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第6章 時の揺り籠
6-4 カノコの疑問と、筋肉の存在意義
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数日後。
この日、司は地面に大の字で寝っ転がっていた。息が上がり、身体や服には所々に土が付着していて、土木作業でもしていたかのような様相だ。
「よし、今日はここまで。休んで良し」
司に声をかけたのは宗司。今日は週に1回の地獄の特訓デーなのであった。どうせやるなら、立てなくなるまでがっつりとやるのが宗司流なのだ。
「司さん、おつかれさまでした。どうぞ」
「あ、ありがとう」
「妹よ……兄の分はないのか?」
終わったのを見計らって、舞がスポーツドリンクとタオルを持ってやってきた。勿論、2リットルサイズ。汗だくで干からびている司にとってはありがたい大きさだ。
「おつかれさまでーす」
「いやはや、司たちはバカなのかい? そんなに自分の身体を苛めてどうするのさ。そんなにしても向上するのは微々たるものだろう?」
舞と一緒に離れて見学していたリリとカノコも司の元に合流する。
カノコにしてみれば、徹底的に身体を鍛える司たちの行動が理解できない。生まれながらに、特定の役割だけを担って生まれた特化型の彼女にしてみれば、自分の不得意なことは他人に任せればいいと思っている。それなのに同じことを延々と繰り返して特定の技術を向上させようとする宗司たちの理念がわからないのである。
「君が、カノコ君か。妹の舞から少し聞いているよ。私たちがなぜ身体を鍛えるのかが、不思議そうだね?」
「どうも。ええ、私から見れば、生物は生まれながらにして、それぞれの成すべき役割は明確に違う。司が、どれだけ自分の身体を苛め抜いて鍛えたところで、あなたには絶対に及ばないでしょう。生物に与えられる才能は等しくはない。ならば、自分の役割を伸ばすことに集中したほうが効率的、とは思いませんか?」
確かに、人が天才と呼ぶ領域に到達するのは一握りだろう。天才と全く同じことをしたからといって同じ能力が備わるかといったら、それは否。努力次第では限りなく近しい領域には届くかもしれないが、届かずに終わる人のほうが圧倒的に多い。人間の能力は千差万別で、それぞれに違った個性と可能性を持つ半面で、不可能なことも同時に存在するという矛盾を抱えている。
「では、私からは1つだけ。司は、私のような強さが欲しくて鍛えているわけではないよ。ただ、それでも司が己の大切なものを守れるだけの力を、最低限の力を必要としたから鍛えているだけだ。使うか使わないかは司次第。そもそも司と私ではタイプが違うからな」
宗司の意見を聞いても納得のいかない顔をしているカノコに対して、
「無駄なことに拘る我々が不思議かな? 自分の力で守りたい。そんなことはエゴだと。しかし! そんな建前のことは、実はどうでもいいのだ! 我々が真に欲しているもの! それは!」
なんか方向性が怪しくなってきた。いつの間にか、宗司の道着が肌蹴て肉鎧のような上半身がむき出しになっている。丁寧にポージングまで始めた。これはモストマスキュラーか。
「あえて言わせてもらおう! それは筋肉! そう、美しい筋肉を手に入れるために! 我々は日夜、研鑽を積んでいるのだ! その崇高な目的の前では、カノコ君の疑問など笑止! 力こそが全てであり、正義である! 美しい筋肉こそが至高なのだ!」
バーーン!! と効果音が付きそうなテンションで持論を宣う宗司。
「男たるもの美しい筋n……」
「恥ずかしいから、いい加減、黙りなさい!」
スパーン!! と効果音付きで頭を叩かれ、地面に倒れる宗司。このやり取りをするのも久しぶりである。倒された宗司の身体を心配してか、リリが前脚でツンツンと突くがピクピクとするだけであった。
「……なるほど、一理ある」
カノコはカノコで、なぜか納得していた。
「いやいや、何で納得しているんですか。このバカ兄の言う事は出鱈目ですよ? 司さんがそんなところを目指しているわけないじゃないですか。ないですよね?」
自分で言ってて怖くなったのか、司に確認する舞。
「まぁ、宗司さんレベルまで行くつもりはないけど、男なら大なり小なり筋肉に憧れるのはあるんじゃないか?」
「確かに。筋肉を男性の象徴と考えるならば、宗司が言う事も理解できる。日々、肉体は代謝しながら入れ替わっているわけだから、己の理想とする肉体を維持するためには日常的に負荷をかけていくのが望ましい。それに……」
「いや……たぶん、そこまで考えてないと思うぞ」
急に自分の思考に埋没していったカノコ。この手の人間は、一度こうなると放っておくのがベストだということがわかっている。優という身近な例があるので、舞たちは慣れたものである。
「司さんはこの後どうしますか? 折角ですから、お母様が夕食を食べていきませんか? と張り切って作っているのですけど……大丈夫です? もちろん、リリの分もありますよ」
「お、悪いな。ご馳走になっていこうかな。兎神たちには連絡しておくよ。夕食を頂くから少し遅くなるって」
「舞さんのお家でご飯です!?」
「そうですか! では、そう伝えてきますね!」
司に見えないように小さくガッツポーズをしてから、まるで周囲から音符が飛びそうなくらい上機嫌で走っていく舞の後ろ姿を眺めながら、地面の宗司と呟くカノコをどうしようかと考える司だった。
