王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

文字の大きさ
155 / 168

第155話 永遠にさようなら

しおりを挟む
ついに出産の日がやってきた。今まで安産だったから油断していたら、産んだ瞬間……にわかに侍女や医者が慌て始めて、僕は知らずと涙が溢れてきた。
嘘だ。嫌だ。どうか死なないで。

「よし!」

医者がふうと息をつく。僕はベッド際にいた侍女の服の裾を掴んで、弱々しい力で必死に引っ張った。

「どうしたんですか、赤ちゃんは」
「あっあの、へその緒が首に巻き付いて‪……‬だけどお医者様がたった今‪……‬」
「シッ! 余計なことを言うな!」

医者が話をしてくれた侍女を叱責する。ガタン! ‪……‬僕は抗議の意味を込めて自分に繋がれた点滴スタンドを勢い良く倒した。腕がどうなろうとどうでもいい。
ベッドから降りて、だけど足に力が入らなくてその場に倒れてしまった。そのまま這いつくばって前に進む。誰も動かない。やがて、医者の足元に辿り着いて、しがみついた。
お願い。あなたたちの立場も理解している、だけど、お願いだから。

「抱っこ、させて‪……‬‪……‬」

蚊の鳴くような僕の声が静かな病室に響き渡る。医者はグッと息を呑み、葛藤するように呻いていた。
僕には永遠に感じられたような時間の後、「マナト様は? いないな?‪ ……‬子どもをこちらへ」僕は侍女に支えられてベッドに上がり、そうして、赤ちゃんを渡された。

ふわふわとした黒髪の、男の子だ。だけど顔は僕に似ている。とくに特徴的なのは小ぶりの顔と大きな瞳だ。
可愛い‪……‬僕の、赤ちゃん‪……‬‪……‬。

よく見つめた後で、ぎゅっと抱き締めて頬擦りする。
あったかい。柔らかい。愛おしい。胸の奥から母性が溢れ出してくる。

「愛してるよ‪……‬幸せに‪……‬なってね」
「ベル様‪……‬申し訳ございませんが‪……‬」
「‪……‬ありがとう」

頭を下げる医者に、素直に赤ちゃんを渡した。赤ちゃんはヒックヒックと泣くような仕草をしている。まだ泣けるわけでもないのに、その仕草がなんだか健気で僕のほうが涙が止まらなかった。
点滴針が直されて、僕は自室に運ばれた。午前中に出産が終わったので、その後は食事を摂っておとなしく休んだ。

抱っこさせてもらえた。束の間の幸せな時間を何度も思い出した。この国では、それだけのことがどんなに奇跡的なのか‪……‬噛み締めながら、改めてその理不尽さに悲しくなる。
好きな人と性行為をして好きな人の子を産む。そんな当たり前のことができない。ルアサンテもこれと同じだった。結局‪……‬誰かが私腹を肥やせば、誰かが割りを食うのだ。
欲望のままに振る舞う支配者なんて害悪でしかない。マナトさんにはしばらく会いたくなかった。

その祈りが通じたかのように、彼は一ヶ月ほど部屋に来なかった。




けれど、やはりいずれその時はやってくる。
ある夜、ノックの音に飛び起きた。ニコニコしながら入ってきた悪魔に、僕はすぐさま身構える。

「ベル、お疲れ様でした。赤ちゃんのお顔、見せてもらいましたよ」
「‪……‬‪……‬」
「私の希望通り男の子を産んでくださって‪……‬しかし、いやはや惜しかったですねえ‪……‬」

何が惜しかっただ。子どもは生きているだけで皆尊いのだ。性別とか能力とか関係ない。どうせ魔力を持って産まれてくるかも、なんて淡い期待を抱いていたのだろう。
馬鹿げている。僕はあの子を愛している。我が子なのだ。あの子が生きてさえいれば、僕は‪それだけで……‬‪……‬。

「あれではダメです。速やかに処分いたしましたので、早く回復して次の子を産んでくださいね」
「‪……‬‪……‬‪……‬‪……‬は?」

処分。その言葉の意味を考えるのがこわい。
いやだ、考えたくない。
考えたくないのに、涙が、震えが、止まらなくて、

「私、金髪の子が欲しかったんですよ。この国では珍しいでしょう? あなたの特徴を受け継いでいれば、国民にもあなたとの関係を疑われない‪……‬だから金髪だったら、どんなにグズでも城には置いてやろうと考えていたのに」

待って、待って、待ってくれよ。
金髪? は? そんなことのために‪……‬‪……‬あの子は‪……‬‪……‬まだ名前もなかったあの子は‪……‬‪……‬?





