王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第31話 精霊と王国の歴史

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「トルテ?」

自室に帰るなり声をかけてみる。返事はない。出てきてくれる愛らしい姿もない。
そういえば、ジャオと親しくなってからトルテの姿をとんと見なくなった。彼女は僕が学校に行っている間とか、人といる時はまったくといっていいほどに姿を現さない。僕が孤独な時、助けを求めている時にだけ出てきてくれるのだ。
思えばはじめからそうだった。とすると、僕がジャオと一緒にいる時間が増えて、孤独ではなくなったから‪……‬トルテはもう僕のところに来る必要がなくなったと判断したのだろうか。
本当にそれだけなのか。トルテは本当はどういう気持ちなのだろう。僕はトルテが大好きだ。頼りにもしている。だけどそれは独りよがりな感情だったのかもしれない。
だって僕はトルテのことを何一つ知らない。彼女に家族はいるのかとか‪……‬どこに住んでいるとか‪……‬僕といない時は何をしているのかとか。

黄金に輝く美しい髪をポニーテールにして、愛らしいアイスブルーの瞳がなくなるほどに無邪気に笑う彼女は、ずっと僕の親友だった。手の平に乗るほど小さくて、か弱くて、僕が守ってやらないといけないと、思っていたけれど‪……‬最近は僕が守られてばかりだ。
前々から妙に頼もしい一面はあったけれど、まさかあそこまで強い力を持っているとは。人を呼んでくるだけならまだしも、あんな馬鹿でかい怪鳥を一捻りにするなんて‪……‬。

トルテには正体がある。僕の知らない本当の顔が。考えば考えるほど、彼女が持つであろう強大な力があの幼く無邪気な表情とは結びつかなくて困惑してしまう。
トルテはずっと僕のそばにいて寂しさを癒してくれた。そして今日に至るまで、ずっと僕を見守って、脅威を退けてくれている。深く考えなくてもいい。僕の答えは最初から決まっているじゃないか。トルテが、僕に害を成す存在のはずがない。こんなに何度も救ってもらって‪……‬今さら疑う余地なんてない。

「‪……‬‪……‬」

しかし、だとすれば彼女は何者なのだろう‪……‬。
今回の件に関わっているのか。赤子を授かった時に現れる妖精や、国を護ると言われている精霊とは関係があるのか‪……‬?

気付けば、僕は部屋を飛び出していた。





「それで、私のところに来てくださったんですか?」
「‪……‬まあ」

フロストはニコニコとしてほんとうに嬉しそうだ。僕以外の客人などいないのだろう。純粋に、人との対話に飢えているのが見て取れる。

「ベル様、前より私のところに来てくださる頻度が上がりましたよねえ」
「そうか?」
「もしかして、私が部屋から出られないからって、気を遣ってくれてます?」
「そんなわけないだろ」

そんなわけない‪……‬と思う。たぶん。だけどフロストのことを思い出す回数は多くなった。だって部屋に一人ぼっちでそこから出られないなんて、僕だったら耐えられないもの。コイツは平気なのかな‪……‬。
ちらりと盗み見ると、それより先にフロストも僕を見ていたようだ。もろに目が合ってしまって慌てて逸らした。

「ベル様、さては私のこと好き‪……‬?」
「本題!」
「ああハイハイ、謎の光の玉のことですね」

ようやく飲み物が出てきた。どうもフロストは本題の前の会話を大事にするタイプのようだ。それで雰囲気が良くなるかというと、甚だ疑問ではあるが。
ちなみにトルテのこと、フロストにはすべて打ち明けてはいない。たびたび現れる光の玉に何度も救ってもらっている、ということだけ話した。

「その光の玉、ベル様にはお心当たりがおありでは?」
「えっ」

ドキッ。フロストは何もかも見透かしたような紫水晶の眼に僕を映す。見通されてたまるかと必死に首を横に振った。フロストに真っ直ぐ見据えられること自体が、僕はなんだか苦手になっている。

