3 / 37
第二話
雲泥の差
しおりを挟む
「久しぶりに、おねぇちゃんの唐揚げが食べたくなっちゃった!今度の日曜日、遊びに行って良い?」
萌恵からそんながLINERが来たのは、部活がお休みの水曜日だった。その日は講義も午後二時で終わるので、そのまま帰宅してゆっくり過ごす。それが日課になっていた。
何よりも自慢の妹だ。断れる訳が無い。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
すぐに「いいよ」とを返す。
ホントウハ、トウマトフタリダケデスゴスキチョウナイチニチ。ナツヤスミハイッテカラニシテヨ。ソシタラ、ニッテイアワセヤスイカラ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
そんな本音はすぐにイメージの海へ。波に乗せて浄化させてしまおう!そして当麻にラインをする。
『今度の日曜日、萌恵がお昼に唐揚げ食べに来るって』
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
ホンネハ、モエトトウマヲ…アワセタクナイ。
あたしの意思に反して、そんな感情がモヤモヤと胸に燻る。だって萌恵は本当はまだ、当麻の事……。
ゴホッ!突然気管支がヒリつき、ゴホゴホゴホッゲホッゴホゴホゴホ…
また発作だ。あたしはポケットの吸入器を口に咥えた。喘ぎつつも、何とか治まっていく。今回の発作は、完全に精神的なものだ。あたしは物凄く甘ったれているんだと思う。当麻が付き合おう! と言ってくれた理由の一つは、あたしが大学入学と共に一人暮らしをするって知ったからだ。
喘息の件、両親には話していない。
生まれて初めて肺炎で入院した後、どうも気管支が弱くなってしまったようだ。風邪を引くと、すぐに気管支炎になるようになった。ある日、咳込むと呼吸がしにくくなってゼイゼイヒューヒュー胸から音が出るようになって。それで病院に行ってみたのだ。両親には「萌恵に移すといけないから」と断って。それ以来、毎朝毎晩定期的に薬を飲み、吸入器を使っている。
だけど、両親には話さなかった。あたしはどこをどう見ても病弱には見えない。それに萌恵は相変わらず体が強くはない。必然的に、両親はあたしの事なんか心配しないのは火を見るよりも明らかだったから。
当麻はそんなあたしを心配してくれたのだ。そしてもう一つは……
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
あの日、波に溶けてしまおうと思った。そして地球の鼓動と溶け合って、宇宙の一部になりたい、と。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
あの日は8月、お盆真っ只中だった。お盆の海は、亡くなった人が帰ってくるから近づくと引き込まれてしまう。だから近づいてはいけない。よく聞く話だ。
見えない世界の仕組みは分からない。だから、否定も肯定もしない。だが、目に見える世界でのお盆の海は、まず、クラゲが大量に発生する。急激に海水の温度が下がる。土用波が発生し、波が荒くなる。離岸流に巻き込まれたら、あっという間に……。海の中から手が…よく聞く怪談話だが、その大半は離岸流の事だと思う。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
海をじっと見ているとあたしの醜い感情。ひいては体ごと、綺麗に浄化されたくなってくる。そして波に溶けて、地球の鼓動となるのだ。
母なる海。全てを受け入れ、飲み込む。彼女の溢れる愛情に、溺れてみたい。そして飲み込まれ、地球のリズムとなり宇宙と一体化するのだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
さぁ、おいで。わたし達は一つになるんだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
そう。こんな何の役にも立てないあたしなど、消えても誰も悲しまない。惜しまないこのまま溶けて、消えてしまおう……
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
ほら、呼んでる。ゆっくりと、海に歩き出す。波に足首が浸かる。少し、冷たい。けれども、海はどこまでも広く深く、あたしを受け入れてくれる。母の胸に抱かれるように、両手を伸ばした。
ガシッ
「菜々!お前今何しようとした?!!」
その時、あたしを現実に引き戻してくれたのが当麻だった。その時生まれて初めて、彼の腕の中で本心を曝け出し号泣した。
……俺、お前の事好きだ。ずっと前から……
その時、気持ちを伝えてくれた。17歳の夏だった。それが、あたしの人生の中で起きた三大奇跡の一番目。
だけど、当麻はあたしの事……。
失うかもしれなかった大切な幼馴染み。その喪失感の恐怖から、愛と勘違いをさせてるだけだと思うのだ。
今でも、そう思っている。
