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共通ルート
共通ルート01
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重い扉だった。
部屋とリビングを仕切る、平凡な木の扉のはずなのに。
心と心を分かつ巨大な氷壁のように、目の前に立ちはだかって、びくともしなかった。
そう、これまでは......。
僕は大きく深呼吸をしてから、ドアノブにありったけの力を込めた。
どんなに嘆いたって、恨んだって、過去は変えられない。
でも。
未来はいくらでも変えられる。
たとえ身が引きちぎれるくらい辛くても。
たとえ死んでしまいたいくらい孤独でも。
一歩踏み出せば、世界は、簡単に変わる。
たった一歩踏み出すだけで、簡単にやり直せる。
握ったドアノブが回り、扉はゆっくりと、でも確実に開いていく。
ほら。
思った通りだ。
外の世界は、笑ってしまうくらい眩しくて、希望に満ちている。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「っ......なんだよこれ」
無意識に、そう吐き捨てていた。
「ふざけんな......」
未来は変えられる?
簡単にやり直せる?
「......現実は、こんなに甘くないだろっ」
オレは読み終えた小説を、高く積み上げられた本の山の、その一番上に放った。
暗闇の中でも正確に積めるようになったのは、この動作を何度も繰り返してきた帰結だ。
何百回、何千回と。
そして、そのたびにオレは思う。
......心の底から、ふざけるなと。
なんでもさっきの本は、かなり昔のベストセラーらしい。
ひきこもりの少年が両親の病気をきっかけに社会復帰するまでを描いた、感動のノンフィクション。
だが、こんなものを好き好んで読む人間を、オレは理解できない。
あまりにも感動的で、あまりにもドラマチックで。
あまりにもハッピーエンドすぎる......こんなのは、ただの偽物だ。
人生に、希望なんてものは、ない。
「......はぁ」
小さなスタンドライトだけが心細くちらつく晦冥の中で。
懲りずにまた期待した自分が馬鹿だったと。
虚無感に身を任せ、床に横たわった。
「なあ......教えてくれよ」
オレは誰にでもなく、虚空に呟いていた。
もちろん誰かから答えが得られるとは、全く思ってない。
そもそも、そんな資格はオレにはない。
けれど、それでも胸の中に溜め込んだ言葉を、空虚に向ける。
でないと、自分が壊れてしまうから。
「オレは......何のために生きてるんだ......」
やりきれない虚しさと、自己嫌悪と、斬鬼の念で生きているのが苦しくなって。
そうして、いつものように明かりを消して、目を閉じたその時だった。
「......今の......何だ?」
足音が聞こえた気がして、上体を起こす。
「......誰もいるはずがないのに」
気のせいではない。
静寂に慣れてしまった自分にとっては、小さな物音でも容易に聞き取れた。
そのまま足音は部屋の前まで来ると、やがてぴたりと止まる。
そして、ゆっくりと扉の開く音がした。
「......嘘だろ」
足音は暗闇のなか、全てが見えているかのように、一歩ずつ確実にこちらへ向かってくる。
だが不思議と、動く気にはならなかった。
恐怖で体が強張ったわけじゃない。
むしろオレを包み込んだのは、安堵。
そして運命への、最初で最後の感謝だった。
「ああ、そうか」
これはきっと救済なんだ。
こんな世界でも自ら死を選ぶことが出来ず、挙句の果てにルサンチマンまで抱く弱者への慈悲。
「お前、空き巣か? 強盗か?」
こうやって知らない人間に話しかけるのは何年ぶりだろうか。
「それともストーカー......ってそんなわけないか」
今になって、自分がこんなにも饒舌だったのかと驚いた。
足音は少しずつ大きくなり、気配は少しずつ近づいてくる。
「......まあ、そんなことはどうでもいいか」
ようやく目が慣れてきて、そいつがぼんやりと視界に入った。
中肉の男、年は30から40くらいか。
静かに佇むそいつを前にして、オレは......。
仰向けになり、両手を広げて、そして、力を抜いた。
「さあ、オレを殺してくれ」
きっと覚悟はできていたんだ。
これが正解なんだ。
ああ、ようやく贖える。
これで、ようやく......。
「ボクがキミを殺す? ......ぷっ......ぷぷっ」
「あっはっはっはっ!! はー、お腹痛いっ。キミはおかしなことを言うねっ」
......は?
オレは思わず、閉じかけた目を開く。
「というか、強盗でも何でもないし」
強盗じゃ......ない?
じゃあ、こいつは一体......。
「あのね、ボクはキミを救いに来たのさ......あきと君♪」
......今、オレの名前を......!?