「‪……‬まあいいでしょう。私からお話できるのは、この国を護ると言われている精霊の話です」
「精霊‪……‬」

やはりその話になるのか。精霊の話はジャオから聞いたことがあるし、僕自身も歴史書で読んで知っている。精霊はこの国の歴史を語るにあたって必要不可欠な存在だ。この国の起源そのものが精霊であるとも言われている。

「かつての王族は精霊と契約をしてこの国をつくったのです。そのことはご存じでしたか?」
「契約‪……‬?」

それは初耳だ。しかも王族と?
フロストは一体どこの歴史書を読んで学んでいるのだろう。尋ねてみたかったが、今は話を聞くのが先だ。

「もともと精霊というのはこの世のものではない。現世の者と契約をすることで存在していられるのです。精霊は“ある目的”のために王族と契約をし、己の全魔力をこの国の守護に費やしたといわれています」
「ある目的というのは‪……‬」
「明かされていません。そもそも、精霊のようなおおいなる存在の思惑など、私たちに理解できるはずもないでしょう」

それはそうかもしれない。それにしても‪……‬精霊とは思ったよりこの国と深く結びついている存在なのだな。ますます、身近だったトルテの存在とは異なるものだと確信する。
そんな遠い歴史にも名を残す精霊が、いくら僕が王族だからといって、幼い頃からずっと一緒にいてくれたりするだろうか? そんな話、父上からもお祖父様からも、聞いたことはなかった。でもだったら、トルテはなんなのだろう。

「もう一つ気になっていることがあるんだ。これはミヤビさん‪……‬ジャオのお母さんから聞いた話なんだけど」

ガシャン! 突然目の前でけたたましい音が鳴った。フロストのカップが机にぶつかって割れたのだ。フロストはカップを取り落とした手の形を保ったまま、きょとんと僕を見つめている。その顔は、自分が何をしでかしたかわからない幼子のようだ。

「フロスト?」
「あ」

自分の発した声をきっかけにフロストは我に返ったようだ。サッと席を立って手際よく破片を片付け始める。

「大丈夫か?」
「ええ。大丈夫‪……‬どうぞ話の続きを」

フロストがこんなミスをするなんて珍しい。なんでも魔力で解決しているイメージがあったから。あっという間に机を拭き取ってしまい、フロストはいつになく真面目な顔で僕に向き直る。

「ミヤビさんが言うには、出産時に姿なき少女の声を何度も聴いたらしいんだ」
「何度も‪……‬」
「十五人目までは全員女の子で、十六人目のジャオではじめての男子、つまり英雄が産まれて以降は現れなくなったと。……これははたして精霊なのだろうか?」
「十、五人‪……‬?」

震える声にふと顔を上げる。机の上で握ったフロストの拳がわなわなと震えている。顔色も悪いようだ。やはり何かがおかしい。

「フロスト、体調が悪いのだろう。今日はこれまでにしよう」
「いえ‪……‬えっと‪……‬はい‪……‬では」
「医者を呼んでおこうか?」
「大丈夫です、少し休めば」
「本当に悪くなったら衛兵を呼べよ」

コイツはいつも衛兵伝いに僕を呼ぶ。きっと連絡手段はあるのだろう。力なく微笑むフロストを確認して僕は部屋を後にした。
明日辺り、雪でも降らなければいいが。‪……‬









――――――――――――………………






砂の宮殿の前に立っている。心が浮き足立ち、居ても立っても居られない。
見つめていると程なくして待ち人はやってきた。

「王子」

可憐な女性の声が呼ぶ。王子は振り向き、穏やかに微笑んだ。長く伸ばした赤髪に褐色の肌、高貴な服装と気品ある顔立ちはいかにも王子然としている。

あれは‪……‬ジャオ?
ジャオなのか?
ジャオが、王子‪……‬? あれ‪……‬‪……‬?



――――――――……



「あ‪……‬?」


僕はこの夢を忘れる。
しばらくは不思議な心地でぼんやりとしていた。だけどきっとすぐに、忘れるのだ。
窓枠の向こうを光の玉が横切った‪……‬ような、気がした。
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