当麻は言った。高校を卒業と同時に一人暮らしを始めるから、その時付き合う、と。
……何故なら、萌恵も当麻が好きだったから。
あたしたち三人は、事あるごとに一緒だった。萌恵はあたし達の気持ちに、随分前から気付いていたらしいけれど。萌恵への思いやりからの決断だった。だけど、高校を卒業する頃には。当麻は、あたしへの想いは単なる喪失感の恐怖。愛情とは別のものだ、と気付くだろう。と思っていた。でも、約束を守ってくれた。本当に、夢のようだった。けれども同時に、怖くもあった。
いつか彼が錯覚に気付き、去って行く事に……。だけど、強く決心した。もしその時が来たら、
「今まで本当に有難う。楽しかったよ。幸せになってね」
と笑顔で送り出せる自分でいよう、と。だから、その時が来るまでは彼との幸せを満喫しよう!そう決意したのだ。けれども、いざ付き合い始めると、どんどんどんどん独占欲が強くなっていく。そんな自分が酷く強欲で醜く感じて。益々自分が嫌いになってきていた。
……何をバカな! 悲劇のヒロイン気取る面か?……
自分で自分に強く突っ込みを入れる事が日増しに多くなっていく。念の為断っておこう。あたしは別に、いじけて捻くれている訳ではない。事実をありのまま述べているだけなのだ。そこに、下手な感情はいらない。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
だから、独占欲と言う厄介な感情を、鋭利なナイフで抉り取るイメージをする。切り取ったソレは、何と醜い姿だろうか! ソレをイメージの波に乗せ、母なる海の力で浄化させるのだ。
携帯が、LINERが届いた事を知らせた。一気に現実に引き戻される。当麻からだ。
『そうか。せっかく二人だけで過ごせる日だが、萌恵のお願いなら仕方ないな。俺もお前の唐揚げ、沢山食いたい(≧∇≦)b』
読んでほっこりした。
……だけど……
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
頭に海が浮かぶ。続いて波の音、地球の鼓動が聞こえてくる。考えたくない事、忘れたい事、反モラルな受け入れ難い感情……。
それらを感じると、自動的に海が頭に浮かぶ。続いて波の音が響いて来るのだ。
言わば、地球の鼓動。宇宙のリズムだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
当麻は本当に優しい目で萌恵を見つめる。
……萌恵への気持ちは、妹に対して感じるものと同じさ……
と、当麻は言うけれども。でも、それは本当だろうか? あんな優しい目で、見つめられた事なんて…あたしには無い。だから、周りも萌恵と当麻は好き同士。いつか二人は付き合うんだ、と思っていた訳で。何よりあたし自身が、そう思っていた。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
だから、それに気づいたある時から。三人で海に居る時、あたしはいつも、波と戯れる二人を見ていた。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
いけない、あたし。考えても埒があかない事を ! このモヤモヤ、鋭利なナイフをイメージして胸から切り取るイメージをする。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
モヤモヤのそれは、どす黒い糸くずみたいに絡まったこぶし大のものだった。ソレを、波にそっと乗せて…
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
ほら、あっという間にモヤモヤは粉々になって、波に消えていく。大自然の力は偉大だ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
スッキリした気持ちで、当麻にラインを返信する。
『わかった! 沢山作るね(*^-^*)』
もし唐揚げが余ったら、唐揚げ丼にしても良いし、甘酢あんかけ、カレーに入れたり、酢鶏にしても美味しいのだ。
LINERを受信したことを告げる携帯。当麻からだ。
『俺、甘酢あんかけや唐揚げ丼も食いたい|ω・`)チラ』
自然に顔がほころぶ。そしてすぐに返信する。
『了解♪ 沢山作るね(^^)』
……当麻、大好き……
「美味し~い! やっぱりお姉ちゃんの唐揚げは最高!」
萌恵は本当に嬉しそうに笑い、唐揚げを頬張る。その頬ばる姿の、なんと可愛らしい事か。三カ月弱ぶりに見る我が妹、萌恵は益々可愛らしさに磨きがかかったようだ。花も恥じらうお年頃、17歳、高2。お洒落にも益々敏感になり、異性にも興味津々の頃だ。
元々から美少女だったが、益々洗練されて透明感が出てきた様子だ。昔は食が細くて、何とか少しでも食べて欲しくて一生懸命料理を作ったものだ。
体が弱い萌恵は、風邪を引くとすぐ肺炎で入院してしまう。その為、両親は必然的に萌恵にかかりきり。気疲れと看病で疲れた母親に変わって、台所に立つようになったのは幼稚園の頃だった。少しづつ、覚えていって。
