アプローチ

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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 くだんの人物にはすぐに会えた。
 そりゃ同じ寮で翔吾クンと同室なんだったら当然だけど。
 夕食の時に食堂で紹介された彼は、とても不思議な雰囲気の子だった。
 古城真純こじょうますみクン。
 明るくて気さくで表情がくるくると変わる可愛らしい子。僕と同じくらいに小柄だから、すごく親近感がわいた。
 真純クンも同じなのか、僕のことを『和巳ちゃん』と呼んで懐いてくれて、本当に可愛いったら。
 でも。

「なんか……引っかかるんだよね……」

 食事を終えて自室に戻ってから、僕はついボソリと呟いてしまった。

「どうした?」

 すかさず、聞き逃さなかった修が問うてくる。

「いや、真純クンのことなんだけど……」
「ああ……」

 なんとなく言葉を濁して伝えると、どうやら修も感じていたようだった。

「明るくていい子なんだけど、たまに心ここに在らずって言うかさ」
「それはおれも気付いた」

 ふっと遠くを見るような目になる時があったんだ。
 なんだろう。

「そう言えば、入寮手続きの時に翔吾クンが舎監の先生に何か言われてたけど。何か関係あるのかな」
「ワケありらしいって噂は流れてるけどな」
「そうなの?」

 修は昨日のうちに入寮手続きをすませたと言っていた。
 その修が入寮した時には、真純クンは既に隣の部屋にいたらしい。

「ワケありか……」

 ちょっと気になるけど、まあこれは本人たちの問題かな。

「ところでさ」
「ん?」
「和巳は……高見のことが好きなのか?」

 突然の突拍子もない問いに、僕は思わずポカンとしてしまった。そしてすぐに笑いながら否定する。

「違うよ。なんかもう、父親? 母親の心境って言うのかな。そんな感じ」
「母親なのか……」
「そう、母親」

 あはは、と笑いながら、内心では実はドキドキしていた。
 翔吾クンに関しては母親の心境。
 それは嘘じゃない。
 今は。
 本当は、少しだけ好きだった時期がある。
 これは誰にも言ってないけど、ね。
 翔吾クンと初めて会ったのは、小学生になった時だった。クラスが同じだったんだ。
 けど、翔吾クンはクラスの人気者。僕はただの普通の男子。
 最初は全然話なんてしたこと無かった。
 でもある日。学校からの帰り道で、僕は道端にダンボールに入れて捨てられている子猫を見つけたんだ。
 どうしよう。連れて帰りたいけど、僕の母さん猫アレルギーなんだよなぁ。
 そんなことをつらつらと考えながらしゃがみこんで子猫を撫でていると。

「どうしたの?」

 そう、声をかけてくれたのが翔吾クンだった。

「あ、猫……」

 翔吾クンは僕の手元を見てすぐに察してくれた。

「捨て猫?」
「たぶん……。飼いたいけど、僕の母さん猫アレルギーだから……」

 僕はもしかすると泣きそうになっていたのかもしれない。

「アレルギー?」
「あ、前にも捨て猫拾って帰った事があるんだけど、母さんの具合が悪くなっちゃって……」
「そうなんだ」
「うん……」

 子猫を連れて帰ることが出来ない僕は、見つけてしまった事に罪悪感すら感じていた。
 そうしたら、翔吾クンが迷いもせずにヒョイっと子猫を抱き上げたんだ。

「じゃあ、俺が連れて帰っても大丈夫だね?」
「えっ……」

 翔吾クンはにこりと笑うと。

「俺の家で飼うよ。君も見に来ればいい」

 そう言ってくれて。
 僕は本当に嬉しくて嬉しくて。
 その日さっそく一緒に翔吾クンの家に行った。
 翔吾クンと親しくなったのはそれからだ。
 その時の猫はもうおばあちゃん猫だけれど、まだ翔吾クンの家でのんびり暮らしている。
 猫がきっかけで仲良くなって、翔吾クンの思わぬ一面も知った。
 何でも出来る人気者の翔吾クンは、何事にも執着というものをしない人だった。
 そんな翔吾クンに親友と言ってもらえる僕は、それが自慢だった。
 だけど。
 中学になってすぐの頃。ちょうど思春期の始まりの頃なんだろう。
 翔吾クンはクラスの女子に告白されて、付き合い始めた。
 その時に僕は何故かチクリという胸の痛みを感じて。
 ああ、僕は翔吾クンのことが好きだったんだ、と自覚した。
 自覚した瞬間に失恋なんて、本当に笑うしかない。
 実はそれが僕の初恋なんだけど。
 当の翔吾クンは、持ち前の執着しない性格を遺憾無く発揮して女の子に呆れられて別れる、というパターンを繰り返していた。
 時には、彼女の誕生日よりたまたま先約だった僕との約束を優先して彼女を激怒させ、僕まで呆気にとられた事もある。
 そんなことが続いたある日。
 僕は1学年上の先輩から手紙をもらった。
 いわゆるラブレターというヤツで、放課後にお呼び出しをされたのだ。
 不思議な気分だった。
 話したこともない女性の先輩に告白されて。嫌な気はしなかったけど、それでも僕は付き合う気にはなれなかった。
 でも先輩に少し考えてから返事が欲しいと言われて、その件が一時保留になった時。翔吾クンは僕にこう言った。

