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第73話 裏切りのキス
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しばらく睨み合いが続く。
戦争の最中、ルシウスが僕を攫い、ジャオの誤解を生んだことで……突如として、僕を賭けた決闘が始まってしまったのだ。
ジリジリとジャオが間合いを詰め、ルシウスが交わすように横に逸れる。耳元でつぶさに聴こえてくるルシウスの息遣いはリズムを取っているようにも聞こえる。魔法を放つ頃合いを計っているのだろうか。
「殺す、殺す……殺す……!」
先に均衡を破ったのはジャオだ。目を見開き牙を剥き出しにしてこちらに飛び掛かってくる。ルシウスが僕をしっかりと抱え直してその場から飛び去る。そうして指先から迸る電流を僕は見た。ジャオの身体をみるみる包み込み……ジャオは途端に地に伏せる。
「ジャオ!!」
「痺れさせただけだよ。大丈夫」
ちょん、と鼻先に指をあててなだめてくるのを払い除けた。ジャオが悔しそうにこちらを見ている。動けなくとも、殺意に満ちた気迫は最高潮だ。
「ちょっと話そうぜ、ジャオ」
「黙れ……ッ」
「ベルを俺にちょうだい。ここで諦めなきゃ俺は容赦なくお前の命を取るよ」
「黙れ……!! 死んでも諦めない!! ベルを返せ!!」
「やれやれ……」
ルシウスはうつぶせで倒れるジャオの上にどかっと腰掛けた。僕とルシウス、二人分の体重と……有り余る屈辱に低く唸っている。ルシウスが人差し指を立てるとたちまち短剣が現れた。それを握り、ジャオの心臓の位置にあてがう。
「諦めないとこのままブスッといっちゃうよ?」
「やめろ!!」
反射的にルシウスの拳に手をかける。
両手指に力を込めてジャオから遠ざけようとするが……ぴくりとも動かない。
「手元が狂っちゃうよベル~。それとも一緒にトドメ刺すか? これが二人のはじめての愛の共同作業です~なんちて」
「ふざけるな……!」
「おっと手元が」
「グアっ……!!」
刺さっ、た。
ジャオの肩口に、短剣の切っ先が。
驚いて手を離すが、もうジャオの肌に刃は食い込んでいる。みるみるうちに血が流れ出す。
「ほら~ベルが急かすから」
「ウウッ、ウ……!」
「早くジャオ殺して俺と一緒になりたいだろ? ベル?」
「違う、違うっ……」
思いきり反論したいのに、できない。ルシウスは本気だ。狂気に満ちた瞳は魔道士軍の大人達のそれと同じで……話し合おうだなんて言って、通じる相手ではない。
「頼む、ルシウス、ジャオを助けてくれ……っ」
「なーんでェ? こんな奴、生かしたって俺らの障害になるだけだよねえ?」
「グ……!?」
刺さったままの短剣の柄をルシウスが戯れに指で弾く。それだけで刃先が動いたらしく、ジャオが悶え苦しむ。肉の中で刃が動くなんて……どんなに痛いだろう。強く噛んだ唇から血の味がする。でも、こんなのジャオの苦痛の比じゃない。
「違うよ、ルシウス……ジャオは、関係ない……」
「ん?」
「僕たちが一緒になるのに、ジャオは、関係ない……」
こんなにも本心を捻じ曲げて言葉にしたのは、はじめてだったかもしれない。僕が唯一取り柄だと自負している正直さは、生い立ちや環境に恵まれていたからだと実感した。絶対に害されることのない位置に立っている者だけに、その強気は許されていたのだった。
今の僕には、何も……言えない……これ以上ルシウスに楯突けば、ほんとうにジャオを、殺されてしまう……。腕の負傷だけで済んだって、これ以上深手を負えば、将来動かなくなってしまうかもしれない……そんなの、ダメだ……これ以上、傷つけさせない……!