「お、おい、どういうことだ。お前は......誰なんだ!!」
「ボクの名前かい? そうだなあ......」
そいつはきっと今、悪戯を思いついた子供のような顔をしているんだと思う。
でなきゃ、こんなふざけたことを常人が言い出すはずもない。
「月のうさぎ、とでも名乗っておこうかな♪」
部屋とリビングを仕切る、平凡な木の扉のはずなのに。
心と心を分かつ巨大な氷壁のように、目の前に立ちはだかって、びくともしなかった。
そう、これまでは......。
僕は大きく深呼吸をしてから、ドアノブにありったけの力を込めた。
どんなに嘆いたって、恨んだって、過去は変えられない。
でも。
未来はいくらでも変えられる。
たとえ身が引きちぎれるくらい辛くても。
たとえ死んでしまいたいくらい孤独でも。
一歩踏み出せば、世界は、簡単に変わる。
たった一歩踏み出すだけで、簡単にやり直せる。
握ったドアノブが回り、扉はゆっくりと、でも確実に開いていく。
ほら。
思った通りだ。
外の世界は、笑ってしまうくらい眩しくて、希望に満ちている。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「っ......なんだよこれ」
無意識に、そう吐き捨てていた。
「ふざけんな......」
未来は変えられる?
簡単にやり直せる?
「......現実は、こんなに甘くないだろっ」
オレは読み終えた小説を、高く積み上げられた本の山の、その一番上に放った。
暗闇の中でも正確に積めるようになったのは、この動作を何度も繰り返してきた帰結だ。
何百回、何千回と。
そして、そのたびにオレは思う。
......心の底から、ふざけるなと。
なんでもさっきの本は、かなり昔のベストセラーらしい。
ひきこもりの少年が両親の病気をきっかけに社会復帰するまでを描いた、感動のノンフィクション。
だが、こんなものを好き好んで読む人間を、オレは理解できない。
あまりにも感動的で、あまりにもドラマチックで。
あまりにもハッピーエンドすぎる......こんなのは、ただの偽物だ。
人生に、希望なんてものは、ない。
「......はぁ」
小さなスタンドライトだけが心細くちらつく晦冥の中で。
懲りずにまた期待した自分が馬鹿だったと。
虚無感に身を任せ、床に横たわった。
「なあ......教えてくれよ」
オレは誰にでもなく、虚空に呟いていた。
もちろん誰かから答えが得られるとは、全く思ってない。
そもそも、そんな資格はオレにはない。
けれど、それでも胸の中に溜め込んだ言葉を、空虚に向ける。
でないと、自分が壊れてしまうから。
「オレは......何のために生きてるんだ......」
やりきれない虚しさと、自己嫌悪と、斬鬼の念で生きているのが苦しくなって。
そうして、いつものように明かりを消して、目を閉じたその時だった。
「......今の......何だ?」
足音が聞こえた気がして、上体を起こす。
「......誰もいるはずがないのに」
気のせいではない。
静寂に慣れてしまった自分にとっては、小さな物音でも容易に聞き取れた。
そのまま足音は部屋の前まで来ると、やがてぴたりと止まる。
そして、ゆっくりと扉の開く音がした。
「......嘘だろ」
足音は暗闇のなか、全てが見えているかのように、一歩ずつ確実にこちらへ向かってくる。
だが不思議と、動く気にはならなかった。
恐怖で体が強張ったわけじゃない。
むしろオレを包み込んだのは、安堵。
そして運命への、最初で最後の感謝だった。
「ああ、そうか」
これはきっと救済なんだ。
こんな世界でも自ら死を選ぶことが出来ず、挙句の果てにルサンチマンまで抱く弱者への慈悲。
「お前、空き巣か? 強盗か?」
こうやって知らない人間に話しかけるのは何年ぶりだろうか。
「それともストーカー......ってそんなわけないか」
今になって、自分がこんなにも饒舌だったのかと驚いた。
足音は少しずつ大きくなり、気配は少しずつ近づいてくる。
「......まあ、そんなことはどうでもいいか」
ようやく目が慣れてきて、そいつがぼんやりと視界に入った。
中肉の男、年は30から40くらいか。
静かに佇むそいつを前にして、オレは......。
仰向けになり、両手を広げて、そして、力を抜いた。
「さあ、オレを殺してくれ」
きっと覚悟はできていたんだ。
これが正解なんだ。
ああ、ようやく贖える。
これで、ようやく......。
「ボクがキミを殺す? ......ぷっ......ぷぷっ」
「あっはっはっはっ!! はー、お腹痛いっ。キミはおかしなことを言うねっ」
......は?
オレは思わず、閉じかけた目を開く。
「というか、強盗でも何でもないし」
強盗じゃ......ない?
じゃあ、こいつは一体......。
「あのね、ボクはキミを救いに来たのさ......あきと君♪」
......今、オレの名前を......!?
「お、おい、どういうことだ。お前は......誰なんだ!!」
「ボクの名前かい? そうだなあ......」
そいつはきっと今、悪戯を思いついた子供のような顔をしているんだと思う。
でなきゃ、こんなふざけたことを常人が言い出すはずもない。
「月のうさぎ、とでも名乗っておこうかな♪」
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