完全に台所を任されるようになったのは小2に上がる頃だった。容姿に頭脳に人格に。どれをとってもダメなところばかりの私が、唯一両親から称賛されたのは、
「萌恵のお姉さんとして妹の面倒をよく見てくれる。任せて安心だ」
という事だった。唯一、あたしが誇れる事だ。以前は健康も誇れる部分だったが、喘息になった今、尚更誇れるものはこれしかない。
ご褒美とかで、2年間の一人暮らしの家賃、生活費。全て仕送りして貰える事になったのだ。てっきり、アルバイト生活に明け暮れる日々を覚悟していたから、非常に嬉しい誤算だった。
「中はふっくらジューシー、外はサクサクカリカリ!最高だよなー!」
当麻のはしゃぐ声で、あたしは我に返った。満面の笑みを浮かべる当麻に、左隣に並んで座っている萌恵は
「ねぇー、当麻ぁ」
と甘えたように当麻の左腕に自らの両手を絡めた。
……ズキン……
微かに、胸が痛い。
「コラコラ」
とまんざらでも無さげな笑みを浮かべつつ、やんわりと離れるように促す当麻。素直に従う萌恵。美男美女。だれがどうみてもお似合いだと思う。ついさっき、あたしの部屋の最寄り駅まで当麻と迎えに出た時も、
「当麻ぁー、萌恵、会いたかったー!」
と当麻を見るなり駆け寄り、彼の胸に飛び込んだのだ。しっかりと抱き止める当麻。
……ズキン……
胸に針が刺さったように痛みを感じた。周りに行きかう人々は、遠距離恋愛で久々にあった恋人同士だと思うだろう。
「熱いよ」
と優しく萌恵に離れるように促す当麻。その時、挑戦的な眼差しであたしを見据えた萌恵……。気のせいだろうか?けれど萌恵が本気で当麻を奪いに来たなら、絶対に叶わない。それに、妹に嫉妬するなんて心の狭い真似、したくなかった。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
だから、海をイメージする。そして波のリズムに任せて、この醜い感情を手放すのだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
努めて平気そうに、明るく笑う事にしている。
しかし、あまりにも違いすぎる例えを、昔の人は「月とスッポン」「天と地」「雲泥の差」等と表現したが、あたしと萌恵では「雲泥の差」。この表現がピッタリだ。「月とスッポン」「天と地」は、見つけようとすれば共通の部分は無くはないが、全く別物である例え。「雲泥の差」は、何もかもが全く別もので似ても似つかない事を指す。
つまり、あたしと萌恵の事だ。
萌恵からそんながLINERが来たのは、部活がお休みの水曜日だった。その日は講義も午後二時で終わるので、そのまま帰宅してゆっくり過ごす。それが日課になっていた。
何よりも自慢の妹だ。断れる訳が無い。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
すぐに「いいよ」とを返す。
ホントウハ、トウマトフタリダケデスゴスキチョウナイチニチ。ナツヤスミハイッテカラニシテヨ。ソシタラ、ニッテイアワセヤスイカラ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
そんな本音はすぐにイメージの海へ。波に乗せて浄化させてしまおう!そして当麻にラインをする。
『今度の日曜日、萌恵がお昼に唐揚げ食べに来るって』
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
ホンネハ、モエトトウマヲ…アワセタクナイ。
あたしの意思に反して、そんな感情がモヤモヤと胸に燻る。だって萌恵は本当はまだ、当麻の事……。
ゴホッ!突然気管支がヒリつき、ゴホゴホゴホッゲホッゴホゴホゴホ…
また発作だ。あたしはポケットの吸入器を口に咥えた。喘ぎつつも、何とか治まっていく。今回の発作は、完全に精神的なものだ。あたしは物凄く甘ったれているんだと思う。当麻が付き合おう! と言ってくれた理由の一つは、あたしが大学入学と共に一人暮らしをするって知ったからだ。
喘息の件、両親には話していない。
生まれて初めて肺炎で入院した後、どうも気管支が弱くなってしまったようだ。風邪を引くと、すぐに気管支炎になるようになった。ある日、咳込むと呼吸がしにくくなってゼイゼイヒューヒュー胸から音が出るようになって。それで病院に行ってみたのだ。両親には「萌恵に移すといけないから」と断って。それ以来、毎朝毎晩定期的に薬を飲み、吸入器を使っている。
だけど、両親には話さなかった。あたしはどこをどう見ても病弱には見えない。それに萌恵は相変わらず体が強くはない。必然的に、両親はあたしの事なんか心配しないのは火を見るよりも明らかだったから。
当麻はそんなあたしを心配してくれたのだ。そしてもう一つは……
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
あの日、波に溶けてしまおうと思った。そして地球の鼓動と溶け合って、宇宙の一部になりたい、と。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
