ動けるようにする為、首都を一望出来る場所を選んだだけです。
この案を出したのは、一色くんですが。
これに関しては、少しばかり意外でした。
本心を言えば、彼が積極的に任務を全うすると思っていなかったので……。
しかし、既に【刀】を発動して油断なく辺りを見渡している姿を見る限り、真面目に取り込もうとしているようです。
なんか、先入観で勝手に決め付けたことを、申し訳なく思いますね……。
内心で反省したわたしは、気を取り直して集中しました――が――
「まだ早い。 今は休んでおけ」
こちらを見ることもなく指示されて、目を丸くしました。
どうしてわたしの精神状態は、ここまで筒抜けなんでしょう……。
真剣に悩みそうになりましたけど、それより聞き捨てならないことがありました。
「休んでおけと言われましても、一色くんにだけ任せろと言うんですか? そんなの、嫌です」
「あくまでも今は、だ。 そのうち、嫌でも働くことになる」
「……どうして言い切れるんですか? 学院長の【聡明叡智】では、何も察知出来なかったのに」
少し厳しめに問い掛けたわたしに、一色くんはしばし何も言い返しませんでした。
ほら、やっぱり口から出任せなんじゃないですか。
だったら、わたしも一緒に頑張ります。
そう思いましたが、彼はいきなり口を開きました。
「何故、天羽陣営の『参言衆』は狙われたと思う?」
「え? 学院長が、【聡明叡智】の隙を突かれたと仰っていませんでしたか?」
「そう言う意味じゃない。 狙われた理由だ」
「それは……やっぱりヒノモトの主力ですし、魔族からすれば邪魔だからでは?」
「確かに、それもあり得る。 だが、真の目的は違う気がする」
「真の目的……?」
一色くんは、何が言いたいんでしょう。
朝からずっと緊迫した空気を発していますが、何か関係しているんでしょうか。
不思議に思ったわたしが小首を傾げていると、彼は間を空けてから話を再開させます。
「『参言衆』に勝った魔族が出現するとなれば、今度は『肆言姫』が動くことになる。 これは、自明の理だ」
「はい、そう思います」
「だが、それが罠だとすれば?」
「罠、ですか……?」
「掻い潜る手段が出来たとは言え、魔族にとって【聡明叡智】が厄介な言魂なことに違いはない。 動きが著しく制限されるからな。 それこそ、ある意味では『肆言姫』を凌駕する」
「まさか……」
血の気が引くのを感じました。
早乙女さんたちを倒すことで、天羽さんたちを誘き出す。
そして、もう1人の『肆言姫』と他の『参言衆』は、現状動けない。
要するに――
「敵の狙いは、【聡明叡智】を潰すことだ」
「ま、待って下さい……! そこまでわかっているなら、どうして黙っていたんですか……!?」
「確証はないからな」
「だからって、もっと警戒することは出来たはずです……! 早く、学院長にお知らせしないと――」
思わず、言葉を途切れさせてしまいました。
それも致し方ありません。
何故なら、首都全域に膨大な数の魔法陣が描かれ、そこから同数の魔物が現れたのですから。
ハイゴブリン、イビルバード、ギガントゴーレムの3種類。
通常種より全てワンランク上の強さを持っており、ハイゴブリンとイビルバードは中級、ギガントゴーレムに至っては上級に分類されます。
首都を直接狙って来るだなんて、前代未聞ですよ……!?
平和だった街並みが一気に混沌として、人々の悲鳴が響き渡って来ました。
首都には多くの言魂士がいるので、早速対処していますが、質はともかく数で完全に劣っています。
このままでは……!
