私が魔王に堕ちるまで

ぼたにかる

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私は魔王城を自由に歩き回って良いらしい。
魔王アルスキールは私にその権限を与えていた。私の終の棲家だからだとか言って。
当然、私は魔王城なんかに永住する気なんてサラサラ無い。
だから私は当初、何としても魔王城から脱出しようとした。
まだ私はきちんと分かっていなかったのだ。
私の下腹部に刻まれた魔王の寵愛の証のチカラを。

「あ、あ、あ、いれていれていれて、ゃ、ちがぅ、いれないで……ぇ」
「移動可能距離縮まってるよ? ホラホラ嫌がらないで。もっと俺を受け入れないと俺から離れられないよ?」

ずず……ぅ、と挿入されてくるモノにうっとりとした吐息を零してしまう。ああ、抗いがたい。なんて、気持ちのいいモノだろう。
これこそを待っていた。
挿入れて欲しくて堪らなかった。
私を塗り潰すような、圧倒的な、多幸感。
すみずみまでが、満たされる。
どうして私はこの幸せから逃れようとしているのだろう?
これだけあれば、他には何にも要らないというのに。
……ちがう。ちがう。
きもちいいの、しあわせじゃない。
私は、魔王のなんて、いらない。ほしい……ちがう。いらない。いらないって、思わなきゃ。

ああ、私はいつまで、嫌だと思っていられるだろうか。
お尻が上がって、腰が揺れて、媚肉が媚びて吸い付いて。
でも、きっと。
私はまだ、嫌がれてるはず。
口は欲しいと言うけれど、こんなの、わたしの本心じゃ無い……。
舌と舌が絡み合うの、わたしの所為じゃ、ないんだから。



「ああ、そうだ。君付きのメイドを用意したんだよ。遠慮は要らないよ。ここが俺達の終の棲家予定だからね。大抵のモノは用意できると思うから、何でも言いつけたら良いよ」

魔王アルスキールはいかにも褒めて褒めてと言う期待いっぱいの目で私を見つめてきた。いや、永住とかしないから。
できるだけ早く呪いを解いてとっととこんな場所からおさらばするんだから。寵愛の証だとかいう呪いの淫紋の解除方法なんて無いとか魔王は言っていたけど、無いなら無理矢理作れば良いだけ。前例無しとか知らないわよ。私だもの、きっと解呪出来るはず。だって私は神に選ばれし聖女なんだから。

「ねーそろそろ名前教えてよ」
「ぜったいにお断りよ!」
「俺、君の名前呼びながら愛したいんだ。もう俺ので10回はイったんだから心のほうも仲良くしようよ」
「ぅううううるさい。あんなの不可抗力よノーカンよ」
「ええ? 気持ちいいもっとたくさんって言ってくれたじゃん」
「い、言ってないですっ! とにかく、魔王なんかに教えるものですか」

私の力強い断言と同時にノックの音が聞こえる。
魔王アルスキールが入室の許可を出して、面を下げたメイドがしずしずと入室し、深々と一礼した後、顔を上げ、そして。

「ラセちゃん……!?」

私の名前はあっさりとバレた。

「ラセ……?」
「あっ失礼しました魔王様」
「お前、俺の奥さんと知り合いなの?」
「はいっ。ラセちゃんとは幼馴染で、一番の親友なんです。あっ、申し訳ありません。奥方様を馴れ馴れしく呼んでしまって」
「そうなんだ。良いよ良いよ。友達として仕えてあげて。その方が安心して俺に馴染んでくれるだろうし」
「有り難うございます。優しい旦那様で良かったねラセちゃん」
「……なにを、言ってるの? どうしたのよカンネ」

にこ、と微笑んで首を傾げているのは確かに私の幼馴染、カンネだった。懐かしいあの村で一緒に育ったんだ、見間違えるわけが無い。
私の一番大好きな親友だ。

「どうって、どうもしないよ? ラセちゃんこそどうしたの? 顔色悪いよ?」
「どうも、しないわけ、ないでしょ? だってここ、魔王城だよ? どうしてこんな所にいるの」

私達の生まれ育った村から魔王城までたどり着くには長い長い旅を必要とする。険しい山だって越えなきゃいけないし、当然道中、魔物だって魔族だって出現するのだ。体力的には一般人のカンネにそんな長旅は不可能な筈。世の中には転移魔法って便利なものもあるけれど、使える人間は一握りだけ。あとは高位魔族も使えるけれど……。
とにかく、カンネはここ魔王城に居るはずのない人物なのだ。

私の疑問にカンネは相変わらずのほわほわとした笑顔で答える。

「ああ、ラセちゃんが魔王様封印の旅に勇者達と旅立った後ね。適齢期を迎えられた魔族の方々が花嫁探しに私達の村に来て下さったの。私達ちょっと理解が足りなくて不遜にも抵抗してしまったんだけれど、優しく寛容な魔族の方々はそんな愚かな私達を許して魔王城に連れ帰って下さったの。私も幸運なことに、触手将軍グチュラ様に見初めて頂いて、魔種受容体に作り替えて頂けたんだよ。産卵って最っ高だよ……ぉ。ラセちゃんも早く卵産める身体になると良いね」
「こらメイド。不貞を唆すのは頂けないな」
「申し訳ありません。あの、魔王様は卵で繁殖されないのですか?」
「俺は卵生じゃないなあ」
「そうだったのですか。私てっきり魔族の方々って卵生かと思ってました。勉強不足でした。申し訳ありません」

