海を見ていた「潮騒のメロディ」

大和撫子

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第十九話

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 8月12日。その日は朝から大雨だった。南の方から、台風が近づいているらしい。8月に台風。季節のバランスが狂ってきている。そのせいか、どうも調子が悪い。発作が起きやすいのだ。部活は御盆休みで良かった、と思うほどに。吸入器が手放せない。気圧の関係で発作が起きやすいのもある。だが、明らかにメンタルの問題もあるだろう。

 別に無理に帰って来なくても良い、と母親からメールがきた。それは私だって出来る事ならそうしたい。けれども、そうはいかない。せっかくの機会だ。今を逃したらズルズルと行ってしまいそうだ。だから、時間通りに当麻と駅で待ち合わせした。幸いな事に、電車は今のところ遅れもなくやってきた。この天候で午前6時。そのせいか余裕で座れた。部活が休みになった事もありこの数日間はずっと、先日購入した本を読んでいた。繰り返し、何度も。そしてパソコンで『毒親』を検索したり。

 検証してまだ日が浅いから、結論を出すのは早い。決めつけも良くない。けれども今のところ出した答えは、両親は『毒親』未満だと言うことだった。『毒親』と言い切るには、人でなし感が少ない。卒業するまでの間、学費は元より生活費や家賃など。アルバイトをしなくて済むように仕送りしてくれている点。幼い頃を思い起こしてみても、第三者が聞いたら「児童相談所」に通報すべき、と判断されるほど酷い仕打ちはされていない。
 
 まぁ、この判断も人によってまちまちなのだろうが。

ガタン

 電車が揺れて、我に返る。隣に座っている当麻。何か難しそうな顔をして考え込んでいる。斜め上を見据えたまま、動かない。そういえば、さっき待ち合わせ場所で会った時も挨拶だけ交わしただけだった。当麻は当麻で、
色々と考えなければならない事があるのだろう。

「なぁ、お前さぁ……」

 電車に乗って以来、ずっと沈黙を続けていた当麻がいきなり話しかける。あまりに突然だったので、少しドキッとした。

「なぁに? どうしたの?」

 彼が話やすいように水を向ける。あたしの目を見つめてはいるものの、何だか非常に言いにくそうだ。

「お前さぁ、玉岡先輩とはどうなの?」
「はぁ? 何言ってるの?」

 彼が聞いて来た台詞は、あまりにも意味不明で思わず反射的に聞き返していた。尚も言いにくそうにしている彼。しばらく、彼の言葉を待つ事にした。

「……この前、本屋で玉岡先輩とお前が仲睦まじい様子だったて話を聞いたんだ。その子、たまたま本屋に寄っただけみたいなんだけど。そしたらお前達を見たって……」

 当麻が意を決したように紡ぎ出された言葉は、正直(またか。あたし、結構見られてるのかな)と思わざるを得ない内容でうんざりした。彼の話ぶりから推測すると、当麻に告げ口したのは当麻の事が大好きな女の子だろう。

「何もないよ。たまたま部活の後に、立ち寄った本屋さんで偶然会っただけ。先輩に、心理学系のお勧めの本を、
聞いて選んで貰ったの。それだけだよ」
 あたしは何でもない事のように答えた。だって事実だから。


「……そうか。なら、いい。ごめん」

 と、彼はぶっきらぼうに答えた。

……当麻を取り巻く女の子たちが、あたし達の事何て言ってるか知ってる?……

 そう問いかけてみたかった。そうしようと思った。だけどやっぱり、言えなかった。相変わらず、臆病者だ。なんだかとても、当麻との事を考えるのに疲れてしまった。大雨の中、電車は只管ひたすら走り続ける。再び、沈黙の薄絹があたしたちを包み込む。