この日、司は地面に大の字で寝っ転がっていた。息が上がり、身体や服には所々に土が付着していて、土木作業でもしていたかのような様相だ。
「よし、今日はここまで。休んで良し」
司に声をかけたのは宗司。今日は週に1回の地獄の特訓デーなのであった。どうせやるなら、立てなくなるまでがっつりとやるのが宗司流なのだ。
「司さん、おつかれさまでした。どうぞ」
「あ、ありがとう」
「妹よ……兄の分はないのか?」
終わったのを見計らって、舞がスポーツドリンクとタオルを持ってやってきた。勿論、2リットルサイズ。汗だくで干からびている司にとってはありがたい大きさだ。
「おつかれさまでーす」
「いやはや、司たちはバカなのかい? そんなに自分の身体を苛めてどうするのさ。そんなにしても向上するのは微々たるものだろう?」
舞と一緒に離れて見学していたリリとカノコも司の元に合流する。
カノコにしてみれば、徹底的に身体を鍛える司たちの行動が理解できない。生まれながらに、特定の役割だけを担って生まれた特化型の彼女にしてみれば、自分の不得意なことは他人に任せればいいと思っている。それなのに同じことを延々と繰り返して特定の技術を向上させようとする宗司たちの理念がわからないのである。
「君が、カノコ君か。妹の舞から少し聞いているよ。私たちがなぜ身体を鍛えるのかが、不思議そうだね?」
「どうも。ええ、私から見れば、生物は生まれながらにして、それぞれの成すべき役割は明確に違う。司が、どれだけ自分の身体を苛め抜いて鍛えたところで、あなたには絶対に及ばないでしょう。生物に与えられる才能は等しくはない。ならば、自分の役割を伸ばすことに集中したほうが効率的、とは思いませんか?」
確かに、人が天才と呼ぶ領域に到達するのは一握りだろう。天才と全く同じことをしたからといって同じ能力が備わるかといったら、それは否。努力次第では限りなく近しい領域には届くかもしれないが、届かずに終わる人のほうが圧倒的に多い。人間の能力は千差万別で、それぞれに違った個性と可能性を持つ半面で、不可能なことも同時に存在するという矛盾を抱えている。
「では、私からは1つだけ。司は、私のような強さが欲しくて鍛えているわけではないよ。ただ、それでも司が己の大切なものを守れるだけの力を、最低限の力を必要としたから鍛えているだけだ。使うか使わないかは司次第。そもそも司と私ではタイプが違うからな」
宗司の意見を聞いても納得のいかない顔をしているカノコに対して、
「無駄なことに拘る我々が不思議かな? 自分の力で守りたい。そんなことはエゴだと。しかし! そんな建前のことは、実はどうでもいいのだ! 我々が真に欲しているもの! それは!」
なんか方向性が怪しくなってきた。いつの間にか、宗司の道着が肌蹴て肉鎧のような上半身がむき出しになっている。丁寧にポージングまで始めた。これはモストマスキュラーか。
「あえて言わせてもらおう! それは筋肉! そう、美しい筋肉を手に入れるために! 我々は日夜、研鑽を積んでいるのだ! その崇高な目的の前では、カノコ君の疑問など笑止! 力こそが全てであり、正義である! 美しい筋肉こそが至高なのだ!」
バーーン!! と効果音が付きそうなテンションで持論を宣う宗司。
「男たるもの美しい筋n……」
「恥ずかしいから、いい加減、黙りなさい!」
スパーン!! と効果音付きで頭を叩かれ、地面に倒れる宗司。このやり取りをするのも久しぶりである。倒された宗司の身体を心配してか、リリが前脚でツンツンと突くがピクピクとするだけであった。
「……なるほど、一理ある」
カノコはカノコで、なぜか納得していた。
「いやいや、何で納得しているんですか。このバカ兄の言う事は出鱈目ですよ? 司さんがそんなところを目指しているわけないじゃないですか。ないですよね?」
自分で言ってて怖くなったのか、司に確認する舞。
「まぁ、宗司さんレベルまで行くつもりはないけど、男なら大なり小なり筋肉に憧れるのはあるんじゃないか?」
「確かに。筋肉を男性の象徴と考えるならば、宗司が言う事も理解できる。日々、肉体は代謝しながら入れ替わっているわけだから、己の理想とする肉体を維持するためには日常的に負荷をかけていくのが望ましい。それに……」
「いや……たぶん、そこまで考えてないと思うぞ」
急に自分の思考に埋没していったカノコ。この手の人間は、一度こうなると放っておくのがベストだということがわかっている。優という身近な例があるので、舞たちは慣れたものである。
「司さんはこの後どうしますか? 折角ですから、お母様が夕食を食べていきませんか? と張り切って作っているのですけど……大丈夫です? もちろん、リリの分もありますよ」
「お、悪いな。ご馳走になっていこうかな。兎神たちには連絡しておくよ。夕食を頂くから少し遅くなるって」
「舞さんのお家でご飯です!?」
「そうですか! では、そう伝えてきますね!」
司に見えないように小さくガッツポーズをしてから、まるで周囲から音符が飛びそうなくらい上機嫌で走っていく舞の後ろ姿を眺めながら、地面の宗司と呟くカノコをどうしようかと考える司だった。
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