王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第114話 誘拐事件の完結

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フロストは翌日になっても、さらにその翌日になっても城に帰っては来なかった。きっと実家でゆっくりしているのだろう。問題は、ミヤビさんの現状を聞いてご両親が納得していてくれているかだけど‪……‬う~ん、やっぱり、難しい話だよなあ‪……‬。

フロストの姉、ミヤビさんはまだ若い身空でルアサンテ王国の召喚術により呼び寄せられ、強制的に国の英雄の血筋であるリュカさんと婚姻を結ばされた。そして数えきれないほどの子どもを国のために儲けさせられた‪……‬ちなみに、育児に関して国の援助は一切入らない。

ミヤビさんはすべてを一人でこなし、努力して今の幸せな生活を手に入れた。これはもともと育児や家事の才能があるミヤビさんだからできたことで‪……‬常人なら潰れてしまっても不思議はない。国がミヤビさんに仕出かした罪は重い‪……‬。

となれば、ミヤビさんのご家族に謝罪に行くのは国の代表である僕の務めだ。この旅の目的の一つでもあったのに、なぜフロストは僕に黙って一人で実家に出向いてしまったのだろう‪……‬。
おそらく、まずは家族水入らずで話をしたほうがいいという判断なのだろうけど‪……‬さすがに二日間も経てば話は終わっているよな。僕も、行かないと。

ルシウスを撥ねつけたことで、妙にシャキッとした頭でそう決断することができた。
やっぱり行こう。このまま城で待っているなんて甘えた考えでは、ダメだ。

侍女にマナトさんの居場所を聞いて、はじめて彼の執務室を訪れた。
立派な机に向かって何かを思案している様子のマナトさんは妙に威厳があって‪……‬気楽な気持ちで訪ねた僕は一瞬にして緊張してしまった。しかしすぐに僕に気付いたマナトさんが柔らかく微笑んでくれたので、すぐさまホッ‪‬とする。

「ベル様。わざわざいらっしゃるなんて珍しいですね。お小遣いの催促ですか?」
「いえ‪……‬! あの、フロスト‪……‬カナタの実家の場所がお分かりでしたら、教えていただきたくて‪」
「カナタさんの? ああ、そういえば彼はまだお戻りでないのでしたね」

マナトさんはいよいよ開いていた本を閉じて立ち上がった。棚から薄いファイルを取り出して何かを確認している。仕事の邪魔をしてしまったかな。申し訳ない。

「すみません、教えていただいたらすぐに出ていきますので‪……‬」
「行かれるんですか? 謝罪に」

謝罪。その二文字がグッと僕の胸を刺す。
覚悟した筈だったのに……受け入れてもらえないかも、罵倒されるかも、そう思うと途端に、足がすくむ。

「はい‪……‬やはり僕が行かないと‪……‬」
「お一人で?」

言われてはたと気付く。そういえば同行者なんて考えていなかった。もちろん一人で行くつもりではいたけれど‪……‬。
トルテを連れて行くのはなんだか違う気がする。子どもの前ではあちらも僕への感情を曝け出せないだろう。トルテを盾に許しを乞うなんて浅ましい。そんな小賢しいことで、決して追求の手を逃れたくはない。

「ルシウス様と‪……‬」

マナトさんが言い終わる前に、条件反射で首を横に振ってしまった。僕の苦い表情に、マナトさんもすべてを察したように苦笑する。

「まだ喧嘩中でいらっしゃるんですね」
「お恥ずかしい限りです‪……‬でも、アイツには頭を冷やしてもらわないと」
「――――では、私が同行いたしましょうか?」

思わぬ提案に一瞬、息を呑んでしまった。
マナトさんが‪……‬僕の国のことには何も関係がないのに‪……‬?

「ただの道案内ですよ。それに、道中話し相手がいたほうがベル様の気も紛れるかと思いまして。ああでも、ご迷惑でしたら」
「とんでもありません。でも、甘えてしまっていいんでしょうか? お忙しいのに‪……‬」
「優秀な部下に引き継げば何も問題はありませんよ。私ももっと、ベル様とお話できたら嬉しいです」

そう言ってくれるマナトさんは、最初の印象よりだいぶ丸くなった。毎日話しているし、優しくしてくれるし……もうすっかり、僕にとって信頼のおける人物の一人となっている。
いつも親切にしてくれる。もし今日の外出にも彼がいてくれたら、この見知らぬ土地で迷子になることもないだろうし、何より彼の言う通り、謝罪にあたって自分の心を落ち着けてくれる助けになると思った。深く頭を下げて全身で感謝を表現する。