…ガタンゴトンガタンゴトン…

 規則正しい電車の音。何となく潮騒のメロディを思わせた。過去に想いを馳せる……。

 小学校5年になる頃になると、漸く体力がついてきたのか萌恵はほとんど風邪をひかなくなった。その時あたしは中一。バレー部に入部した。体を動かして汗をかくと、モヤモヤウジウジ悩んでいた気持ちが吹き飛ぶからだ。
他にも運動部はあったが、バレーにしたのはスパイクを決めた時の快感がたまらなく好きだからだ。

…モヤモヤウジウジ…

 当麻は天気さえ大丈夫なら、定期的に日曜日に海に来る。当時彼は水泳部に所属。日曜日、朝練のみだからだ。
勿論、あたしも萌恵を連れて海へ行く。萌恵に体力をつけさせる為、ゆっくりと歩いて。あたしたちは、そうやって定期的に遊んでいた。濡れるとすぐ風邪を引く萌恵を考え 真夏でも海水浴はせず足首をつける程度。大抵は砂浜で砂山を作ったり、取り止めの無い話をした。
 当麻は、思ったことはなんでも口にするタイプだ。だけど、腹黒さがない。対等に接してくれる貴重な友達だった。そんな彼だから、ストレート過ぎる物言いで誤解される事も少なくないみたいだけれど、あたしは真っすぐな当麻の性格が好きだった。萌恵と自分の容姿の歴然の差に気付いた時から、当麻も実はイケメンの類に入る事に気づいた。モテるだろうな、そう感じたら、少し胸がザワザワした。

 あれは、萌恵が小6になった時か。あたしと当麻は中2だ。透明感が出てきて、益々可愛さに磨きがかかった萌恵。キラキラした海を太陽を背にして、あたしと当麻に微笑む萌恵は思わず見惚れてしまうほど、綺麗だった。初潮を迎え、少女から女へと少しづつ花開いて行く時が来たのだろう。見惚れていたあたしは、ふと、隣りの当麻も萌恵に見惚れている事に気づいた。

……なんて、優しい目で萌恵を見つめるんだろう……

 あんな目で、あたしは当麻から見つめられた事はない。そんな当麻を、恥ずかしそうに見上げる萌恵。なんて可愛らしいんだろう。ほのかに頬を染めて。ウルウルした瞳は、さぞかし男心をそそ……る?!

 その時漸く気づいた。

私は、二人の『お邪魔虫』だった事に。ショックだった。そして今の今まで気付けなかった自分に、腹が立った。
その日を境に、あたしは海辺で遊ぶ二人を離れたところから見ているだけになった。はしゃぎつつも、しっかりと萌恵を気にかけ、彼女が足を滑らせて転びそうになる前にしっかりと支える当麻。海辺で水をかけあってじゃれ合う二人。両手で掬った水を空に投げると、水は水滴になって二人に降り注ぐ。太陽の光に照らされ、キラキラした光の粒になって。そして小さな虹を作る。とても幻想的で、二人はまるで、おとぎ話に登場する姫と騎士ナイトみたいだった。

……とっても、お似合いの二人……

 そんな二人を見ている自分が、酷く滑稽に思えてくる。胸がザワザワしてモヤモヤする。この気持ちを、どう表現して良いかわからない。だからあたしは、海を見ていた。ザワザワモヤモヤした気持ちを胸から切り取って、海へ投げるイメージをするのだ。そうすると、波がそのドロドログチャグチャした汚い塊を、綺麗に浄化して無に返してくれる。そんな気がした。これは、あたしが生み出したオリジナルのスッキリ方法だ。だからあたしは、海を見ていた。

 ただひたすら、海を見ていた。

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

「……菜々、菜々!」

 肩を軽く叩きながら彼に名を呼ばれ、我に返る。どうやら、知らない内に寝てしまったようだ。

……嫌な夢だ……

「次の駅で降りるぞ」

 彼は声をかける。あたしは頷いてみせた。いよいよ、選択の時が迫る。けれども、何となく萌恵の言動。それに対する彼の行動が見える気がした。『想いが現実を創る』と言う意見もあるようだが、これは『第六感《シックスセンス》』のような気がする。外れて欲しい第六感だった。
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