Moon Rabbit ~ムラビト~

煤周 昴

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「月の......うさぎ......だと?」
そいつの言葉を、オレはただオウム返ししていた。
最初は自分が聞き間違えたんじゃないかと思った。
本名のはずはないし、仮称として名乗るには
月面の影の形が餅をついている兎に見えることから、月に兎が住んでいるという伝承、『月うさぎ伝説』。
恐らく、この逸話をもとにした仮称なんだろうが......流石にふざけている。
オレは腹が立って、自然と声を荒げていた。
「なあ、月のうさぎって一体どういう意味なんだ!?」
「え? なんか言ったかい?」
「いや、だから......」
そう言いかけて、そいつがゴソゴソと何か音を立てているのに気づいた。
「......お前、何してるんだ?」
ぼんやりと輪郭が見えるだけで、そいつの動きまでは見えない。
でも、、それはすぐに分かった。

「ねえあきとくん。、キミの両親との写真かい?」

「親との......写真!?」
棚のアレかっ!!
「やめろ! それに触れるなっ!!」
慌てて棚の方に駆け寄ろうとして、オレは積み上げていた本の山に足を引っかけた。
「~~っ!!」
何冊も積まれていた本の山は、けたたましい音と共にあっと言う間に崩れ落ちる。
久しぶりに感じた痛みに、オレは思わず足をおさえてうずくまった。
「あーっはっはっ♪ ごめんごめん、冗談だよ♪ ちょっとからかってみたかっただけさ♪」
「......お前っ!!」
何が楽しいのか、そいつは子供みたいに大爆笑だ。
それが引き金になったのか、オレの中に抑え込んでいたものがついに爆発した。
「オレを殺してくれないのなら、もう帰ってくれ!! 今は誰とも関わりたくないんだよ!!」
そう言うと、そいつの高らかな笑い声がぴたっと止んだ。
「......そうなんだ」
そいつは静かに呟く。
その口調には、子供を諭す大人のような冷静さがあった。
「ああ、だから......頼むからオレを......」
「今は。なんだ」
「......え?」
、誰とも関わりたくないんだ」
「......だったら何だって言うんだよ」
「じゃあ、あきとくん」

「キミは一体、この部屋から出てくるんだい?」

......やめろ。
「明日かい?それとも明後日かい?」
やめろって。
「『今じゃない』、『いつか』、『また今度』。見るに堪えない言い訳をして」
自分でも、分かってるんだ。
「そうやって、キミはいつも逃げてきたんじゃないのかな?」
「やめてくれっ!!!」



「......もう、やめてくれ」
そうだよ。
オレは逃げてきたんだよ。
この救いようのないほど理不尽な現実から。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて............