「是非、お願いします‪……‬!」
「そんなかしこまらなくても。すぐに馬を用意させますね」
「あ、それならうちのロシナンテを。退屈していると思うので」

かくして、僕はずっと城の人達にお世話を任せていたロシナンテとの再会を果たし、マナトさんも共に、フロストの実家へと向かうことになった。






「カナタ様とは、どんなふうに出逢われたんですか?」

馬車の中で景色に見惚れていた僕に、向かいに座るマナトさんが話しかけてくる。フロストとの出逢いか‪……‬思い返せばもう遠い昔のことのようだ。まだ数年しか経っていないのが信じられない。

「国の重要な役割を持つ人間の、弟子だと偽って、城に居座り出したんです。今思えば恐ろしい奴ですよね」
「なるほど‪……‬ですがカナタ様はお姉さんを連れて逃げなかったんですね? まさか国に復讐を‪……‬?」
「結果、そうなりましたね。僕と利害関係が一致したんです。これでようやく、国を変えるキッカケになりました」
「しかし政権交代のための戦争は、それはそれは熾烈なものだったとか」
「‪……‬魔力は、平等ではありませんから。あれは人を狂わせます。これからは国家がしっかりと管理していくつもりです」

あれ以来、戦争のことは無意識に思い出さないようにしていた。だって辛すぎたから。
父上が魔道士らを率いて町をメチャクチャにした。家族間で殺し合いまでさせた。何より子どもが犠牲になるような闘いを‪……‬僕はもう、見たくない。

「よほど壮絶だったんですね‪……‬となると、やはり最高魔道士のルシウス様が一番の立役者ですか?」
「う~ん‪……‬まあ‪……‬もっと活躍した人はいますけど」
「またまた、意地をお張りになって」

もどかしい気持ちを押し隠して、マナトさんと笑みを交わす。
この国ではジャオについて話してはいけない。マナトさんの中で、僕の旦那はルシウスということになっているのだ。そうでないと、僕とルシウスの只事ではない関係がバレている以上‪……‬僕の信頼は地に堕ちる。
国交を断られるだけならまだいい、国の格すら落ちて、ケンさんが言ったように攻め込まれでもしたら‪……‬。

「ハア……」
「ベル様? お加減でも」
「いえ‪……‬大丈夫です」
「間もなく到着ですよ」

馬車の外を覗くと、城下町からは少し離れた小さな村に入っている。広いスペースに馬車を停めて、僕だけがそこから降りた。

「ここから二軒先の赤い屋根のお宅です。私はこちらでお待ちしておりますね」
「すみません、すぐ戻りますので‪……‬」
「どうぞごゆっくりなさってください」

ごゆっくりしたいような、したくないような。
大好きなミヤビさんのご両親に会える喜びと、その人達に罵倒される恐怖がないまぜになる。
勇気を出して扉を叩くと、間を置かずに扉が勢い良く開いた。

「ベル様‪……‬!?」
「フロスト!」
「どうしてこんなところに‪……‬」

フロスト、だよな?
自分で呼んでおいて首を捻る。美しい白髪は雑に一括りにしているし、洋服は言ってしまえばぼろだ。旅着よりもよほど質素でくたびれて見える。何もしていないのに綺麗です、みたいな印象だったのに、今日はえらく違うな‪……‬?

「あの、こちらへはどうやって?」
「マナトさんに馬車で送ってもらったんだ。ロシナンテも、ほら、あそこにいるよ」

僕が指差すと、馬車の中からマナトさんが親しげに手を振る。振り返してから後ろを向くと、フロストが会釈から顔を上げて苦い顔を浮かべていた。

「‪……‬やっぱりご両親、その、怒ってる‪……‬よね」
「大丈夫です。私がしっかりと説明しておきましたから。ひとまずお上がりください」

フロストが退くと、けっして裕福とはいえないが温かみのある木造の玄関が姿を現す。
靴を脱いで、一番近くの部屋に入った。机を囲んで椅子に座っていた老夫婦が不思議そうな顔で僕を見た。

