花炎繚乱奇譚~光華爛漫~

大和撫子

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第十一話

急変

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 早朝の天界。青色の空に薄っすらと│湊鼠《みなとねずみ》色(※①)の│薄衣《うすぎぬ》が覆う。

 鳥たちが活動を始める頃、陽の光が少しづつその姿を現す。湊鼠の薄衣が薄浅葱に色を変え、少しずつ茜が差していく。朝焼けだ。鳥達が一気に活動を始めた。

 白樺に囲まれた森。薄紅色の秋桜と白き秋桜の群生。秋桜の茎と葉で出来た大きな寝床。

 五聖達が寄り添って眠っている。一番左に火焔。横向きに眠っている。彼の左手を枕に。彼の胸に顔を埋めるようにして眠る花香。
 花香の隣に仰向けに眠る産土。その隣に大の字に眠る瑞玉。その隣に、瑞玉に顔を向けるようにして横向きに眠る水鏡。瑞玉の広げた左右の腕は、産土と水鏡に触れている。

 火焔は悪い夢でも見ているのか、少しうなされている。そしてカッと朱の睫毛の帳を開けた。慌てて腕の中の花香を確かめる。空いている右手で、彼の銀の髪を撫でた。滑らかで心地よい感触に、安堵のため息を漏らした。

「夢か……」

 静かにつぶやく。しかし、酷く胸騒ぎがする。ついに、宇宙の均衡が崩れ、地球が崩壊していく夢を見た。五聖はその全ての力を使うも……。

 嫌な予感がした。今意識を合わせただけで『火』の力がどこかおかしい。

 火焔は静かに、そして丁寧に花香から左腕を引き抜いた。そして両手の平を天に向ける。両手の平から小さな炎が燃え上がる。それはほんの一瞬で消えた。代わりに左手に半紙、右手に筆ペンが現れた。

「早く目覚めた。散歩してそのまま仕事に入る。何かあればすぐに│以心《テレパシー》で伝えるから心配するな」

 と素早く半紙にしたため、そっと花香の左手に握らせた。愛し気に彼を見る目る朱の瞳。それは篝火のように優しい炎を宿す。そっと唇を近づけ、花香の左頬に軽く口づけをした。

 そして再び優しい眼差しを向けると、意を決したように天を見上げ、消えた。



「な、なんだこれは?!」

 瞬間移動した先は、明らかに水・木・火・土・金の陰陽五行のバランスが崩れ、その中でも『火』の力が著しく異常な状態になっていた。

 そこは地球の中でも人跡未踏かつ最も神聖な場所な筈だった。一見すると、静かで厳かな大自然。豊かな森、命の源の大河。まさに『山紫水明』と呼ぶに相応しい場所にしか感じられない。

 だが内部では確実に生態系は崩れ、地球の核が怒りの牙を研いでいた。

……このままでは、山脈は全て噴火を始めてしまう。
そうなれば、地球上全ての山も、川も、海も、そして風も。全てが大反乱を起こしてしまう。そうなれば、地球はおろか宇宙の均衡が狂い、消滅してしまう!

 火焔は空に浮いたまま目を閉じ、全神経を集中させた。まずは原因を探る。しかし、そんな悠長に構えている時間はあるか?

 意識を地球全体に向け、その声を聞きとろうと精神を研ぎ澄ます。

…ユルス…マジ!…

 やがて、微かに地球の声が響いて来た。

…ユルスマジ! ニンゲンタチヨ! ワレハニンゲンにムショウデサンザンオンケイヲアタエテキタ!コノシウチハユルセヌ!!…

 人間への怒りの声。怒り……『火』の力だ。だから、直に感じ取れたのだ。火焔は何とか交渉し、怒りを鎮めようと接触を試みる。

『……│大塊《たいかい》(※②)の神よ……』

…ダレゾ?…

 どうやら繋がったようだ。慎重に話を進める火焔。

『私は陰陽五行を司る五聖の内、「火」を司るものでございます』

…ウチュウノキンコウヲタモツモノタチカ、ワレ二ナンノヨウジャ?…

『お怒りごもっともでございます。人間どもは、自然からの恩恵、敬う気持ちを忘れ、我が物にしようと破壊の限りを尽くし、更には自然をも支配しようとしています。されどその過ちに気付き、それを食い止めようとするものも僅かですがおりますし、気付くものも出てきています。どうか、今少し、猶予を頂く事をお許し頂けないでしょうか?』

 しばし沈黙する地球。やがて

…ヨカロウ、オヌシノイノチトヒキカエニナラバナ。
ゴセイ、シカモ「ヒ」デアレバ、ワレノチカラモワカガエリマダフンバレル!…

 どうせ無理、口だけだろ。というタカを括った地球の声。

……花香……

 真っ先に、愛しい者の顔が浮かぶ。続いて水鏡、産土、瑞玉が同時に浮かぶ。自分が消えた後、神々はすぐに『火』を司る聖霊を創造するだろう。

 迷っている時間は無かった。




(※①…薄い青緑がかった鼠色)
(※②…地球の古語)
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