「ベル……なんて言ったんだ? もう一度、ジャオにも聞こえるように言って」
「僕とルシウスが一緒になるのに、ジャオは関係……ないよ……だから、もう、放っておこうよ……?」
「ハハ、聞いたかージャオ」
ルシウスは勝ち誇ったように高笑いして、下敷きにしたままのジャオの脇腹を強く蹴る。ジャオの息が荒くなる。肩からの出血が、ひどくなっていく。
「ベルは俺と一緒になるってさ! お前はもう関係ねーって!」
「ルシウス、もう……」
「ああベル、優しいなお前は……捨てた男の心配なんてして……これからは俺のことだけ考えろよ……?」
「うん……」
ああ。
音もなく涙が流れる。僕はジャオを裏切って、今、ジャオの上で……ルシウスのキスを受け入れている。舌を絡めるたびにビクビクと震えて、その振動が伝わるのか、水音が届いてしまっているのか……ウウウウウッ、ウウウウウッ、ジャオの唸り声が激化していく。
「ベル、俺のこと愛してる……?」
「う、ん……」
「もっとこっち来て……」
身体を引き寄せられて葛藤した。もうこれ以上、ジャオの前でルシウスとイチャつきたくなんてない。だけど。今ここで逆らったら、ルシウスはもっとジャオを深く刺す……ジャオが傷付くの、いやだ…………。
ドン!!!
不意に地面が揺らいだ。
音のした方角には土煙が上がり……地に横たわっているのは、先程の怪鳥……!?
「ウワッ、こっちのも落ちてくるぞ!」
「逃げろー!!」
「どうしていきなり……!?」
どうやら、誰も攻撃を仕掛けていないのに怪鳥が次々と墜落しているらしい。遠目に見るとその巨体はなんと何周にも捻じれてしまっている。
……トルテ、やっぱりこの戦場に来てくれているんだ。安堵とともに、今のこの状況がどうにも居た堪れなくなる。
「離せッ……!」
「え、どうしたんだよ急に、暴れるなって」
トルテに今の自分の姿を見せるわけにはいかないと、なぜだか強く思った。
もがく僕をルシウスが必死に抱き留める。そうしてルシウスの気を引いたところで、叫んだ。
「ジャオ、今だっ!!」
「…………ッ!?」
僕らの下にいたジャオが不意をついて起き上がった。バランスを崩したルシウスはすらりと身をかわす僕を捕まえきれず、ジャオの渾身の一撃をまともに食らう。
バキッ……!
「ウ……!」
ルシウスの目がぐるりと回る。その隙に僕とジャオは合流して抱き合う。
やった。ようやくルシウスの手から逃れられた!
「ジャオおおおお……!」
しかしルシウスはすぐに復活した。容赦なく放った火炎魔法はジャオの刺し傷に直撃する。一瞬でもの凄い火傷になり、僕の肩を抱く手に力が入らなくなった、隙をついて……また、ルシウスに奪い返されてしまった。
「渡さない!!」
「ルシウス……なんでだよ……なんで、ここまで……」
奴だって相当のダメージを食らったはず。僕の肩にかけられた手がプルプルと震えているのがいい証拠だ。向かってくるジャオを見るや否や、ルシウスは慌てて僕の手を引き、走った。
「おい……!?」
「……戦えない人達が、隠れてる場所がある。そこにいろ……」
ズズ、としきりに鼻を啜っている。見るとだくだくと鼻血が垂れているではないか。それはそうか。ジャオの本気の拳を受けて、これだけで済んでいるほうがもはや奇跡だ。
「ジャオを倒したら迎えに来るから」
「ルシウス……僕は……」
「今はなんも言わないで……全力でアイツと戦わせて」
その声はひどく悲しそうで、やっぱりルシウスは僕の本心を全部わかってるんじゃないかって過ぎった。いよいよ僕からかける言葉は何もない。ルシウスはジャオとの戦闘に戻っていく。
――――ゾクリ
無数の視線を感じる。なんだ……?