「俺みたいになっちゃダメだぞ」

 翔吾クンがどういう気持ちで言ったのか、それは未だに分からない。
 けど、僕はその言葉でいろいろな胸のつかえみたいなのがストンと取れた感じがした。
 翔吾クンは物事や人に執着しないんじゃない、出来ないんだ。それが何故なのかは分からない。
 でも、あの時の翔吾クンの寂しそうな困ったような複雑な微笑みは、そういう事なんじゃないかと思ったんだ。
 だから僕は、翔吾クンのことをその瞬間に吹っ切れた気がする。
 翔吾クンの親友。そこまで懐に入り込めたならそれでいい。
 僕はそう思えるようになった。
 その瞬間から、翔吾クンのことは好きだけど、友達として。親友としての好きに変わった。
 そして僕に告白してくれた先輩とは付き合わなかった。後日、丁寧にお断りしたら少しだけ泣かれてしまったけれど。
 それでも、ちゃんと考えて返事をくれてありがとう、と泣き笑いの表情で言ってくれた先輩を、僕はきっと忘れない。
 僕にとっての、恩人のような人だから。
 そして僕の初恋の人は、今まさに初めての恋をしているんじゃないだろうか。
 なんだか複雑だけど、悪い気はしない。本当に見守りたいんだ。
 修に言ったように、本当に母親の気分。
 可愛くて綺麗で、少しだけ影のある真純クン。
 お母さんは二人を応援するよ!
 というかね!
 お母さんは今めちゃくちゃドキドキしてるの!
 翔吾クンのことを聞かれたこともあるけど、修の顔を間近で見たらめっちゃドキドキしちゃったの!
 ついでに言うと、修の顔って割と好みって言うか……好きな感じなんだよね。
 別に翔吾クンに好きな人が出来たから寂しいとかそんなの思ってないしむしろ嬉しいことなんだけど。
 人肌恋しいなんて思ってないけど、さっきのドキドキで、吊り橋効果っていうのかな?
 なんだか突然、修の存在が気になりだしたんだ。
 あと、僕の都合よく解釈しちゃうと、さっき僕が翔吾クンのことを好きなのかって聞いたのは、修も僕のこと気に入ってくれてる……とか?
 そしたら嬉しいなんて思っちゃってる時点でもう、僕ダメじゃん。
 一目惚れ、ではないと思う。
 1日一緒にいて分かった修の人柄に惹かれてるんだと思う。
 あー、でも修がゲイだって決めつけるの良くないよね。
 というか、修は女子にモテそうだし、ノンケだと思う。
 あ……なんかちょっとダメージ。
 そうだよなー。ノンケなのが普通なんだよ。
 僕はたまたま自覚するのが早くて、いわゆる耳年増みたいな所もあるんだけど。

「はぁ……」

 思わず声に出しながらため息を吐いて。
 あ、これ本気で修のことを好きになりかけてるな、って自覚した。
 あーあ。2度目の恋も失恋か。
 なんて考えてたら。

「どうした? ため息なんか吐いて」

 修が、心配そうに声をかけてくる。

「んーん。なんか少しだけ疲れたかなって思って」

 僕はベッドにぼふんとダイブしながら言った。
 今日は本当にいろいろあったし、疲れたのは嘘じゃない。

「大丈夫か? マッサージしてやろうか」
「えっ」
「ほら、足こっちに出して」

 修は僕のベッドの横に跪き、シャツを腕まくりしながら言う。

「あ、うん」

 僕は言われるまま、ベッドに座って両足を修へ委ねる。
 修の大きくてあたたかい手が、僕の足のコリを優しく解していく。
 あまりに気持ちよくて、僕は思わずウトウトとしてしまったくらいだ。

「なー。なんでこんなにマッサージ上手いの?」

 少しポヤンとした頭で聞いてみる。
 ああそうか。修の手があったかいから眠くなるんだ。

「うーん。運動部だったせいかな? 友達とお互いにやってて、自然に身についた感じだよ」
「ふうん」

 修は体育会系だとは思ってたけど、予想通りだった訳だな。ふむふむ。

「はい、次は横になって」
「ほえ?」
「背中もやるから。和巳って肩凝りとか凄そうだし」
「分かるの?」
「何となくね」

 実際に酷い肩凝りにずっと悩んでた僕はびっくりした。見るだけで分かるもんなのかな?
 ともあれ、嬉しい申し出に、僕はいそいそとベッドにうつ伏せになる。
 そして、つうっと背中をなぞった修の手に。

「うひゃあっ?」

 思わずビクンとする程に過敏に反応してしまって。

(やばいやばいやばい! 変な声出た変な声出た変な声出た!)

 内心めちゃくちゃ焦りながらも。

「ちょ、くすぐったいって!」

 言いながら、あははと笑って足をジタバタさせて見せる。
 ただ触れられただけなのに、触れられた場所が熱くなる気がした。
 もう疑いようがなく、僕は修に恋愛感情で好意を持っている。
 大丈夫だよな、バレてないよな。というか、失恋決定なのにこの気持ちがバレたりしたら、この後の寮生活が生き地獄になる気がするんだけど。
 複雑な気分になって、それが顔に出てたら嫌だから、他にどうすることも出来なくて枕にボスっと顔を押し付けた。
 すると。

「ごめん、和巳。もしかして嫌だった?」

 気遣うような修の声がすぐ側から聞こえて。
 ああ、修って本当に優しいヤツなんだな。

「違うよ、そうじゃない」

 でも僕は本当のことなんてとてもじゃないけど言えなくて。
 だって今日会ったばかりの僕なんかに、ゲイだってカミングアウトされた上に好きだなんて言われたら困るだろ。というか、普通なら今のこの関係すら崩壊する。
 そんなのは絶対に嫌だった。
 それくらいなら友達でいい。
 翔吾クンの時と同じように。
 友達のままでいい。だから僕は、何でもないよと笑うしかないんだ。
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