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 朝から始まった作業だったが、時計の針はもう深夜になろうとしていた。
 トレイの中の針も数え切れなくなっている。

 ハァ……ハァ……
 ハァ……ハァ……

 静かな医務室には匠の浅く荒い呼吸音と苦し気に呻く声、扱う器具の金属音だけが聞こえていた。
 匠が握り続けた浅葱の手首も、すでに紫の痣になっている。

「……ァァッ……ンッ……ンッ……!!」
 声を殺し噛み締める匠の唇も切れ、血が滲んでいた。

 そんな中、深月も忙しく動いていた。
 器具を洗浄し、補充し直し、オヤジの額の汗を拭い、水を差し入れた。
 目の前に戦う匠がいた。
 自分だけ怖いなどと、もう逃げてはいられなかった。

 浅葱が、深月の差し出す水で指を濡らし、匠の乾いた唇をそっと湿らせてやると、匠は安心したように、薄っすらと目を開け微笑んだ。
 そしてまた痛みとの戦いを始める。



 長い夜が明け始めた頃だった。
 オヤジが「これで最後だ……」と呟いた。

 深月が顔を上げる。
「終わり……ですか……?」
「ああ……これで全部だ……」
 最後の針を抜き終え、器具を置き、手袋を脱いだオヤジは大きな息を吐いた。

「匠……わかるか……? 終ったぞ……」
 オヤジの声に匠は小さく頷き、
「……ありがとう……ござい……ました……」
 そう呟いた。

 深月もやっと肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべる。
 だが、浅葱はじっと匠を見つめたまま動かなかった。
 匠がまだ、浅葱の手を放そうとしなかったからだ。

 針が抜かれ、オヤジの作業が終っても、匠の痛みはすぐには治まらない。
 うねる余韻のように激痛が襲い続ける。
 声を殺す匠の痛みは、手を握られている浅葱だけがわかっていた。


 オヤジも疲れ切っていた。
 椅子の背もたれに大きな体を預け、目頭を押さえて天井を仰いでいる。

「俺はもうしばらく匠についている。深月、悪いがオヤジをリビングへ」
「わかりました。おやっさん、お疲れ様でした。
 ……さ、少し休んでください。向こうへ行きましょう」
「ああ……俺も、もう年かもしれねぇな……」
 そう苦笑いながら、オヤジは深月に支えられて席を立った。


「匠、よく頑張ったな……」 
 浅葱が声を掛けるが、匠はわずかに頷くだけだった。

「……ンッ……ァッッ……っ……」
 焼け付く背中の痛みと匠はまだ戦っていた。
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