目を凝らすと……木の陰から、複数の視線が僕を盗み見ている。
「誰だ……?」
「ベル様……?」
「ベル様だ!」
「助けに来てくださったんですね!?」
飛び出してきたのは、若い女性が二人。あとはたくさんの子どもたち。女性の腕には赤ん坊が抱かれている。
見るからに敵意はなく、僕を慕うように笑顔で周囲に群がってくる。
「あなた達は……攫われた方々ですか……?」
「そうです!」
「無理やりここまで連れて来られて、王様のために戦えって」
やはりフロストと話した通りだ。戦力のために誰かれ構わず誘拐したんだ。
こんな小さな子ども達や赤ん坊まで……戦えるわけ、ないのに。
「私達、泣いて拒否し続けていたんです」
「そうしたら、見張り役の男の子がここに隠れているようにってこっそり逃がしてくれました」
「見張り役って……」
「背の高い、桃色の髪の子です」
ルシウスだ。そうか、ルシウスはやっぱり……根本から腐ってしまったわけではない。この人達に戦争の苦痛を味わわせまいと、ここに匿っているのだ。
「あ……でもさっき、五歳くらいの子がすごい魔法を打ってきて……」
「リイヤだわ」
「リイヤのお父さんは王様の側近で、リイヤ自身も強い魔力も受け継いでいるから……父親がべったり監視していて、一緒に逃げられなかったの」
そうか、だから母親に攻撃を……母親が悪者だと、父親に洗脳されていたんだ。結果、あんな悲劇を産んでしまった。リイヤは母親を攻撃なんてしたくなかったはずなのに。
自分の子どもをそんなつらい目に合わせるなんてどうかしてる。リイヤやリイヤの母親の心中を思うと……こちらまでつらくなってくる。
「リイヤ……人を殺してしまったの……?」
「もしかしてもうリイヤも……」
同じくらいの子ども達が涙目でそう尋ねてくる。どうにも答えられない。やりきれない気持ちを胸に、涙を堪えることしかできなかった。
「…………皆さん、ここから逃げましょう。城の中に入れば安全です。敵に気付かれないように……」
「俺は逃げねェぞ!!」
わんぱくな声が怒りを孕んで下方から飛んでくる。十ぐらいだろうか……三人の男の子が徒党を組んで、僕の目の前に出てくる。慌てて後ろから出てきた初老の男性が三人の頭をぐいと地面に押しつけた。
「ベル様に無礼だろう!! ……申し訳ございません、礼儀を知らぬ子達で……」
「あなたがこの子達の親ですか?」
「いえ、攫われた先で一緒になっただけです……せっかく逃がしてもらえたというのに、この子らは戦争に参加すると言ってきかないのです。先程から抑えつけているのですがどうにも」
「だってお父さんも戦ってるんだ! 魔力を持たない奴らは悪だ!!」
「俺たちが勝って王様とお城を取り戻すんだって、皆言ってたよ!」
「ベル様が悪いんだ!! 王様を追い出したりするから!!」
「ああっお前らまた……!」
――――ちくん。
胸を刺す痛みに襲われる。そうだ、この子ども達のいうことにも一理ある。この戦争は僕が始めたようなものだ。父上をいたずらに刺激して、国に反逆する存在にまで仕上げてしまった――――。
この子たちはきっと親に「王様が善で他は悪」だと教え込まれてきた。王が何をしたかを知らずに、ただ純粋に、自分の親を信じている。子どもなんだから当たり前だ。だけどこの子達を、リイヤくんの二の舞にはさせたくない。
「リイヤくんは……死んだよ」
ビクッ。三人は一斉に肩を跳ねて顔を見合わせる。僕は彼らの前に屈み込んで、昏い瞳にまっすぐ、彼らを映す。
「自分の母親を撃って、泣きながら謝っているところを衛兵たちに矢で射られた」
「う……」
「これが戦争だ。殺したり殺されたり、君達にはほんとうにその覚悟があるのか」
誰も、言葉を発しない。
突きつけなければ。残酷かもしれないが、これが現実なのだ。英雄ごっこのつもりで敵をバタバタ倒したって、英雄にはなれない。人ひとりの死にどれだけの人間が嘆き苦しむのか、彼らは知らないといけない。
「君達が殺したら、殺された人の家族は君達を恨むだろう……復讐しようとするかもしれない。反対に君達が死んだらどうなる?……親や友人、学校の先生……たくさんの人が泣いて暮らすことになる。想像してごらん」
一人がにわかに鼻を啜り出す。少し待てば、三人ともが号泣して拳を握り締めていた。嗚咽の音が響く。周囲の人たちももらい泣きして、僕も、目が濡れてしまう。