あの日は8月、お盆真っ只中だった。お盆の海は、亡くなった人が帰ってくるから近づくと引き込まれてしまう。だから近づいてはいけない。よく聞く話だ。
見えない世界の仕組みは分からない。だから、否定も肯定もしない。だが、目に見える世界でのお盆の海は、まず、クラゲが大量に発生する。急激に海水の温度が下がる。土用波が発生し、波が荒くなる。離岸流に巻き込まれたら、あっという間に……。海の中から手が…よく聞く怪談話だが、その大半は離岸流の事だと思う。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
海をじっと見ているとあたしの醜い感情。ひいては体ごと、綺麗に浄化されたくなってくる。そして波に溶けて、地球の鼓動となるのだ。
母なる海。全てを受け入れ、飲み込む。彼女の溢れる愛情に、溺れてみたい。そして飲み込まれ、地球のリズムとなり宇宙と一体化するのだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
さぁ、おいで。わたし達は一つになるんだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
そう。こんな何の役にも立てないあたしなど、消えても誰も悲しまない。惜しまないこのまま溶けて、消えてしまおう……
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
ほら、呼んでる。ゆっくりと、海に歩き出す。波に足首が浸かる。少し、冷たい。けれども、海はどこまでも広く深く、あたしを受け入れてくれる。母の胸に抱かれるように、両手を伸ばした。
ガシッ
「菜々!お前今何しようとした?!!」
その時、あたしを現実に引き戻してくれたのが当麻だった。その時生まれて初めて、彼の腕の中で本心を曝け出し号泣した。
……俺、お前の事好きだ。ずっと前から……
その時、気持ちを伝えてくれた。17歳の夏だった。それが、あたしの人生の中で起きた三大奇跡の一番目。
だけど、当麻はあたしの事……。
失うかもしれなかった大切な幼馴染み。その喪失感の恐怖から、愛と勘違いをさせてるだけだと思うのだ。
今でも、そう思っている。
当麻は言った。高校を卒業と同時に一人暮らしを始めるから、その時付き合う、と。
……何故なら、萌恵も当麻が好きだったから。
あたしたち三人は、事あるごとに一緒だった。萌恵はあたし達の気持ちに、随分前から気付いていたらしいけれど。萌恵への思いやりからの決断だった。だけど、高校を卒業する頃には。当麻は、あたしへの想いは単なる喪失感の恐怖。愛情とは別のものだ、と気付くだろう。と思っていた。でも、約束を守ってくれた。本当に、夢のようだった。けれども同時に、怖くもあった。
いつか彼が錯覚に気付き、去って行く事に……。だけど、強く決心した。もしその時が来たら、
「今まで本当に有難う。楽しかったよ。幸せになってね」
と笑顔で送り出せる自分でいよう、と。だから、その時が来るまでは彼との幸せを満喫しよう!そう決意したのだ。けれども、いざ付き合い始めると、どんどんどんどん独占欲が強くなっていく。そんな自分が酷く強欲で醜く感じて。益々自分が嫌いになってきていた。
……何をバカな! 悲劇のヒロイン気取る面か?……
自分で自分に強く突っ込みを入れる事が日増しに多くなっていく。念の為断っておこう。あたしは別に、いじけて捻くれている訳ではない。事実をありのまま述べているだけなのだ。そこに、下手な感情はいらない。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
だから、独占欲と言う厄介な感情を、鋭利なナイフで抉り取るイメージをする。切り取ったソレは、何と醜い姿だろうか! ソレをイメージの波に乗せ、母なる海の力で浄化させるのだ。
携帯が、LINERが届いた事を知らせた。一気に現実に引き戻される。当麻からだ。
『そうか。せっかく二人だけで過ごせる日だが、萌恵のお願いなら仕方ないな。俺もお前の唐揚げ、沢山食いたい(≧∇≦)b』
読んでほっこりした。
……だけど……
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
頭に海が浮かぶ。続いて波の音、地球の鼓動が聞こえてくる。考えたくない事、忘れたい事、反モラルな受け入れ難い感情……。
それらを感じると、自動的に海が頭に浮かぶ。続いて波の音が響いて来るのだ。
言わば、地球の鼓動。宇宙のリズムだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
当麻は本当に優しい目で萌恵を見つめる。
……萌恵への気持ちは、妹に対して感じるものと同じさ……
