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匠がシャワールームへ入ってから、すでにかなりの時間が経とうとしていた。
浅葱は脱衣室の扉を正面に見る廊下で、壁に体を預けるようにもたれ掛かり、じっと腕を組み目を閉じていた。
中からは水の流れる音だけが聞こえ続けている。
「……匠……」
ふと胸騒ぎを覚え目を開けると、扉の向こうへ声を掛けた。
だが返事はない。
脱衣室の扉を開けると摺りガラスのシャワールームがある。
その複雑に光を屈折させる摺りガラスの中に、万華鏡のような匠が座っている姿が見えた。
「匠……?
どうした? 大丈夫か?」
もう一度、外から声を掛けたが、中の人影は微動だにせず、返事も返って来ない。
「……匠? 開けるぞ……!」
そこには、ザーザーと勢いよく流れ出るシャワーの水幕の中で、床に座り込み、ただ茫然と頭から水を浴び続ける匠の姿があった。
浅葱が入っても、顔を上げようともしない。
「匠っ!!」
思わず走り込み、シャワーを止めようと手を伸ばした。
「……止めないで!」
匠の声がシャワールームに響いた。
「……まだ……」
それだけ言うと、また人形のように正体無く黙り込む。
「ダメだ! もう終りにしろ!」
浅葱は匠の声を無視し、シャワーを止めると匠の両肩に手を掛ける。
その肩は冷たくなり、水幕の消えた顔は青ざめていた。
急いで脱衣室からバスタオルを数枚掴むと、匠の冷たい体を包み込んだ。
それでも匠は身動き一つしない。
ただ一点を見つめ、茫然と座り込んでいるだけだ。
「しっかりしろ……! 匠……!」
その声に髪からポタポタと雫を落としながら、やっと匠が顔を上げた。
しかし、その瞳は浅葱の姿を通り越し、正面にある鏡の中を見つめ続けている。
「……もういいだろ! 部屋へ戻るんだ」
そう言うと浅葱は、バスタオルに包んだまま匠を支えた。
だが匠の膝はガクンと震え、立つ事さえできず浅葱の袖を握る。
冷え切ったその体には、まるで力が無かった。
浅葱はそんな匠を軽々と抱き上げると、匠の自室へと連れて戻った。
匠をそっとベッドの端に座らせ、頭にタオルを被せた。
濡れた髪を拭き、体を拭く。
その間、匠はベッドの端を握って体を支え、目を閉じたまま動かなかった。
「傷は痛んでないか……?
寒くはないか……?」
そう聞く浅葱に、匠はただ黙って頷いた。
手の甲で匠の頬に触れると、寒くないと言いながら、いつもは熱を帯びている匠の頬も体も、今は氷のように冷たい。
「こんなになるまで……」
浅葱は匠の隣に座り、体を温めるように肩を抱き寄せた。
しばらくして、ずっと黙っていた匠が下を向いたままポツリと口を開いた。
「浅葱さん……俺……」
「どうした……?」
「俺の……体の中に……あの男がいる……」
「……!」
その声に匠の肩を抱く浅葱の腕に力が入る。
「わかるんです……。
一度……いえ……何度も何度も……あの男達を受け入れたこの体だから……わかるんです……。
俺の体の中に……まだあの男がいる……。
それが……どんなに流しても消えない……。
……消えてくれない……忘れさせてくれない…………」
ベッドの端に座り、シーツを握り締めた匠の足元に、ポツリと雫が落ちた。
浅葱も黙ったまま目を閉じていた。
そして肩に置いた手にグッと力が入ると、不意に口を開いた。
「匠……覚えてるか? あの約束を……」
「約……束……?」
いきなりの浅葱の言葉に匠が聞き返す。
「そうだ。あの時……。
必ず忘れさせてやると、そう言った約束……」
それはあのうるさい場所へ行く途中、車の中で浅葱が言った言葉だった。
“今日は二つ約束をした”
匠も、そう言われた事を思い出す。
「……はい……」
匠が小さく頷く。
「……お前を……抱く……」
浅葱の言葉に驚いたように匠が顔を上げた。
浅葱は脱衣室の扉を正面に見る廊下で、壁に体を預けるようにもたれ掛かり、じっと腕を組み目を閉じていた。
中からは水の流れる音だけが聞こえ続けている。
「……匠……」
ふと胸騒ぎを覚え目を開けると、扉の向こうへ声を掛けた。
だが返事はない。
脱衣室の扉を開けると摺りガラスのシャワールームがある。
その複雑に光を屈折させる摺りガラスの中に、万華鏡のような匠が座っている姿が見えた。
「匠……?