「話したでしょ。ルアサンテ王国のベル女王だよ」
「あら、まあ‪……‬」
「この方が‪……‬」

その眼差しからあからさまな敵意は感じられないが、歓迎ムードでも、ないように思う。

「娘さんのこと‪……‬本当に、申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げる。直前に見た二人の顔を瞼の裏に思い浮かべた。
ミヤビさんのお母さん。ミヤビさんにそっくりだ。優しそうな垂れ目と緩いパーマの白髪がさらにその雰囲気を穏やかにしている。ミヤビさんのお父さん。これまた「厳格」という言葉からは程遠い、気の弱そうな顔つきで、撫でつけた白髪混じりの前髪と、茶縁の眼鏡が様になっている。
この二人も最初は声を上げただろう。戸惑い、悲しんだだろう。だけど諦めてしまった。その結果、フロストまで手元から離れ、愛する子ども二人とも、憎き異国の住人になってしまった。
こんなの僕の一言だけで、容認される出来事ではない。考えれば考えるほど申し訳なくて、二人が感じたであろう深い悲しみが自分のことのように襲ってくる。脚の力が抜けてその場にしゃがみ込み、僕は自然と膝をついて、土下座の体勢をとっていた。

「申し訳、ございませんでした‪……‬!」

涙が溢れる。謝罪しながら泣くなんて卑怯だと思ったけど、止められない。僕の悲しみは偽物だ。この人達の長年の苦悩の比ではない。それでも。
こんな普通のご家庭に産まれた普通のお嬢さんが、やれオトメだと持て囃され、何もかもが十分でない国で苦労を強いられることになってしまった。その不条理さは僕にだってわかる。

「顔をお上げになって」

背中に温かな手が置かれる。気付けばミヤビさんのお母さんが傍らに寄り添い、宥めるように僕の背を撫でていた。それでも、とても顔なんて上げられない。何も出来ずにぶるぶると震えて縮こまっていると、ぎゅっと全身を包み込まれた。
この温もり‪……‬ああ、ミヤビさんと、同じだ‪……‬‪……‬。

「あなたも十分苦しんだのでしょう。来てくれて、ありがとうね」
「そんな‪……‬僕‪……‬僕は‪……‬‪……‬」
「こちらにお座りなさい。母さん、お茶を出してやらんと」
「そうですね」

お母さんは僕を立たせて椅子に座らせる。そうして慌ただしくキッチンへ走っていった。
後ろ姿も、そっくりだ‪……‬本当に親子なんだな、なんて、濡れた目を擦りながらぼんやりと思う。
僕は、許されたのか? いや、許すとかそういう問題ではない。この人達は最愛の娘を失ったのだ。一緒に居られる時間を僕達が奪った。
それでも、僕に優しくしてくれる、そんな人達なんだ‪……‬。

「ほら、どうぞ。お口に合うかわからないけど」

嗅ぎ慣れた匂い。ミヤビさんやフロストがよく出してくれるほうじ茶ラテだ。
本当にここは、ミヤビさんとフロストの実家なんだな。実感して、また涙が滲んでくる。

「美味しいです‪……‬」
「母さん。僕もあちらで作ってお出ししたことがあるんだよ」
「あら、そうだったの」

俯いている目の前で、お母さんとフロストが微笑み合っている気配が窺える。いいご家族なんだな。きっと普通に、幸せになれたはずなんだ。

「すみません‪……‬」
「ああもう、謝るのはいいから。十分です」
「お嬢さん。あちらでのミヤビの話を聞かせてくれないかい?」

お父さんが優しく語りかけてくれる。僕は頷きだけで返事をして、心を落ち着けてから、ゆっくりと、話し始めた。

「ミヤビさんは、僕の義理のお母さんにあたります。とても良くしてくださって、いろいろ教えてくれた。料理とか、女として生きる術とか‪……‬大人になってからの僕のすべては、彼女からもらったものと言っても過言ではないです」

言語化して、改めて僕の中で彼女がいかに大きな存在か認識した。僕の言葉を聞いて、二人は驚いた顔を互いに見合わせている。

「義理の‪……‬お母さん?」
「あなたは、ミヤビの息子と結婚したということ?」
「はい。僕自身にもすでに子どもが五人います」

お父さんとお母さんが机の上で手を握り合う。フロスト、こんな肝心なことを言っていなかったのか。自分の道中やミヤビさん自身のことを話すので手一杯だったのかな。

「それは、素晴らしいことだわ‪……!‬」
「私たちには五人もひ孫がいるのか!」
「はい。この旅には第一子のトルテも同行しております。五歳の女の子です」
「なんてこと‪……‬!」

お母さんはすでに涙目だ。お父さんも満面の笑みを浮かべている。こんなふうに喜んでもらえるなんて‪……‬思いもしなかった。

「あなたも、うちの家族なのね。義理の孫なんだ」
「母さん、失礼だろう。女王様に向かって」
「いえ‪……‬家族として迎えていただけたら、この上ない喜びです‪……‬! トルテも連れてこればよかった。まだ小さいのに、とても賢くて頼りになる子なんです」
「ええ、ええ、わかるわ」
「君もとても利発そうだものな」

