上 下
7 / 186

005.

しおりを挟む
 部屋へ入った時の違和感と、円の『姉』のはずの少女。
 瞳は諦めてため息をひとつついた。


「……はじめまして。吉田瞳と申します」


 深く礼をする瞳と、意外そうな表情の円とその『姉』、それからもう一人の男性は円たちのお目付け役だろうか。


「ちょっと失礼します」


 一言断りを入れてから瞳はメガネを外して目をこらす。
 円と同じく少し色素の薄い髪と目。整った顔立ち。
 そして。
 なるほど、『姉』という人物にも円と同じ守護がついている。それに彼女の身体を包む結界は、これは。
 考え込む瞳に、彼女は言った。


「はじめまして。私は西園寺律です。どうぞ、お座りください。少し、話せるかしら」
「……はい」


 瞳が頷くと、律と瞳は向かい合うようにソファに座った。
 円はなぜか瞳の隣に陣取り、お目付け役であろう男性は律の後ろに控えるように立ったまま。


「ここの窓から遊歩道が見えるの」


 切り出したのは律だった。
 そしてその一言で瞳はなんとなく察する。
 あの時周りを気にしてはいたけれど、まさかこんな建物の中から見られるとは思わなかった。これからはもっと気を付けなければ。


「だいたいのことは円から聞きました。あなたも聞いたと思うけれど……」
「『視える』けれど『祓えない』ということまでしか……」


 本当に雑な説明だ。
 けれど、それでここまで来てしまう自分にもあきれてしまう瞳である。


「そうなの。ここは4月から始めたのだけれど、人材が足りなくて……」


 見た目は10歳くらいの少女であるのに話す内容はしっかりとした女性である。そのギャップにめまいがしそうだ。


「それで、なんでオレなんです?」
「円が貴方なら安心だと言うからよ」


 けろりと答える律に、円との血の繋がりを見た気がした。
 ああ、これは断っても断りきれないやつだ。
 いっそ清々しいほどに諦めがついた瞳である。


「では、失礼を承知で少々立ち入ったことをお聞きしても?」
「どうぞ」


 この部屋での主導権は、この幼く見える女性にある。
 それを踏まえた上で、敢えての問いを口にする。


「貴女の……」
「律」


 名前で呼ばせようとする、この行為までもがまたしても円との血の繋がりを確信させる。


「……律さんが幼い頃に、お身内で亡くなられた方はいらっしゃいますか?」
「!」


 律だけではなく円の気配までもが一瞬こわばったのが分かる。
 お目付け役の男性が身じろぎしたのを、律が「美作みまさか」と呼んで制した。


(ミマサカさん、よし覚えた)


 ピンと張り詰めた空気の中、瞳はぼんやりと場違いなことを考える。


「……なぜ?」


 平静を装ってはいるものの、明らかに動揺する律を見て瞳は確信するのだ。


「おそらく、とても霊力の強い方だったのではないかと思うのですが。律さんと、円……の、守護についているのが。視えます」
「え……」
「律さんの姿が変わらなくなったのも、同じ頃なのでは?」


 言葉を選びながら、伝えたつもりだった。
 けれど、どう受け取るかは相手次第。瞳は少しだけ緊張しながら律の言葉を待つ。
 瞳には、とても長い時間に感じられた沈黙の後で、律が言う。


「美作、お茶を」
「かしこまりました」


 すっと一礼して美作がおそらく簡易キッチンであろう場所へと下がる。
 それを見送って、律が吐息した。


「……円が産まれてすぐ、母が亡くなったわ。私は10歳だった。父は母親が必要だろうと言いながら愛人を後妻に迎えたの。母に対する裏切りだわ。私は大人になんかなりたくないと心から思った」


 感情を殺しながら話すのが気配で分かる。
 瞳は言葉を挟まずに静かに聞いた。


「私も不思議だったけれど、成長しない私をあの人たちが嫌悪するのがわかった。円のこともただの道具としか思ってない。それが嫌だったから美作に頼んで一緒に家を出たの」


 律がそこまで言い終えたタイミングで、美作が紅茶を運んでくる。
 上品な仕草でカップに口を付ける律は、やはりお嬢様なのだなぁ、などと思った。


「率直に言います」


 今の律の話で確信した瞳は、今度はハッキリと告げる。


「律さんと円には、あなた方のお母上が守護についています。それから律さんの時封じときふうじですが……」
「えっ……」
「時封じ?」


 美作までもが驚いた顔をしていて、瞳はちょっと困ったように微笑んだ。


「時封じはオレが勝手にそう呼んでいるだけですが……端的に言えば、時の流れから身体を切り離す術です。律さんの身体を包む結界との間にうっすらとかけられているのが視えるので、完全に切り離されている訳では無いと思います」
「そんなことが出来るの?」
「たとえば……律さん、怪我が治りにくいとかありませんか?」
「そういえば……怪我自体をそんなにしない方だけど、紙で切ったキズの治りが遅いわ……」


 瞳に問われて思い出すように律が言うと、瞳はゆっくりと頷く。


「怪我が少ないのは結界のおかげです。治りが遅いのは律さんの時間が極めて遅く流れているからです。全く成長していない訳ではないはずです」
「そうだったの……」


 なにやら納得している律だが、これで瞳の方の謎も解けた。
 円の『姉』であるはずの律が少女の姿をしている理由、である。


「……奥様が、守護にというのは……」


 瞳に問うたのは美作だった。
 これには瞳も驚いたが、頷きをひとつ返して説明を始める。


「人は大なり小なり守護を受けています。美作さんも『術者』ならご存知ですね?」
「……承知しています」
「二人のお母上はとても強い霊力を持っていらっしゃった」
「はい」
「元からの守護に加えて、そのお母上が二人を守護していらっしゃる。言葉の通りです」
「…………」
「二人と、とても似ていらっしゃる。綺麗な方ですね」


 瞳がふわりと微笑むと、円と律を包む空気が少し揺れたような気がした。
 優しい人だったのだろう。
 少し羨ましい、と瞳は思った。
 その瞬間に、脳裏に響く玄武の『声』に。瞳は心の中で苦笑した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幸子ばあさんの異世界ご飯

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:135

可笑しなお菓子屋、灯屋(あかしや)

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:532pt お気に入り:1

獅子王は敗戦国の羊を寵愛する

BL / 連載中 24h.ポイント:1,671pt お気に入り:204

【R18】高飛車王女様はガチムチ聖騎士に娶られたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:804pt お気に入り:252

夏の終わりに、きみを見失って

BL / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:3

処理中です...