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「どうした……! 
 深月君!! 深月君!!!」

 ずっと匠の名前だけを呟いていた携帯の音声から、いきなり深月の叫び声が聞え、透は思わず椅子を蹴って立ち上がった。

 深月は咄嗟に細い梯子に抱き付くようにして体を止める。
 全身から嫌な汗が噴き出していた。

 ハァ……ハァ……
 ハァ……ハァ……

 な……何で……!
 ちゃんと掴んだはずなのに……!

 梯子に両腕でしがみつき、滑った掌を見ると、すでにマメが潰れ、皮が裂け出血している。

 これか……血で滑ったのか……。
 冷えきった手はもう感覚も無く、これほど酷くなるまで痛みさえ感じていなかった。
 
 梯子を腕で抱えたまま、シャツの袖で血を拭い再び梯子を握り締めると、
 ……落ちていたかもしれない……。
 改めてそんな恐怖が込み上げ足が震えてくる。


「深月君……! 深月君……!!」
 透が必死に呼びかける声が聞えていた。
 気が付けば風がおさまっている。

「……透……さん……」
 人の声を聞き、ほんの少し現実世界と繋がった気がして恐怖が和らいだ。

「深月君! 無事なのか……!」
 深月の返事に透も、ふぅ……と息をつき、倒れた椅子を起こし座り直した。

「よかった……。
 驚かせるな……本当に無事でよかった……」

「すみません……。
 あの、居室って何階ですか? 
 ナンバーツーの部屋って……」

「……ったく……。
 75から77階が我々の個人使用だが……。 
 ……それより、君は大丈夫なのか?」

「75階からですね。
 僕がその辺りまで来たら教えてください。
 もうそろそろ体力も限界なんで頭回ってなくて……。
 そこまで一気に登りますから。 
 あ、今は……ちょっと手が滑っただけで、まだ生きてますよ」


 深月の手は既に感覚を失い、指は梯子を握る鍵形のまま、固まったように開かなかった。
 今は感覚が無い方が救いだな……。
 握る度に血が付着する梯子を見ながらそう思った。
 曲がったままの指も、登るには丁度いい形だ……。

 何十分かに一度、吹き荒れる風の中で体も冷え切っていた。
 足にも力が入らなくなってきている。
 帰ったら、熱い風呂に入って、あったかい布団で寝たいな……。
 そんなささやかな願いが頭をよぎる。

 でも……。
 匠さんは……ずっとあの冷たい台の上に居たんだよな……。
 動かない体で、見えない目で……。
 それに比べたら……。


「匠さん……匠さん……。
 ……匠……。
 ……匠…………」


 どれ程登ったか……呟き続ける自分の声に混じって透の声がした。

「もうすぐ75階だ、深月君」

 ハッと我に返った。
 見上げると数メートル先に、ダクトが見えていた。
 あそこか……!
 やっと、やっと来たのか……!

 
 梯子からダクトへは、足から入るしかない。
 そろそろと腕を伸ばし、足から滑り込むようにダクトに入ると、体を回して腹這いになった。
 だが、狭いダクトの中では方向転換もできない。
 そのまま後退りながら移動するしかなかった。 

 後方へ下がりながら、床に設けられているマジックミラーから順番に下を確認していく。
 狭い小さな窓からでは、広い部屋のほんのわずかしか確認することはできなかったが、どの部屋も人影がない。

 75階はハズレか……。

 仕方なく、また来たダクトを今度は前進で戻った。
 次の76階には透さんの部屋と管制室がある。
 やっとここから開放される。
 そう思うと心なしか這う速度も速くなっていた。



 76階のダクトへ入ってしばらくすると、
「あと30メートルほど先が私の部屋だ。
 そして管制室は一番奥」
 透の声が携帯から聞えた。

「わかりました。
 とりあえず管制室へ下ります」

 深月は最奥まで進み、下が管制室である事を確認し窓を外した。
 頭だけを覗かせてみると、真下にコンソールデスクがある。
 丁度いい……あそこへ……。

 深月はその机へと体を躍らせた。
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