戦況不利だと悟ったわたしは、すぐさま救援に向かおうとしましたが、そこに更なる絶望が叩き付けられました。
「くく、良い感じだな。 さぁて、【聡明叡智】をぶっ殺しに行くか」
上空に突如として現れた、金の鎧を纏った魔族。
彼に引き寄せられるかのように、空を分厚い雲が覆い、不気味な様相を呈しています。
遠く離れているのに、ここまで強烈な魔力が伝わって来ました。
あまりにも凶悪過ぎて、不運にも近くにいた人々は意識を失っています。
もしかして、あれは……。
「やはり、『十魔天』か」
「い、一色くん、知っているんですか……?」
「感じる力から判断しただけだ。 お前も、わかっているんだろう?」
「……はい」
控えめながら、頷きました。
わたしは魔族どころか、実際に魔物を見るのも初めてですけど、間違いないと思わされるほど圧倒的です。
だからこそ、どう動くべきか迷ってしまいましたが、彼が揺らぐことはありません。
「行くぞ」
「行くって……じ、『十魔天』と戦うんですか……?」
「そのつもりだ」
「わ、わたしたちに倒せるでしょうか……?」
「2対1なら、なんとかなるだろう」
「……凄い自信ですね」
「1対1と言わない辺り、可愛い自信だと思うが」
視線を魔族に固定したまま、いけしゃあしゃあとのたまう一色くん。
どこまでが本気なんですか……?
どこまでも本気なんでしょうけど……。
思い切り脱力したくなりましたが、そんな場合じゃないですね。
彼の言う通りだとしても、まだ問題はありますから。
「仮に『十魔天』をわたしたちで抑えられるとして、街の方はどうするんですか? 大きな被害が出るのでは……」
「だろうな」
「だ、だろうなって……それで良いんですか……!?」
「優先順位を付けた結果だ。 何より守らなければならないのは、【聡明叡智】。 その為には、『十魔天』を止めるしかない」
「……だから、街の人たちは見捨てると?」
「何度も言うが、優先順位を付けた結果だ。 お前も、今のうちにこう言うことには慣れておけ」
一色くんの口調は、いつも通り。
残酷な現実を経験させて、わたしの成長を促そうとしているのかもしれません。
言っていること自体も、間違っているとは思えないです。
事実として、学院長の【聡明叡智】を失えば、ヒノモトはもっと危険な状況に陥るでしょうから。
流石は一色くん。
先を見据えた、冷静な思考回路ですね。
ただ……それだけです。
彼が正しいとしても、わたしは納得出来ませんでした。
「街の人たちを救いましょう」
「話を聞いていたのか? 『十魔天』を止めなければ――」
「わかっています。 そちらは、わたしが受け持ちます」
「……何を言っている?」
「ですから、『十魔天』はわたしが止めます。 その間に、一色くんは街に出現した魔物たちをなんとかして下さい」
「馬鹿なことを言うな。 1人で『十魔天』に勝てると思っているのか?」
こちらに振り向いた一色くんは、珍しく必死な顔をしていました。
それだけ心配してくれたんだと思うと、こんなときにもかかわらず、嬉しくなってしまいますね。
対するわたしは自分でも驚くほど落ち着いていて、微笑を浮かべて告げました。
「勝てるとは思いません。 でも、時間を稼ぐことは出来ると思います」
「しかし……」
「お願いします、一色くん。 時間がないんです、力を貸して下さい」
彼の手を取って、胸の前でギュッと握ります。
自分から接触するなんて……どうやら、わたしもおかしくなっていますね。
ですが、『十魔天』と戦うなら、それくらいでちょうど良いかもしれません。
目を逸らすこともなく、真っ直ぐに一色くんと視線を交えました。