「……それだけの想像力があるなら君達は大丈夫だ。まだ戻れるよ」
三人の手を同時に掴む。両手で包んで、祈る。
どうかこの子達が正しい道に進みますように。やさしい心を、取り戻せますように。
「……行って下さい。森の中から迂回すれば、城の裏に辿り着きます」
「ベル様は……?」
「僕にはこの戦いを見守る義務があります。道順は教えますから」
頼みます。大人たちにそう告げて、僕はルシウスが助けた人達を見送った。
少しは、役に立てただろうか。ルシウスから受け継いだバトンを繋げるように、彼らの無事をひとり祈る。ルシウスはそのつもりで僕をここに連れてきたのかもしれない。いや、そうに違いないんだ。確信を持って涙を拭く。
そうして僕は逆方向に森を抜け、ふたたび戦場へと、戻っていく。
戦争の最中、ルシウスが僕を攫い、ジャオの誤解を生んだことで……突如として、僕を賭けた決闘が始まってしまったのだ。
ジリジリとジャオが間合いを詰め、ルシウスが交わすように横に逸れる。耳元でつぶさに聴こえてくるルシウスの息遣いはリズムを取っているようにも聞こえる。魔法を放つ頃合いを計っているのだろうか。
「殺す、殺す……殺す……!」
先に均衡を破ったのはジャオだ。目を見開き牙を剥き出しにしてこちらに飛び掛かってくる。ルシウスが僕をしっかりと抱え直してその場から飛び去る。そうして指先から迸る電流を僕は見た。ジャオの身体をみるみる包み込み……ジャオは途端に地に伏せる。
「ジャオ!!」
「痺れさせただけだよ。大丈夫」
ちょん、と鼻先に指をあててなだめてくるのを払い除けた。ジャオが悔しそうにこちらを見ている。動けなくとも、殺意に満ちた気迫は最高潮だ。
「ちょっと話そうぜ、ジャオ」
「黙れ……ッ」
「ベルを俺にちょうだい。ここで諦めなきゃ俺は容赦なくお前の命を取るよ」
「黙れ……!! 死んでも諦めない!! ベルを返せ!!」
「やれやれ……」
ルシウスはうつぶせで倒れるジャオの上にどかっと腰掛けた。僕とルシウス、二人分の体重と……有り余る屈辱に低く唸っている。ルシウスが人差し指を立てるとたちまち短剣が現れた。それを握り、ジャオの心臓の位置にあてがう。
「諦めないとこのままブスッといっちゃうよ?」
「やめろ!!」
反射的にルシウスの拳に手をかける。
両手指に力を込めてジャオから遠ざけようとするが……ぴくりとも動かない。
「手元が狂っちゃうよベル~。それとも一緒にトドメ刺すか? これが二人のはじめての愛の共同作業です~なんちて」
「ふざけるな……!」
「おっと手元が」
「グアっ……!!」
刺さっ、た。
ジャオの肩口に、短剣の切っ先が。
驚いて手を離すが、もうジャオの肌に刃は食い込んでいる。みるみるうちに血が流れ出す。
「ほら~ベルが急かすから」
「ウウッ、ウ……!」
「早くジャオ殺して俺と一緒になりたいだろ? ベル?」
「違う、違うっ……」
思いきり反論したいのに、できない。ルシウスは本気だ。狂気に満ちた瞳は魔道士軍の大人達のそれと同じで……話し合おうだなんて言って、通じる相手ではない。
「頼む、ルシウス、ジャオを助けてくれ……っ」
「なーんでェ? こんな奴、生かしたって俺らの障害になるだけだよねえ?」
「グ……!?」
刺さったままの短剣の柄をルシウスが戯れに指で弾く。それだけで刃先が動いたらしく、ジャオが悶え苦しむ。肉の中で刃が動くなんて……どんなに痛いだろう。強く噛んだ唇から血の味がする。でも、こんなのジャオの苦痛の比じゃない。
「違うよ、ルシウス……ジャオは、関係ない……」
「ん?」
「僕たちが一緒になるのに、ジャオは、関係ない……」
こんなにも本心を捻じ曲げて言葉にしたのは、はじめてだったかもしれない。僕が唯一取り柄だと自負している正直さは、生い立ちや環境に恵まれていたからだと実感した。絶対に害されることのない位置に立っている者だけに、その強気は許されていたのだった。
今の僕には、何も……言えない……これ以上ルシウスに楯突けば、ほんとうにジャオを、殺されてしまう……。腕の負傷だけで済んだって、これ以上深手を負えば、将来動かなくなってしまうかもしれない……そんなの、ダメだ……これ以上、傷つけさせない……!