どうした? 大丈夫か?」
もう一度、外から声を掛けたが、中の人影は微動だにせず、返事も返って来ない。
「……匠? 開けるぞ……!」
そこには、ザーザーと勢いよく流れ出るシャワーの水幕の中で、床に座り込み、ただ茫然と頭から水を浴び続ける匠の姿があった。
浅葱が入っても、顔を上げようともしない。
「匠っ!!」
思わず走り込み、シャワーを止めようと手を伸ばした。
「……止めないで!」
匠の声がシャワールームに響いた。
「……まだ……」
それだけ言うと、また人形のように正体無く黙り込む。
「ダメだ! もう終りにしろ!」
浅葱は匠の声を無視し、シャワーを止めると匠の両肩に手を掛ける。
その肩は冷たくなり、水幕の消えた顔は青ざめていた。
急いで脱衣室からバスタオルを数枚掴むと、匠の冷たい体を包み込んだ。
それでも匠は身動き一つしない。
ただ一点を見つめ、茫然と座り込んでいるだけだ。
「しっかりしろ……! 匠……!」
その声に髪からポタポタと雫を落としながら、やっと匠が顔を上げた。
しかし、その瞳は浅葱の姿を通り越し、正面にある鏡の中を見つめ続けている。
「……もういいだろ! 部屋へ戻るんだ」
そう言うと浅葱は、バスタオルに包んだまま匠を支えた。
だが匠の膝はガクンと震え、立つ事さえできず浅葱の袖を握る。
冷え切ったその体には、まるで力が無かった。
浅葱はそんな匠を軽々と抱き上げると、匠の自室へと連れて戻った。
匠をそっとベッドの端に座らせ、頭にタオルを被せた。
濡れた髪を拭き、体を拭く。
その間、匠はベッドの端を握って体を支え、目を閉じたまま動かなかった。
「傷は痛んでないか……?
寒くはないか……?」
そう聞く浅葱に、匠はただ黙って頷いた。
手の甲で匠の頬に触れると、寒くないと言いながら、いつもは熱を帯びている匠の頬も体も、今は氷のように冷たい。
「こんなになるまで……」
浅葱は匠の隣に座り、体を温めるように肩を抱き寄せた。
しばらくして、ずっと黙っていた匠が下を向いたままポツリと口を開いた。
「浅葱さん……俺……」
「どうした……?」
「俺の……体の中に……あの男がいる……」
「……!」
その声に匠の肩を抱く浅葱の腕に力が入る。
「わかるんです……。
一度……いえ……何度も何度も……あの男達を受け入れたこの体だから……わかるんです……。
俺の体の中に……まだあの男がいる……。
それが……どんなに流しても消えない……。
……消えてくれない……忘れさせてくれない…………」
ベッドの端に座り、シーツを握り締めた匠の足元に、ポツリと雫が落ちた。
浅葱も黙ったまま目を閉じていた。
そして肩に置いた手にグッと力が入ると、不意に口を開いた。
「匠……覚えてるか? あの約束を……」
「約……束……?」
いきなりの浅葱の言葉に匠が聞き返す。
「そうだ。あの時……。
必ず忘れさせてやると、そう言った約束……」
それはあのうるさい場所へ行く途中、車の中で浅葱が言った言葉だった。
“今日は二つ約束をした”
匠も、そう言われた事を思い出す。
「……はい……」
匠が小さく頷く。
「……お前を……抱く……」
浅葱の言葉に驚いたように匠が顔を上げた。
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