仲間になりたて新婚さんなら仕方ない気にするな、と言う魔王の言葉をさえぎって、衝動のままに私は叫ぶ。

「どうしたのよどうしたのよカンネ! おかしいよだってカンネ、神に身を捧げたんでしょ? シスターになったんでしょ?? 男の人が、嫌いだから!」

カンネは私の剣幕に、丸い目をぱちくりとさせ、それからふんわり優しく微笑んだ。私は反射的に安堵してしまう。だって本当にそれは私の大好きな親友の笑顔だったから。子供の時からずっとずっと、どんな不安だって、解かしてくれた笑顔だったから。
聞き慣れた、変わりの無い穏やかな声が言葉を紡ぐ。

「落ち着いてラセちゃん。何にもおかしい事は無いんだよ。男の人が嫌いだったのは、私が無知で未熟で子供だったから。愛されるってことがこんなにも幸せな事って知らなくて、食わず嫌いで嫌っていただけ。神に仕えることよりも大切なことを、グチュラ様は私に何度も何度も丁寧に深く教え込んで下さったの。神に祈るよりもグチュラ様を愛することこそ私の幸せで、愛おしい御方の卵を孕み、増殖させる事こそ私が生涯全霊を捧げて為すべき事だって、心の底から理解出来たの。だからシスターを辞してグチュラ様の妻となるのは、何にもおかしい事じゃないよね?」

おかしいに決まっている。
何もかもが、異常なことに決まってる。
なのにカンネは全くいつも通りのカンネにしか見えない。
村で本当に些細な、他愛の無いことで笑い合っている時の、カンネそのものにしか見えないのだ。別人では無い。何かに乗りうつられている気配も無い。魔術的な、洗脳の痕跡だって一切無い。その精神が歪められている様子も無い。ただ、経験により考え方が変わっただけといった様子なのだ。こんなにおかしな事を言っているのに。
ここに居るのは紛うこと無く、幻術でも無く、ただのいつもの親友で。
穏やかで、おっとりとした微笑みで、変わらぬ親しみを込めて私を優しく見つめてくるだけ。

「グチュラは良い伴侶を得たんだな」
「恐縮です」
「けど、良いのか? ラセのメイドをやってもらって。繁殖に産卵にと忙しいだろう」
「……事前に願出た通り、夜にたっぷりとお休みを頂ければ、十分に孕んで産めますので問題ありません。お気遣い有り難うございます魔王様」
「カンネの内助の功のお陰で、触手将軍は世界各地に遍在できる訳だから魔王的にも大助かりだよ。その上、俺の奥さんの親友だなんてやっぱ俺って運が良い! これからよろしく頼むよ、カンネ夫人」
「はいっ。これからは触手挿入系メイドとして、精一杯お仕えさせて頂きますねっ」

朗らかに和やかに、二人の話はまとまったらしい。
さらりと恐ろしい系統を言ってくれた親友ホント信じられない。
そっか~俺達も負けてられないな~とか言って挿入してきた魔王はホントぶん殴りたい。もうホント、考えることいっぱいあるのに、気持ちいいことしか考えられないのホントぶん殴りたい。
頬を染めてしずしずと退出する親友にもっと色々言いたいことがあるのに、あんあんもっとと叫んじゃうこの口ホント縫い付けたい。
取り敢えずカンネはメイド服から粘液たらさないで頂きたい。触手将軍とやらはメイド服の端からにゅるんと触手を出さないで欲しい。
もー勘弁して欲しい。
私は親友の変貌に恐怖を覚えたはずなのに。
すっぽりと抱き締められて、熱くて大きな手で大切そうに撫で回されて、身体中口付けられて。舐め回されて。蕩かされて。
いつも通り故の恐怖感とかおぞましさとか、全部全部、覆い被さる魔王サマの愛おしげな黄金の目に蕩かされるの腹立たしい。
くっそ腹立つ顔が良い。心底惚れたって顔するな。魔王のくせに何かやけに怖くなくて親しみやすいの、結構むかつくんだから。
何もかもの原因で、ぜ~んぶ悪い、レイパー魔王の癖に。
こいつがもし極悪魔道の魔王サマなら、私だってもうちょっとさ。
とりま、背中をひっかいておく。

「……うれしい。ラセ、もっと刻んで」

ふにゃって幸せそうに笑う魔王……、アルスキール。
私が何をしても嬉しがるの、ホント無敵か。
ラセ、ラセ、ラセ。かわいい。すき。ラセ。ラセ。
蜂蜜のような声がねっとりとろとろ、私の心に注がれ続けた。
ホントほんと、やめてほしい。




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