花炎繚乱奇譚~光華爛漫~

大和撫子

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第十二話

散華

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……花香、ごめんな。水鏡、産土、瑞玉、すまない。
だけど、今ならまだ間に合うんだ。皆を消滅させる訳にはいかない。花香、愛してるぜ! 水鏡、産土、瑞玉、お前達は最高の仲間だ!……

 心の中で愛しい者、そして大切な仲間に想いを告げる。覚悟を決めると

『私で宜しければ……』
「お待ち下さい!!!」

 言いかけたその時、高く澄んだ、鋭い声が彼を遮り、同時に目前に出現した紅の袴。

「お、お前は……│紅《くれない》?!」

 烏の濡れ羽色の艶やかな髪、黒々と深く静かに澄んだ瞳の女だった。濡れたような長い睫毛。左の目元の黒子と、丹花の唇が真珠の肌を際立たせ、妙に艶めかしく、匂い立つような色香を放つ。

「覚えていて下さいましたか」
 
 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。されどどこか哀しい笑みだった。

「私が、参ります!」

 しっかりと火焔を見つめ、ハッキリと言い切った。

「馬鹿な! 何を言っているか分かっているのか?」

 火焔はただただ驚いていた。

「ええ。最初にお会いした際、ご恩を返しに参ったと伝えた筈です」

 彼女はあくまで冷静だ。

「ご恩? だから俺には心あたりが無い、と……」

…ナニヲシテイル?オンナガカワリニワレノ「贄」トナルトイウカ?マァ、ドチラデモヨイ。ワレハジヒブカイユエ二、イマヨリ小半時ホドユウヨヲアタエヨウゾ…

「有難うございます」
「有難う存じます」

 火焔と紅は同時に礼を述べた。そして再び火焔と紅は見つめあった。

「……以前、狂い咲きした曼珠沙華一輪。覚えてらっしゃいますか?」

 火焔の脳裏に、一瞬にして甦る。夕映えの曼珠沙華……

 あれは花香との触れ合いを堪能した後、五聖との待ち合わせ場所に向かおうとした瞬間、ふとその目の端に、あるものが映る。思わずその方向に視線を向ける。火焔はその方向に引き寄せられるように歩みを進める。

 それは業火の花。森の木立のが立ち並ぶ中、とあるトネリコの木の根元に、一輪だけ咲き誇る│艶《あで》やか│な紅《くれない》の花。それは木々の隙間より漏れる夕日を受け、咲き誇る炎の花。

「あの時の?」
「ええ。あの時、火焔様が気付いて下さったお陰で、花香様にお力を分けで頂き、天寿を全うする事が出来ました。どうしてもその時のお礼がしたくて、アメノミナカヌシノカミ様にお祈りをしたのです。そしたら聞き入れて下さいまして」

 と嬉しそうに笑った。

「たったそれだけの事に、命を賭けようと言うか? 馬鹿げている!」

 火焔は叫んだ。

「いいえ!そんな事、ではありません。あのまま朽ち果てる筈だった私が、咲けたのです!! 天寿を全うできたのです!」

 彼女も負けずに叫ぶ。

「何とかご恩をお返ししたくて、その機会を│窺《うかが》っておりました。アメノミナカヌシノカミ様は、星一つ救える力を授けて下さいました。地球がどんな状態か分かってらっしゃり、皆を救う為に、火焔様がご自分の身を投げ出すのではないか、と案じてらっしゃいました。ちょうどご心配なさっている時に、私の祈りが届いた為トントン拍子に話が進んだようです。私は、喜んで身代わりになる代わりに、こうお願いしました。毎年曼珠沙華が咲き誇る期間のみ、火焔様と花香様が思う存分に肌を合わせ、思い切り触れあえる期間としてあげて下さい、と」