はじめて家族として、迎え入れられた気がした。
ミヤビさんやリュカさんはもちろん僕に優しくしてくれたけど、まさかこんな異国にも僕を家族と認めてくれる人がいるだなんて‪……‬。
一人ぼっちだった子ども時代の僕が報われたようで、胸がいっぱいになる。

「失礼、ミヤビさんの話でしたね。彼女は料理も裁縫も育児も何もかも、家事全般の天才だと思います。今は女人が活躍できる国づくりの第一線に立ってもらって‪……‬育児の傍ら、政治の手助けもしてもらっているんですよ」
「ミヤビがそんな大それたことを‪……‬」
「おとなしい、内気な子だったのに」

それでも二人は嬉しそうだ。
彼女は今もいきいきと生活をしている。その結果、国に女人の人権が認められた事実を、もっとしっかりと伝えたい。
僕は一つ咳払いをして、グッと身を乗り出した。




そうだ、マナトさんを待たせているんだった。
熱を入れて話している最中に唐突に思い出した僕は、早々に話を切り上げて城に戻ることにした。二人はすっかり僕を受け入れてくれたようで、ニコニコと家の外まで見送りに来てくれる。

「フロ‪……‬カナタは一緒に来ないの?」
「もう少しこちらに滞在します。まだまだ積もる話がありますし、それに本来私は、こっちのほうが性に合っているというか‪」

城にいる時のフロストはいつでも完璧で、その佇まいは天性の才能かと思っていた。だけどそれも、演技だったんだな。
いつもよりいくらか幼い笑顔で微笑むフロストを見て、やはり故郷とはその人にとってかけがえのない場所なのだと知った。

「僕といる時はもう少し楽にしてくれていいよ」
「そういうわけにはいきませんよ」

何を抜かすか。毒舌は遠慮なく吐くくせに。
話し込む僕とフロストの間に、お母さんが割り込んできて、僕の手をギュッと握る。

「ベルさん、またいらしてね。今度はトルテちゃんも一緒に」
「ええ、是非。いずれはミヤビさんご一家も」
「時にベルくん。ミヤビと結婚した男は、その‪……‬どんな人物なのかな?」

別れ際になって、ようやく踏ん切りがついたと言わんばかりにお父さんが聞いてくる。そりゃ気になるよな。娘が幸せに暮らしているのか、それを判断する上で、旦那様の人柄は一番大切な要因だもの。

「リュカさんは、国の英雄の名に相応しい、強くて誠実な人です。女人差別のひどい我が国で彼だけはミヤビさんを尊重し、大事にしていました。育児もよく手伝うし、いつも率先して民のために働いてくれます」
「おや‪……‬カナタの話とはずいぶん違うんだねえ」
「え?」
「会いたいってお願いしたら、冷たい人でガッカリするから会わないほうがいいって」

くるっ。隣のフロストを見やる。気まずそうに目を逸らして、絶対に僕のほうを見ようとしない。コイツ‪……‬リュカさんをミヤビさんと共有している事実がさすがに両親には気まずくて、会わせないように画策していたな?

「ああ、いえ‪……‬口数が少なくて‪……‬誤解されやすい人なんです。彼は国の仕事も忙しくてなかなか来られないかもしれませんが、ミヤビさんは近いうちに必ず、ここに来られるよう手配します」
「ありがとう」
「孫たちにも会えるといいなあ」

これでいいかフロスト。もう一度チラリと視線をやると、今度は拝むように両手を合わせている。まあ奴には僕もいろいろ世話になっているし、これくらいはな。
一方のご両親は瞳を輝かせて、娘やその家族との逢瀬に想いを馳せているようだ。

来てよかった。こんなにいい人達から娘さんを奪ってしまったこと、決して清算されるわけではないけど‪……‬これから少しずつでも罪滅ぼしができたら、いいな。
それを許されただけでも、大きな進歩だ。

「それじゃあ僕は行きます。また近いうちに」
「お待ちしてますよ」
「お仕事、頑張ってね」

僕が国交のためにこの国に来たことは伝わっているらしい。にこやかに手を振ると、いつの間にか隣に戻ってきていたフロストが、僕にしか聞こえないほどの小声で囁いた。

「気をつけて‪……‬ベル様」
「え?」
「幸運を」

ルアサンテ王国特有の祈りのポーズを胸の前で小さくこなして、フロストは離れていく。



僕はまだ知らなかったんだ。彼とはもうこれで、今生の別れになることを。
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