と、当麻は言うけれども。でも、それは本当だろうか? あんな優しい目で、見つめられた事なんて…あたしには無い。だから、周りも萌恵と当麻は好き同士。いつか二人は付き合うんだ、と思っていた訳で。何よりあたし自身が、そう思っていた。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
だから、それに気づいたある時から。三人で海に居る時、あたしはいつも、波と戯れる二人を見ていた。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
いけない、あたし。考えても埒があかない事を ! このモヤモヤ、鋭利なナイフをイメージして胸から切り取るイメージをする。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
モヤモヤのそれは、どす黒い糸くずみたいに絡まったこぶし大のものだった。ソレを、波にそっと乗せて…
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
ほら、あっという間にモヤモヤは粉々になって、波に消えていく。大自然の力は偉大だ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
スッキリした気持ちで、当麻にラインを返信する。
『わかった! 沢山作るね(*^-^*)』
もし唐揚げが余ったら、唐揚げ丼にしても良いし、甘酢あんかけ、カレーに入れたり、酢鶏にしても美味しいのだ。
LINERを受信したことを告げる携帯。当麻からだ。
『俺、甘酢あんかけや唐揚げ丼も食いたい|ω・`)チラ』
自然に顔がほころぶ。そしてすぐに返信する。
『了解♪ 沢山作るね(^^)』
……当麻、大好き……
「美味し~い! やっぱりお姉ちゃんの唐揚げは最高!」
萌恵は本当に嬉しそうに笑い、唐揚げを頬張る。その頬ばる姿の、なんと可愛らしい事か。三カ月弱ぶりに見る我が妹、萌恵は益々可愛らしさに磨きがかかったようだ。花も恥じらうお年頃、17歳、高2。お洒落にも益々敏感になり、異性にも興味津々の頃だ。
元々から美少女だったが、益々洗練されて透明感が出てきた様子だ。昔は食が細くて、何とか少しでも食べて欲しくて一生懸命料理を作ったものだ。
体が弱い萌恵は、風邪を引くとすぐ肺炎で入院してしまう。その為、両親は必然的に萌恵にかかりきり。気疲れと看病で疲れた母親に変わって、台所に立つようになったのは幼稚園の頃だった。少しづつ、覚えていって。
完全に台所を任されるようになったのは小2に上がる頃だった。容姿に頭脳に人格に。どれをとってもダメなところばかりの私が、唯一両親から称賛されたのは、
「萌恵のお姉さんとして妹の面倒をよく見てくれる。任せて安心だ」
という事だった。唯一、あたしが誇れる事だ。以前は健康も誇れる部分だったが、喘息になった今、尚更誇れるものはこれしかない。
ご褒美とかで、2年間の一人暮らしの家賃、生活費。全て仕送りして貰える事になったのだ。てっきり、アルバイト生活に明け暮れる日々を覚悟していたから、非常に嬉しい誤算だった。
「中はふっくらジューシー、外はサクサクカリカリ!最高だよなー!」
当麻のはしゃぐ声で、あたしは我に返った。満面の笑みを浮かべる当麻に、左隣に並んで座っている萌恵は
「ねぇー、当麻ぁ」
と甘えたように当麻の左腕に自らの両手を絡めた。
……ズキン……
微かに、胸が痛い。
「コラコラ」
とまんざらでも無さげな笑みを浮かべつつ、やんわりと離れるように促す当麻。素直に従う萌恵。美男美女。だれがどうみてもお似合いだと思う。ついさっき、あたしの部屋の最寄り駅まで当麻と迎えに出た時も、
「当麻ぁー、萌恵、会いたかったー!」
と当麻を見るなり駆け寄り、彼の胸に飛び込んだのだ。しっかりと抱き止める当麻。
……ズキン……
胸に針が刺さったように痛みを感じた。周りに行きかう人々は、遠距離恋愛で久々にあった恋人同士だと思うだろう。
「熱いよ」
と優しく萌恵に離れるように促す当麻。その時、挑戦的な眼差しであたしを見据えた萌恵……。気のせいだろうか?けれど萌恵が本気で当麻を奪いに来たなら、絶対に叶わない。それに、妹に嫉妬するなんて心の狭い真似、したくなかった。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
だから、海をイメージする。そして波のリズムに任せて、この醜い感情を手放すのだ。
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…
努めて平気そうに、明るく笑う事にしている。
しかし、あまりにも違いすぎる例えを、昔の人は「月とスッポン」「天と地」「雲泥の差」等と表現したが、あたしと萌恵では「雲泥の差」。この表現がピッタリだ。「月とスッポン」「天と地」は、見つけようとすれば共通の部分は無くはないが、全く別物である例え。「雲泥の差」は、何もかもが全く別もので似ても似つかない事を指す。
つまり、あたしと萌恵の事だ。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる