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「ね、ねぇ?ジル、怒ってるよね?ご、ごめん、ぼく、」
「帰ったら話そう、ラピ。今、余裕がないんだ。走るぞ。」
「え!ちょ、うっ、速っ!」

ヴァル様の家を出て、僕を抱っこしたまま、ジルは乗合の馬車にも乗らず、ビューンと全速力で走って帰っていった。馬車に乗るより断然早い。15分くらいで僕の家に着いた。

ジルは大して呼吸も乱れてないし、スタスタと家の中に入っていく。僕はジルの全速力の速さに心臓がバクバク鳴っている。怖かった・・・。
そしてジルの雰囲気も怖い。全然喋らないし、ピクリとも笑ってもくれない。よっぽど僕のという失態に怒ってるのかも。
せっかく姉さんの家では幸せな気持ちでいっぱいだったのに・・・。僕の尻尾はまたしゅん、と垂れていた。


ジルはリビングのあの小さなソファに僕を抱えたまま座る。ジルは何も言わない、しかも動かない。僕も同じように動けなくなった。
しばらくすると、僕の頭の上のジル口元から、はぁ、とため息が聞こえた。「どうしよう、呆れてる」とまた涙が滲み出てきた。でもここで泣くのも卑怯な気がして、ジルに気が付かれないように下を向いたまま「涙止まれ止まれ」と念じるしかできない。

その時、ジルが僕の脇の下に手を入れて、僕の身体の向きを背面にした。僕の背中にはジルの筋肉質なお腹がある。突然のことにびっくりした僕の瞳からはぎりぎり溢れず耐えていた涙がポロリ、と一粒溢れた。
それに気づいていないジルの声が後ろから囁くようにそっと聞こえる。

「少しだけ噛ませてくれ。」

僕が「へ?」と情けない声を漏らしたすぐ後、ジルは僕の頸をガブリ、と噛んだ。
ゾワゾワゾワ、と全身に何かが駆け抜けて、ぐんっと背中が弓形にしなる。

「ひゃあっ、な、なにぃ?ジ、ル、か、噛んだのぉ?ああっ、」

噛まれた、ということに頭が追いつかない。番は、そ、その・・・エ、エッチ、をしながら噛まないと成立しなかったはずだ。これも酔っ払ったマークおじさんが言っていたし、本で読んだこともある。

なのに、ジルは一度頸を噛んだ後も、力加減や角度を変えながら、ガブリ、ガブリと噛み続けている。舐めたり、口付けたりもしてるみたいだ。
その度に僕の口からは女の人みたいに高い声が出ている。恥ずかしくて我慢しようとするけど、ジルが噛むと我慢できない。口が開きっぱなしだ。

「や、ああ、ひゃ、あん、ジル、な、なんでぇ?ああっ、」

「・・・ラピは・・・俺のものだ!」

「うわぁ、あ、ああ、ひゃあっ、」

じゅう、っと強く頸の周りを吸われた。「ああ、キスマーク付ける時こんなに強く吸うんだ」と頭の中で少し冷静な僕もいたけど、口から出るのは喘ぎ声だった。

しばらくこの行為が続き、僕の身体からは力が抜け落ち、前のめりにぶらん、と上半身が落ちかけている。腰と肩にジルの腕ががっしり絡んでいるから落ちないけど。

ハァ、ハァ、と肩で息をしていると、今度はぎゅっと力強く抱きしめられた。身体の向きも対面にされ、僕の顔はジルの胸元に埋まった。ドクッドクッ、と少し早いジルの鼓動が聞こえて来る。

「ラピ・・・ラピ・・・」

ジルは僕の首元に顔を埋め、何度も名前を呼んでいる。どこか不安げな声だ。僕はパウロにするみたいに、そっとジルの頭を撫でた。そんなことしたら後で怒られるかもしれないけど、何故かこうするべきだと思った。

「ん・・・ジ、ル?僕、怒らせちゃったよね・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」

「違う!ラピに怒ってなんかいない。俺は・・・ラピが・・・他の奴にとられるかと思って・・・。我慢、できなかった・・・頸、い、痛かっただろう・・・?」

「とられ、る?僕が?どうして?頸は大丈夫、だよ。」

「ヴァル様も言っていただろう・・・俺の恋人にならないか、と。それに嫉妬にまみれた・・・俺のような奴、ラピも嫌だろう・・・嫌いになったか・・・?」

「ジルのことが嫌・・・?そ、そんなわけ、ないじゃない!!!」

「ラ、ラピ?お、落ち着」
「~~っ!落ち着けるわけないでしょ!ジルの馬鹿!!」

僕は思いもよらなかったジルの言葉に頭が覚醒して、何か勘違いしているジルの胸元を、ポカポカ叩いた。叩くなんて初めてのことだ。全く痛くはないだろうけど、ジルは叩かれるなんて思ってなかったようで、オロオロと狼狽えている。銀色の耳が伏せたり立ったりして忙しなく動いているのが見えた。

「ぼ、僕は、ジル以外どうでもいいの!は、はぐれたのだって、ジルへの贈り物選んでたからで・・・、そりゃ、ぼ、僕が勝手に飛び出しちゃったのが勿論悪いけど!ジルへの気持ちを疑ったりなんてしないで!!僕はジルのことだけが好きなの!!番にだって今すぐにでもなりたいの!!!分かった??!」


早口で一気に言いたいことを大声で言った。こんなに大きな声を出したのは久しぶりな気がする。だって悔しかったんだ。こんなにもジルのことが好きなのに。
さっきまで我慢していた涙がとうとう止められなくなって、僕の目からポロポロ壊れた水道みたいに溢れてきた。

僕のその涙を見た途端、ジルの耳と尻尾はピーーンとビックリしたみたいに立った。慌ててポケットからいい匂いのするハンカチを取り出し、僕の涙を必死に拭いている。

「な、泣かないでくれ、ラ、ラピ。ど、どうすれば泣き止む?」

絵に描いたように狼狽出したジルを、僕はポロポロ涙をこぼしたまましばらく何も言わずに睨み続けた。
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