彼は無表情のまま懊悩しているようでしたが、やがて大きく溜息をつきます。
そして、わたしの手を握り返しながら、言いました。
「2つ条件がある」
「何でしょう?」
「1つは、絶対に死なないこと。 危険を感じたら、何を置いても逃げろ」
「……わかりました」
などと言いながら、そのつもりはありません。
無駄死にするつもりはないですけど、足掻き切ってみせます。
わたしの本心がバレたのか、一色くんはジト目を向けて来ましたが、素知らぬふりをしました。
我ながら、大胆不敵ですね。
すると彼は諦めたようで、嘆息をついてから口を開いたのですが――
「もう1つの条件は……」
「……どうしました?」
「いや……あとで話す」
「はい……? 条件をあとで話す……?」
「そうだ」
「……怖いんですけど」
「気のせいだ」
「そう言う問題じゃないかと……」
「嫌なら、交渉決裂だ」
「……仕方ありませんね。 わかりました、よろしくお願いします」
どんな条件を出されるか知りませんけど、一色くんの協力は必要不可欠。
それゆえに、わたしは逡巡した後に受け入れ、頭を下げました。
まぁ……なんとかなるでしょう。
……きっと。
自分で自分に言い聞かせたわたしは、一色くんから離れて走り出そうとしましたが、彼はまだ言いたいことがあるようでした。
「待て」
「何ですか? これ以上は、間に合わなくなるんですけど」
「すぐに済ませる。 刀を出せ」
「『葬命』を……?」
「時間がないんだろう? 早くしろ」
「……わかりました」
正直なところ、かなり躊躇いました。
『葬命』は無明家の家宝であると同時に、母上からの贈り物でもあります。
そんな大事なものを他人に委ねるのは、抵抗がありましたが……一色くんなら、良いかなと。
最終的にそう結論を下したわたしは、大人しく彼に『葬命』を差し出しました。
一色くんは丁寧な手付きで受け取り、何をするかと思えば、指先で表面を撫でただけ。
……終わりですか?
キョトンとしたわたしに、彼は『葬命』を突き返し、何事もなかったかのように言い放ちます。
「行くぞ」
「……はい」
釈然としません。
……けど、言い合っている暇はないですね。
1度深呼吸したわたしは、無言で一色くんと視線を交換してから、同時に足を踏み出しました。
丘を駆け下りて、目指すは『十魔天』。
幸いにもと言うべきか、まだ最初の位置から動いていません。
最短距離を走り抜け、街に着いてからは建物の屋根伝いに一直線。
一色くんに注意を向けると、彼は既に魔物の討伐を始めていました。
凄まじい勢いで、敵が減っているのを感じます。
近くの言魂士が驚いていましたが、構っていられません。
一色くんのことは、ひとまず忘れましょう。
そもそも、彼を心配している余裕なんてありませんし。
『十魔天』に近付くにつれて、漂って来るプレッシャーも、加速度的に増して行きました。
しかし……不思議ですね。
何と言いますか、一色くんと相対しているときの方が、よほど緊張します。
これなら、いつも通り戦えるでしょう。
勇気を胸に屋根から屋根に飛び移り、遂にそのときが訪れました。
「はぁッ……!」
「あん?」
『十魔天』の近くの建物から、全力で跳躍しながら抜刀。
振り抜かれた『葬命』は、狙い違わず相手の首筋に吸い込まれました。
当初、彼は胡乱気な顔付きでこちらを見て、全く意に返していないようでしたが――
「……! ちッ!」
直前で紅蓮の大剣を生成し、『葬命』を受け止めました。
今の一瞬で……やはり手強いですね。
そんな感想を抱きつつ、別の建物に着地したわたしを、『十魔天』は険しい面持ちで睥睨しています。
急に態度が変わりましたね?