「ふーむ、よっぽどキミはこの世界が嫌いなんだね」
ああ、その通りだ。
あの日、オレはこの世界を何よりも憎むようになったんだ。
「......だから、頼む。オレを殺してくれないか」
「あっはっはっは♪」
第二次性徴前特有の甲高くて明るい声を、オレは初めて恐ろしいと思った。
「そんなの、絶対無理だよ♪ さっきも言ったでしょ? ボクはキミを救いにきたのさ」
「救い......」
救いってなんなんだよ。
オレを殺すことは、救いじゃないっていうのかよ。
「うん♪ そうだよ♪」
......え。
「だって死んじゃったら、救いようがないもん♪」
「い、いまお前っ......」
こいつ......オレの心を読んだ!?
「あはは♪ ボクはね、キミの考えている事なら何でも分かるんだよ♪」
そんな...
「『そんな馬鹿な』って思ってるんじゃないかな?」
「っ!?」
これは悪い夢か、はたまた幻覚か。
「あれっ、まだ信じてもらえてないみたいだね♪」
そいつが喋れば喋るほど、オレの心の中を覗き込まれている気がして、そのたびに背筋が凍りつくように寒くなる。
「どうやったら信じてくれるかな......っとそうだ! 今キミが考えていることを当ててあげるよ♪」
「もういい、やめてくれ......」
「えーっと、『どうやってボクがキミを救うのか』とか?」
「……」
何もかも見透かされたような錯覚に吐き気すら覚えた。
「......ああ、その通りだ」
「良かった良かった♪ じゃあ教えてあげるね♪ キミを救う方法、それはとっても簡単なんだよ♪」
そいつはまるで売れない通販番組の宣伝文句のようなことを言うと。
「ずばり、この装置を使うのさ♪」
これまた通販番組のように、何かを差し出した。
オレはそれを渋々と受け取ると、手の触覚を頼りにして確かめた。
もちろん、必ずもう1つお付けされる謎の研ぎ石じゃなければ、オペレーターを増員して販売するハンディマッサージ器でもない。
だが、サイズ的にはそれらに近かった。
表側にはボタンのようなものが3個ほど。
裏側は......正直よくわからない。
きっと、直方体の小さなリモコンのようなものなのだろう。
「それはアマノハゴロモっていうんだ。いい名前でしょ?」
アマノ......ああ、あま羽衣はごろものことか。
「あれ? 竹取物語は知ってるよね?」
「竹から生まれたかぐや姫が、天人に連れられて月に帰るってやつだろ」
「そう、大正解♪ かぐや姫が天に昇るときに身にまとったとされるのが、その天の羽衣なのさ。天の羽衣をまとったかぐや姫はこの世での記憶をすべて忘れ、月の別世界に行ってしまうってわけ♪」
そんなこと、当然知ってる。
「で、それとこれに何の関係が......」
と言いかけて止まる。
待てよ、月の世界に行くだと?
それってまさか......。
「そう、そのさ♪ この装置でキミを、嫌な思い出を忘れてしまう記憶消去くらい楽しいところ月世界に送ってあげるんだ♪」
それが、こいつが言っていた『救い』の正体か。
「つまり、このアマノハゴロモというのは一種の転送装置だと」
「さすがあきとくん♪ 難しい言い方を知ってるんだね、その通りだよ♪」
「......それ、本当か?」
「うん、ボクを信じなって♪」
そういわれても......転送装置って言ったら普通大きなカプセルみたいなものを考えるんだが......。
あまりの胡散臭さに、どうしたものかと考えあぐねていると。
「もう、小型化したんだったらそれはそれで良いことじゃない♪ そんなに躊躇わずにほら、中央にボタンがあるでしょ?」
「え? あ、ああ」
確かに表面にはボタンが3つ横にならんどいて、真ん中のものは他より一回り大きく、ひときわ目立っていた。
「それさ、押してみなよ♪」
......。
「ん? どうしたの、押してみてよ♪」
「......なんか嫌な予感がする」
自分の中の第六感が、絶対に押してはいけないと叫んでいる。
「え~、押してよ~♪」
「そうはいっても......」
「確かに......」
そいつはまた、諭すような優しい口調になる。
「確かに、この装置を使ってもキミは死ねない。でもね、あきと君。嫌な記憶を忘れ去ることが出来たら、それはもう、同じじゃないかい? この装置を使えば、死なずに生まれかわることが出来る。それはキミが望んだ救いそのものなんだよ?」
でも......あの記憶を、オレは捨てていいのだろうか。
絶対に忘れちゃいけない、大切な記憶だったはずなんだ……。
「あーもー、じれったいなあーー」
暗闇からのびる太く大きい
「え......」
それが、そいつの腕だということに気づいた時には……。
「ちょっ、おいやめろ!!」
既に、ボタンは押されていた。

ーーー

手の中のアマノハゴロモは、不気味な機械音を立てて光り始める。
「なっ......なんだよこれっ!?」
瞬く間に、感じたことのないほどの眩しさがオレの全神経を襲った。
「くそっ......おい!! 何勝手なことしてくれてるんだ!! これからオレはどうなるんだ!!」
オレは白い世界に向かって抗議した。
だがそれを気にする様子もなく。
「ねえ、あきと君」
すっぽりと色が抜け落ちた世界で、大きな陰月のうさぎはオレの真ん前まで来ると、わずかに口を動かした。
「ーーーーー、ーー」
え、なんだって?
「もっと大きな声で言ってくれよ!!」
だが、もうオレの言葉は届かなかったのか。
最後に、あのむかつく笑い声が聞こえたかと思うと......。


刹那、オレは意識を失った。
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