「ベル……なんて言ったんだ? もう一度、ジャオにも聞こえるように言って」
「僕とルシウスが一緒になるのに、ジャオは関係……ないよ……だから、もう、放っておこうよ……?」
「ハハ、聞いたかージャオ」
ルシウスは勝ち誇ったように高笑いして、下敷きにしたままのジャオの脇腹を強く蹴る。ジャオの息が荒くなる。肩からの出血が、ひどくなっていく。
「ベルは俺と一緒になるってさ! お前はもう関係ねーって!」
「ルシウス、もう……」
「ああベル、優しいなお前は……捨てた男の心配なんてして……これからは俺のことだけ考えろよ……?」
「うん……」
ああ。
音もなく涙が流れる。僕はジャオを裏切って、今、ジャオの上で……ルシウスのキスを受け入れている。舌を絡めるたびにビクビクと震えて、その振動が伝わるのか、水音が届いてしまっているのか……ウウウウウッ、ウウウウウッ、ジャオの唸り声が激化していく。
「ベル、俺のこと愛してる……?」
「う、ん……」
「もっとこっち来て……」
身体を引き寄せられて葛藤した。もうこれ以上、ジャオの前でルシウスとイチャつきたくなんてない。だけど。今ここで逆らったら、ルシウスはもっとジャオを深く刺す……ジャオが傷付くの、いやだ…………。
ドン!!!
不意に地面が揺らいだ。
音のした方角には土煙が上がり……地に横たわっているのは、先程の怪鳥……!?
「ウワッ、こっちのも落ちてくるぞ!」
「逃げろー!!」
「どうしていきなり……!?」
どうやら、誰も攻撃を仕掛けていないのに怪鳥が次々と墜落しているらしい。遠目に見るとその巨体はなんと何周にも捻じれてしまっている。
……トルテ、やっぱりこの戦場に来てくれているんだ。安堵とともに、今のこの状況がどうにも居た堪れなくなる。
「離せッ……!」
「え、どうしたんだよ急に、暴れるなって」
トルテに今の自分の姿を見せるわけにはいかないと、なぜだか強く思った。
もがく僕をルシウスが必死に抱き留める。そうしてルシウスの気を引いたところで、叫んだ。
「ジャオ、今だっ!!」
「…………ッ!?」
僕らの下にいたジャオが不意をついて起き上がった。バランスを崩したルシウスはすらりと身をかわす僕を捕まえきれず、ジャオの渾身の一撃をまともに食らう。
バキッ……!
「ウ……!」
ルシウスの目がぐるりと回る。その隙に僕とジャオは合流して抱き合う。
やった。ようやくルシウスの手から逃れられた!
「ジャオおおおお……!」
しかしルシウスはすぐに復活した。容赦なく放った火炎魔法はジャオの刺し傷に直撃する。一瞬でもの凄い火傷になり、僕の肩を抱く手に力が入らなくなった、隙をついて……また、ルシウスに奪い返されてしまった。
「渡さない!!」
「ルシウス……なんでだよ……なんで、ここまで……」
奴だって相当のダメージを食らったはず。僕の肩にかけられた手がプルプルと震えているのがいい証拠だ。向かってくるジャオを見るや否や、ルシウスは慌てて僕の手を引き、走った。
「おい……!?」
「……戦えない人達が、隠れてる場所がある。そこにいろ……」
ズズ、としきりに鼻を啜っている。見るとだくだくと鼻血が垂れているではないか。それはそうか。ジャオの本気の拳を受けて、これだけで済んでいるほうがもはや奇跡だ。
「ジャオを倒したら迎えに来るから」
「ルシウス……僕は……」
「今はなんも言わないで……全力でアイツと戦わせて」
その声はひどく悲しそうで、やっぱりルシウスは僕の本心を全部わかってるんじゃないかって過ぎった。いよいよ僕からかける言葉は何もない。ルシウスはジャオとの戦闘に戻っていく。
――――ゾクリ
無数の視線を感じる。なんだ……?