 彼女は悪戯っ子みたいに微笑む。

「な!……」

 真っ赤になって│狼狽《うろた》える火焔。

「ば、馬鹿な!そう簡単に……」

 彼女はニッコリと微笑んだ。

「ちょうど、アメノミナカヌシノカミ様は人間がもっと自然を敬うように、花に「棘」や「毒」があるものを混合しようとなさっておりました。つまり、│古《いにしえ》に遡って人間の記憶をも変えようと。曼珠沙華は天上界に咲く花、の意味ですが人間はお彼岸に咲くことから「彼岸花」と別名をつけました。そこで、私達曼珠沙華に毒と恐怖を持たせる事になさいました。花の根に毒を入れ、土葬した人間の墓の周りに咲かせて虫の繁殖を防いだり。墓の周りに咲くので、摘むと死人が出るとか。人間達は色々空想して伝説を創ってくれますから。地獄花、狐花、スパイダーリリー、リコリス、天蓋花……。色々な別名がつけられます」

 火焔を可笑しそうに見つめながら語る。

「変わり種としては、花が先に咲き、葉は後から生えて来る事から、『葉見ず花見ず』とも呼ばれます。葉は花を想い、花は葉を想う。一緒はいれらない事から、とある国では│想思華《そうしばな》とも呼ばれます」

「……何故、そこまでしてくれるのだ?」

 躊躇いがちに問う火焔。紅は悲し気な笑みを浮かべると

「……お慕い、申し上げておりました。初めてお会いした時から」

  震える声で答える。火焔は驚いて目を大きく見開く。その意味をハッキリと理解すると、すまなそうな表情を浮かべた。

「……すまない。ここまでさせておきながら、俺はお前の気持ちに応える事は出来ない。花香しか愛せないんだ」

 躊躇いながも、されど彼女の目を真っ直ぐに見つめハッキリと言い切った。朱の瞳に宿る炎に、一点の曇りもない。

 彼女は瞳を潤ませながら、終始首を横に振る。

「いいえ、いいえ! 元より、応えて頂こう等思っておりませぬ。火焔様と花香様、お似合いのお二方
……ただ、お役に立ちたかった。それだけなのです」

 漆黒の瞳に、光る雫。まさに泣きながら笑ってそう答えた。

…ジカンジャ!ドチラガワガ「贄」トナルノジャ…?

 地球の声が響き渡る。

「私が!」

 彼女はハッキリと答えた。

…デハエンリョナクイタダク。オンナヨ、ワガ│糧《かて》トナルガヨイ…

 紅は真っ直ぐに立ち、火焔を見つめた。

「……花香様と、お幸せに」

 と笑みを浮かべた。その瞳は吸い込まれそうな程に深く澄み渡っていた。徐々に、彼女の体がお日様のような光を放つ。そして少しずつ黄金色に輝き始めた。

 少しずつ、足先から黄金に輝きながら透明に消えて行く。足首、ふくらはぎ、膝に……透明になっていく。彼女は笑顔で火焔を見つめ続けた。

 太股が消えかけた瞬間

「我が心 │紅蓮《ぐれん》の炎 │一欠片《ひとかけら》 葉見ず花見ずあまつ│天《そら》より」
(口語訳)
私の心は、紅蓮の炎の一欠片。それは葉は花を想い花は葉を想う曼珠沙華の花。この想いは決して届かないけれど、天空よりあなたのお幸せをお祈り申し上げております。

 と和歌を詠んだ。彼女の想いの全てを込めて。火焔は驚くと、一瞬すまなそうに目を伏せすぐに彼女を真剣に見つめる。

 やがて胸が消え、首が消えかけた時!

「ひさかたの │天翔《あまかけ》る風 紅き華知ら得ぬ想ひ 忍ぶ│篝火《かがりび》」
(口語訳)
 天空を駆ける抜ける風に散った曼珠沙華よ、誰にも知られぬよう貫いたあなたの想い。天空に風が駆け抜ける時、私も篝火となって、誰にも知られぬようあなたを忍びましょう。


 真っ直ぐに彼女を見つめ、返歌を詠んだ。紅は驚きつつも、嬉しそうに笑みを浮かべた。瞳に、真珠の涙がハラリとこぼれる。黄金色に輝きながら消えて行く彼女は、最高に美しかった。

 やがて彼女は、黄金色の輝きの余韻を残し、完全に消えた。紅いの│花片《はなびら》が数枚わりふわりと舞い落ちていく……。

 火焔の瞳に透明の雫が流れ、朝日に反射してキラリと光った。

「……有り難う、すまない」

 火焔は呟いた。

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