キャンセラー

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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01. 【side:R】①

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 『幼なじみ以上、恋人未満』。
 遥香とそんな関係になってから2年余りが経過した頃、俺たちは同じ大学へと進学して無事に2年生になっていた。
 桜の花も散り、今は葉桜となり始めた。
 生活は何も変わらない。変わったとすれば、時折触れる程度のキスを遥香が拒まなくなったくらいだ。
 通学するために、俺は早急に自動車免許を取得した。合宿とは名ばかりの通学しての合宿教習で本検定受験のための資格を得て、早々に免許センターに赴いたのは高校3年の冬の話だ。
 同じ大学とはいえ学部が違うため、いつでも一緒という訳にいかないところが悩みのタネなのだが、遥香の方は『これを機に諒也に頼りすぎないようにしないと』などと言っている。
 それが心配なのだと言っても自覚してくれないのは相変わらずだ。
 幸いというか、美行の弟である所の翔真しょうまが遥香と同じ学部に居て、先輩として何かと気にかけてくれているのでどうにかされることは無さそうなのが救いだった。
 美行の義弟である翔真は、その父親に似たのか武道にも長けている。体格も美行とは正反対で、長身で服の上からでもその体格の良さが滲み出る美丈夫だ。
 そんな『先輩』が可愛がる遥香に手を出そうとしたなら、翔真に何をされるか分からない、というのが遥香の周りでの見解らしい。
 もちろん、遥香にちょっかいを出そうものなら俺が黙ってはいないけれど。

 ところで、俺には今、現在進行形で悩んでいることがある。
 他でもない遥香のことだ。

 ここ数日、遥香はやたらと美行と話し込んでいることが多いのだ。
 言い忘れたが、美行は俺と同じ学部に在籍している。
 美行がこの大学を選んだ理由は、翔真がいることと、進みたかった学部があったからの2点らしい。
 そんなこともあり、俺たちは4人で昼食を食べたりする仲にはなっていた。
 だけど。それでも。
 美行が異母兄であることは知ってはいるが、やはり面白くない。なにしろ、俺と遥香はまだ付き合っていないのだから。遥香を俺に繋ぎ止める絆のようなものは、『幼なじみ』というそれだけだ。
 遥香の人見知りも美行に対してはだいぶやわらいでいて、笑顔を向ける程度にはなっているから狭量だとは思いつつも、余計にイライラする。

 そんな時に限って、めんどくさい案件というものは向こうからやってくる。

「あの、緒方くん」

 美行と2人、昼食の待ち合わせのために移動している所を呼び止められる。
 振り向けば、たしか同じ講義をとっているらしい女子がそこに居た。後ろの方には友達らしい数人の姿も見える。

「なにかな?」

 にこりと微笑めば、彼女が頬を赤らめて、一瞬だけ美行にチラリと視線を走らせる。

「少し話したいんだけど、時間もらえる?」

 ああ、これはアレだ。断ればあとで後ろに控えている子たちにつるし上げを食うやつだ。
 小さくため息をついて、俺は美行に視線を投げる。彼は小さく肩を竦めた。

「悪い。遥香たちには遅れるって言っておいてもらえるか?」
「はいはい」

 美行は頷いて、先に待ち合わせ場所に向けて歩き出す。
 高校までは、遥香と俺はお互いにお互いの存在が自然とこういうものを排除する役割を果たしていた。
 俺は心底遥香を大切に扱っていたし、遥香も俺に対しては警戒を緩めていた。それが『お互いが特別な存在』だと周りに匂わせていた。
 まあ、時折例外もあって、それは俺の不況を買っていた訳だけれど。そういえば、1度だけ命知らずにも遥香に手紙を渡そうとした女子がいた。俺の牽制に遭った上に本人に断られるというダメージを食らったはずだが、その後どうしただろうか?
 あの時は状況が状況で、俺も遥香に八つ当たりのように告白してしまったのだった、などと思い出す。

「それで、話って?」

 今はそれよりも目先の問題である。
 とりあえず、コレがどう出るか。ここから更に移動だなんてしたくないぞ、俺は。
 そう、思っていると。

「緒方くん、いま付き合ってる人いないよね?」
「ああ、今はいないけど」
「……好きです! 良かったら付き合ってください!」
「ごめん無理」

 そわそわして口ごもりながらも聞いてくる問いに答えたら、その後に言われる言葉には予想がついていたので、被せぎみに断った。

「……どうして? 付き合ってる人はいないんでしょ?」
「付き合ってないけど好きな人は居るから」

 泣けば大抵の男は落とせると思っているような女は特に苦手だ。

「でも、その人と付き合えるか分からないんでしょ? それなら私と付き合ってください」
「…………」

 俺は内心で大きなため息をついた。
 どうしてこうも聞き分けのないやつばかりが告白に来るのだろう。前の女もそうだった。付き合えば気持ちが自分に向くと信じて疑わない。
 多少見た目に自信があるようだからタチが悪いのだ。

「そういう不誠実なのは好きじゃないし、相手に失礼だ。……話はそれだけ?」

 グッと言葉に詰まった相手を見て、長居は無用とばかりに俺はその場を去る。
 朝、一緒に来て別れたばかりなのに、といつも思うけれど。早く、遥香に会いたかった。
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