華燭の城

文字の大きさ
116 / 199

- 115

しおりを挟む
 七人が城に戻って来たのは陽も落ちかけた頃だった。
 
 城門をくぐる時、レヴォルトが一瞬立ち止まり、シュリの方を振り返る。

「どうした? 私を心配してくれているのか?
 ……お前は優しい子だな……」
 話しかけ、そっと首を撫でた。

 温かだった太陽は、巨大な城の背後で急速に温度を失って行き、冷たい風が吹き抜ける。

「お前にも判るのだな……この華燭かしょくの城の影に潜む狂気が……。
 でももう、私はここに帰るしかないんだ……。行こう……」
 
 その声に、レヴォルトは再び前を向き歩き始める。

 

 城の広場では徐々に暗くなって行く空を見つめながら、馬番が皆の帰りをソワソワと待っていた。
 護衛として同行したはずの側近の内の一人が、すぐに引き返して来たかと思うと、慌てて城に走り込んで行ったのを見ていたからだ。

「どうしたんだ……いったい……」
「あの慌てようは……。
 まさか、シュリ様達に何かあったのか?」

 まだ調教も行き届いていない馬で、皇子一行に何かあったのかもしれない……。
 そう口々に話しはしたが、誰も真相を知る者もなく、ただウロウロと心配するしかできなかった馬番達は、無事に戻った七人を見てホッと胸をなでおろした。

「シュリ様! お帰りなさいませ!
 あ、あの……何も不都合はございませんでしたか?」
 
 馬から降りるシュリを介助しながら、馬番は恐る恐るに尋ねた。

「大丈夫だ、レヴォルトはとても良い子だった」

 そうシュリが言うのを証明するように、レヴォルトは、シュリに首を撫でられながらピタリと横に寄り沿い、大人しく主人に付き従っている。
 その姿は堂々と誇らし気にさえ見える。
 そんな従順な姿は、長い間調教してきた馬番でさえも、未だ見た事がない光景だった。

「ほんとに……あの頑固な馬が、これほど静かに……。
 いったいこれは……」
「後の世話、お願いしていいかな」

 驚く馬番にシュリが話しかけた。

「そ、それはもう! それが私たちの仕事ですので!
 シュリ様に気に入って頂けたのでしたら、何よりの喜び。最高の名誉でございます! お任せください!」

 四人がそれぞれに馬を引き渡し、城内へ向かおうと足を向けると、それを待っていたかのようにオーバストが足早に近づいた。

 シュリとナギに一礼し、
「ナギ殿下、近衛殿、お疲れ様でした。
 お部屋に入浴とお食事を準備しております。
 今日はお疲れの事と思いますので、どうかごゆっくりとお休みください」
 そう言って静かに頭を下げた。

「ああ、そうさせてもらう。ありがとう」
 オーバストにそう返事をすると、ナギはシュリに向き直った。

「シュリ、今日は本当にありがとうな。お前のおかげで命拾いをした。
 今日はゆっくり休んでくれ。
 ラウもだ、本当に素晴らしい景色を見せてもらった。感謝する」

「喜んで頂けたなら光栄です。
 ……おやすみなさい」

 そう応え、頭を下げたシュリにもう一度微笑んで、ナギとヴィルは貴賓室のある棟の扉へと消えて行く。


 その後ろ姿を見届けた後、オーバストが振り返った。

「シュリ様は陛下がお呼びです」
 一言、それだけを告げ立ち去ろうとする。

「待て……! 今すぐに……ですか?」
 その背中をラウが慌てて呼び止めた。

「そう聞いているが?」

 オーバストはいぶかし気に振り向き、鋭い目つきでラウを見返した。

「今、外から戻ったばかりです。
 ……シャワーと着替えの時間はいただきたい。
 その方が……陛下にもよろしいのでは……?」

 ラウの言葉の裏に隠された意味に気が付いたのだろう。
 オーバスト自身は無意識の反射なのだろうが、ほんの一瞬、ピクリと顔を顰めた。

 そして、その瞳に嫌忌けんきの光を映したまま、
「わかった、そうお伝えしておく」
 それだけ言うときびすを返した。


「シュリ……歩けますか?」
 
 ラウがそっと囁く。
 広場にはまだ大勢の人が居るからだ。

「ああ……なんとか……。
 部屋に戻ろう……」

 薬で痛みは抑えてはいるが、それも切れかける時間だ。
 開いた傷口もそのままにはして置けない。
 ガルシアが、すぐにと呼んでいるなら、尚更時間の余裕はなかった。

 
 報告に走り戻った側近が、ガルシアに何と告げたのかは知らない。
 だが、その心中が穏やかでない事だけは確かだ。

 体中を襲う鈍い痛みに耐え顔を上げたシュリの目の前で、巨大な城の背に、美しかった夕陽がゆっくりと堕ちていこうとしていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

少年達は吊るされた姿で甘く残酷に躾けられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...