目を凝らすと……木の陰から、複数の視線が僕を盗み見ている。
「誰だ……?」
「ベル様……?」
「ベル様だ!」
「助けに来てくださったんですね!?」
飛び出してきたのは、若い女性が二人。あとはたくさんの子どもたち。女性の腕には赤ん坊が抱かれている。
見るからに敵意はなく、僕を慕うように笑顔で周囲に群がってくる。
「あなた達は……攫われた方々ですか……?」
「そうです!」
「無理やりここまで連れて来られて、王様のために戦えって」
やはりフロストと話した通りだ。戦力のために誰かれ構わず誘拐したんだ。
こんな小さな子ども達や赤ん坊まで……戦えるわけ、ないのに。
「私達、泣いて拒否し続けていたんです」
「そうしたら、見張り役の男の子がここに隠れているようにってこっそり逃がしてくれました」
「見張り役って……」
「背の高い、桃色の髪の子です」
ルシウスだ。そうか、ルシウスはやっぱり……根本から腐ってしまったわけではない。この人達に戦争の苦痛を味わわせまいと、ここに匿っているのだ。
「あ……でもさっき、五歳くらいの子がすごい魔法を打ってきて……」
「リイヤだわ」
「リイヤのお父さんは王様の側近で、リイヤ自身も強い魔力も受け継いでいるから……父親がべったり監視していて、一緒に逃げられなかったの」
そうか、だから母親に攻撃を……母親が悪者だと、父親に洗脳されていたんだ。結果、あんな悲劇を産んでしまった。リイヤは母親を攻撃なんてしたくなかったはずなのに。
自分の子どもをそんなつらい目に合わせるなんてどうかしてる。リイヤやリイヤの母親の心中を思うと……こちらまでつらくなってくる。
「リイヤ……人を殺してしまったの……?」
「もしかしてもうリイヤも……」
同じくらいの子ども達が涙目でそう尋ねてくる。どうにも答えられない。やりきれない気持ちを胸に、涙を堪えることしかできなかった。
「…………皆さん、ここから逃げましょう。城の中に入れば安全です。敵に気付かれないように……」
「俺は逃げねェぞ!!」
わんぱくな声が怒りを孕んで下方から飛んでくる。十ぐらいだろうか……三人の男の子が徒党を組んで、僕の目の前に出てくる。慌てて後ろから出てきた初老の男性が三人の頭をぐいと地面に押しつけた。
「ベル様に無礼だろう!! ……申し訳ございません、礼儀を知らぬ子達で……」
「あなたがこの子達の親ですか?」
「いえ、攫われた先で一緒になっただけです……せっかく逃がしてもらえたというのに、この子らは戦争に参加すると言ってきかないのです。先程から抑えつけているのですがどうにも」
「だってお父さんも戦ってるんだ! 魔力を持たない奴らは悪だ!!」
「俺たちが勝って王様とお城を取り戻すんだって、皆言ってたよ!」
「ベル様が悪いんだ!! 王様を追い出したりするから!!」
「ああっお前らまた……!」
――――ちくん。
胸を刺す痛みに襲われる。そうだ、この子ども達のいうことにも一理ある。この戦争は僕が始めたようなものだ。父上をいたずらに刺激して、国に反逆する存在にまで仕上げてしまった――――。
この子たちはきっと親に「王様が善で他は悪」だと教え込まれてきた。王が何をしたかを知らずに、ただ純粋に、自分の親を信じている。子どもなんだから当たり前だ。だけどこの子達を、リイヤくんの二の舞にはさせたくない。
「リイヤくんは……死んだよ」
ビクッ。三人は一斉に肩を跳ねて顔を見合わせる。僕は彼らの前に屈み込んで、昏い瞳にまっすぐ、彼らを映す。
「自分の母親を撃って、泣きながら謝っているところを衛兵たちに矢で射られた」
「う……」
「これが戦争だ。殺したり殺されたり、君達にはほんとうにその覚悟があるのか」
誰も、言葉を発しない。
突きつけなければ。残酷かもしれないが、これが現実なのだ。英雄ごっこのつもりで敵をバタバタ倒したって、英雄にはなれない。人ひとりの死にどれだけの人間が嘆き苦しむのか、彼らは知らないといけない。
「君達が殺したら、殺された人の家族は君達を恨むだろう……復讐しようとするかもしれない。反対に君達が死んだらどうなる?……親や友人、学校の先生……たくさんの人が泣いて暮らすことになる。想像してごらん」
一人がにわかに鼻を啜り出す。少し待てば、三人ともが号泣して拳を握り締めていた。嗚咽の音が響く。周囲の人たちももらい泣きして、僕も、目が濡れてしまう。
「……それだけの想像力があるなら君達は大丈夫だ。まだ戻れるよ」
三人の手を同時に掴む。両手で包んで、祈る。
どうかこの子達が正しい道に進みますように。やさしい心を、取り戻せますように。
「……行って下さい。森の中から迂回すれば、城の裏に辿り着きます」
「ベル様は……?」
「僕にはこの戦いを見守る義務があります。道順は教えますから」
頼みます。大人たちにそう告げて、僕はルシウスが助けた人達を見送った。
少しは、役に立てただろうか。ルシウスから受け継いだバトンを繋げるように、彼らの無事をひとり祈る。ルシウスはそのつもりで僕をここに連れてきたのかもしれない。いや、そうに違いないんだ。確信を持って涙を拭く。
そうして僕は逆方向に森を抜け、ふたたび戦場へと、戻っていく。
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