良くわかりませんけど、こちらに注意が向くのは望むところ。
なんとか、時間を稼いでみせます。
決意を固めたわたしが『葬命』を構えていると、『十魔天』は重々しく口を開きました。
「テメェは確か……新しく特務組に入った奴だな?」
「はい、無明夜宵と言います」
「は! 敵に自己紹介するなんてな。 良いぜ、付き合ってやる。 俺はガイゼル。 『十魔天』の1人だ」
「ガイゼル……。 やはり、『十魔天』なんですね」
「ほう? 驚かねぇんだな。 てことは、テメェ1人で『十魔天』に勝てるとでも思ってやがるのか? やれやれ、魔族も舐められたもんだぜ」
「……やってみなければ、わかりません」
嘘です。
1人で勝てるなんて思っていませんけど、ここははったりでも何でも使いましょう。
そんなわたしの思いに気付いたのか、ガイゼルはニヤニヤ笑っていましたが、突然真面目な表情で問い掛けて来ました。
「夜宵、俺の情報が確かなら、テメェは無字だったはずだぜ? もしかして、偽の情報を掴まされたか?」
「……? いえ、確かにわたしは無字ですが……」
「んだと? どうなってやがる?」
わたしに聞かれましても……。
僅かに困惑した様子のガイゼルが見ているのは、『葬命』。
この刀は確かに超一級品ですけど、どこまで行っても普通の刀のはず……。
まさか……一色くんが何かしたのでしょうか?
彼の言魂は、【刀】。
刀を生み出すだけじゃなく、別の刀に影響を与えられる可能性は、ゼロではないです。
もっとも、そのような【刀】の言魂士が存在したなんて、見たことも聞いたこともありませんけど……。
何にせよ、今の『葬命』はガイゼルにとって、脅威となり得るらしいですね。
とんでもない現象な気がしますが……考えるのはあとにしましょう。
改めて『葬命』を構え直したわたしは、敢えて強気に言い切りました。
「ガイゼル、貴方はわたしが止めます」
「はん。 無字の分際で、吠えんなよ。 俺を前にしてもビビッてねぇのは大したもんだが、とっとと殺して目的を果たさせてもらうぜ」
「目的……学院長ですか?」
「もう隠す必要もねぇな。 そう言うこった。 【聡明叡智】さえなけりゃ、テメェらに俺らを止めることなんざ出来なくなるからな」
「……魔族の目的は何なんですか? ヒノモトを滅ぼして、世界を支配しようとでも言うのですか?」
「悪いが、そこまでは教えられねぇな。 ただ、テメェらの考えは的外れとだけ言っておいてやる」
「的外れ……?」
「もう良いだろ? 始めようぜ。 あんまりのんびりし過ぎたら、『肆言姫』が帰って来ちまうかもしれねぇからな。 テメェの時間稼ぎに、いつまでも付き合ってられねぇんだ」
ニヤリとした笑みで、大剣を構えるガイゼル。
気付いていましたか……。
まぁ、わたしも長々と引き延ばせるとは、思っていませんでしたけど。
完全戦闘モードに移行していると、ガイゼルは大剣を振り上げて――
「オラァッ!」
思い切り振り下ろしました。
剣身から極大の魔力の刃が放たれ、頭上から迫って来ます。
これは……!
驚きに目を見開きつつ横に跳んだものの、範囲が広過ぎて逃げ切れません。
仕方ありませんね……!
『葬命』が傷付くのを覚悟しながら、なんとか防ぐべく振り切りましたが、結果は意外なものでした。
「え……?」
「ちッ! ウザってぇな」
苛立たし気に顔を歪めたガイゼルと、霧散する魔力の刃。
思わず、間の抜けた声を漏らしてしまいました。
今の攻撃は報告にあった、エニロの魔術と酷似しています。
エニロの上に君臨するガイゼルが使えても不思議はないですけど、問題はその威力。
聞いていたよりも格段に強く、範囲も広いです。
それを呆気なく相殺出来るなんて、一色くんはいったい何をしたんですか……?
いえ、細かいことはどうでも良いでしょう。
何にせよ、これは大きな追い風です。
一色くんに守られているような気分になったわたしは――
「行きますよ、ガイゼル」
「無字が、いきがってんじゃねぇぞ!」
より一層強く、彼に立ち向かおうと誓いました。
こうして首都は、戦場と化したのです。
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次回、「第29話 真の肆言」は、22:00公開予定です。
読んでくれて有難うございます。
♥がとても励みになります。
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