その男、有能につき……

大和撫子

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第一話

モブの追憶・その二 ~そして目を覚ましたら、そこは……~

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 文字通り、頭の中が真っ白だ。どうやって家に戻ったのか、いや、どんな顔してどんな会話をして美沙の部屋を出たのかすら覚えていない。ただ、コンビニに寄ってつまみやら発泡酒やら酎ハイやらを買い込み、自室に戻って呆然としながら機械的にテレビをつけ、発泡酒を飲み始めた。ここからは朧げに記憶に残っている。

 そう、ここから先は少し前に触れた通りだ。もし良かったら聞いてやってくれ。哀れなモブの独り言を。

 台の上に無造作に置いた携帯が、ブル、ブル、ブル、と震えた。渇きものや煎餅、スナック菓子の袋に埋もれて。もしかして美沙かも? なんて瞬間的に思ってしまった自分に反吐が出そうになった。俺にだってプライドはある! あんな尻軽女なんか、こっちから願い下げだ!

 菓子の袋を掻き分けて携帯を手に取る。何の事はない。受信先は、文芸サークルの仲間の一人だ。取りあえず内容を見てみる。

『やった! 公募のファンタジーコンテスト準大賞賞金ゲット書籍化確約! 一カ月前には連絡来て分かってたんだけどさ、発表まで秘密の規則だったから』

 ……ほう、それはめでたいこった……

 まさに棒読みだ。正直言って、人を祝う余裕など1ミリも持ち合わせていなかった。だが、個人的な感情を無関係の他人にぶつけるほど、甘えが許される環境に生きてこなかった俺は必死で気持ちを切り変え、添付されていた小説のクリック先をタップした。少し読んでから感想と共に祝福の言葉を送りたい。そう思った。

「えーと、何々……爪磨師? 平安時代?? 何だこれ? あらすじ見る限り俺がこいつに前話した事があるプロットまんまじゃねーか……」

 愕然としながらページをめくる。

「何だこれ。今度書こうと思ってるんだよね、て話したやつまんまじゃねーか」

 そう、それは大学に入学して少し経って。たまたまメンズネイルに興味を持って一時期インターネットで公開されているネイルケアを見よう見真似でやっていた事があって。何でもそこそこ(極めて突き抜ける事は無理)器用に出来るもんだから、その経験を元に女の子をヒロインにして歴史ファンタジーを書こうと思ったんだ。そういや、アイツ……ネイルについてやたら詳しい説明求めてたな……。

 正直言って悔しさと悲しみ、惨めさ、怒り。色んな感情がごちゃ混ぜになって涙が溢れた。だけどこれは、アイデアを軽率に話した上に、まだ作品を公開していなかった俺が悪い。どうやっても俺のをパクったとは証明できないから。仮にそれを証明出来ても、だ。俺が書いた作品がコイツと同じように受賞出来るとも思えない。俺は小説を書いても全然人気もないし、良く聞く出版社かお声がかかった、なんて事もない。コンテストも無冠王だ。悔しいけど、ただの趣味で書いているだけの凡人だ。奴だから受賞出来たのだと思う。

 それに、ほら。昔から文豪と呼ばれる方々は、作品は優れているけれどその人間性は驚くほど屑が多いそうじゃないか。つまり、そういう事だ。真面目に生きている常識人の凡人はそれ以上でもそれ以下でも無く平々凡々に人生を終えていく。
 抜きんでる奴は良きにつけ悪きにつけ常識を超えた感覚の持ち主なのだ。だから人のアイデアをパクっても悪気も何も無いのだろう。そういや、弟もそうだったな。まだガキの癖に、女の子とっかえひっかえしたり、同時に五人付き合ったりして。それで、怨みを買わないというか「まぁ仕方無いかアイツなら」と女はおろか男にも許されてしまうあたり、やはりタダものじゃないわな。

「神様、そんなに俺がお嫌いですか?」

 思わずそう口走った。人生最悪の日だっし、そう言いたくもなるさ! そうだ、ここで一発異世界転生! 今の俺のまま異世界転移してもモブはモブだからな。チート能力を手に入れて、だ……


「……大丈夫かい? 酷くうなされていたけれど」

 柔らかなフルートみたいな癒しの声。額に触れる、絹みたいな感触……。薔薇の花とバニラを混ぜたような甘い香りがふわっと漂う。なんだろう? 凄く心地良い。ゆっくりと目を開けたら、そこに……

「えっ? えっ? あ、あの……!?」

 あの全身宝石で出来たみたいな美形が覗き込んでいるじゃないか! 気遣わし気に、神秘的なロイヤルブルーの瞳で俺を見つめて……。それも、もう少しであのピンクサファイアみたいな唇に触れそうな距離で。

「ごめん、びっくりさせちゃったかな。自己紹介したけど、覚えてる?」

 彼はそう言って、そっと離れた。

「僕はRadiusラディウスEternalエターナル王家の次男だよ」

 とふわっと桃の花が開くみたいに口元を綻ばせた。

(Radius、確かラテン語で「光源」の意味だったな……。あ、瞳の色がルビーレッドに変わった……)

 俺はただ恍惚として彼に見惚れていた。
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