海を見ていた「潮騒のメロディ」

大和撫子

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第十二話

夏疾風

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「空き時間が出来たから、来たんだ。そしたら、菜々子さんが居たから。何の本、読んでるか聞いても大丈夫?」

 と彼はニッコリ笑った。別段断る理由も無い。素直に本を差し出す。

「そのしんどさ、もしかしてアダルトチルドレンかも?」

 そっと受け取り、タイトルを読み上げる。

「へぇ? かなり前に流行ったよね。アダルトチルドレンて言葉それにしても、大切にしてるんだね。ビニール袋に入れて読むなんて」

 彼は丁寧に両手で返しながら、感心したように言った。

「先輩からお借りした物なんです。万が一、汚したら悪いですから」

 正直に答えた。

「なるほど。真面目なんだね、やっぱり。あ、そうそう、あのさ。敬語いらないよ。同い年じゃん」

 彼は笑った。あたしもつられて笑う。けれども、正直言ってあまり長時間、当麻以外の男子と会話した事がない。だから、どう話して良いのか分からなかった。


…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 波がリズムを刻む。

…ワンワン、ワンワン…

 どこからか犬がはしゃぐ声が聞こえてくる。

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 波が奏でるリズムと相まって…まるで、

「海辺の音楽会って感じだね。波の音と、嬉しそうな犬の声とで」

 彼はそう言いつつ、ゆっくりとあたしの左隣に立った。


……同じ事を感じていたのか……

 なんだか嬉しくなった。

「あたしも、感じた。波が地球の鼓動、メトロノームで。ワンちゃんが歌ってる、て。海辺の音楽会だ、て」

 自然に自分の感情を言葉にしていた。

「波が地球の鼓動でメトロノームか!いいね!それは思い浮かばなかったよ」

 と彼は嬉しそうに笑った。

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 不意にピューッと強い風が吹いてきた。思わず目を閉じる。風に舞った砂が、容赦なく吹き付ける。

 ピューピューッ…ピュー
 
 やがて、風は徐々に治まっていった。ゆっくり目を開ける。そして咄嗟に左にいる彼を見つめた。彼も同じようにあたしを見ていた。

「ププ…」
「ウフフ…」
 
 同時に吹き出す二人。

夏疾風なつはやてだね。夏らしく、力強く吹き抜ける風」

 彼は同意を求めてくる。

「だね!」

 あたしは大きく頷いた。

ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

ワンワン、ワンワン

 あたしたちはそのまま、海辺の音楽に耳を傾けた。


ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
ワンワン、ワン…

 犬の声は遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。

ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 波が地球の鼓動を刻む。規則正しく。見ているあたし達のぎこちなさも、自然に地球の鼓動に呼吸を合わせる。

ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

「アダルトチルドレンさ、毒親ともリンクするけど。意外と無自覚なまま大人になってる人、多いと思うよ」

 しばらくして、海斗は穏やかに口を開いた。

「無自覚?」

 気付けば、あたしはスッカリ打ち解けている。

「うん。だけど別に、本人が『生き辛さ』を感じなけりゃ、問題無いんだ。だけど、例えば自分がどう感じてどうしたいのか感じられず、人に合わせてしまったり……」

…ドクン…

「……いつも自信が無くて、人に見捨てられる不安感がつきまとったり。自分が、では無くて。両親が望むだろう自分を演じていたり……」

…ドクン、ドクン…

「……そう言うの、異性との交際で出てきやすいんだ。その『思考の癖』が……」

…ドクン、ドクンドクン…
 
 海斗の言葉を聞いているうちに、鼓動が激しくなっていく。どうしてかワカラナイ。ワカラナイけど……

「大丈夫、大丈夫。落ち着いて」

 彼は左手であたしを胸に引き寄せ、右手で軽く背中を叩き始めた。

「大丈夫だよ。大きく息を吐いて。そう、ゆっくり吸って……」

…ドクン…ドクン…

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 さっきまで耳に入らなかった波の音が、自然に耳に入ってくる。すぐに普通の呼吸を取り戻した。

「あっ!」
「あ、ごめん!」

 あたし達は瞬時に我に返り、互いにサッと離れた。

「あの、有り難う」

 お礼を述べる。

「いや、大した事してないよ。菜々ちゃんはさ、もっと自分の気持ちを素直に伝えて大丈夫だよ。彼にも、ご両親にも。急には難しいだろうけど、徐々にさ」

 と彼は笑った。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

「さて、講義に行かなきゃ、また会おうね!」

 と彼は軽く右手をあげ、去って行った。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 潮騒のメロディを聞きながら、しっかりと自分に向き合ってみる必要を感じた。


…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 でも、この時のあたしはまだ知らなかった。海斗と居た一部始終を、見ていた人が居たなんて……。

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 彼を見送り、再び座って海を見ていた。

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 徐々に、さっき彼に抱き寄せられた事が蘇る。

……あたしったら、なんであんな事……

 今更ながら、罪悪感が芽生えてきた。罪悪感? 後悔?それらが入り交じった、複雑な感情。普段のあたしなら、あんな無防備に抱き寄せられる前に拒否する筈なのに。何故だろう?全く抵抗する気持ちが湧かなかった。
 それは、彼の瞳。初めて会った時にも感じた、どこかで見たことのあるような、優しい茶色の眼差しのせいだろうか。
 いずれにしても、軽々しい行動は慎もう。自意識過剰なのかもしれないけれど、当麻がもし、他の女の子を抱き寄せたら嫌だ。それが例え、恋愛感情からのものでは無いにせよ。それに、海斗くんの彼女だって、良い気はしないだろう。それが例え、恋愛感情からのものではなかったにしても…

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 どうかしてる、あたし。こんなの、端から見たら。『勘違い自惚れ女』とか『悲劇のヒロイン気取りの痛いビッチ』じゃないか!

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 地球の鼓動にあたしの醜い心を預け、浄化させてしまおう!

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 全身丸ごと、海に浸かるイメージをする。宇宙のリズムと一体化して、そのまま……そのまま溶けてしまえたら……。不意に、母なる海と一体化したくなった。

ピピッピピピッピピッピピピッ

 携帯のアラームで我に返る。もう学校へ行く時間だ。荷物をまとめ始めた。
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