ぶちん






その時確実に、僕の頭の中で何かが切れた。
僕が、壊れた音だ。



「ああああああああああああ」




喉を擦り切らすような声は声とも思えない醜さで、自分がそれを発している自覚すらなかった。
立ち上がって腕を振り回す。不意打ちだったからかマナトさんがバランスを崩して倒れた。僕は思いきり彼の股間を踏み付けて、顔も踏みつけて、かたく組んだ両手を力の限りお腹に振り下ろした。
どれだけ痛めつけても足りなかったけど、拳に残った人を殴る感触があまりにも不愉快で、やめた。

マナトさん、意識はあるけど動けないみたいだ。僕の頭に天啓が舞い降りる。
逃げよう。今しかない。

引き出しを探って私物を探す。ない。何もない。
大事にしまっておいた指輪とペンダントも‪……‬ない。

ジャオとルシウスと、そしてマナトさんにもらったもの。罪悪感からずっと確認していなかったけれど、いつの間にか消えている。
‪……‬コイツか。僕は、僕からすべての過去を奪った男の手を力いっぱい踏みつけて、部屋を出た。




廊下を走る。誰もいない。いつも通りだ。この城は死んでいる。僕は生きている。
過去が何も残っていなくても、未来はあるはずなんだ。僕は、僕は、生き延びなければいけない‪……‬!

裏門に見張りがいないのはリリイさんに聞いて知っていた。もしかしたら、この日のために教えておいてくれたのかもしれない。
裏門からこっそりと出て、僕は夜の闇に紛れた。着の身着のままで、服も寝巻きで、何も、何もなかった。それでも夜の町を走り続けた。





「‪……‬ベル、様?」

走り疲れて息をついていると誰かが僕を呼ぶ。
この国に僕の名前を知っている人なんて。
驚いて振り向くと、そこにいたのは。

「やっぱりベル様! まだこちらにいらしたの? それとももう一度ご訪問に?」

優しそうに微笑む老夫婦。――――フロストの、両親だ。

「あ、ああっ」

頭を抱える。だって彼らはミヤビさんのご両親でもある。僕が義理の孫だと知って喜んでくれた。そんな彼らに、合わせる顔なんて、今の僕には‪……‬。

「‪……‬あら? どうして、靴を履いていらっしゃらないの?」
「アアアアアッ!!」

僕は奇声を吐いてふたたび走り出した。
言えない。何も言えることなんてないんだ。僕はすべての人を裏切って、そして‪……‬破滅した。それでも彼らは手を差し伸べてくれるかもしれない。それがこわいんだ。
善良な彼らに比べて僕は、なんて醜いのだろう。今は彼らの何も受け入れることはできない。言葉も、善意も、優しさも。それをされると僕は死んでしまう。

防衛本能に突き動かされて、走り抜けた。
人気のなくなったところで、裏路地に座り込んで息を切らす。そしてしくしくと泣いた。
逃げた。逃げてやった。だけどそれでこれからどうなる。どこにも行くあてなんてないのに。

「‪……‬誰か、いるのかい?」

男の声がこちらに投げかけられる。この辺りの住民だろう。
僕は立ち上がって、闇から顔を出す中年の男を見つめた。恰幅が良くて優しい顔をしている。泣き腫らした僕を見てギョッとすると、慌てて手を引いてくる。

「お嬢さん! ウチは宿屋なんだ、ひとまず休んでいきなさい!」
「‪……‬あ、ああ……‬」
「いいから! 来るんだよ!」

強引に引っ張り出されて、僕がもたれていた建物の中に連れて行かれた。
結局、人の善意に甘えてしまうであろう自分が情けなくて、また、泣けてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ! 毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!

夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。  ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...