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魔王様が触手を生やすか考える話
しおりを挟む人間が、私を助けに来たのだ。
こんな遠くの魔王城まで。きっと多くの危険を乗り越えて。
私に利用価値を見い出したのかも知れない。聖女だから。
たぶん、子を孕めって用件だろうな。
私の身体はもう魔王の子しか孕めないけど。
相手はひどく親しげだった。きっと何か勘違いしてると思うのだけれど、まるで私の恋人であるかの様な振る舞いだった。
でも正直に言って、顔も名前も思い出せない。
淡い恋でも抱いてたかしら? 甘酸っぱい両片思いだったとか。
分からない。その感覚が、もう遠い。
私は骨の髄までアルスキールに愛されている、魔王の伴侶。
それ以外の何者にもなれない生き物にしてもらえた。
その人間が、私を見て熱心に何か言っていた事は覚えている。
でも私の身体は一かけ残らずアルスキールだけのもので、当然ながら脳の記憶領域だってそう。よって、彼の言葉を記憶する意義を見出せなかった私はもう、彼の言葉を覚えていない。
私が覚えているその時の記憶は、アルスキールの不安そうに揺れる瞳。あんなに頼りなげに見えたのは、初めてだ。
アルスキールが哀しげで辛そうだと、私の思考は夫の心配でいっぱいになる。
人間のことなんて構っていられない。
あれ? どうやってご退場いただいたっけ?
まあ、いいや。
人間がどこかへいなくなった後。
アルスキールは私をぎゅむううっと抱き枕にし続けていた。
たぶん、2・3時間くらい。
アルスキールの腕の中は、居心地の良い私だけの場所。
別に何時間か閉じ込められているのくらいは良いけれど、思い詰めた様子の夫が気に掛かる。
と、久方ぶりにアルスキールが口を開いた。
「ねえラセ、俺も触手生やした方が良い?」
「何でよ。というか生やせるの?」
率直に言って、私の心配帰して欲しい。
けどアルスキールはもんの凄く真剣な顔だ。
「生やせるよ。だって俺、魔王だよ? そんな事よりラセ、俺触手なくても大丈夫? ラセは触手生やして出直してこいって思わない?」
「思うわけないでしょ。触手なんて要らないわよ。アルスキールに触手なんて生えてないんだから」
「無いよりあった方が良いのかなあって思ってさ。魔王に今なら触手も付いてます! みたいな方がオトク感があるような……!」
何を馬鹿な事いってるんだか、と思ったけれど。
「触手があってお得とか思うのカンネくらいよ。……はっ! まさか、いや、止めてよ? 確かにカンネは可愛らしくて良い子だけど! わ、わ、わたし、わわわ悪いけれど、カンネにだってアルスの事、わわわ渡さないわよ器とかおおきくないだから。正妻の余裕とか私にあるわけ無いでしょ?? 私、とってもこころ狭いんだから! ……確かにカンネは可愛くてスタイル良いけどさ。なによぅ。胸? 胸なの?? 私だって、もっとアルスが揉んでくれたらカンネくらいに大きくなるわよきっとぉ!」
「揉むよ! 俺、ラセの胸揉みまくっておっきく育てるよ! 今でも十分だと思うけど! でも何でいきなりカンネに妬いてるのさ?」
「だってアルスキールが突然触手生やすとか言い出すから。触手生やすだなんてカンネの好感度しか上がらなそうな事じゃない?」
「ラセの好感度は上がりませんかあ」
「上がりませんねえ」
「んじゃ良いや」
「最初っからそう言ってるでしょ。ホントどしたの急に」
アルスキールは私を抱き締めたまま、神妙な顔をした。
「俺は思いました。今のラセは身も心も完全に俺のモノで俺の奥さんだけれど。永劫の呪縛のように、俺にベタ惚れ状態を、徹底的に、完膚なきまでに、一切揺らぐ事無く固定化って、出来ないんだなって。洗脳したら可能だろうけど。でも洗脳したら、俺が一番大好きで大切にしたいラセの感情そのものが無くなってしまう。ラセの心は自由でいて欲しい。でもラセの心が自由だったら、ずっとずっと俺が死ぬまで、ラセが死んでも、生まれ変わっても永久に、俺に囚われ続けてくれるとは限らない。だからせめて、頑張ろうとって。ラセが一生俺にベタ惚れでいてくれるように頑張ろうって、思ったんだ」
「アルスへの愛で胸が張り裂けそうです止めて下さい。気が触れます。私も死ぬ気でアルスが好きでいてくれるように頑張らないとって思いました。具体的には胸ですか?? ばいんばいんです??」
「胸は良いよそのままで。という訳で、俺は触手を生やした方が良いですか?」
「生やさなくて良いわよそのままで。……大丈夫よ、アルスキール。私は一つも揺らいでいないわ。身も心もあなたに囚われてるって身に染みて理解出来て、とっても幸せ」
「本当に? 俺の傍にいてくれる? だって俺は無理矢理だった。さいてい、だった。ラセがもし俺に愛想尽かしたらきっと、俺は気が触れる。ラセがいない日々なんて、もう分からないんだ。心が死んでしまうよ。俺は壊れて、魔王っていうチカラをまき散らすだけの機構になってしまうと思う。俺は、きっと、とてもこわかったんだ。ラセが、あいつの手を取ったらって思うと」
黄金色の瞳が恐怖に引きつっている。きっと私の喪失を恐れて。
私は悪い聖女だから。ちょっぴりそれを嬉しく思う。
もっともっと、私に執着してれば良い。
だって私は、身も心も、取り返しが付かない。
あなたの為に、人間という種族さえも捨て去って、あなたに愛されるための生き物になった。貴方がわたしに狂うのは、はしたなくもじゅわりと子宮が疼くくらいに、とてもとても嬉しい事だけど。
愛しているから、哀しい顔は、笑顔にしたいの。
だってやっぱり私、アルスキールの笑顔が一番大好きだから。
「私の手は、あなたに捕まってるし、あなたを捕まえてる。私達の手は、繋がり合ったまま他の誰にも伸ばせないじゃない。私は私の大好きな、とても素敵で魅力的な魔王サマを捕まえるのに精一杯。よそ見なんてしている暇無い。そうでしょ?」
「……うん。ラセは、ずっと、ずっと、俺だけ見てて捕まえていて」
「キスしてくれたらそうしてあげる、んんっ」
「っふ、約束だよ?」
私達はもう、キスしちゃったから、捕まえ合うしか生きていけない。
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